プログラムスタート
「さて、私は悪魔使いの弟子としてはすこし変則的な教え方をします。……と言っても、一般的もなにも、どうせ私があなたに教えられる知識は世界的に見れば邪悪でろくでもないものばかりですので、気にせずに」
「身も蓋もない……」
「くふふ。事実ですから」
その通りすぎる上に、語る本人がそれを理解しているのでそれ以上はなにも言えなかった。
悪魔使いになると決意を固めたイストリアを連れて、僕たちは隠れ家の地下に降りてきていた。
相変わらずどこからともなく風が吹いてくる室内は暗く、ひんやりとした気配が満ちていた。
灯したばかりの蝋燭の炎が妖しく揺らめく室内で、クェルは楽しそうに眼鏡を上げる。
「……お姉ちゃんは」
「師匠と呼びなさい」
「お、お師匠様」
「良いですね、雰囲気が出ます。で、なんですか?」
雰囲気なんだ……と若干呆れ気味になるけれど、クェルの方はノリノリで楽しそうだ。いつの間にか眼鏡までかけているし、実は教えるのが好きなのかもしれない。
イストリアはクェルの知らない一面にやや面食らいつつも、質問のために言葉を作る。
「お師匠様は、これから私になにを教えてくれるの? エウレカはいつ、治せるようになる? やっぱり、やっぱり……たくさん修行をしないと、ダメかしら……?」
「本来であればそうですね。失われた生命を蘇らせることは悪魔の力を使っても並大抵のことではなく、すぐにできるようなことではありません。かといって死後、時間が進むほどに肉体は劣化し、魂が肉体から離れていく……正直なところ、この状況であなたの家族を生き返らせるのは無理があります」
「それじゃあ……どうすればいいの?」
「くふふ。慌てないでくださいな。無理と言っても、既存の技術では、です」
「……まさか」
クェルが言おうとしていることには、心当たりがあった。
それは僕自身のことであり、彼女が自分で豪語していたことだからだ。
悪魔創造プログラム。その単語が頭に浮かんだとき、クェルは既に言葉を作っていた。
「天才悪魔使いである私が編み出した、新技術……弟子のあなたに、特別に使わせてあげましょう」
「まさかクェル……エウレカを悪魔にするつもり!?」
「それ意外に方法がありませんからね」
しれっとした顔でクェルは言い放った。
クェルは、浮遊霊である僕を悪魔にしたように、エウレカを悪魔として再構築しようとしているのだ。
「幸いなことに、その子は死にたてです。肉体は万全ではありませんがそこにあり、魂もまだ離れてはいない。時間を追うごとに、あなたのように記憶の欠落が生じるなどの不具合が出てきますので、やるなら今です」
「で、でもっ、それは……!」
「教会からの追っ手が来ることも含めて、時間がありませんよ。ここは私の研究室で、悪魔を造るための儀礼的な下地は整っているし、今なら素材も手元にあります。今やるか、永遠に諦めるか。その二択です」
「ぐ……」
クェルの言葉は淡々としているけれど、それが真実を告げているだけだということくらいは僕にも分かる。
なによりそれは、僕が否定するべきことじゃない。エウレカをどうするか決めるべきは、イストリアなのだ。
「もっと言えば、その子にとっても良いことです。前に行ったように悪魔創造プログラムは本来危険な存在である悪魔を、もっと安全に使うために開発した手段です。いきなり悪魔と契約を結ぼうとして、もしもまかり間違って魂を代価にでもさせられたら目も当てられません。安全性の面から見ても、これが最良の手段だと思います。……どうしますか?」
クェルが問いかけを投げた先には、すっかり決意を固めた様子のイストリアがいた。
彼女は妖しい光が揺らめく地下室の中心に立っていた。部屋の中心に横たえられたエウレカの亡骸を撫でる彼女の瞳には、すでに迷いがない。
「くふふ。聞くまでもなさそうですね」
「イストリア……いいの?」
「……いいの、お兄さん。やらせて。私も、そうしたい。悪魔でも、犬でも、なんでもいい。どんな姿になっても、エウレカは……エウレカは、私の家族だから」
「イストリア……」
「お願い、お師匠様。私が、エウレカを助けてあげたいの」
「……くふふ。良い返事です。それではまず、この竜の血で方陣を描きましょう。どの悪魔のものでもなく、あなたが今から創造する悪魔のものです。デザインの補助はしますが、あなたが思うとおりに描きなさい」
「はい……お願いします、お師匠様!」
クェルの指示に従って、イストリアは作業を始めた。
教えられることを必死で守り、彼女は真剣に儀式の準備を進めていく。
必要な材料はほとんどが血液や骨など、動物の生命を糧とした結果にあるもので悍ましいものだけど、イストリアは文句一つ言うこと無く、手指が汚れることなど構わずに作業をこなす。
「私は儀式の準備に指示を出しますが、手は出しません。材料には余裕があります。失敗したらやり直しなさい。私ではなく、その子の家族であり、その悪魔の主となるあなた自身がやることに意味があるのです」
「はい……!」
「竜の骨への彫り込みはもう少し深く……そう、良いですね。自分の髪の毛を巻きつけるのを忘れないように。髪は切るのではなく、ちぎりなさい」
「はいっ!」
「……クェル。僕も、こうやって造られたの?」
浮かんだ疑問は、自然と口にからこぼれていた。
疑問を投げかけられたクェルはこちらへと向き直り、
「あなたの場合はもう少し高度です。元が浮遊霊で身体がありませんでしたし、存在レベルで曖昧でしたからね。能力値も高く設定したかったので、造るのにはかなり苦労しました」
「……もう少し簡単な手段があったんじゃないの? その、人間の死体を仕入れてくるとか」
作業が始まってから、ずっと疑問に思っていた。
先ほどクェルが言ったとおりなのだとしたら、死後時間が経つごとに、『素材』としては劣化して使いづらくなっていく。
だとしたら人造悪魔にするのならば、僕のような浮遊霊よりも使いやすいものがあったはずだ。なのに、彼女はそうしなかった。
僕に疑問を投げかけられたクェルは、翠玉のような瞳を少しだけ迷わせて、こぼすようにして言葉を作る。
「……もしも悪魔になったとき、記憶が残っていれば戸惑います。家族のことを思い出して辛くなるかもしれませんし、その家族がまだ存命ならなおのことでしょう」
「あ……」
「何十年も前の魂なら劣化して記憶は持っていないし、もしかすると知識すらも無く、悪魔であることに戸惑いや罪悪感など持たないかもしれないと思ったんですよ」
「……やっぱり、クェルってちょっと優しいよね」
「……そんな事実はありませんし、そんなつもりもありませんが」
「や、でも、それって誰かに気を遣ってるってことだし、クェルはたまに厳しいけど基本はやさしむぐっ!?」
「ん……みょおなことを、は、口走る……ちゅ、わるいおくちは、んぅ、ここれふか……?」
言おうとした言葉は、最後まで口にできなかった。
身長差があるために飛びつくようにして、クェルはこちらへと抱きついてくる。
そして唇を重ねて、僕の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと、クェル……んぅ!?」
「ぷぁ……静かにしなさい……あの子に気付かれるでしょう……?」
「ん、ぅ……」
幸いなことに、イストリアは作業に夢中になっているからか、こちらがしていることに気付いていない。
口づけは恐らく、さっきイストリアを助けたときに抱いたこととか、その辺りの対価としてだろう。そのついでに、余計なことを言うなと釘を刺された。
小さな女の子の背中に隠れるようにして、濃密な口づけをするというのはひどく背徳感があって、こんな状況だというのにぼうっとしてしまう。ましてイストリアは、エウレカを蘇らせるために頑張っているのに。
「……くふ。少しだけ、どきどきしますね……?」
「そ、そんなことは……」
こちらが思っていたことを見透かすようなクェルの瞳に、はっきりと否定はできなかった。
どきどきする。それは言ってきたクェルも同じなのか、彼女の頬はほんのりと赤くなっていた。
「……さて。もう少しかかるので、ファルレアはゆっくり眺めていてください」
お互いの唾液で濡れた自らの唇を指先で拭って、クェルは僕から離れていく。
儀式の準備が進んでいく中、なにもすることのない僕は、ただ残り香と感触に浸るしかなくなっていた。




