15話 白川VS白岩-Round 5
本郷から破局の報告があったのは、九月二十八日、木曜日のことだった。本郷は当番でもないのに、放課後、図書館にやってきて、
「帯と別れました。ありがとうございました」
と言ったのだ。あっさりした報告にも驚いたが、感謝の言葉を突きつけられるとは思っていなかったので、私は反応に困ってしまった。
「……帯ちゃん、なんて?」
本郷が心無い言葉を浴びていたらどうしよう、私のせいで何か嫌な思いをしていたら、と思うと、そう聞かずにはいられなかった。聞くことでまた傷を抉ってしまうとしても、だ。
「本田先輩の言うとおりだって。優しくないから、これ以上一緒に居ると傷つけるって」
本郷の言葉を聞いて、安心した。帯ちゃんはやっぱり、気持ちの表し方が下手くそなだけなのだ。本当は優しくて、すごく繊細な女の子なのだと思う。可愛い子に悪い子は居ない。私の持論である。
「帯は多分、まともになれると思います。本田先輩と、白川先輩のおかげです」
本郷は、本当に帯ちゃんのことが好きだった、と思わせる一言だった。別れても尚、帯ちゃんを案じている。本郷もとても良い奴で、私が泣きそうだった。
「本郷、私」
「別に、いつかこうなるって分かってました。帯がああいう奴だって、俺は知ってて付き合ってたから」
本郷は笑顔だった。ここ数日の、心ここにあらず、が幻だったかの様な。それはもう、清々しい、素敵な笑顔だった。本郷の表情には、自分の中で結論が出たし、それを揺るがす気も無い、という、強い意志が垣間見えた。
業務を完全に終え、図書館を出ると、赤哉が待っていた。赤哉は黙って、私に本を差し出すのだった。受け取った本は、『BIG SMILE』のスピンオフノベル。先週発売したばかりの、限定盤の表紙だった。誰が赤哉に託したのかはすぐに分かった。限定盤の表紙は六種類。中でもこの緑ヶ丘朔也盤を選ぶのは、一人しか居ない。本郷だ。
「俺は読んだから先輩も読んでください、だって」
『BIG SMILE』にしては珍しく、何のリークも無かった作品だから、私は何の予備知識も無い。読んでくれというからには、何か理由があるのだろう。
「栞は泣いちゃうかもな。俺は読んだ」
赤哉は穏やかな笑顔を浮かべて、そんなことを言うのだった。これはますます読むしかなくなってしまった。
家に帰ってすぐに、本郷から受け取った本を開いた。全五章からなっていて、アイドルグループ“BIG SMILE”の五人の日常が綴られていた。赤哉が泣いてしまうかも、と言っていた理由も、本郷が読め、と言った理由も、第三章を読み終わったらとてもよく分かった。本郷の推し、緑ヶ丘朔也は、グループ加入当時から、悪質なファンのストーカー被害に遭っていて、ある日とうとう、ストーキングしている女と顔を合わせるのだ。しかし朔也は苦言を呈するでもなく、逃げ出すのでもなく、
「君が僕を応援する気持ちはちゃんと受け取ったから、周りを心配させるようなことしないで」
と。そう言ったのだ。赤哉の言う通り泣いてしまったのが悔しいが、朔也の良いところが滲み出ている、とても良い話だった。そしてこれは、本郷から帯ちゃんへの気持ちの様で、とても切なかった。本郷には、本を直接返して、感想を伝えようと思う。素晴らしい、良い話だったと、前向きに語り合える筈だから。




