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5話 二本木橙馬

 やっちまいましたね、と声をかけてくるのは、隣で本の山に囲まれる形となった“BOOKS FIVE”唯一の一年生、二本木橙馬にほんぎとうまなのだった。蒸し暑い書庫という閉所、七月十四日、金曜日の出来事である。

 時は数分前に遡る。二本木と私には、蔵書の検索という極めて重要な仕事が課せられていた。美術の教科書でおなじみ、海洋出版の『西洋美術図説』、初版。美術の教科担任から仰せつかったこの蔵書を発掘するため、小年度の図書委員会で一番背の高い二本木を連れ、私は書庫に入ったのだ。

「美術系ってなんでいつも高い棚にしまっちゃうんですかね。必要なのは絶対女の子でしょ」

「案外重そうな見た目してるくせに、軽いからねえ」

二人してぼやきながら書庫内を探索しているうちに、『西洋美術図説』は見つかった。見つかったのだが。

「この高さなら俺、取れますよ」

と、二本木が調子づいたばかりに、『西洋美術図説』が飛び出た勢いで、近隣の蔵書がすべて床に叩き付けられる、という事態が起きたのである。

 二本木の周りには美しい体裁の本がいくつも乱雑に落ちていた。心なしか赤系の色が多い気がする。落ちた蔵書は幸いにして傷一つない。私はすぐに蔵書を拾い上げ、二本木に押し付けた。

「私の背では届かないからな。二本木、戻しなさい」

二本木はすぐに嫌そうな顔をする。何でもそうだ。事なかれ主義で、大抵のことにやる気がない。二本木の入学早々、一年四組にとんでもないやる気なし男の問題児が入ってきたと教師が噂を囃し立てる程、二本木は無気力。二本木が本気を出しているところなど、見たら次の日に嵐が来るだろう。

「……俺が先輩を肩車します。だから先輩が戻してください」

二本木の発言は時々、というか大体突飛で、どうしようもない。そんなにこの本を戻すのが嫌か。脚立を持ってきてせいぜい数十冊の本を戻すだけだろうに。

「脚立っていう文明の利器があってだね、二本木くん」

「だって先輩が俺のこと巻き込まなかったら、この本たちは落ちなかったでしょ」

本当に生意気な後輩しかいない、今年の図書委員会。けれども二本木の言い分は確かにその通りなので、私は二本木にされるがまま、肩車される羽目になった。

 何とか本を戻し終えると、二本木は私を地面に叩き付けるように降ろした。なかなかの強さで転んだことは言うまでもない。

「痛い!もう!二本木の阿呆」

半泣きで訴えると、二本木は不敵な笑みを浮かべて、

「先輩は黒パン履く派なんすね」

と言ってきた。本当にこの後輩は最低だと思う。赤哉だってそんな扱いしないのに。

「見物料取るよ」

二本木と睨み合っているところに、

「あんまり栞で遊ぶと、栞が嫌がるからやめてやれ、橙馬」

聞きなれた声、見慣れた顔の赤哉が現れた。救世主の登場である。とても有難い。二本木は赤哉の言うことなら絶対に聞くから。

「……ま、赤哉さんに言われちゃしょうがないですわ。今日はこれぐらいにしときます」

二本木は『西洋美術史図説』を持って、書庫を去って行った。普段無気力なあいつにしては、よく働いたと思う。明日は嵐が来るのかもしれないのだった。

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