3話 本郷緑音
―――――――――――――――七月三日、月曜日。今日は常任委員会の定例集会の日である。常任委員会というのは、年度学期問わず常に組織されている委員会のことで、風紀委員会、環境委員会、保健委員会、放送委員会、広報委員会、そして我らが図書委員会の計六つの委員会の総称である。放課後、各委員会が個別に集まり、会議をしたり活動に勤しんだりするのが、定例集会の内容だ。
「今日の議題は、図書だよりの発行についてだ」
赤哉の声が、業務スペースに響く。そしてその場にいる全員の顔が引き攣った。なぜなら図書だよりの発行は、図書委員会の業務の中で最も面倒だからである。
「先月の担当は荻野目と茅野だったね」
赤哉に名前を呼ばれた二人の女生徒は、うんうんと首を縦に勢いよく振った。彼女らは確か二年生で、一般コースの四組と五組に居たような、居なかったような。
「……今月は木崎と関川に任せよう」
東城萩原の図書委員会は少々変わった作りをしている。委員長、副委員長の他、書記、会計、庶務を設けていて、正副委員長、書記、会計、庶務を合わせて“中央係”と呼んでいる。他の図書委員は“広報係”、“管理係”、“整備係”の三つの係に振り分けられ、それぞれにそれぞれの業務を行っているのだ。私は管理係なので、いわゆる通常業務しか行わなくて良い筈なのだが、赤哉は人使いが荒いから、今年度初めの図書だよりを私に作らせたのだ。
「何か分からないことがあったら、栞に聞くと良い」
赤哉はまた、余計な一言を添える。指名された木崎くんと関川さんはどちらも一年生だから、確かに頼れる先輩がいることは心強いかも知れない。が、何故私を頼るべき先輩としてあげるのだろうか。
「残りの時間は返却された蔵書の点検に充てよう。広報係は今月の図書だよりについて話し合いを進めてくれ」
赤哉の言葉で、方々に図書委員が散っていく。また面倒な役を買わされた。思わず口からため息が漏れた。
蔵書の点検が済むと、赤哉は図書委員を帰していった。私も例にもれず、帰り支度をして図書館から出て行こうとすると、
「待った待った、白川先輩はこっちです」
“BOOKS FIVE”の二年生、本郷緑音に呼び止められた。本郷は二年三組の進学コースに在籍していて、私の直属の後輩にあたる。バスケ部のエースとしても名高く、中学時代は“東城萩原無敗伝説”に助力したとか、しないとか。
「何で、私、広報係じゃないんだけど」
本郷に鞄を引かれ、座らされた席は、広報係全体が見渡せるお誕生日席。どうやら本格的に、私を使って図書だよりを作らせようとしている様だ。
「“BOOKS FIVE”の号が、とにかく人気だったんですよう。先輩が作った号です」
本日、何度目の溜息だろうか。約二ヶ月半前の自分を恨むぞ、白川栞。思いだされるのは、ほんの思い付きで発行してしまった、図書だより四月号のことだった。
毎年度、図書だよりの四月号は三年生が発行することになっている。その伝統は今年度も変わらなかったのだが、唯一違う点があるとすれば、広報係ではなく、管理係の私が中心となって発行した、というところだろう。四月号の制作会議は中央係と広報係の三年生で開いていたのだが、あの日は確か、私が赤哉を呼びに来て、意見を求められた様な気がする。
「何か妙案はないか、栞」
今年度の中央係の顔ぶれを見て、私があんなことを言わなければ、きっとこんなことにはならない筈だったのだ。
「今年は中央係がイケメン揃いだからさ、図書委員会自体を推していくのはどうよ。“BOOKS FIVE”、みたいな名前つけてさ」
四月号がばら撒かれた直後から、図書館は大変な騒ぎの渦中となった。実は“BOOKS FIVE”の生みの親が私です、なんてことは一生言えないから、この秘密は墓場まで持っていくつもりだ。まさかこんなことになるなんて、世の女子がこんなに萌えに飢えているなんて思いもしなかったのだ。
「五月号は普通の内容で出したけど、やっぱりいまいち評判良くなくて……」
本郷も私と同じように溜息を吐き始めた。苦しいのは皆同じ、とでも言いたいのだろうか。
「じゃあもう、今年は“BOOKS FIVE”を推していけばいいじゃん。……あんたらの顔なんか減るもんじゃないしね」
本郷は至極嫌そうな顔をした。さっきの顔をファンの乙女たちに見て頂きたい。非常に不細工だった。
「それじゃあ、本来の図書だよりの意味がなくなるから困ってるんですよ」
確かに今年度の四月号はアイドルファンクラブの会報みたいだった。アレは図書だよりというよりは“BOOKS FIVE”の会報ともいうべき代物だというのは、一理ある。
「本郷って変なところ真面目だよね」
散々漏れている溜息を抑えるために、机に突っ伏すと、頭の上に何かを載せられた。本郷の癖に生意気なことをする。
「……ん、本。……ねえ、“BOOKS FIVE”のおすすめの本とかどうよ」
広報係全員の顔が輝いた。私の役目はどうやら終わったらしい。頭の上の本を手に取って見ると、それは『BIG SMILE』の最新刊だった。女子中高生に人気のライトノベルで、五人組アイドルとそのクラスメートの話である。私も読者の一人であり、そろそろ読まねば、と思っていたのだ。
「“BOOKS FIVE”は『BIG SMILE』のオマージュなんですよね。俺は緑ヶ丘朔也派です」
私はともかくとして、本郷がライトノベルを読む、というのは意外だった。本郷について一つ、ファンの乙女たちよりも余計な知識を付けてしまった。