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見習い悪魔にくちづけを

 鼻に落ちてきた朝露は冷たく、どこか甘い香りがした。

 それを軽く手指で拭って、僕は森を抜ける。

 さあ、と振ってきた朝日は、あたたかかった。

 そよそよと吹く冷たい風は草原を揺らして、まるで僕たちに手を振っているかのようだった。


「なんとか、逃げ切れたかな……?」

「くふふ。いろいろと仕込みはしていますからね。今頃、教会の騎士たちや町の兵士たちは、私たちと反対側ですよ」


 クェルがそこまで言うのなら、大丈夫なのだろう。

 夜通し歩いたこともあって、彼女の言葉で少しだけ力が抜けた。けれどそれは、人間であるクェルやイストリアの疲労と比べれば小さなものだろう。

 事実、イストリアは自分の足で立ってはいるものの、口数は少なく、うつらうつらと船を漕いでいる。


「イストリア、エウレカ。少し休みなさい。休んだあとはすぐに出発するので、きちんと眠るように」

「ふぁい……お師匠様……」

「くぅん……」


 お互いに相当疲れていたのか、イストリアとエウレカは寄り添うようにして草原に寝転ぶと、すぐにすやすやと寝息を立て始めてしまう。モップ犬の枕は、見るからにもふもふで気持ちよさそうだった。

 ひとりと一匹が眠るのを見届けて、僕はクェルに言葉をかける。


「クェルは、眠らないの?」

「くふふ。私はあなたのローブに偽装の効果を施す仕事がありますから。ファルレアは眠っていていいですよ、最悪、私のことは抱いて移動して貰いますので」

「それはもちろん。クェルが望むなら喜んで」

「おや、ファルレアったら、悪魔らしくなってきましたね?」

「……僕は充分に恵まれてるからね」


 比べることはよくないと分かっていても、どうしても比べてしまう。

 もしも僕がクェルではなく、あの名前もしらない悪魔使いに創造されていたらと思うと、正直に言ってぞっとする。

 自分が悪魔であることへの苦悩はまだ消えることはないけれど、少なくとも僕はクェルに、生みの親に祝福されているのだ。


「……ファルレア。こっちに来てください」

「あ……ああ、うん。そうだね。そういえば、まだだったっけ」


 クェルが呼ぶ声に従って、僕は彼女の側に(ひざまづ)く。


 ……難儀なものだなあ。


 僕とクェルの契約は、『なにか頼みを聞くたびにくちづけをしてもらう』ということ。

 当然、深夜に戦ったことなども頼み事を聞いたことになる。

 どんな小さなことでも契約は契約で、代価を支払わなければ消滅してしまうのが悪魔契約のルールだ。


 何度くちづけされても気恥ずかしい感覚はあるけれど、それを貰うこと事態は慣れてきたし、クェルにキスして貰えるのは素直に嬉しい。

 なにせ彼女はとんでもない美少女なのだ。金色の髪は一晩の逃避行を経てもなお美しく、朝日すら弾くほどの艶やかさ。

 翡翠の瞳は澄んでいて、見つめられると吸い込まれてしまいそう。

 真っ白で滑らかな手指がこちらに触れてくれることも嬉しいし、唇はみずみずしく、触れ合うだけでとろけてしまうのでは無いかと思うほどに、甘い香りがする。


 僕も男だ。正直言って、クェルのような美少女にキスされて嬉しくないはずがない。


「……?」


 ちょっとだけドキドキしつつ期待しながら待機して、いつもより時間がかかっていることに気付く。

 クェルはこういうとき、すぐにやるべきことを片付けるタイプだ。なのに今回は、屈んでもすぐにくちづけて来てくれない。

 なんでだろうと思って相手の方を見てみると、クェルはなにやらこちらの方を見て、少しだけ頬を染めていた。

 その様子は今までの見たことがない反応で、しいて近いものをあげるならば、『照れ』というのが正しいようにも見えた。


「……ファルレア。今から私はあなたに対価としてくちづけをします」

「あ、うん。そうだね」

「……ただ、その。今回のこれはついでです」

「ああ、えっと……夜に外した拘束をはめ直すとか?」


 強すぎる悪魔の力を押さえていた、クェルの拘束。

 戦闘で窮地に陥ったために外されたそれを、もう一度付け直すのだろうか。

 正直、あのときに感じたような万能感は消えているのだけど、もしかするとそれとは別で、きちんとした手順を踏まないといけないのかもしれない。


「違います、それとはまた、違っていて……」

「ええと、そうなの?」

「……ミルフィのことで、怒ってくれたでしょう、ファルレア」

「あー……怒ってくれたというか、あれはふつうに誰でも怒ると思うよ。クェルだけの問題じゃなかったし。イストリアとエウレカもひどい目にあって、僕だって騙されたのは変わらないしね」


 いろいろと思うところはあったけれど、最終的にはクェルが選んだことは、間違っていないと思う。

 失うことはたくさんあって、戻らないものも多くある。感情のすべてを消化したなんてとても言えない。


 それでも、僕は自分の気持ちに嘘はつかなかったと思う。

 その結果として愚かと言われてしまうような選択をしたこともあったけれど。


「……正直に動いただけだよ。悪魔使いの、悪魔らしく」


 欲望に嘘をつかない。

 それはクェルが教えてくれた、悪魔使いらしい生き方。

 けれど、本当は誰だってそうしたいのだろうと思う。

 誰だって、本当は自分の心のままに生きたい。その気持ちを飲み込んで、なんとか日々を生きて、その中で自分の中の納得を探している。

 悪魔使いは強力な力を振るうけれど、実際には世界を滅ぼしたりなんてできないし、世界の敵として窮屈な生き方を強いられている。もしかすると、この世界で一番生きづらい存在かもしれない。

 優しくない世界で、もっとも生きづらい生き方を自らの意思で選ぶ、悪魔使いという生き物。

 そして僕は、そんな悪魔使いに生み出された、人造の悪魔なのだ。

 

「……そうですね。では、私も正直に動きます」

「クェル……?」


 どういうわけかいつもよりずっと真剣な瞳で、クェルは僕の頬に触れる。

 抗わずにいると、ゆっくりと引き寄せられた。

 翡翠の瞳に吸い込まれるように、あるいは誘われるようにして、顔が近付く。

 クェルが瞳を閉じるのを見届けて、僕も目を閉じた。

 そして、お互いの距離はゼロになった。


「ん……」


 吐息を飲み込むようにして、柔らかさが触れてきた。

 何度交わしても脳が溶けてしまいそうになる。どこか甘ったるくて、耳に触れる息と言葉だけが、世界を支配しているような感覚がする。

 ちゅ、ちゅと啄むような動きがあり、それから相手が深く繋がることを求めてきた。

 くちづけが激しくなることを、僕は拒まなかった。拒めるはずもなかった。


「ん、は……じゅ、る……ん……ふぅ……ちるるっ……」

「んっ……くぇる……ちゅ……」


 お互いの舌が絡み合うことを受け入れれば、自然とそれは唾液を交換することになる。

 舌が吸われる感触は、今までになかったものだけど、つまりはクェルが新技を試してきたようなものだ。愉しんでおけばいい。

 気恥ずかしい行為だけど、はじまってしまえばこちらも積極的になれる程度には慣れてきた。


「ちゅ……ぷはっ……ん、ふ……やっぱり、息がつづきませんね……」

「ん……そうだね……」

「はぁ……ファルレア……ちゅっ……」


 理由は不明だけど、今日のクェルはなんだか激しい。

 一度ではなく何度もくちづけをしてくる様子は、義務感というよりは、まるで求めているようにすら見える。

 もちろん嫌ではないので受け入れれば、息継ぎを重ねて幾度も唇を重ねることになった。

 何度もキスをもらうと、さすがに少し恥ずかしくなってくるけれど、そんな羞恥は心地良さに塗りつぶされてしまう。


「は、はぁ……ん……さ、さすがにこのくらいで……止めておきましょうか」

「う、うん……そうだね……ええと、クェル? どうしたの、今日は」

「……鈍い人ですね」


 まだくちづけの熱気が抜けていないのか、頬を赤くしたままで、クェルはむっとした顔をする。

 翡翠の瞳をジト目にするその様子は、年相応の少女のようで可愛らしかった。


「……今のくちづけは、契約のほうがついでですよ」

「ああ、うん。さっきも言ってたね、そんなこと」


 結局のところ、今のキスの本題はなんだったのだろう。

 熱心にしていたところを考えると、またなにかよく分からない儀式でもされたのかもしれない。


「この見習い悪魔、察しの良さくらいは設定するべきだったかもしれません……」

「ええと……?」

「……さっきのくちづけは、その。お礼も兼ねて、です。義務感だけでしたわけではないので、その……受け取ってもらえると……嬉しい、です」

「え……」


 言われた言葉を理解した頃にはもう、クェルはそっぽを向いていた。

 理解した意味を心の中でゆっくりと飲み込んだ瞬間、僕の頬が一気に熱を持つ。

 自分でも驚くほどに心臓が跳ねて、キスをするとき以上に緊張してしまった。


「あ、あの、クェル……」

「……くふふ。さあ、これから忙しくなりますよ、ファルレア!」


 振り返った彼女は、もういつもどおり。

 翡翠の瞳にたっぷりの自信を宿して、独特の笑い声をこぼす、天才悪魔使いだった。


「ほとんど着の身着のままで出てきてしまいましたからね。現地調達しつつになりますが、長旅は確定です。付き合ってもらいますよ、私の自慢の人造悪魔として」

「え、あ、うん……分かったよ、クェル」


 頬がほんのりと染まっているけれど、それを指摘するのはもう、野暮なのだろう。

 世界は僕たちに優しくなくて、道のりはきっと険しいのだろう。

 それでも僕は、クェルという主に寄り添っていたいと思う。


「……報酬はいつもどおりですよ、見習い悪魔さん」

「……もちろん。それで良いよ。契約どおりだ」


 正直に言って安すぎると思うときもあるけれど、それが僕と彼女との契約だ。

 なにかを叶えるたびに、くちづけをひとつ。

 金色の髪がゆっくりとこちらにやってくることを、僕は受け入れた。

 どうやら、もう一度くらいは支払ってもらえるらしい。

 唇に触れる柔らかな感触が、僕とクェルを繋いでくれた。


 これが僕たちの繋がりであり、僕たちの契約だ。


あとがき忘れてたので今更書いてます(


そんなわけで見習い悪魔にくちづけを、でした。だいたい一区切りですね。ここからまた書き溜めです。

ちょっとタイトルで中身が想像しづらかったなーというのが問題点の気がします。気に入ってるんですけどねえ。


今回は「めっちゃちゅーされる話」が書きたかった感じです。みんな好きだよね、美少女にちゅーされるの。


それでは、続きかけましたらまたお会いしましょう。ありがとうございました。

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