11話 白川VS白岩-Round 1
―――――――――――――――――赤哉とのお別れはそう早くないと思っていた。ずっと、ずっとそう思って一年を過ごしてきた。それがいつのことからかは覚えていないけれど、赤哉が周りの男の子より整った顔をしていて、良い性格をしていると理解した時から、きっと私はそう思って生きてきた気がする。赤哉と私は生まれた時からずっと一緒だったから、離れるなんてことを考えたことが無くて。だから余計と、こんな形で距離を置いてしまったことが悲しいし悔しいし、怖かった。
「赤哉さん」
いつの間にか仲良くなった帯ちゃんと赤哉を見るたび、泣きたくなった。それが何故なのかは分からないし分かりたくない。きっとその気持ちを認めてしまったら、赤哉との居心地の良い時間が無くなってしまうから。
「白岩。どうしたんだ」
唯一の救いは、赤哉が帯ちゃんを、“帯”と呼ばなかったことだ。他の誰のことも名前で呼ばないのに、私のことはずっと“栞”。それだけで私は嬉しかった。
「……白川先輩、いいんですか?あれで」
いつの間にか背後に立っていた本郷が、私を責め立てるように声を掛けた。九月十九日、火曜日のことである。
「繋がってたいって思うなら、早くしないと帯は……、帯は取っていきますよ」
本郷は私に説教をしている様だった。お前も立ち向かえと言われている気分だ。
「俺、今の白川先輩は好きじゃないです。自分から何もしないなんて」
その通りだった。何も言い返せない。私は何もしなかった。問題を遠ざけただけだ。赤哉に何かを確かめるわけでも、帯ちゃんにアクションを起こすわけでもなく。二本木の耳触りの良い言葉を鵜呑みにして、自分の殻に閉じこもっただけ。
「……そうだね。見てればいいなんて嘘だよね。……でも堂々とはしないよ。赤哉のファンは多いからね」
本郷は帯ちゃんの前で、確かに“それでも帯が好きだ”と言った。同じ勇気を、私も出さなければならないのではないか。本郷が傷ついたのなら、私だって同じように傷つかなければ。
「ごめんね、本郷。心配かけて。私も言うよ、“好きだ”ってね」
私が笑って言うと、本郷は満足げに頷いて、頑張ってください、と言うのだった。私の後輩は揃いもそろって、可愛いらしい。
決意を新たに、常任委員会の定例集会に出向く。赤哉は何と言うだろう。私と目を合わせてくれるだろうか。話をしてくれるだろうか。こんなにも赤哉に緊張したことなんてただの一度もない。赤哉はいつでも傍にいる、私の一番の理解者だったのだから。目前の扉を開けば、そこには絶対に、赤哉が待っている。
「先輩。……何か緊張してないですか?どうしたの?」
ヘラヘラと笑顔を浮かべているのは、私を弱っちい殻の中に閉じ込めた、二本木だった。
「別に。何でもないよ」
二本木と共に、ガラガラと扉を開けると、眩しくて綺麗な、赤哉達が待っていた。まるで私一人が、汚れてしまったみたい。
「遅かったな、栞」
そういえば、いつもそうだった。赤哉と喧嘩した時は、どんなに私が悪かろうと、赤哉からアクションを起こしてくれる。今回もやっぱり、そうだった。私の決心なんて何も知らないから、易々と、そんなことが言えるのだ。
「……ごめん。……ごめん、赤哉……ッ、ふ……うッ……」
ぼろぼろと涙があふれて止まらなかった。委員会なんて、そんなこと忘れて泣いていた。赤哉は優しいから、私の涙をただ、受け止めてくれた。
先生が来るまでには泣き止んで、素直に定位置の本条の隣の席に座った。本条はケラケラと笑っていて、まるで私の弱みを握ったかのように、やんややんやと物を言ってきた。私には何の効き目も無かった。周囲の言葉などどうでも良くて、赤哉が私に対して、いつも通りに口を利いているということだけが、重要だった。
「今月は読書週間を設ける。予定は二十五日から二十九日の間」
赤哉のいつもの仕切りが始まった。赤哉は時折私と目が合うと、薄く微笑むのだった。まるで恋人の様だ、と言われたことは何度かある。しかし、私たちは恋仲になろうとしなかった。きっとそういうところも、反感を買っているのだろう。帯ちゃんや、その周りの赤哉のファンから。でももうそんな、ウジウジした態度はとらない。帯ちゃんのおかげで、蓋をしていた感情が、表に出てきてしまったのだ。ずっと昔から押さえつけていて、もうすっかり忘れかけていたことだ。私は、赤哉のことが――――――――――――――。




