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責任の行く末

 町の中心部では、怒声が響いていた。

 聞こえてくる言葉はどれもとても聞くに堪えないものだったけれど、僕はその罵声の群れを聞いていた。

 この光景は僕が招いてしまったことだ。目を逸らすことも、耳を塞ぐことも許されない。


「っ……」


 悪魔。悪魔の子。悪魔の使い。なんて恐ろしい。殺せ。悪魔の子を殺せ。

 そんなふうに聞こえてくる罵詈雑言の群れをかき分けるようにして、僕はそこへと向かった。


 いつも太陽のような笑みで僕をあたたかく迎えてくれた少女、イストリア。

 その彼女は今、鎖に繋がれて、大衆の晒し者にされていた。

 処刑台の上にいる彼女には無数の石やゴミが投げつけられ、いくつもの冷たい言葉が降り注ぐ。


「あぐっ……!」


 なによりも、処刑台にいる神父が振るうムチによって、イストリアは激しく打ち据えられて、声を絞り出されていた。

 服はぼろぼろに破け、露出した肌はすっかり赤く腫れ上がってしまっている。

 いつだってイストリアの側にいたパートナーのエウレカは、既に彼女の隣でぐったりとしており、事切れているように見えた。


「……ひどい」

「ええ、ひどいものです。そしてそれが、この世界での当たり前の光景です」

「……僕は、馬鹿だ」


 確かにクェルの言うとおりだった。

 僕は彼女のたちを救ったつもりでいた。思い上がって、いい気になっていた。クェルが褒めてくれるとさえ、どこかで思っていた。

 だけど、実際はそんなことは微塵もなかった。

 傷を癒やして救った友人は殺され、その飼主である少女は悪魔使いと罵られ、大勢の目の前でずたぼろにされている。

 ムチを振るいながら、神父が彼女を問い詰めた。


「イストリア。言いなさい。誰があなたを誑かしたのです。あの犬に悪魔の業を施したものの名を、言いなさい!」

「ぐっ……し、知らないわ、知らないわ……私は、なにも……あぐぅ!?」


 それでもなお、イストリアは知らないと口にした。

 僕との契約を守って、口をつぐみ続けている。

 きっと僕が悪魔であることに、彼女はもうとっくに気がついているだろう。

 だというのに、彼女は僕のことを語ろうとしていない。


「……強い子ですね。ファルレアのことを言えば、契約違反となって彼女は絶命します。それを知らないとはいえ、あそこまで打ち据えられてなお黙っているとは……喋ったほうが楽になれるというのに」

「イストリア……」


 それは彼女が僕のことを信じてくれて、なによりも守ろうとしてくれているというなによりの証だった。


 ……僕は本当に、大馬鹿だ!!


 クェルは自分に責任があると言って、けれどきっとその責任以上に僕のことを守って、大切にしてくれている。

 そしてイストリアも、僕を守ろうと必死になって言葉を飲み込んでいる。

 ふたりの少女に守られて、愚かな僕はようやくここに立っているのだ。


「そんな女、さっさと殺しちまいな!!」

「……!」


 聞こえてきた声は、聞き覚えがあるものだった。

 声の主は、暫く前にイストリアといっしょに訪れた、パン屋の店主のおばさんだった。

 怒声を浴びせるだけでなく、足元の石すら拾って投げようとしている彼女の手を、僕は思わず掴んでしまう。


「止めてあげてください!」

「なんだい、あんた! 止めるんじゃないよ!」

「あんないい子に……あなただって、あの子はいい子だって、そう言っていたでしょう!?」

「ふん! そんなの、私たちを騙くらかすために猫をかぶっていたんだ! そうに決まっている! 悪魔の手先は滅ぼさなきゃならないんだよ!!」

「っ……!」


 愕然とする僕の手を振り払い、おばさんは石を投げつける。

 投げた石は当たりこそしなかったけれど、イストリアはおばさんと、僕の方を見た。


「――」


 口だけを小さく動かして、彼女は言葉を伝えてくる。

 その言葉の意味が分かるのは、きっと僕だけだろう。彼女は紅の瞳でまっすぐに僕を捉えて、微笑みすら浮かべていた。


「……ファルレア。これが現実です」

「……ひどいよ、こんな……」

「ひどくはありません。なぜならば、民衆は悪ではありません。彼らは悪魔(あなたたち)を世界を滅ぼしかねない邪悪だと信じている。教会がそう流布して、実際に悪魔の力は世界とまでは言わなくとも、町のひとつ、国のひとつ、簡単に滅ぼします。だから、人は悪魔使い(わたしたち)を殺そうとする。危険は排除する……それは生き物として、ごく当たり前の行為です」

「…………」

「だから悪魔使い(わたしたち)は隠れるのです。排除されないために」

「僕は、それを……僕のせいで、彼女が……」

「ええ。これはあなたが選んだことです。あなたと彼女の、契約の結果。だから責任を取りなさい、ファルレア」


 怒声が響く中、クェルは僕を抱きしめた。

 きっと平時であれば人目を引いただろう。けれど今、人間たちの目は処刑台の上にいるイストリアへと向いている。

 僕たちを見るものは誰もいない。だからクェルは少しも遠慮すること無く、言葉を紡ぐ。


「このままあの子が殺されるのを見届けるか、今からでもあの子を助けるか。それがあなたが取るべき責任です」


 提示された二択のうち、僕がどちらを選ぶかなんて、クェルは知っているだろう。

 彼女はめちゃくちゃで、こちらの都合なんてものを考慮してくれることはない。けれど、彼女は確かに僕のことを見てくれている。

 あえて言葉にするのはきっと、僕が今やろうとしていることの責任を明確にするためだ。

 今この場で取れる行為がふたつあり、それぞれに別の責任が生じるということを、僕に分からせるためにクェルはそんなことを口にした。

 彼女がそういう性格だと分かる程度には、僕だって彼女のことを見ているのだ。


「……僕は」


 イストリアが殺されるのを見届けることを選べば、僕はその間違いをずっと胸に刻んで、後悔し続けて生きることになるのだろう。

 彼女を助けることを選べば、まず間違いなく教会に僕とクェルのことが知れてしまう。そうなれば、民衆の非難はこちらへと向く。そして晴れて僕は、本当の意味で人類の敵として認識される。

 どちらがいいかなんて、考えるまでもなかった。

 クェルの真っ直ぐな瞳に頷きを返して、僕は処刑台の方を向いた。


「僕は、悪魔ファルレア!!」


 高らかに響いた声に、民衆の一部が反応した。

 そうだ。それでいい。でも、まだ僕の周囲だけだ。ほんの少しの視線が、僕へと向いただけに過ぎない。


 今こそ僕は、自らの力を使うことをためらわなかった。

 頭を覆っていたフードを、乱暴に外し、僕は周囲を睨みつける。


「僕は、悪魔だ」


 世界に愛はささやかない。

 世界に許しなど祈らない。

 世界に想いを詠み唱える意味はない。

 世界に己のことを念じる必要もない。

 欲しいものは、己の力で手に入れる。


「世界よ、黙れッ!!」


 そして、世界に静寂が訪れた。


「ひぃぃぃぃぃ!?」

「あ、悪魔だぁあああ!?」

「ぎゃぁぁ!? 嫌ぁぁぁぁ!?」


 静かな時間はほんの一瞬で終わりを告げ、先ほどまであちこちであがっていた怒号は悲鳴に変わる。

 人々は腰を抜かし、逃げ惑い、許しを乞い、泣きわめく。

 そうだ、それでいい。僕は悪魔だ。逃げろ。泣け。そしてこの場から消えていけ。

 

 僕が使った力は、周囲の建物の表面や、道端に積み上げられた藁などを凍らせて、周囲の温度を劇的に下げただけだ。

 誰の生命も奪っていないし、僕にとっては簡単なこと。だけど、人間を恐れさせるにはそれで十二分だ。

 発揮した悪魔の力は、ローブに施されていた偽装を完全に破壊した。人の認識から外れていた悪魔の角は、今や誰の目にも触れていることだろう。

 軽く虚空を一撫ですれば、それだけで地面から氷柱が現れる。下からの冷たい打撃によって、処刑台はぼろぼろに破壊された。


「ファルレア。私も連れていきなさい」

「……いいの?」

「くふふ。これは私の『責任』です」

「……分かった」


 これだけ人目を引けば、もしかしたらクェルのことは隠せるかとも思ったけれど、どうやら彼女自身がそれを望まないらしい。

 差し出された手を取り、彼女を抱き上げる。その名の通り、姫を扱うようにして。


「今、そこに行くから」


 そして僕は、クェルを抱いたまま跳んだ。

 跳躍はひととびで、だけどそれで充分だった。

 もはやボロボロに砕かれた処刑台へ、僕は遠慮なく降り立った。


「悪魔め……イストリアを悪の道へと堕としたな!!」

「それは否定できない。僕は悪魔で、きっと正しくなんか無いんだろう。けれど……そっちこそ、子供を鞭打つのは、正しい行いなのかい?」

「ぐ……」


 僕らを睨みつけ、強い言葉を浴びせてきたきた神父は、こちらの返答に押し黙ってしまう。


 ……この人も、被害者か。


 彼がムチを握る手は震えており、瞳には涙が浮かんでいる。

 考えてみれば当然だ。彼はどうみても教会の神父なのだから。恐らく、イストリアを引き取って育てていたのは彼なのだろう。

 イストリアはいつだって笑って、身なりだって子供なりにきちんとしていた。それは目の前の神父が、イストリアのことを大切にしていたというなによりの証拠だ。

 そうして大切育てていた子供に自らの手でムチを打つなんて、楽しいはずがない。嬉しいはずがない。


「……ああ、そうだろうね」


 嫌であればムチを打たなければいいなんてことが、彼にできるはずもない。悪魔に関わったものを匿うことだって重罪だ。

 彼は己や、他の孤児を守るために、選ぶしか無かったのだ。イストリアを悪魔に関わったものとして、処刑台に送ることを、選ばざるをえなかった。

 そしてそれに対して、僕が謝罪や、弁解を口にするべきではないのだろう。

 教会にとって悪魔は絶対悪であり、敵なのだから。


「くふふ。ご苦労様でした」


 そしてこういうときに頼りになる、悪魔よりも悪魔な女性が、ここにいる。

 彼女は僕の腕からするりと降り、ゆったりとした調子で民衆を眺めた。


「さあさあ、愚民の皆さんこんにちわ。私はしがない悪魔使い。ちょっと本日は、ここにいる可愛らしい女の子を(かどわ)かしに参りました」


 クェルはローブを外すこと無く、高らかに、謳い上げるようにして言葉を紡ぐ。

 既に多くの人は逃げ出しているけれど、逃げ遅れた人や、神父など、一部の人間は彼女の言葉を聞いていた。


「我こそは正義、という勇者はいませんか。それでは、この子は遠慮なく貰っていきますね……さ、私の悪魔さん。その可愛い子を生贄にするために、持って帰りましょうか」

「そうだね。柔らかくて、美味しそうだ。そこの犬も、もう死んでるけど、食いではありそうだね。持っていくとしよう」


 響く言葉が周囲に配慮してのものということくらいは、鈍感な僕にも分かっている。

 これで悪魔使いに生贄として狙われた、可哀相な女の子がひとり出来上がりだ。イストリアは悪者ではなくなるし、悪魔に食べられて死んだものになる。

 クェルの心遣いに感謝して、僕は遠慮なく悪魔として振る舞った。


「……おにい……さ……」

「静かに。ごめんね、イストリア」


 彼女以外には聞こえないように謝罪を口にして、僕は傷ついた彼女に自らのローブをかけた。

 既に偽装の力は外れていて、あまり綺麗ではないけれど、服は服だ。露出した肌を隠すくらいはしてくれるだろう。

 抱き上げてみると、思った以上に軽く、小さな子供であるということを強く思う。こんな小さな子供に、随分無理をさせてしまった。


「くふふ。それでは皆さん、ごきげんよう!」


 僕がイストリアを抱き上げることを確認すると、クェルは高らかに言葉を作り、懐から一枚の紙を掲げた。

 取り出された紙切れには、よく分からない模様が描かれていた。いつかの授業で習った、悪魔を喚び出すために使わる方陣(サイン)だ。


「旧き契約に基づき……面倒くさいんで詠唱省略! 現れなさい! 汝、現世での名はスコタディ!!」


 省略なんてこともできたのかとびっくりしたのもつかの間。言葉が終わると同時に、それはやってきた。

 方陣から漏れるようにして、闇色の霧が現れる。パープル色のそれは、輪郭すらも曖昧だった。唯一、霧の中心でまたたく鮮烈な紅の輝きは、あの悪魔の瞳なのだろうか。


「惑いなさい」


 召喚した主であるクェルの言葉が響き、悪魔は願いを叶えるべくその力を発揮した。

 霧の悪魔はその身を膨れ上がらせ、周囲をその霧で覆った。

 あちこちから悲鳴が上がりその様子を見たクェルは満足そうに、くふふと笑う。


「さあ、今のうちに行きましょう。スコタディの霧に覆われている限り、愚衆どもは目も耳も利きません。逃げるなら今です」

「分かった。クェル、悪いんだけど……」

「ええ。あなたは犬とその子を抱えなさい。私は自分の足で走れます。神父はさっさと復帰するはずなので、急ぎますよ」


 こちらが考えていることをすべて言葉にする前に、クェルは応じてくれる。

 察しの良さに感謝しつつ、僕はイストリアとエウレカを抱いて、この場を離れることにした。

 本当の意味で責任を取らなくてはならないのは、これからだ。

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