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おやすみからおはよう

ヒロインにすごくたくさんキスされる話が書きたいとおもい、今回の作品を書きました。

 暗く、音のない世界だった。

 自分の意識なんてものはほぼなく、ただ冷たさと暗闇だけを感じる空間。

 どこか寂しくて、どこか心地よい場所で、僕の意識はたゆたうように揺れていた。


「――掴みましたか」


 唐突に、言葉が来た。

 それまで風の音すらしなかった世界を、確かな響きが揺らす。


「くふふ……私に見染められるなんて、運のない魂ですね。残念ですが、諦めてください」


 言葉遣いこそ丁寧だけど、有無を言わせない雰囲気で言葉が響く。

 ふわふわと浮かんでいた意識が、明確な方向性を持って揺さぶられた。


「消えかけの魂よ。新しい名前を与えましょう。新しい役目を与えましょう。その砂が尽きる前に時をゆるやかに止め、あなたの存在を留めましょう」


 彼女の声だけが世界に響く。彼女の言葉だけが世界でただひとつ意味を持つ。

 足首を掴まれて引っ張られるような感覚がするけれど、不思議と怖くない。

 引かれる先にいるのが誰なのか、そのことがなんとなく分かるからだ。


「もっとも新たなる契約に基づき、フェルの名においてあなたに命じます――私のものになりなさい」


 了解の意を示す前に、拒否の意を起こす前に、世界が明けた。




◇◆◇


「……ん」


 暗く、音のある世界だった。

 石造りの部屋にはどこからか冷たい風が入り込み、それらは積み上げられた本をぬうよう這いずってきて、僕の身体を冷やす。

 空気の流れが、腐臭にも似たどこか甘い香りとロウソクの炎をかき混ぜた。


「ここは……?」

「秘密の森の奥……そこにある、私の家の地下ですよ」


 耳に届いた言葉は、先ほど聞いた声と同じ、女性のもの。

 釣られるように振り向いてみれば、そこに声の主がいた。


 さらりとした金の長髪に、透き通るような翡翠の瞳。

 まだ未成熟さを残した肉体は細く、しかし柔らかそうだ。

 ふっくらとした唇が歪み、笑みを作る。少女じみた見目に似合わない、妖艶さすら感じるほほ笑み。

 翡翠の瞳は丁寧な口調に似つかわしくないほど、挑戦的で力強い。

 だというのに、黒い外套をうっとおしそうに引きずりながらこちらに歩んでくる姿はどこか愛嬌があった。まるで品のある猫のように、可愛さと高貴さが同居していた。


 ……目の毒だなぁ。


 美貌も過ぎれば毒となる。女性の美しさのせいで家や国が滅びる、なんていうのはどこにでも転がっている話だ。

 本気で媚びれば国すらも滅ぼせそうな美貌の少女はこちらの目の前まで歩いてくると、しげしげと僕の全身を眺めた。

 頭ひとつ分以上の身長差がある少女からの遠慮のない視線。まるで、美術品の鑑定でもするかのような、丁寧な値踏みの目だ。


「肉体は安定、魂の変質も安定。存在固定だけが少し甘かったようですね。やはり、名と力のある氷竜とはいえ、小瓶で三本程度の血では(にえ)が足りませんでしたか……ああいえ、それなら今から代用品を用意すれば事足りますか」


 ぶつぶつとつぶやかれる言葉は僕に向けているのではないだろう。彼女は僕を見ているけれど、僕の目を見ていないのだ。

 彼女は手近な本に紙を置き、本を机代わりとしてさらさらとペンを走らせる。そうしてメモ書きを終えてから、ようやく僕と視線を合わせてくれた。


「……少し大きく作りすぎましたね。屈んでください」

「ええと、こう?」


 ペンを持った手でこいこいと手招きをされて、ほとんど反射的に動いてしまった。

 腰ではなく膝をたたみ、少女の前にひざまずくようにして屈む。見上げられていた身長差は、逆転して彼女が上となった。

 ほっそりとした手が伸びてきて、頬を撫でてくる。手指はあたたかく、そのぬくもりにどきりとしているうちに――


「――んっ」


 引き寄せられて、唇を重ねられた。


「っ……!?」


 一瞬で身体がこわばり、それをほぐすように柔らかい感触が押し付けられてくる。

 触れるのではなく、貪ってくるような強い触れ合い。体温と吐息を強く感じて、心臓が止まるのではないかというほど跳ね上がる。

 理解ができないままにくちづけをされ、理解ができないままに唇が離された。


「ぷは……。こんなものですか……?」

「な、な、なに、を」

「……なんだか不満そうですね。私、自分の美しさにはそこそこ自信があるんですが……キスされるの、不愉快でした?」

「い、いいや!? そういうわけじゃなくてね!?」

「ああ……なるほど。足りませんか」


 明らかな勘違いだ。この状況で「足りない」という言葉がなにを意味するかくらいは分かる。

 けれどそれを咎めたり止める暇もなく、また彼女の唇が押し付けられてきた。


「ん、ふっ」

「ふぐっ……!?」


 ……舌!?


 僕の唇を押し割って、ぬるりとした感触が入ってくる。

 相当に驚いたけど、まさか噛みつくわけにもいかないので、されるがままになる。

 湿り気のある柔らかいものが、僕の舌を捕まえて絡んでくる。お互いの口の隙間からぴちゃぴちゃという音が漏れて、部屋に響いた。


「ん、んんんんっ!?」

「ちゅ、む……らめですよ、もぉすこし……ちゅ、ちゅぅぅ……」


 こちらの抗議を(たし)めるような言葉を作りながらも、彼女は唇を重ねることをやめない。

 しっかりと舌を絡め、歯裏を磨くように舐めて、こちらの唾液を音を立てて吸ってくる。

 甘い香りがふわりと漂い、それがひどく思考の邪魔をする。頭の奥にもやがかかったように考えがまとまらない。明らかに異常ともいえる展開を、僕はとうとう受け入れてしまった。

 恐らくたっぷり数分は口内を荒らしまわってから、ようやく彼女の唇が離れる。


「……ちゅぱ……ん……」


 肉体が離れてもお互いを結んでいた唾液の混合物を、彼女は指でぬぐった。

 まだ十六にも満たないような少女には似つかわしくない、蠱惑的な仕草。どこか楽しそうにほほ笑んで、彼女は言葉を作る。


「は、ふ……さすがに、息が続きませんね」

「あ、あう、あう」

「くふふ……やっぱり、こっちのほうが嬉しそう」

「う、嬉しいって、その、たしかに嫌じゃないけども、でも」

「でも、なんです? うまくできてませんでしたか? ごめんなさい、はじめてだったもので」

「そ、そうじゃないよ!? うまいとか、うまくないとかじゃなくてね!? 君の方こそ、はじめてって、あれがはじめてで良かったの!?」

「それはもちろん。必要なことでしたから」

「……必要?」

「ええ。これであなたの存在固定は完了。契約は結ばれました。よろしくお願いしますね、悪魔さん」

「あ、くま……?」


 言われた言葉の意味が分からずにいる僕に、彼女が懐から手鏡を向けてきた。

 鏡に映る僕の髪は、見ているだけで凍えてしまいそうな青い色彩。さらにその隙間から、爪のように曲がった真っ黒で太く、雄々しいとも言えるような角が生えている。

 髪とは対照的に瞳は燃えるように赤く、顔は美形と言って差し支えないような細身で美しいものだけど、頭の角がとにかく異質だ。

 そんな存在が、執事のような落ち着いたデザインと、シックな色合いをした服を着ている。


「これ、は……」

「くふふふ……偉大なる悪魔使いであるこの私、クェル・フェル・エルが『生み出した』、世界初の人造悪魔。それがあなたです」


 楽しくてたまらない。

 そんな雰囲気を隠すことなく微笑んで、彼女はとんでもないことを口にする。


「は……はぁぁぁぁぁぁ!?」


 まったく意味が分からない。

 憤りや不理解を混ぜこんだ叫び声が、地下に響いた。

はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶりです、ちょきんぎょ。です。


新作ということで、好きな要素をいろいろ練り込んでみたらこうなりました。

ヒロインにいっぱいチューしてもらえるので、楽しんでいただけると幸いです。

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