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悪徳領主と訳あり策士

ガチバトルが書きたかった。

ただ、それだけのお話し。

 迫り来る水鉄球アクアモーニングスターを、居合いで切り裂く。

 形を維持できなくなった水塊は、今まで圧縮されていた反動から、解き放たれるかのように四散する。

 相当量の水を圧縮していたのか、かなりの勢いで水が飛び散り、飛び退く事でそれらを躱した。


 結果的に相手とは距離を取る事になってしまい、魔術師の得意な距離で勝負を挑む事になった。

 ……だが、それは私も臨む所。

 本来ならば、魔術師相手に距離を置くなど下策も下策。

 しかし、今回は森羅万象アーネの力を正面から打ち負かす事にこそ意味があるのだ。


 ヒイロ殿を見れば、もう既に次の魔術が用意されていた。


「ならばこれでどうだ!チャクラム、ゴー!!」


 良く見なければ、視認する事も難しい水円月輪アクアチャクラムが八枚宙に浮いており、それぞれが別々の軌道でもって私に襲いかかる。


 直線的な物、緩やかなカーブを描く物、速い物、遅い物、中には見当違いの方向に飛ぶと見せ掛けて、私の死角に潜り込もうとする物まである。

 時間差で迫り来る八枚の凶刃は、前後左右の私の逃げ場を制限し、まるで八人の狩人から、同時に狙われているような錯覚を覚える。

 これらの一枚一枚を精密に操っているのだから、ヒイロ殿の制御力は、やはり驚異的であると言えよう。






 だが…………






 …………遅い!


 迫り来る水円月輪アクアチャクラムを、全て体捌きのみで躱していく。


「嘘だろ!?なんでこんな田舎に達人級の人がくるんだよ!?」


 いくら八枚の刃による時間差攻撃と言えども、一つ一つの速度があの程度であれば、対処は容易である。

 どれほど制御力がずば抜けていたとしても、私のスピードに付いてこられないようでは、勝負にならない。


「ふん、この程度の物か。大層な事を言っていたが、これでは森羅万象アーネも大した物ではないな」


「……この俺に対してアーネで文句つけるとかいい煽り方じゃねぇか。才能あんよあんた……ぶっ殺す!」


 水円月輪アクアチャクラムでは捉えきれないと悟ったのか、ヒイロ殿は次に、一抱えはありそうな巨大な水球をいくつか創造し、投げつけてきた。


 一つ一つが大きくなった分、避けるのに大きく移動しなければならず、その隙を付くつもりらしい。

 ……だが、避け難くなったとは言っても、一つ一つの水球の速度は相変わらず遅いまま。

 この程度で、私を捉えられると思っているのなら、甘いと言わざるを得ない。


「量より質をとったか?愚かな」


 私は、ヒイロ殿の取った戦術に呆れ、水球を術式ごと切り捨てようと刀を閃かせる。


「こんなに遅くては簡単に……むっ!?」


 だが、刀を振るう直前に、背中に嫌な寒気が走った。

 私は自身の感覚に従い、水球を切らずにそのまま後方へと飛び退く。


 瞬間、水球が一気に爆ぜる。


 無数の水の礫が放射上に飛散し、空間を埋め尽くすように襲いかかる。

 しかも、二の球、三の球と、水球は次々に爆ぜ、私に避ける余裕を与えない。


「質より量で勝負するタイプなんでね!戦いは数だよ!」


 愚かなのは私の方だったようだ。

 相手は、発想力と制御力を武器にする術者だ。

 そのような相手が、単純な手を使ってくる訳が無いというのに、私はヒイロ殿を侮り、まんまと罠に飛び込んでしまったのだ。


 ヒイロ殿は、まだまだ次があるとばかりに、水球を生み出してはこちらへ放り、水の爆撃を繰り返す。

 それを、持ち前のスピードで躱し、躱し切れない物は刀で打ち落としながら凌いでいく。


 四の球、五の球、六の球…………


 躱し、捌き、払い、そして打ち落とす。


 それを繰り返す内に、私の感覚は徐々に研ぎ澄まされていき、次第に身体も温まってくる。

 戦いの熱にあてられた私の顔には、いつしか笑みが浮かび上がっていた。


「フハハハハ、いいぞ、それでこそだ!もっと森羅万象アーネに掛ける情熱を見せてみるがいい!!」


「いつまでも笑っていられると思うなよ!!」


 ヒイロ殿はそう言って私を捉えるべく水球を放つが、私はそれに対して笑みで返す。


 ……さて、準備運動は終わりだ。


 任意のタイミングで弾幕を形成するという、非常に厄介なこの水球だが、対処法などいくらでもある。


 スピードの緩急を利用して、爆ぜるタイミングをずらして水球を躱す。

 虚を突いて近付き、爆ぜる前に術式ごと水球を切り捨てる。

 目が慣れてきたら、爆ぜた水の礫を真っ向から叩き落とす。


 意識のギアを一段階上げ、次々と水球を処理していき、徐々にヒイロ殿との距離を詰めていく。


 そんな状況に危機感を覚えたのか、ヒイロ殿は次の一手を繰り出す。

 ヒイロ殿が腕を一振りすると、急に濃い霧が立ち込め、二人の姿を覆い隠すように辺りを包み込んだ。


「むっ、まだこんな手札が残っていたとは」


 一体いつの間に、これ程広範囲に影響を及ぼす魔術を練っていたと言うのだ?


 晴天の屋外であるにも拘わらず、この濃霧。

 地面は乾いており、前日に雨が降った様子も無い事から、自然にある水を操作したわけではなく、自前の魔力だけでこの霧を発生した事になる。


 水球の制御と、私の対応だけで精一杯のように見えたが、魔術の気配さえ感じさせずに、一体どうやってこのような霧を生み出したのか……

 これも森羅万象アーネの力だと言うのか?


「一粒で二度美味しいってね!策士ってのは、二手先三手先まで考えるもんさ!」


 伸ばした刀の先さえも見えない濃霧が漂う中、ヒイロ殿の声だけが、はっきりと耳に届く。


 二手先三手先…………そうか、そう言う事か!

 あれほどの水の爆撃を受けたと言うのに、地面が乾いている・・・・・のは、そのせいだったのか!!


 ヒイロ殿は、水の爆撃を私を捉える為ではなく、水を周囲にバラ撒く為に行使していたのだ。

 そして頃合いを見て、一気に霧へと変化させたという訳だ。

 ……いや、そうではない。

 水の爆撃で仕止められればそれでよし、もし駄目でも、そのまま次の手の仕込みとなる、『一粒で二度美味しい』とは、そういう事か。


 なんたる策士!!


 当然、このまま私の視界を奪って終わりというわけではあるまい。


「からの~、食らえ!≪氷砲クリスタルバスター≫!」


 ヒイロ殿の声が聞こえたかと思うと、魔術が発動する気配を感じ、続いて真っ白な視界の向こうから、『何か』が飛来する音が聞こえてきた。


 気配と風切り音を元に、それを捉えて体を逸らす。


 通り過ぎる一瞬で見えたそれは、拳大の氷の礫。

 先程までの水の礫とは、段違いの殺傷能力を持った凶器の存在に、私はヒイロ殿が勝負を仕掛けている事を察した。

 そして、それを肯定するかのように、次々と魔術が行使される気配を感じ取る。


 視界を埋め尽くす霧が、白いカーテンのように揺らめき、襲いかかる凶弾の到来を告げる。


 もしも『視界を奪った事で優位に立った』と、ヒイロ殿がそう思っているのであれば、それは誤りだと教えてやらねばならない。

 視覚に頼らずとも、この程度の物を捉える事など造作もない事なのだと。


 迫り来る氷の礫の数々を、殺気と気配を頼りに、時に体捌きで躱し、時に刀で弾き、剣舞を舞うかのように淀み無く対処する。


「黒い悪魔とまで呼ばれた私を、この程度でどうにかできると思うなよ」


 さて、ヒイロ殿はどうするかな?

 私はこのまま、ヒイロ殿の魔力が尽きるまで、踊りの相手を務めても構わないが、まさかこれ程の『策士』が、この手で終わりとは言うまい。


 私が期待に胸を膨らませていると、それに応えるかのように、白い霧のベールの向こうから、大きな魔術の気配を感じ取った。


「くたばれノストラダムス!≪十全氷砲チャージクリスタルバスター≫!!」


 その言葉と共に放たれる巨大な殺気。

 馬車程もありそうな大きな物体と、それを取り囲む無数の小さな物体が迫り来る気配を感じ取る。


 これまで『制御力』や『魔術の妙』で以て勝負を仕掛けてきたヒイロ殿の、初めて見せる力業。

 ここが、勝負の分水嶺だ。


 流石の私も、これ程巨大な氷塊を正面から受け止める事は出来そうもない。

 しかし、その左右には、今まで以上に厚く張られた、氷の弾幕が待ち構えている。

 視界を封じられ、前後の動きも封じられ、左右をも封じられたとなれば、私の残る道は一つ。


 …………私は、自分の勘を信じ、地面を蹴って大きく跳躍した。


 そして…………


















「アァァァネェェラァァァヴァァァァァ!!」


















 次に聞こえてきたのは、大魔術アーネ・ラヴァを放つ、ヒイロ殿の叫ぶような声だった。


 舞い踊る銀糸の群れが、霧の中に浮かぶ黒い影に襲い掛かる。

 水蛇のあぎとが獲物を捉えると、その鋭利な牙で影をズタズタに引き裂いた。


 ……ここが霧の中で良かったかもしれない。

 でなければ、引き裂かれた影の中身が、はっきりと・・・・・見えてしまっていた事だろう。


 欠片も残らない程に影が細切れになった頃、ようやく嵐のような銀糸の舞いは収まり、辺りは静けさを取り戻した。


 …………私はその光景を見て・・、改めてヒイロ殿の手腕に感心する。


「やったか!?……はっ!?」


 一瞬、勝利を確信するヒイロ殿だったが、すぐに何やら様子がおかしい事に気が付いたようだ。

 そんなヒイロ殿の背後から、私はゆっくりと声を掛ける事にした。


 ふむ、そういえばこのような場合においては、確かこう返すのが様式美であったな。


「…………残像だ」


「やっぱり!俺のバカ!」


 前後左右を封じられたあの時、氷塊から逃れるためには上に跳ぶしか方法が無かった。

 しかし、それこそがヒイロ殿の狙い。

 もしもあの時、空中に跳んでいれば、身動きの取れなくなった私は、細切れにされたあの影のように、大魔術アーネ・ラヴァの餌食になっていただろう。


 上に飛ぶ事が罠だと察知した私は、横に跳んで氷の弾幕を強引に突破し、闇魔術で上空に影を創り上げた。

 投影された影は、霧のスクリーンに良く映えたようで、結果はご覧の通りと言う訳だ。


「気は済んだかな?」


 まさか、魔術を使わされる事になるとは思いもよらなかったが、そんな事はおくびにも出さずにヒイロ殿に声を掛ける。


「くっ、まさかこれほどの強者が初心者の街アルゼンにくるとは……」


「フッ、これで私の力も分かっただろう?大人しく言う事を聞くんだな」


 ご希望通りに『力』を示したのだ、これで森羅万象アーネの力は私の物。

 ヒイロ殿には、森羅万象アーネの力を教えて貰った後も、私の優秀な配下として活躍してもらおうか。


 そう思って声を掛けるが、ヒイロ殿の様子はどこかおかしく、怪しい笑みを顔に貼り付けているではないか。


「クククク……」


 命の覚悟を決めたような表情。

 そして、追い詰められた獣のような目。


「この俺が他人にサキネを渡すとでも思ったか!かくなる上は最後の手段。自爆してでもお前を――」


 うん?サキネ??

 一体ヒイロ殿は何を言っているのだ???

 どうやら、ヒイロ殿の大切な人の名前のようだが……


「……待て、サキネとは誰だ?何を言っている?」


 とりあえず、言葉通りに自爆されては困るので、そう言ってヒイロ殿を制止する。


「…………へ?」


 私が欲しいのは、あくまで森羅万象アーネの力と、ヒイロ殿という優秀な人材だ。

 死なれてしまっては、私が困る。


「貴殿がそこまで言うのなら、一緒に雇い入れても構わんぞ?」


 それに、ヒイロ殿のような優秀な人材を囲えるのであれば、おまけの一人や二人ぐらい、まとめて庇護する事に否やはない。


「…………雇う?」


 ん?始めからそう言っているはずだが、何を言っているのだ?


 どうやら、ヒイロ殿は何か誤解しているようだ。


 ……そうか、そう言えば、ヒイロ殿は訳あり・・・と言っていたな、恐らくその辺りの事情が関係するのであろう。


「一回落ち着きましょう。戦いは何も生み出しません」


 ヒイロ殿は落ち着きを取り戻したようで、私達は、二度目の交渉のテーブルに着く事になった。


「む?そういえば、先に手を出してきたのはヒイロ殿だったような気が……」


「それはすみっこに置いておいて、と。あなたはサキネが目当てだったんじゃないんですか?」


「だから、誰だそいつは?私が雇いたいの貴殿だけだぞ?」


「なるほど?」


 私の言葉を聞いて、ますます首を傾げるヒイロ殿。


 これまでの話から推測するに、恐らくヒイロ殿は、私がサキネとやらを害する追手か何かと思っているのではないだろうか?


 やれやれ、勘違いにも程がある。

 全く、あれほど巧妙な戦術を組み立てられるというのに、そそっかしいというか何と言うか……

 まぁ良い、それが分かれば話は早い。

 後はお互いの誤解を解いて、ヒイロ殿を雇う話をまとめるとしよう。


 そう思って声を掛けようとするが、ヒイロ殿は、何かに気が付いたようで、真剣な表情で遠くを見つめている。


「……はっ!?まずい、俺がそれなりにピンチに陥ってしまった今、その危機をやつが察知しないはずがない!」


 ……ん?やつ??

 ヒイロ殿は一体何を言い出したのだ???


初めて書いた本格的なバトル描写。

格好良く書けてると良いな~(*´ω`*)



裏パートはこちら↓


『あくおれ!~悪徳領主とおれの楽しい異世界生活~』

http://ncode.syosetu.com/n5495dz/



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