30話 一葉知秋
―――――――――――――――――――――ここのところ晴れが続いているのは、二本木の心が晴れてきたからではないか、と思う。二月二日、金曜日のことである。
二本木が“俺は金城秋穂をモノにした”と自慢げに語ってきたのは、つい三日前。一月三十日、火曜日のことだ。本郷から聞いたので、その金城秋穂と二本木の間に何があったのかは知っている。そして金城秋穂と二本木の間に溝を引く原因となった、元図書委員会の白川栞先輩と、二本木の間に何かがあったことも。二本木は悩み抜いた末、金城秋穂を幸せにできる、と思ったのだろう、と、本郷は語っていた。
俺はそういうことで騒ぐ理由が、よくわからない。恋をする気持ちがわからない、というのではない。そういう気持ちを、開けっ広げに、人様に話せてしまう理由が、わからないのだ。俺の初恋はあっけなく終わった。だがそのことを決して誰かに話したり、恋焦がれた相手に伝えたりしようとは思わなかった。心を誰かれ構わず開けっ放しにしておくと、何か大切なものを失くしてしまうような気がするのだ。自分だけが持っている、自分だけの気持ちが、一般化されて、どんどん輝きを失ってしまうような。しかしそれは、自分だけに当てはまることなのかもしれない。現に二本木は、誰にでも開けっ広げな心を持ちながら、キラキラの笑顔を浮かべているのだから。
図書館の閉館業務を終え、鍵を返しに職員室へ行くと、白川先輩が居た。図書委員会の顧問である本宮先生と話しているようで、表情はとても明るかった。先月図書館にやってきて、“倫理がダメだった”などと気落ちしていた人とは、思えない笑顔だった。
「あ!本間!ねぇ、見て!これ!すごいでしょ!」
こちらに気付いた先輩は、ものすごい勢いでこちらにやってきて、目前に何かの書類を差し出すのだった。それはよく見ると“合格通知書”と記されたもので、本宮先生の出身大学である西宮荻坂大学≪せいきゅうおぎさかだいがく≫の合格通知書だった。西宮荻坂といえば、野球も駅伝もラグビーも強いスポーツ強豪校なうえに、偏差値がろくでもなく高い。本田先輩の言っていた通り、白川先輩は本当に一般受験で、帝都大学に合格するかもしれなかった。
「センター受験だよ、しかも」
「おめでとうございます」
子どもみたいに嬉しそうに笑う白川先輩を、俺はもしかしたら初めて見たかもしれない。いつも表情が無くて、怒っているのか悲しんでいるのか、楽しんでいるのか面白がっているのか、本田先輩や本条先輩じゃないと察することができない白川先輩の、はっきりした笑顔。
「あんまり騒ぎまわるんじゃないよ、白川。……本間、災難だったな。帰っていいぞ」
本宮先生に図書館の鍵を預け、俺は職員室を後にした。きっとあの様子だと、白川先輩はしばらく、本宮先生に“褒めて”とせがむだろう。
白川先輩の顔を見て、帰り道、思い出してしまった。初恋が終わったときに胸の奥底に仕舞った、恋焦がれた相手が兎に角綺麗で素敵なものに見えて、他のものが視野に入らなくなる気持ちを。我に返ると酷く痛々しく見えて、羞恥心に耐え難くなるあの気持ちを。
「キミの想いと僕の想いが空で一つになる」
ふと思い出した、“ANGELS”の歌。文化祭で踊らなければ、一生出会わなかったであろう、あの歌。あの時は必死で、しみじみ考えたことなんてなかったけれど。
「幾つもの夜を超えたキミと僕の星座」
あれは、白川先輩と本田先輩の歌だったかもしれない。そして悲しくなった。きっと他の誰にも最初からつけ入る隙なんて無くて、誰がどう頑張ったって白川先輩と本田先輩はそういう仲になったのだ、と。最初から俺の初恋は、叶う可能性が無かったのだ、と。




