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嘘をつくことも必要

「……と、いうわけでこのお兄さんは商売の信仰で、神様はあまり信じていないんですよ。商人にはそういう人が多いんです」

「そうなんだ……!」


 明らかな口からでまかせだけど、少女はすっかり信じた様子だ。うんうんと真剣に頷いている。

 その傍らにはやはり先日のモップみたいな犬がいて、相変わらず僕の服が気になるのか、擦り寄ってきていた。どういうわけか、懐かれているらしい。


「ねえ、クェル。ちょっと……」

「いいから、話を合わせなさい、商人に無宗教が多いのは本当なんですから」

「うぐっ」


 小声で言おうとした抗議は、小声で潰された。肘鉄のおまけ付きで。

 教会孤児の女の子から一目散に逃げてしまい、それから数日。

 改めて僕はクェルに町へと連れてこられて、彼女と引き合わされていた。

 落ち合ったのは町の西にある広場。教会からは少し離れた、住人たちの憩いの場らしきスペースだ。周囲にはブランコなどの遊具もあり、子どもたちが遊ぶこともできる。

 お昼前ということもあってか訪れている人はまばらだけど、それでも僕たちは周囲に気を遣っていた。


「お兄さん? どうしたの?」

「な、なんでもないよ……」


 教会の敵である悪魔使いのクェルがどうやって彼女のことを調べ、そして今日の約束を取り付けたのか。

 気にはなるけれど、どうせろくな手段ではなさそうなので知りたくない。大方、僕から容姿の特徴などを聞いたあと、悪魔を使って探し出したりとかしたのだろう。やっぱり悪魔使いこわい。

 不思議そうに見上げてくる彼女を不安にさせないようになるべく笑顔を作って、僕は適当にはぐらかした。


「そういうことなので、このお兄さんとお話したいときは、教会から離れてお願いしますね。ああいうところは無宗教にとっては座りというか、居心地が微妙ですから」

「うん。分かったわ! ……ねえ、お姉ちゃん」

「はい、なんでしょう?」


 クェルはニッコリと笑い、相手のことを覗き込むようにして屈む。

 その微笑みはいつものような邪悪な微笑みではなく、まるで花が咲くような美しさだ。本性を知らなければ多くの人を虜にできるだろう。


「お姉ちゃんとお兄さんは、恋人なの?」

「は――」


 ――その顔がこんなふうに固まるのは、ちょっと新鮮かもしれなかった。


「……違います」

「違うの?」

「ええ、ええ。断じて違います。この人は私の、ええ、と、その、そう。兄。兄です。似ていないかもしれませんが、それぞれ父親と母親にでくっきり分かれているのです。ね、そうでしょう、フェリオ?」

「え、ああ、うん。そうそう。この子は僕の妹だよ。よく出来た妹でね」


 いきなりアドリブで偽名を呼ばれて驚いたけど、とりあえずは応じておく。

 クェルは咳払いを何度かして、それで落ち着いたらしい。一瞬だけ赤くなったかと思った頬も、もういつも通りだ。

 形のいい眉を歪めながらちろりとこちらを見て、クェルは言葉を紡ぐ。


「……とにかく、不出来な兄ですが、私にとっては大切なのです。どうか聞き入れていただけると助かります」

「分かったわ! お兄さん、この間は、この間はごめんなさい」

「わんっ!」

「いや、僕の方こそ突然逃げたりしてごめんね」


 無垢な少女を騙しているのは気が引けるけど、本当のことを言うわけにもいかない。

 不本意ながら、僕は悪魔だ。そして彼女は人間、それも教会の孤児だ。彼女に正体を知られてしまえば、厄介なことになるのは避けられない。

 お互いのためにもこれが一番。そう考えて、僕は無理やりに自分を納得させた。


「お姉ちゃんたちは、兄妹で行商をしてるの?」

「ええ。血の繋がりはお金の繋がりよりも信頼できますからね。パートナーとしては最適です」

「そっかあ……お姉ちゃんとお兄さんは、すごく自立してるのね!」

「くふふ。そういうあなたはしっかりしていますね。名前を教えていただけますか?」

「イストリアよ! イストリア・フロガ! よろしくね、お姉ちゃん!」

「イストリア、ですね。……兄がお世話になった例です、これをどうぞ」


 クェルは微笑んで、彼女に大きな籠を渡した。

 その中には焼きたてのパンが山のように詰まっている。さっき、ここに来る前にクェルが買っていたものだ。

 てっきり家に持って帰る保存食なのだと思ったけど、違うらしい。


「クェル!?」

「兄さんは黙っていてください。……私たちは無宗教ですが、孤児への優しさと、勤勉な神職の皆様への敬意がないわけではありません。どうか受け取ってください」

「わぁ……ありがとう、お姉ちゃん! 今日はきっと、お姉ちゃんとお兄さんのために祈るわ! きっとよ!」

「くふふ、割と本気で勘弁してください。無宗教ですから」


 にっこり笑いつつも、きっぱりとクェルは拒否を口にした。

 その後も暫く談笑し、やがてイストリアは夕空を見上げる。


「あ……そろそろ帰らなきゃ。またね、お兄さん! お姉ちゃんも!」

「うん。今日はありがとう、イストリアちゃん」

「イストリアでいいわ! また今度、町に来たら会いに来てね! 教会の遠くでも、きっと、きっと行くから!」


 元気よく手を振って、彼女は町へと消えていく。その後ろを、尻尾を振りながらエウレカが追いかけていく。

 気を使う相手がいなくなったことで、僕は大きく溜め息を吐き出した。


「はぁぁ……良かった……」

「ええ。何事もなくてなによりです。ファルレア、今後彼女や普通の人間と会うときは、今言ったような偽名を名乗りなさい。真名は面倒です」

「……そこから正体が分かる?」

「可能性はあります。名前というのは存在を現しますからね」


 しれっとした顔で言ってるけれど、それって結構危ない綱渡りだったんじゃないだろうか。

 嫌な汗が背中を伝うけれど、クェルは涼しい表情だ。神経が太いのか、バレたときのことまで計算ずくなのか、その両方なのかはちょっと分からない。


「クェル……本当に良かったの? パンもそうだし、僕が今後あの子と会ったりしたら……」

「今言ったように、気をつけていればバレませんよ。パンも近くの露店で買っただけで、毒など入れてませんから大丈夫です。食事のときに祈られるのはかなり勘弁してほしいですが」

「……祈られるとなにか、まずいことがあるの?」

「いえ。なにも。ただ怖気がするだけです。私、本当に無神論者なので」


 そこはただのクェルの信仰と言うか、ポリシーの問題だったらしい。

 なんにせよ、彼女……イストリアは僕の正体には気付いていないので、退治される心配はなくなった。そこは素直に喜んでおこう。 


「彼女は教会の人間ですが、孤児なので究極的には神職ではないですし、子供なので御しやすいでしょうしね。町に知り合いがひとりくらいはいると便利でしょう」

「……なんか、利用するみたいで気が引けるなあ」

「くふふ、自分の正体がバレて袋叩きで殺されるのと、どちらの方が気が引けます?」


 それを言われると、もちろん悪魔として退治される方が嫌だと言うしかない。痛いとか苦しいのは嫌だ。

 騙したくはないのにそうせざるを得ないという事実に、僕は大きめの溜め息を吐いたのだった。

あとでまたファンアート更新させていただくかとー

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