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東城大学附属萩原高等学校図書委員会中央係  作者: 澪標零
白川栞は学園のマドンナである
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9話 みんなのマドンナ、白川栞

 知らない方が幸せなこともある、というのはいつの世でも常識だ。見目麗しい皆の人気者A子さん、実は隣のクラスのB美ちゃんとエグい喧嘩したらしいよ、とか。いつも明るくて元気なクラスの中心C太くん、実は同じクラスのD男とE弥にパシられてるんだって、とか。

 知らない方が幸せなことを知ってしまったからといって、どうという訳ではない。だが知らない方が良いことを知ってしまった時点で、事の渦中に片足を突っ込んでしまうのは事実だ。俺は多分、大きな陰謀の渦の中心に、右足を突っ込んでしまったのだと思う。それは八月二十一日、課外授業後半戦が始まった日のことだった。

 良く晴れた、青々とした空の下、運動をしようという奴は誰一人としていなかった。月曜日なのに、さっきまで図書館には人がわんさか居た。理由は明らかに俺たち“BOOKS FIVE”と、学園のマドンナ白川栞のギャラリーなのであった。

「本間。……悪いけどこれ、頼んでいいかな」

いつもより暗い顔をした白川先輩が、俺に本を押し付けていく。白川先輩は明らかにいつもの様子とは違っていた。日頃無表情ではあっても、あんなに怖い顔をした白川先輩は、見たことが無い。

「どこに、行くんですか」

確認せずにはいられなかった。何かある。絶対に何かが起きているのだ。分かりきっているのに、それでも白川先輩は笑って、

「帯ちゃんに呼ばれてさ。行ってきてもいいよね、閉館したし。……必ず、帰って来るから」

と、言うのだった。図書館の扉が閉まるのと同時、俺の肩を叩いたのは、本田先輩だった。

「緑音を行かせる。……大丈夫、栞は駄目だと思ったら無茶はしないから」

俺の心配を見透かしている様だった。そして同時に、本田先輩の白川先輩に対する信頼の厚さと、本郷に対する思慮深さを思い知った。本田先輩の観察眼は本物だ。本田先輩に知らないことはない。白川先輩が“帯ちゃん”と言ったから、本郷を行かせたのだろう。白岩帯と本郷緑音と言えば、この学校の全員が知っている有名カップルだから。

「俺、本郷も心配です。もし白岩が、」

「その時は俺の出番だよ。……青悟の役目は普段の調子を崩さないことだ。今は働け。待つんだ」

余裕の笑みだった。本田先輩には誰も敵わない。そう思わされた。白川先輩に任された本を戻しに本棚に足を向ける。ふと窓を見ると、雲行きが怪しくなってきていた。

 荒々しい扉の開く音と共に、白川先輩と本郷が図書館に帰ってきた。白川先輩の頬には涙の跡があって、本郷の頬には赤い跡があった。何があったのかはそれとなく想像がつく。俺は白川先輩より、本郷の方が心配だった。本郷は白岩のことを、本当に大切にしていたから。

「……白川先輩、」

「平気だよ。大丈夫。……ありがとう、本間。心配かけたね。ごめん」

精一杯背伸びをして、俺の頭を撫でる白川先輩は、誰がどう見たって無理やり笑っているようにしか見えないのだった。本郷と白川先輩に、今日何があったのか、聞こうとする者は誰も居なかった。そして誰もが悟った。この場に居た全員が、知らない方が幸せなことを知りかけているということを。

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