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4話 本間青悟

 ”BOOKS FIVE”の日常生活に出くわすことは、そう珍しいことではない。第一理科室で化学の授業を受けた帰り道、“BOOKS FIVE”の一員である、ジャージ姿の本間青悟ほんませいごに出くわした。七月六日、木曜日の出来事である。

「白川先輩、忘れものです」

本間は二年九組、商業コースに在籍している。男子バレー部で背番号は9。セッターをしているらしい。一年生にして春高バレーのスタメン入りしたとかで話題になった。そして“BOOKS FIVE”には珍しい、根っからの真面目な奴だ。

「うわあ、これ探してたの!有難う、本間」

私の忘れ物は、手帳。中身を覗かれたらそれはそれは恥ずかしい代物だ。拾ったのが本間で本当に良かった。

「いえ。……見つけたのが俺で良かったですね。本条先輩とか、本郷とかだったら……」

「そ、それな……」

あまり長く話していると、ファンの乙女たちに目を付けられかねないので、適当なところで話を切って、教室へ帰った。第一理科室のある四号館から、我らが三年三組のある本館まではある程度距離がある。気づいた時には既に、三限目の授業が始まる寸前だった。

 三限目に無事間に合い、教科担任の酷くつまらない雑談が始まった頃。ふと窓の外に目をやると、二年生の体育が行われている様子が見えた。

「……本間」

二年生の体育は野球の様で、バッターボックスに立つ本間の姿が見えた。本間は無駄に背が高いので、どこにいても目立つのだった。投手は私の知らない子で、良い球を投げるということは分かった。二、三度球を見送った後、本間は思い切りバットを振り抜いて、場外ホームランを出した。教室の窓に激突するんじゃないかと思うくらい、球がこちら側に飛んできて驚いたというのは、後で本間に報告してやろう。

 午前中の授業が終われば、私はすぐに図書室に駆けこまなければならない。木曜日は私が受付の当番になっているからである。

「あれ、何で本間。今日当番じゃないじゃん」

図書館に入るなり、私の人生終了のお知らせが鳴り響く。受付に“BOOKS FIVE”が座る=長蛇の列ができる、すなわち私は定時で上がることが出来ない、という訳だ。

氏神うじがみが体調不良で休みなんで、代理っす。……長くなる様だったら、俺が授業遅刻で行くんで、白川先輩は先に授業行ってもらっても大丈夫です」

なんて良くできた後輩なのだろう、本間。私は“BOOKS FIVE”の中で一番本間が好きだよ、といつか本間に言ってやろう。

 昼休みの図書館受付は、私の予想よりは混雑せず、私と本間は予定通り昼休み終了十五分前に仕事を終えることができた。乙女たちはイレギュラーな情報に対応していないらしい。それは非常に良いことだ。図書委員の仕事が増えずに済む。

「本間お疲れ。じゃあね」

本館二階へ向かう階段の前で、別れの言葉を告げると、本間は不意に、私の袖を引いて、

「あ、あの。……髪型、似合ってます。……ッ、お疲れ様でした」

褒め言葉を残し、去って行った。本間の表情を思い出し、こっちまで顔に血が巡ってきた。あんなに顔が赤くなる人は、私の人生において初めてだった。

 放課後の受付当番は違う子なので、一日の授業が終われば、私は自由の身である。ふと窓に映った自分の髪型を見つめる。普段はポニーテールに縛っている髪を、冷房が寒いからという理由で解いた。それだけで、褒められた。

「……赤哉じゃないんだから」

今日一日の本間の様子を思い出して、再び顔に血が回ってきた。こんな日は早く帰るに限る、と私は昇降口をくぐって、家路についた。

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