悪徳領主と極めし者
書いてていつも思うんですけど、ルドルフって本当にバカ貴族ですよね……ww
「究極!スーパー・アーネ・ヅマ・キィィックゥゥ!」
何者かの叫びと共に、空気が裂かれる気配。
殺気と共に、何かが疾風のような速さで迫り、咄嗟に身を捻るが、僅かにかすってしまったようで髪が一房舞い散る。
……速い、この私が躱しきれなかっただと!?
何かは私の脇を通りすぎると、地面を削り砂煙を巻き上げながら停止する。
続いて、砂塵の向こうから、力強く凛とした美しい女性の声で、奇妙な調子の歌が聞こえてくる。
「…………誰だ、誰だ!アーネは私、……サキー、ムラサ…………」
所々聞き取れないが、森羅万象を讃える歌か何かだろうか?
砂煙が晴れると、そこには、二十歳前後の美しい女性が、仁王立ちになって立ち塞がっていた。
先程の叫び声の中にも森羅万象の言葉があった事と合わせて考えるに、おそらく新たな森羅万象使い。
それも、ヒイロ殿とは比べ物にならないぐらいの使い手だ。
この女、只者ではない。
「この私の超デンシ・アーネ・ドリルキックをかわすとは。なかなかやるじゃない」
「貴様こそ、この私の体にかすらせるとは、大した物だ。名を名乗れ!」
私が誰何すると、女はまるで傾き者のように、勇ましい見栄を切りながら名乗りを上げる。
「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け……前人未踏の空前絶後、出前迅速落書き無用!!アーネの中のアーネ、アーネオブザイヤーとは私のことよ!」
溢れださんばかりの自信と迫力。
キレのある身体の動き。
そして、片膝を付き両腕を広げる決め姿は、まるで鳳のように優雅でありかつ力強い。
それは、私が思わず見惚れてしまう程の名乗りであった。
「森羅万象の中の森羅万象……ほう、つまり貴様が森羅万象の頂点と言うわけだな?」
「ふっ、まぁそういうことになるわね」
この女の言葉が確かであれば、この女こそが私の求める物ではないか。
……そうかそういう事か!
ヒイロ殿が真に守りたい者とは、この女の事であったか!?
森羅万象の頂点ともなれば、その価値は計り知れない。
だからこそ、ヒイロ殿は命を賭してまで守ろうとしたのか。
「そう言うあんたは何者よ?名を名乗りなさい!」
それ程の人物であれば、私も最大限の礼を尽くさねばならぬな。
「良かろう、私の名は――」
私は、鷹揚に頷いて、先程の見事な名乗りに応えるべく、貴族としての誇りと伝統で以て、名乗りを上げようとする……
「あ、あんなところにペンギンが!?」
が、急に場違いな声が上がり私の名乗りは中断させられ、見ると、女は遠くを指差していた。
その方向にあったのは、何も無い岩場。
…………いや、良く見れば、私をここまで案内した受付嬢が、岩場の陰からこちらを覗いているのが見える。
「……ぶひっ!?」
受付嬢は、私の視線に気が付くと、奇声を上げて身を隠した。
……あの受付嬢が何だと言うのだ?
それにあれはペンギンではなくメス豚…………
そこまで考えた所で、再び強烈な殺気を感じ、咄嗟に身を捻って疾風のように迫るそれを躱す。
「むっ!?」
だが、完全には躱し切れず、またもや髪が一房舞い散ってしまう。
今度は見えた、あれはあの女の飛び蹴りだ。
それも、凄まじいまでの身体強化の上から繰り出される、特級のそれだ。
「貴様、名を聞いておいて邪魔をするとは、何のつもりだ?」
名乗りとは、特に名誉を賭けた一騎討ちなどにおいては、なくてはならぬ神聖な物。
しかも、この女はそれを要求しておきながら、不意打ちで台無しにしたのだ。
その行為は、とても許される物ではない。
「え、油断する奴が悪いのよ?あんたは死んで地獄いった後でも同じこと言えんの?」
だが、悪びれもなく、あっけらかんとした口調で女は言い放つ。
それが当たり前であるかのように。
それが当然の事であるかのように。
まるで私が悪いと言わんばかりの、いっそ清々しいまでの暴言。
…………しかし、そこには一つの真理があった。
『勝てば正義』
……その通りだ、全く以てその通りである。
いくら取り繕っても敗者の言葉など負け犬の遠吠え。
そして死してしまえば、語る事すら叶わぬ。
「クックックッ、フハハハハ、アーハッハッハッハ!」
誇りがなんだ、伝統がなんだ。
死してしまえば、全部同じ事よ。
勝利こそ全て、勝者こそが正義。
戦も人生も、勝者こそが栄光を受けられるのだ。
勝つために最善を尽くして何が悪い!
「然り、然り!確か、サキネと言ったな?貴様の言う通り、油断する奴が悪いのだ」
「お、おう。分かったんならいいのよ」
むしろ、相手の傲りを突くなど常套手段である。
隙など見せる奴が悪いのだ。
その事を忘れていた私が悪なのだ。
「どうやら、最近はぬるま湯に浸かり過ぎて、鈍っていたようだ。礼を言おう」
華やかな社交界や、金に物を言わせた商談ばかりしていたせいで、肌がヒリつくような緊張感を忘れていた。
辺境の男であれば、常在戦場の心得はあって当たり前。
いつ何時であろと、戦いは起こりうるのだ。
血みどろの戦場然り、貴族同士の駆け引き然り。
その事を思い出させてくれたサキネに感謝せねばな…………って、何を、二人でコソコソと話している!
「聞いているのか!?」
こちらをガン無視して、自分達だけの世界を創る二人に、怒声を上げる。
「え、もちろんよ。あれでしょ、消費税を増税すべきか据え置きにすべきかって話よね?」
一体、何の話だ……
「嘘です、聞いてます!ほら、サキネも謝って」
「えーやだー私謝るの好きくなーいー」
はっ、そうか!
そうやってこちらを揺さぶり、動揺させようという魂胆か。
戦いはもう始まっているのだ、危うく敵の術中に嵌まる所であった。
フン、いいだろう、そっちがその気なら…………
頬を膨らまして、不満を露にしているサキネに、不意打ちを仕掛ける。
「隙き有り!!」
「……すうぃーつ!」
完全に不意を突いた居合い切りだったが、身の丈を超える巨大なハンマーで打ち払われてしまった。
あんなに巨大なハンマーを、あの一瞬でどこから取り出したというのだ。
……これも森羅万象の力の一端か!?
不意打ちを完全に潰された形になってしまったが、不思議と笑みが浮かんでくる。
思わぬ強敵の出現に、心臓が高鳴るようだ。
「あんた、空気読みなさいよ!相手がしゃべってたら、普通は大人しく聞くもんでしょ!お約束って奴を知らないの!?」
舌戦はもう始まっている。
相手の狙いは、私の冷静さを奪う事にある。
ならば、私からも一つ返してやるとしよう。
「……フッ、貴様は死んで地獄とやらに行った後でも同じセリフが言えるのか?」
その言葉をそっくりそのまま返してやった。
「お、私の言葉をパクるとはいい度胸ね。今すぐチョサクケン料を払ってもらいましょうか!」
チョサクケンが何かは分からないが、どうやら効果はあったようだ。
サキネは、雰囲気を一変させてこちらに相対する。
「そこのスタイリッシュ貴族!名を名乗りなさい!!」
ここからが、本当の戦いの始まりだ。
「私の名はルドルフ=ファーゼスト、これから貴様に敗北を刻む男の名だ!」
そう名乗りを上げ、サキネを睨み付けた。
そして、魔力を循環させて身体強化を行い、いつでも動けるように身構える。
――今ここに、森羅万象の頂点との戦い火蓋が切って落とされようと……
「…………つまり、ファタロウね!」
「ん?ファタ……なんだと?」
間を外され、一瞬何を言われたのかが分からなかった。
「なんか名前がかっこいいし、見た目も悪くないのがむかつくのよ、あんたは今日からファタロウよ」
ファタロウだと?
ふざけているのか!?
何故、そのような名で呼ばれなければならないのだ……
いや待て、タロウ…………『太郎』だと!?
「サキネとやら、それはファーゼスト太郎の略の事で相違ないか?」
太郎とはあれだ。
『オーガバスター』のピーチ・太郎。
『ビーストテイマー』のゴールデン・太郎。
『狂戦士』のミウラケン・太郎。
これらを代表する、異世界の偉大な人物の称号である、あの『太郎』の事か!?
「そうよ、なんか文句あんの?」
つまり、『ファ太郎』とは、ファーゼストの偉大なる主である私を称えた名。
「いいや、気に入った」
どうやらサキネは、これから戦う私の事を『強敵』と認めてくれたようである。
ここまでされて、血が滾らぬのであれば、それは男ではない。
「……それじゃあ、覚悟はいいかしら?ヒロをこんなにしたお礼はさせて貰うわよ!!」
良かろう。
こちらこそ、贈られた名に恥じぬ戦いを見せようではないか!
「望む所だ!森羅万象の頂き、しかと見せてみよ!!」
今度こそ、戦いの火蓋が切って落とされた。
ゼロからの急加速。
自身の身体にかかるGを、身体強化で無理矢理捩じ伏せ、一呼吸で二度腕を振る。
僅かほどの時間差で、二つの斬撃を繰り出す剣技、通称『隼斬り』。
キキン!
余人であれば、目に捉える事も適わぬ速度で繰り出される二段斬りであったが、サキネは当然の如くこれを防ぐ。
馬鹿げた事に、サキネが用いているのは、身の丈を超える巨大なハンマーであり、とてもではないが私のスピードに対抗できる代物ではない。
だが現実に、サキネはその巨大な質量の塊を、棒切れか何かのように振り回し、私の斬撃を捌いている。
森羅万象によって強化された身体能力の、なんと凄まじい事か。
「こなくそ!!」
サキネは身体能力に物を言わせ、耳を疑うような風切り音を上げさせてハンマーを振るう。
風圧だけで吹き飛ばされてしまいそうな程の圧力を前に、私はそれを余裕をもって躱していく。
「フハハハハハ!大した膂力だな……だが、当たらなければどうという事はない!!」
何度も振るわれる必殺の一撃だったが、私の心を乱すには至らない。
触れただけで肉塊にされそうな圧力など、辺境に棲む魔獣の相手していれば日常茶飯時だからだ。
それに、いくら速いとは言え、あのような大振りをしていては、躱して下さいと言っているような物だ。
「チョロチョロ鬱陶しいのよ!」
私の声に苛立ったのか、サキネは今までとは違った挙動を取り始めた。
全身の力を溜め、筋肉からミチミチと音が聞こえてきそうな程に全身のバネを使って、その手から巨大なハンマーが放たれる。
「墜ちろ蚊トンボー!!!」
あまりの速さに、無音で迫るそれを躱し、一転して攻勢に出る。
「戦いの中で得物を手放すとは、……笑止!!」
遅れてやってきた破裂音と衝撃波を背にして、丸腰になった無防備なサキネに襲い掛かる。
「かーらーのー」
が、サキネの手元に手品のように出現した刀によって、斬撃は防がれしまい、またその絶妙な身体操作によって、私の突進も受け止められてしまった。
「何!?」
私の意図せぬ形で鍔迫り合いになってしまい、急いで体勢を整えようとする。
「〝アルゼンの黒きダンデライオン〟と呼ばれた私に速さで挑むとは……いい度胸してるじゃない!オラァ!」
だが、このレベルの攻防においては一瞬の間は隙となってしまい、地面の踏ん張りが利かないまま、サキネにぶちかましを許してしまった。
宙でなんとか体勢を整えるが、そのままサキネの追撃を受けてしまい、戦いの主導権を完全にサキネに渡してしまう。
「流石は、森羅万象を極めし者だ……やるな」
得物が変わったため、動きの質も変わり、先程までのような大振りではなく、速度と手数を重視した戦い方に切り替えてきた。
この私のスピードに、真っ向から挑むというのか……面白い!!
――ガチリ。
頭のどこかで、何が切り替わる音が聞こえたような気がした。
宙を走る銀閃の数々を、技術と経験と勘でもって切り抜け、お返しとばかりに繰り出した斬撃や突きは、躱され届かない。
徐々に攻防の激しさが増していく中、私の感覚は極限まで研ぎ澄まされていく。
まず、世界から音が消え去り、耳が痛い程の静寂が訪れた。
続いて、景色から色が失われ、白と黒が視界を埋め尽くした。
そして最後に、私以外が時の枷にはめられたかのように、周囲がゆっくりと見え始める。
時間を支配下に置くかのような全能感。
当然ながら、実際に時間を操っているわけではないが、極限まで高まった集中力はそれと同じ事を可能とし、そして、極限まで高められた身体能力は、時の枷に抗いながら動く事を可能とする。
…………しかし、絶対的とも言えるこの世界の中に、異彩を放つ存在がもう一つ。
それは、音の消えた世界で唯一音を奏で、白黒の世界で唯一色彩を放ち、ゆっくりと流れる時間の中を、我が物顔で泳ぎ回る存在。
その存在の名は、サキネ。
ふてぶてしい笑みを浮かべた、森羅万象の頂点である。
流石は森羅万象を極めし者、この境地に平気な顔で踏み込んでくる。
いいぞ、それでこそ倒し甲斐があるというもの!
それでこそ、私に相応しいというもの!!
私は、久しく使用していなかった闇魔術『影の下僕』を使用して、自らの影を実体化させる。
影に私の魔力が浸透していくに従い、徐々にそれが顕現する。
「なんか、うにょうにょしてて気色悪いわね」
現れたのは、魔力で作られた実体無き影の触手。
私の意思によって自在に動く『影の下僕』だ。
「いつまで、余裕ぶっていられるかな?」
さて、ここからが本番だ!
第二ラウンドを始めようではないか!!
こちらは、ひたすら真面目に書いていれば、あとは藤原ロングウェイ先生が、コメディにしてくれる……何と素晴らしい企画だろうかΣ(゜Д゜)
藤原ロングウェイ先生、ありがとナス(о´∀`о)
『あくおれ!~悪徳領主と弟の楽しい異世界生活~』
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