#01 行き倒れとウチ。 #1
普段よりも二割ほど北海道弁増しでお送りします。
日常語程度に抑えておりますが、わからない部分がありましたらご指摘ください。
ルビを追加します。
中学最後の夏休み。夏期講習二日目の帰り道。
ウチは行き倒れを見つけた。
グラウンドより広いじゃが芋畑では、青々した葉っぱがわさわさ揺れている。
大きな山は今日も青黒くそびえ、ふわっと美味しそうな白い雲がひとつ、山の近くに浮かんでいる。
景色の縁取りになっている遠い山々の向こうから、モコモコと入道雲が湧き上がる。空はまだ夏の色。深みのある青。
じりじり照りつける日差しは、北国といえども結構キツい。
今日で連続五日、真夏日だった。
「ってか初めて見た。マジヤバい」
真夏日ってのは、最高気温が三十度を超える日のこと。
この辺でそったら暑くなるなんて年に数日しかないのに、それが五日も続いてんだから、夏が好きなウチだってキツいし。
そうでない人だったら、そりゃぁたまには行き倒れたりもするよね。
……その前に、生きてんのかな。死んでんだったらどうしよう。
道っ端の土混じりの草むらにうつ伏せで倒れているその様子は、まるで漫画みたい。ウチはしゃごんで、行き倒れくんを観察してみる。
「ねえ、生きてる?」
よれよれのTシャツは黄ばんでいるし、ジーンズは膝や裾に穴が開いてて、泥かなんかで汚れてる。頭も埃で白っぽくなっててぼさぼさだし、全体的に脂っぽいにおいがする。
オエっとなるようなニオイじゃないけど、何しろ埃まみれだし、できれば今すぐお風呂に入った方がいいんでない? って感じ。
棒っこがあったらつつきたい衝動を抑えながら、ウチはもう一度声を掛ける。
「誰か呼ぶ?」
したらほんの少しだけうめき声が聞こえて、土埃にまみれて白いミイラみたいになっている指先がぴくりと動いた。
生きてんのかな?
昼下がりは風も一休みする。重さのある熱気が周囲に漂っていた。
いつもならもう家に帰ってて、リビングのソファに寝転んでる時間。
あちこちから蝉の声。それに混じって時々、気の早いコオロギか何かの声も、畑の中から聞こえて来る。
立ち上がって周りを見回してみる。
この辺は国道から脇に入った道。畑ばかりで人通りも車通りもほとんどない。車が通っても多分、この行き倒れの――彼? には気付かないだろうし。
今日はヒール高めのミュール履いて来ちゃったし、おサイフとかの落し物ならともかく、さすがに人は運べない。どうしたもんかなぁ。
一、二分くらい戻れば家があったから、そこで誰かに助けを求めればいいかな。
でも出て来たのがおじいちゃんだったらどうしよう……いくら農家さんとかで体力あったとしても、やっぱり人ひとりは運べないよねきっと。
「あ、そっか。ケーサツに電話」
我ながらグッドアイディア、とか思ってバッグからケータイを取り出して、少しためらう。
そういえばウチ、ケーサツ嫌いかも。
しかもこのケータイ、ママから借りてるうち共用のだから、これで勝手なことしたら後で叱られるかも。
「でも、やっぱこのままじゃ困るし……」
「ゃ、ぃぃ……っす……」
急にかすれた声が足元から聞こえて、ウチは飛び退いた。
「ちょ、マジ生きてた」
しかも喋った。
「当たり前……です」
不機嫌そうに返事をして、行き倒れくんは咳き込みながらどうにか起きようとする。
ざり、ざり、と音を立てて、乾いた土埃も立てて。
この辺の土地は火山灰質だから、晴れの日が続くとすぐに埃だらけになっちゃうんだよね。ウチの足元にまでモワモワと土埃が漂って来るし。
起き上がったら、行き倒れくんの顔の下になっていた辺りに眼鏡が落ちていた。
でも埃ですっかり曇っていて、そのままじゃ使えなさそう。下手にこすると傷いきそうだし。
行き倒れくんはため息をつきながら眼鏡を拾って、シャツの襟元に引っ掛けた。
「すみません……あの、申し訳ないんですが……水とか、ありませんか?」
眩しいのか目が悪くて良く見えないのか、眼を細めながらウチのことを見上げる。ふぅん、ちょっとつり眼なんだ、この人。眼を細めたらキツネっぽい。
「えっと、レモンティーでいい? ウチの飲みかけだけど」
バッグからペットボトルを取り出して渡すと、ぼさぼさ頭がひょこんとうなずいた。受け取った途端に喉を鳴らしながら一気に飲み干して、大きな息をつく。
ウチはまたしゃごんで、そのまま頬杖をついて行き倒れくんを観察する。
ウチみたいな年下にもこったら丁寧な喋り方するなんて、この辺の人じゃなさそう……旅行者かな?
夏の間は、バイクや自転車で旅をする人も多いから、そういう人たちならこーゆー普段着っぽい服装の旅行者ってのも納得できる。
だとしても、荷物とか全然持ってないね。違うのかなぁ。
「あんたさ、大丈夫? やっぱ誰か助け呼んだ方がいいんでない?」
「いや、うちすぐそこなんで……」
そう言われて辺りを見回してみても、すぐその辺に『家』って感じの建物はやっぱりない。畑の他には、五十メートル位先に倉庫みたいな建物があるだけ。
「うそ。家なんてないっしょ。どっから来たのさ」
「だから、そこです」
そう言って指を指したのは、どう頑張っても倉庫にしか見えないカマボコ型の建物だった。
「……あんた、今まで悪い人に監禁されてたとか?」
「って、なんの話ですか」
ぶふっと吹き出した声。
その瞬間うつむいたから、どんな顔したのかわかんないけど、レモンティー飲んで、少し生気を取り戻したかな?
「ま、よくわかんないけど。近いんなら帰んなよ。ウチも帰るし」
そう言ってウチが立ち上がると、つられるように行き倒れくんも立ち上がろうとする。でもまるで赤ちゃんみたいに足元がおぼつかない。
あ、これテレビで観たことある。生まれたての子鹿のモノマネ。
……いや、このタイミングでギャグかますわけないっしょ。
ってゆーか、なんなん? こいつ昼間っから酔っ払ってんのかな? でもお酒臭くないし……ひょっとして、ヤバいクスリか何か? こんなイナカにもヤク中っているの?
色々考えている間に、行き倒れくんは結局しゃごんでしまい、膝を抱えてウチを見上げた。
んん、この人の困り顔、なんかちょっといじめたくなるかも。
「あの……すみません」
「なに」
関わらない方がいいかもと思いながらも、ついこたえてしまう。
「お願いできますか?」
「したから何さ?」
でもまた行き倒れくんは黙ってしまった。ウチの顔が段々不審者を見るような眼つきになってったせいかも。
したって実際、不審者っしょや。なかなか言えない『お願い』って何さ?
「で? なしたの? 用事ないならウチ帰――」
「すみません――何か食べる物、持ってたら……って……」
「……はぁ?」
聞き間違いかな。
さっきと違って、今度は消え入りそうな声だったし。
「あんた、お金ないの?」
ウチより年上っぽいのに。なら、バイトとかでお金稼げるっしょ?
あ、そうでなくて、お金落としたとか盗られたとかかなぁ?
でも炎天下で水も食べる物もないって。しかもお金もないって、砂漠だったら即ミイラだよ?
「いや、そうじゃないんですけど……」
「う~ん? なしたのさ?」