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1話 本田赤哉

 東城大学附属萩原高校とうじょうだいがくふぞくはぎはらこうこう、本館地下、学校図書館。普段は静かな場所である。しかし、彼らが居るときだけは、図書館は図書館の機能を果たすことを許されない。毎週、火曜日の昼休み、図書館の扉を開けば、そこは乙女の戦場となり、オアシスとなる。

「押さない、駆けない、騒がない!貸し出しは皆やってあげるから、一列に並んで良い子で待ってるんだよ」

「返却はこちらで受け付ける。一列に並んで待て」

受付の列、第一集団に並びそびれたら最後。午後の授業には間に合わない。乙女は皆、会いに来ているのだ。彼ら、図書委員会中央係、通称“BOOKSブックス FIVEファイブ”に。

 ――――――――――――――――六月二十日、火曜日。午前中の授業が終わる、十分前。廊下の方をちらりと見ると、濃紺の腕章を付けた男子生徒たちが、一斉に地下への階段を駆け下りて行った。あれは図書委員会中央係の腕章。すなわち今降りて行った彼らが、“BOOKS FIVE”と呼ばれる美少年の集団という訳である。

「ちょっと早いが、今日の授業はこれで終わりだ。図書館に行く奴はくれぐれも怪我に気を付けろよ」

数学の教科担任が、やる気のない声を上げて教室から去って行く。私は教師とほぼ同じタイミングで、教室を抜け出て、図書館へと向かった。

 図書館の扉を十一拍子で叩くと、開館前でも開けてくれる。これは図書委員会に所属する生徒に通達されている暗号の様なものだ。これが使われるのは主に“BOOKS FIVE”が受付当番になっている日。つまり火曜日の昼休み前ということである。

しおり。火曜日に来るなんて珍しいな」

本日のお出迎えは、図書委員長の本田赤哉ほんだあかや。三年一組、すなわち特進コースに在籍している。軽音楽部に在籍しているとかいないとかいう噂が立っているが、それは真っ赤な嘘。特進コースは一切の部活動に所属できないルールだからだ。

「期限がどうしても今日までなの。返すだけ。借りない。頼んでいい?」

「学食の限定パンで許してやる」

意地の悪い赤哉の笑顔は、“BOOKS FIVE”ファンの乙女達に向ける営業スマイルなんかより、幾分かましな表情なのだった。

「はいはい、わかったわかった。こっそり鞄に仕込みに行きますよ」

「……そろそろ来るな。気を付けて帰れよ、栞」

優しいセリフと共にデコピンを食らった。時計を見れば、昼休みが始まるまであと二分。私のクラスは授業が早く終わっているから、きっと既に扉の前は乙女の行列で埋まっているだろう。図書委員会だけが使える裏口から出て、私はさっさと学食へ向かった。

 学食も学食で、昼休みは大盛況である。特に限定パンの出る日は、男女問わずパン狙いの生徒で一杯。今月の限定パンの発売日は今日。本館地下の図書館から三号館一階の学食まで、二分とかからず到着できたことは、偉業とも言える快挙だ。後で赤哉に褒めてもらおう。

「限定パン」

学食のおばさんは手慣れたように限定パンを袋に突っ込んで、私の手首に掛けた。おばさんの右手に三百円を握らせ、私はそそくさと三年一組へ向かう。

 三年一組を覗くと、思った通り、誰も居ない。特進コースは基本的に、昼休みの後半は特別講義を受けている。赤哉の席は、廊下側の一番端。赤哉の鞄に限定パンを突っ込み、さっさと三年一組を後にする。こうして今日も、私の地味な一日は過ぎていくのだ。

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