19話 現役リア充のすゝめ
ついに迎えた文化祭当日、誰よりも緊張していたのは、“ANGELS”を踊る俺でも、黄色でも、緑音でも、橙馬でも、青悟でもなく、栞だった。十月二十八日、土曜日の夕方である。
三日前、大喧嘩をした。中央係史上、最大の喧嘩だったと思う。栞が驚いて泣いてしまうくらいには、大きな喧嘩だった。
それを乗り越えての、このダンスだ。ここまで自分のクラスの執事喫茶も、栞のクラスのコスプレ喫茶も、緑音のクラスのお化け屋敷も、橙馬のクラスの演劇も、青悟のクラスの焼きそば屋台も、すべてうまくいっている。最後の最後、中央係の出し物で、失敗するわけにはいかない。俺も、皆も、栞も、同じ気持ちだった。
「……なんて顔してるんだ。大丈夫だよ。リハーサルも完璧だったから」
“ANGELS”の衣裳によく似たこの服は、栞が頼み込んで、手芸部に作ってもらったそうだ。栞は手芸部の衣裳製作を手伝いながら、俺たちのダンスの監督をし、自分のクラスの企画も回していたらしい。無理はするなと何度も言ったが、栞は聞かず、俺は止めることをやめた。一度決めたことはやり切らなければ気が済まない。それが栞の性分だから。
「私、今の“BOOKS FIVE”は、“ANGELS”よりずっと格好良いと思うよ」
やり切ろうね、と言って、栞は俺にハグを遺し、客席の最前列へと戻って行った。舞台袖から栞が居なくなると、俺たちの間には笑いが漏れた。
「俺の我儘に付き合ってくれてありがとう、皆」
俺がそんなことを言うと、黄色がすかさず、
「気持ち悪い」
と言ってきた。それでまた笑いが沸き起こった。俺たちの間には平穏な雰囲気が流れていた。良い。これで良いのだ。
閉会式の司会の声が響いた。いよいよ俺たちの出番らしい。向こう岸の放送ブースから合図が出たら、ポジションにつくことになっている。この二週間、様々な試練があった。難しい振り付け、覚えられない歌詞、大喧嘩。
「……行こう」
合図が出された。俺たちが踊り終えたら、全て終わりだ。楽しかった時間が崩れていくだけ。俺たちはたやすく崩れない思い出を作らなければならない。全生徒の為に、俺たちの為に、誰よりも、栞の為に。
「“BOOKS FIVE”で、“キミと僕の星座”!そして、“天使の囁き”ッ」
緞帳が上がった。これは、終わりの始まりである。
――――――――――――――――大きなミスなく、二曲踊り終わった。そして栞の居ない間に打ち合わせた通り、俺たちにマイクが引き渡される。栞は知らない進行に、驚いている様だ。
「皆さん、最後までお付き合い頂き、ありがとうございます」
必ず律儀な挨拶から始まる、“ANGELS”のライブでのMCコーナー。栞には内緒で、覚えたのだ。
「僕たちが、“BOOKS FIVE”です」
ライブの冒頭にする、各メンバーの煽り文句も全員、知っている。ただ、それよりも、栞に伝えるなら、こっちの方が良いと、皆で決めたのだ。
「僕たちがここまでやってこられたのは、」
黄色と、
「生徒会の皆さん、」
緑音と、
「手芸部の皆さん、」
橙馬と、
「そして、今ここで見てくださっている全校生徒の皆さん、」
青悟と、
「それから、ダンスを指導してくれた、白川栞さんのおかげです」
俺で。
「ありがとうございました」
声を合わせて、感謝の気持ちを伝えようと、決めたのだ。経緯はどうあれ、素敵な時間を過ごさせてくれたことを、俺たちのことを案じてくれたことを、感謝しなければならない、と。
「栞」
俺がステージ上に来るように促すと、栞は三日前の様にぼろぼろと泣いていた。栞は両手をぴったり顔に当てて、全く表情を見せてくれないのだった。
「栞には、沢山辛い思いをさせました。“マドンナ事変”も、今日のこの出し物も」
栞は顔を覆うのをやめて、俺の顔を見上げ始めた。栞の頭をわしわしと撫でると、栞は頬を真っ赤にして、小さく抵抗を始めた。
「栞は何も、何も悪くないんだよ。それはこの場に居る、皆が知ってる」
会場には小さく拍手が起こり、それはどんどん広がって行って、大きな歓声に包まれた。
「俺たちを心配してくれて、ありがとう。……大丈夫だよ。栞。皆、栞の、俺の、俺たちの、味方だ」
歓声はより大きくなって、会場を揺るがした。大盛況のうちに、司会の判断で幕は下ろされ、“BOOKS FIVE”としての出し物は、無事終了したのだった。
栞は暫くその場にしゃがみこんでしまって、泣いたまま動かなかった。しばらくの沈黙の後、栞は、
「ありがとうは、こっちの台詞だよ。……ありがとう」
そう言って、そのままステージに倒れてしまった。顔色が真っ白で、目の下のクマが良く目立った。
「栞ッ」
栞のことを抱き上げるのは、初めてだった。栞の体はとても軽くて、このまま俺の腕の中で、無くなってしまいそうだった。栞を抱いて保健室まで走り抜ける間、人だかりを抑えてくれた黄色たちには、後からお礼をしなければならないな。




