7話 俺のマドンナ、白川栞
大抵の男は、栞の前で本心を言えない。栞は女の子の割に逞しくて、凛々しくて、清々しい程男らしい。間違っていると思ったことは必ず正すし、自分の誤りは素直に認める。だから皆、怖いのだ。栞に真意を追及されるのが。
「栞」
俺もその一人だ。怖くて栞に、自分の気持ちを伝えられない意気地なし。でも栞は、そんなこと知らない。俺は幼馴染で、図書委員長の本田赤哉。それだけなのだ。
「……ッ赤哉ぁ」
普段から一緒にいて、いざという時は頼ってもらえる。そんな居心地のいい関係を、壊すのが怖いだけの、弱い男。
―――――――――――――時は数分前に遡る。課外期間最後の通常業務を終えた図書館で、栞からの電話を受けた。滅多に自分からは連絡をよこさない栞からの連絡。息を呑んで出てみれば、
「あ、赤哉、私ッ、閉じ込められたッ、しょ、書庫、あ、赤哉、ど、どうし、よ、私、」
息を切らした、栞の叫びが聞こえてきたのだった。七月二十八日、金曜日、午後四時三十分五十二秒の出来事だった。
書庫の鍵を司書教諭から預かって、今さっき閉ざされた書庫の扉を開けた俺は、泣きわめく栞を抱きとめることしかできなかった。栞に怖い思いをさせたのは、これで二度目だった。
「怖かった……ッ、怖かったよお」
学校での栞しか知らない奴は、きっとこんな姿を見たら、栞じゃないと思うのだろう。恐れるものなど何もなくて、いつも精悍な顔をしているのが、“白川栞”というレッテルだから。
泣き止んだ栞を連れて、昇降口を出ると、まだ昼みたいに明るい空が俺たちを待っていた。暗いところなどない、閉ざされた場所などないと、栞に言い聞かせる様だった。
「……ありがとう、赤哉」
まだ鼻声の栞にティッシュを渡すと、人目も憚らず、勢いよく鼻をかんだ。学校の敷地内で、これだけ堂々と栞の隣を歩いたのは、いつ以来だろうか。栞曰く、“学校の一番人気と仲良くしていたら虐められる”から俺には近づかないそうだが、学校の一番人気なのは、栞も同じだ。何度言っても、栞は信じてくれなかったが。
「何年目の付き合いだと思ってるんだ。……よかった、栞が電話をくれて」
栞が、俺の着ているベストの裾を掴んできた。栞が不安な時にしてくることだ。俺以外にそんなことをしている所は、まだ見たことが無い。
「必ず俺が見つける。大丈夫だよ、栞」
ベストの裾を掴んでいた手が、俺の腰を思い切り叩いた。乾いた音だけが響いて、一瞬の痛みはすぐに消えてしまった。
「……何言ってんの。馬鹿」
いつもの勢いが戻ってきた。栞はやはり、こうでなくてはならない。照れ隠しが下手くそで、実は乙女の心をひた隠しにしているつもりの、不器用で誠実な、紛れもない、俺のマドンナでなくては。