32話 ありふれた思い出
――――――――――――――赤哉のサプライズのおかげで、無事、受験本番を終えることができた。三月三日、土曜日。私と、赤哉と、本条は、今日をもって東城萩原を卒業する。
「本宮先生っ!写真!写真撮ろう!」
卒業式が終わって、クラスでのホームルームも終わり、続々と卒業生が帰路につく中。私と赤哉と本条は、校舎中に置き忘れた思い出を回収するように、校内を走り回っていた。
「うわ、騒がしい奴ら……」
我らが図書委員会顧問、本宮紫苑先生。本宮先生はいつも、私や本条を見ると嫌な顔をしていた。面倒事が嫌いだと言っているのに、私や本条は、あれを教えろ、これはどうなっただの、本宮先生の周りで騒ぐから。しかし、本宮先生が私たちを無下にしたことは無くて、本宮先生はいつも、私たちの優しい先生だった。
「もう五月蠅いのも最後だよ、紫苑ちゃん」
「本条!最後までちゃん付けを止めなかったな!……一枚だけな、一枚だけ」
こんなにやる気がなさそうなのに、自分の専門分野のことになるとキラキラ目を輝かせて、ちゃんと格好いい顔になる。本宮先生のそういうところを、私は推していた。
「やった!じゃあ撮るよ!」
手に入れてから一回、二回しか使っていなかったセルカ棒が、今日は何度も役に立った。私のスマートフォンに残った本宮先生は、格好いい顔をしていた。数学を教えるときの、キラキラに輝いた、年相応の顔。
最後に訪れたのは、私たちの思い出が詰まった学校図書館だった。赤哉と本条、そして本条と私は、初めてここで出会い、共に三年間、図書委員を務めた。いろんなことがあった。ここで、沢山の思い出を作った。高すぎて一番上の段には手の届かない本棚。一万を超える蔵書を捌くにはあまりにも小さすぎる三台のラック。“BOOKS FIVE”が座ると長蛇の列が出来ていたカウンター。裏側の作業スペースに続く扉。そしてその奥の分厚い書庫へ続く扉。
「いっぱい、いろんなことがあったね」
私が口を開くと、赤哉も本条も笑って、同意してくれた。
「そうだね。いろんなことがあった」
赤哉は私の顔と本条の顔を交互に見て、静かに口を開いた。赤哉はどんな時よりもずっと優しい顔をしていた。
「栞、黄色。……ありがとう。ついてきてくれて」
赤哉のそういう笑顔は、何年も一緒にいる中で初めての表情だったかもしれない。純粋に、心から笑っている。誰かを不安にさせない為、誰かに悲しい思いをさせない為じゃない。赤哉自身が、赤哉自身の感情に従って、笑っている。赤哉は図書委員長として、いろんなものを背負っていた。委員からの信頼、教員からの期待、生徒からの憧憬。
「赤哉、何言ってんの」
本条が声を失うほど大笑いを始めた。赤哉は真面目に言っているのに。私までおかしくなってしまって、声を上げて笑ってしまった。それにつられたのか、赤哉まで笑い出して、図書館は珍しく笑い声で包まれた。
「赤哉、お礼を言うのはね、私たちの方だよ」
涙を流して皆が笑う中、私がそう言うと、本条は笑うのをやめて、“確かにね”と言った。そしてまたにっこりと笑顔を浮かべて、
「ありがとうね、赤哉。ここまで図書委員を引っ張ってくれて」
と言った。赤哉はみるみる表情を変えて、本条と私のことを抱きしめて、見たこともない大泣きを始めたのだった。こんなにわかりやすく感情を露わにした赤哉は初めてで、私も本条も困ってしまったけれど。赤哉の顔はどの赤哉よりも、ずっと綺麗で、尊いと思った。
図書館を後にして、あとは正門をくぐるだけ、というとき。私たちのことを呼び止める声がした。
「本田先輩!本条先輩!白川先輩!」
次の委員長に正式に指名された、本郷緑音の声。振り返ればそこには、本郷が集めたと思しき、懐かしい日々に輝きを与えてくれた人たち。本間青悟、二本木橙馬。白岩帯、白泉覆。愛すべき、私たちの後輩だ。
「ありがとうございましたッ」
真っ先に駆け出したのは、赤哉だった。そして本条、続いて私。赤哉と本郷の熱い抱擁。本条と二本木の美しい握手、そしてハグ。私と帯ちゃん、そして覆ちゃんの綺麗な懐抱。
「……青春」
その様子を、一言呟いて冷静に見ている本間。私が駆け抜けた、今年度の一年間を表すような、そんなシチュエーションだった。
「ありがとう、皆。……大好き」
良い仲間と出会った。この日々は一生忘れない、絶対に。私の大切な、大切な宝物だ。




