悪魔使いの深夜
「……んぅ」
虫の声すらもまばらな時間帯に、目が覚めた。
ここ数日、悪魔を作るという大仕事のためにほとんど眠らずに作業をしていたので、疲れが溜まっていたのだろう。ぐっすりと眠ってしまっていた。
……でも、もう少し。
まどろみを堪能するために力を抜けば、ベッドは優しく私を包んでくれる。
「うーん」
「え……?」
私以外の声に驚いて、まどろみが消える。
起き上がってみれば、寝床には透き通るような青髪をたたえた青年が眠っている。正確には、青年の姿をした悪魔が、だけど。
寝床にいる私以外のものは、私が生み出した悪魔、ファルレアだった。
「……ああ、私が言い出したんでしたね」
半分くらいぼうっとしている頭で、寝る前のことを思い出す。
そういえば、一緒に寝るようにと、私の方から彼に言ったのだった。
規則正しく寝息を立てるファルレアの容姿は、美青年と言って差し支えない。
はっきりとした目鼻立ちに、長いまつげ。細身の身体と髪の色が相まって、その美しさは氷細工を思わせる。
なんとなく青い髪に指を通してみれば、するすると指通りがよくて心地いい。
今は閉じられている瞳は、血のような紅。強い色だけど、視線は優しくて、気弱だ。
黒く艶めいた二本角がなければ、誰もが彼を悪魔とは呼ばず、美青年だと褒め称えるだろう。
「私の好みが出た……というわけでもないと思いますが」
正直に言えば、美形ではあると思う。
実のところ、彼の見た目について私は細かく設定していなかった。
自分が悪魔に求めていたのは力で、見た目は二の次に考えていたからだ。
つまり目の前の悪魔が美しい姿をしているのは、相手の願望か、生前のファルレアに近い外見なのか……もしくは悪魔として、人をたぶらかせるだけの美しさを備えたのか。
……まあ、なんでもいいですか。
悪魔の能力として自分が望む基準は、十二分に満たしている。ならば見た目がどうであっても、私は満足だ。
「あの竜、私が思ったより強かったので、実はあそこまで簡単に倒せてびっくりしていますしね……」
「う、うぅん……」
「っと……」
眉根を歪めて、ファルレアが抗議するような寝言を漏らす。
ついつい、髪に触れ続けてしまっていた。慌てて手を離せば、ゆっくりと寝息が整ってくる。
「お疲れ様です、ファルレア」
ファルレアはもともと、ほとんど消えかけの浮遊霊だった。
それを自分が無理やり捕まえて、彼を核として悪魔に仕立て上げた。
正直なところ、罪悪感はない。魂が必要だったから使ったのだし、どうせ放っておいても彼は消えてしまっていた。
記憶がなくなるほど存在が薄れた魂なら、場合によっては何百年も昔のもので、身寄りなんてものはない。元々捨てられていたものを、どう使おうが自由だろう。
……それはそれで、これはこれです。
謝る気持ちと、労う気持ちは別のものだ。
彼は私が予想した以上の仕上がりだし、こちらの言うこともよく聞いてくれる。
もちろんそれは契約の効果もあるけれど、契約の履行をどれくらい真面目に行うかは悪魔次第な部分もある。
つまり彼は命令にかなり忠実で、扱いやすい悪魔ということ。言うなれば、『当たり』の悪魔だ。
自我すら芽生えない可能性も考慮していた私からすれば、話し相手にもなって退屈しない。
話していて、気付けば喉が渇くくらいに、彼をいじる……もとい、構うことに夢中になってしまったくらいだ。
「ふふっ」
今しがた自分が落とした言葉のおかしさに、自然と笑みがこぼれる。
「こういう言葉は、相手が起きてるときに言うべきですね」
明日はファルレアがよくできたら、きちんと褒めたり、労ったりしてあげよう。そう決めてから、私は彼の隣で丸くなった。
他人の息遣いが聞こえる寝床なんて、何年ぶりだろう。
消えたはずの眠気はすぐさまやってきて、私を眠りへと誘った。