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18話 にわかリア充のすゝめ

 日に日に、白川ちゃんの様子がおかしくなっていった。いつも顔色が悪くて、目の下にはクマがあって、立ち姿はゆらゆらと、揺れている。赤哉はそれに気づいている癖に、何も言わない。橙馬や青悟は、ずっと無理はするなと言っている。緑音も、二人ほどではないにせよ、そういうことを進言している。なのに赤哉は、何も。

 かく言う俺が何か行動を起こしたかと言われると、そういう訳でもない。俺が言ったところで取り合ってもらえないのは、ほぼ確定事項だし、そもそも俺は、白川ちゃんに話しかける度胸を持ち合わせていない。人生で初めての失恋だった。だから、どうしたらいいのか、分からないのだ。現時点では、元カノと同じ扱いをしている。出来る限り会わない、同じ場に居ても目を合わせない、用事が無い限り絶対に話しかけない。付き合う前に元カノの様になってしまった白川ちゃんには、どう接したらいいのか、俺には。

「あとは二本木が、もうちょっとだけ、大原(おおはら)くんのダンスをやり込んでくれれば……」

十月二十五日、水曜日。文化祭前に“BOOKS FIVE”が集まる、リハーサル以外の最後の練習時間である。空は曇っていて、何となくこの場の雰囲気を表している様な気がした。

 “ANGELS”は“BOOKS FIVE”と同じ五人組。大原賢(おおはらさとし)櫻木志耀(さくらぎしよう)相馬雅(そうまみやび)宮野尾和生(みやのおかずなり)松野潤司(まつのじゅんじ)の五人である。全員がもう三十路を超えているのに、未だに同世代女子はあのおじさんたちを、きゃあきゃあと持て囃す。俺に割り当てられた役割は、宮野尾くん。グループで一番スキャンダルが多くて、飄々としている、器用な男。適役な気はするけど、あまり名誉な役回りではないと思っている。でも、宮野尾くんも俺と同じこと思っているかも、と思うと、なんだか可哀そうな気もしなくもない。ただ女との縁が多いだけで、チャラチャラしていると判断するな、って。

 そんな“ANGELS”のダンスコピーをすることになり、約二週間、俺も、皆も、白川ちゃんも、頑張った。多分、“ANGELS”が日の目を見るきっかけになった曲と、“ANGELS”のデビュー曲。“キミと僕の星座”と、“天使の囁き”。衣裳や小道具をどうやって準備したかは知らないが、やっと振り付けの息が合うようになってきた三日前、それぞれの専用衣裳が手元にやってきた。“BOOKS FIVE”の総監督ともいえる白川ちゃんが、元々“ANGELS”のファンだったということもあって、事がこんなにスムーズに進んだのかもしれないと思う。経緯はどうあれ、皆で一つのことをやり遂げるのはそれなりに楽しいし、まあいいか、と思っていた矢先。

「そんなに俺のダンスは駄目?」

橙馬が、ついに不満を口に出した。橙馬にしては珍しく、やる気を出して、真面目にやっていたからこその言葉だと思う。しかし相手は“ANGELS”ファンの白川ちゃん。妥協など許すはずが無かった。

「駄目とは言ってないよ。賢は“ANGELS”の中で一番踊りが上手いから」

「じゃあ赤哉さんに任せればよかったじゃん。……何でもかんでも、赤哉さんならいいんでしょ?」

橙馬の言葉に反論したのは、白川ちゃんではなく、赤哉だった。

「…………お前は、栞を何だと思っているんだ」

赤哉が本当に怒っているのを、俺は初めて見たかもしれない。何かにつけて五月蠅くする輩を黙らせるために凄むことはあったが、本当に、心から、自分の意思で人の胸倉をつかむ赤哉を、どれほどの人が知っているのだろう。

「ちょっ……白川ちゃん、どうしたの」

ふと白川ちゃんの方を向いたら、静かに大粒の涙を流していた。赤哉と橙馬もそれに気づいて、動きを止めた。

「……そうだね、私が悪いね。私が、飛高さんのお願いを聞かなかったら、こうならなかったもんね」

白川ちゃんは、ごめんね、と言って、雑に荷物を攫って行く。そして俺たちに、

「私が居なければ、もう喧嘩もしなくていいでしょ」

とどめを刺して、去って行ったのだ。

 白川ちゃんを追っていくべき赤哉は、まるで石になってしまったかのように、動く気配が無かった。誰かがあの子を追いかけなければ、あの子はきっとこの話を無かったことにしに行く。

「ックソ」

俺は仕方なく、仕方なくだ。白川ちゃんを追って図書館を出た。赤哉が来るって、きっと白川ちゃんは信じているだろうに。赤哉は肝心な時に、弱ってしまう気の小さい男だ。

 白川ちゃんは、本館一階の非常階段で泣いていた。こんなに弱り切った白川ちゃんも初めて見た。“マドンナ事変”なんて比じゃない。

「白川ちゃん」

白川ちゃんの声が止まって、顔だけがこちらを向いた。時間が止まったかのように、沈黙がしばらく流れた。

「……本条、ごめんね……、私……」

再び、白川ちゃんの頬に涙が伝った。今すぐにこの子を抱きしめてあげたかった。けれどそんなことは出来ない。白川ちゃんは赤哉の彼女だ。他人の俺は触れてはいけない。

「橙馬ね、珍しくやる気だったんだ」

白川ちゃんの隣にしゃがむと、白川ちゃんはじっと俺を見つめて、動かなくなった。

「五十メートルを、三秒で走れ、って言われてる気分になっちゃったんだよ。きっと」

暫くの沈黙の後、非常階段の扉が開かれた。息を切らした橙馬と、赤哉だった。二人とも顔が青ざめている。きっと緑音が何か吹き込んだに違いない。

「せ…………ッ、先輩、俺……ッ、俺、先輩の…………ッ期待に、応えられる、様、に……」

橙馬は勢いよく咳き込んだ後、

「期待に、応えられるように頑張る。……信頼の証拠だったんだよね。…………ごめんね、先輩」

白川ちゃんじゃなきゃ引き出せなかったであろう、橙馬の言葉を紡いだ。

「……そうだよ、馬鹿!二本木が一番、踊りが上手いと思ったから、大原くんにしたんだよ」

白川ちゃんは一層、大きな声で泣き始めた。赤哉がぎゅうっと抱きしめてあげると、更に大きな声で泣き出すものだから、先生が寄ってこないかだけが、すごく心配だった。

「喧嘩はしないから。……ごめんね、栞」

赤哉の優しい声が、俺にまで響いてしまった。ああ、こんな奴と戦おうとしてたのか、と思うと、ぞっとした。俺の失恋は終わりを告げた気がする。赤哉には誰も、かないっこない。唯一無二の完璧超人、白川ちゃんの隣に立つには、十分すぎる男だったのだ。

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