悪徳領主と未知なる力
不定期更新だと、いつから錯覚していた?
残念、毎日更新だ!
街を出て、しばらく道なりに歩いていると、受付嬢は突然道から逸れて、人があまり通らない獣道のような場所を進み始めた。
どうやら、目的地は近いようだ。
そこから少し歩くと、開けた場所が見え始め、その中心には、目を閉じて精神を集中させながら呪文の詠唱をする、一人の若者の姿があった。
「…………どうかこの瞬間に言わせてほしい。時よ止まれ。君は誰よりも美しいから。永久の君に願う。俺を頂へと導いてくれ!」
若者が口ずさむのは、聞いた事のない呪文の詠唱。
その美しい旋律と、若者が放つ雰囲気に目が離せなくなる。
「燃えあがれ、至高のアァァァネェェラァァァヴァァァァァ!!」
若者が目を見開いて叫ぶと、その両の手の指先から、銀糸のような物が煌めき、日の光を反射しながら縦横無尽に空間を走り抜けた。
何という緻密な魔術!!
銀糸に見紛う程に細く煌めくそれは、極限まで絞られた水魔術。
それを両手合わせて十本も同時に繰り出し、それぞれが独立した生き物のように操るなど、全く何という制御力であろうか。
若者が腕を一振りすると、十本の銀糸は踊るように揺らめき、それぞれが蛇のように目標へと襲いかかる。
若者の目の前の大岩は、水蛇が一咬みする度に抉られていき、何匹ものそれらによって、嵐のような激しさで次々と溝が刻まれていくではないか。
まるで、楽団の指揮者のような腕捌きで水蛇を操る姿に魅入っていると、次第に嵐は収まり、大岩は複雑で幾何学的な模様を浮かべる美術品へと変化していた。
素晴らしい!何という素晴らしい魔術だ!!
アーネ・ラヴァと言ったか?
威力もさる事ながら、銀糸が宙を舞う様は幻想的で、正に芸術と言わざるを得ない。
そして何よりも驚かされるのは、その使用魔力の少なさだ。
あれだけ少量の『水鞭』を産み出すのに、多くの魔力は必要ない。
それこそ、魔術師と呼ばれる人種であれば、誰でも使用が可能であろう。
だが、あの様に極限まで細く研ぎ澄ます事の出来る術者は、どれだけいようか?
それを十本も同時に産み出す事が出来る術者が、どれだけいるだろうか?
その上あの若者は、その一本一本をまるで生き物か何かの様に操っているのだ。
正に神業、正に魔術の極致。
彼は、魔を操る術の、一つの極みに立っていると言えよう。
「ふ……決まった」
若者は、自身の魔術の出来に納得したのか、満足そうに呟く。
パチ、パチ、パチ、パチ。
気が付くと私は、この若き魔術師に惜しみ無い拍手を送っていた。
「ななななな何者!殿中でござるぞ!」
不意に現れた私に驚き、慌てる様子を見せる若者。
その様子は年相応であり、大魔術を行使する程の魔術師には見えないが、先程の幻想的な光景によって、私の胸は感動で溢れそうであった。
これが、ヒイロ=ウイヅキか…………
なるほど、大貴族の訳ありの隠し子だと言うのも頷ける話だ。
「時よ止まれ。君は誰よりも美しいから。永久の君に願う。…………アーネ・ラヴァ!!だったか?……見事な物だな」
私は、未だに耳に残る旋律を口にし、彼の大魔術を心から称賛する。
「ひぃぃ!改めて他人から聞かせられると…………恥ずかしすぎる!!」
どうやらヒイロ殿は、面と向かって褒められる事に慣れていないのか、顔を真っ赤に染めてその場に蹲ってしまった。
「フハハハ!何を恥じる事がある、胸を張るといい」
あの大魔術は可能性の塊だ。
なにせ、制御力さえあれば、誰でも行使が可能なのである。
生まれつき魔力が少なく、初級魔術しか扱えない者であっても、要は使い方次第であると、ヒイロ殿はその大魔術で以て、全ての魔術師に可能性を示したのだ。
そんなヒイロ殿が胸を張らずして、一体誰が胸を張れると言うのだ。
「……たしかに」
私の言葉に何か感じ入る物があったのか、ヒイロ殿はゆっくりと顔を上げ、ようやく私は彼と相対する事ができた。
「私の名はルドルフ=ファーゼストだ。貴殿が、ヒイロ=ウイヅキだな?」
若い。
まだ二十歳を越えてもいないのではないだろうか?
それなのに、これ程までに魔術を極めていようとは、何という逸材であろうか。
そして、何よりも目を引くのは、その容姿。
黒髪黒目に加え、彫りが浅くそして実年齢よりも幼く見える顔立ち……
…………まさか!!
それらは、我が王国の建国の英雄の特徴と同じではないか!?
つまり、ヒイロ殿は建国の英雄の血を引いているという事か。
なるほど、訳有りとはそういう事か……
私が、ヒイロ殿の顔をまじまじと見つめていると、どうやら彼も私を観察していたようで、驚いたように口を開く。
「え、はい、そうで……ってIKE面だなおい!なぜ異世界にはIKE面が多いのだ!」
ん?IKE??
彼は何を言っているのだろうか、『面』と言うからには、私の顔がどうかしたのだろうか……
「私の顔に何か?」
「ああ、いえ、取り乱しました。こっちの話です」
良く分からないが、ヒイロ殿が納得できたのであれば、それでいいだろう。
「まぁいい。少々貴殿の時間を私に頂けないだろうか?」
「え?えぇ、構いませんよ」
私がそう切り出すと、ヒイロ殿は快くそれに応じてくれた。
さて、ここからが本題だ。
当初は、冒険者ギルドから下僕を雇うだけのつもりでいたが、まさかこれ程の人物を紹介されるとは思ってもいなかった。
ヒイロ殿のような人材であれば、何としてでも私の配下として囲っておきたいのが本音だ。
彼を口説き落とすために、まずは、彼の得意分野から攻める事にしよう。
「それにしても、貴殿の大魔術は見事な物だな。私が見るに、相当な想いが込められていると見た」
あれ程の技術を身に付けるためには、想像を絶する程の研鑽があったに違いない。
そして、それを成すためには、執念と言える程のモチベーションがなければ、実現不可能であろう。
「分かりますか!」
やはりヒイロ殿には、あの大魔術に相当な思い入れがあったようで、堰を切ったように語り始める。
「あれはですね、私の中に長年降り積もったラヴァとか尊敬とかラヴァとか友情とかラヴァとか憧憬とかラヴァとかを一気に爆発させたものなんですよ!一言で言うなら……人生、ですかね?」
なんと!?
まさか、あの大魔術の名前にもなっている『ラヴァ』に、それほどの意味が込められていたとは。
「つまり、ラヴァこそが全ての源、『アーネ・ラヴァ』とは貴殿のラヴァの結晶が具現化した物だと言う訳だな……興味深い。アーネについても詳しく教えて貰えないだろうか?」
『ラヴァ』がそこまでの物であれば、必然的に『アーネ』にも深い意味があるに違いない。
私は本来の目的も忘れ、ヒイロ殿が語る一言一句を聞き逃さないように耳を傾ける。
「またまた~、何を仰いますやらイワナやらですよー。まぁ私にとってアーネっていうのはなんつーか、アレですよ。この世に昼と夜が訪れるのも、空に星が輝いているのも、大地に花が咲くのも、海が青くて大きいのも、雲が白くてふわふわなのも、あー洗濯物干してたのに雨降ってきちゃったよーと大急ぎで家に帰ったらお祖母ちゃんが洗濯物を取り込んでくれてて無事だったのも、全てアーネ・ラヴァによってもたらされたものです。全てアーネ・ラヴァで説明できます。つまり、アーネは世界を構成する全てと言っても過言ではないのです!!」
「なんと、それほどまで!?」
ヒイロ殿の語る『アーネ』を聞き、私は、まるで稲妻に打たれたような衝撃を受けた。
アーネ・ラヴァは、単なる魔術などではなかったのだ。
『森羅万象』と『ヒイロ殿の想い』。
何という……
一体何という壮大なスケールであろうか。
「……素晴らしい、森羅万象とはなんと素晴らしいのだ!このような物がまだ世に埋もれていたとは!!」
つまり、ヒイロ殿は単なる魔術師などではなく、魔力を用いてこの世の森羅万象を操る、森羅万象使いであったというのだ。
欲しい!
何としてでも彼を雇い、そして、森羅万象の力を我が物とするのだ!!
それが叶えば、私はもっと高みに昇る事が出来る。
「よかろう、ヒイロ殿には、私に森羅万象を捧げるという栄誉を授けようではないか。貴殿の森羅万象は私にこそ相応しい!」
そう、森羅万象を操る程の力は、貴族たる私にこそ相応しい。
さあヒイロ殿よ、私の下でその力を振るい、共にその名を轟かせようではないか!!
「……え、なんだって?」
だが、私の誘いに対し、ヒイロ殿は表情を固くし、ピリピリとした緊張感を漂わせはじめる。
「いくらだ?今の給金の三倍は払ってやるぞ?」
「……俺、鈍感難聴系男子だからもう一回言ってくれない?」
……確かに冒険者の収入など高が知れている。
その三倍程度の金で森羅万象を買おうなど、失礼であったな。
「ん?納得がいかぬか?ならば、好きな金額を言え。いくらでも出してやろう」
領地に戻れば、それこそ使い切れない程の金貨が用意できるし、もし戻れないとしても、私の商才があれば大金を稼ぐ事も容易である。
財布の中には、金貨の他にも宝石が幾つか入っているため、ヒイロ殿と契約を結ぶのに必要な当座の資金としても問題無いであろう。
だが私の言葉に対し、ヒイロ殿は殺気を放つ事で答える。
「……金の問題じゃねぇんだよぉぉぉぉ!」
ヒイロ殿はそう叫ぶと、両手にそれぞれ、人の頭程もある水球を作り上げ、振り回して私に叩きつけてきた。
私は、ヒイロ殿が放つ殺気に反応し、余裕を持って躱すが、見れば水球は、私が元居た場所の地面にめり込んでいるではないか。
あれは、見た目通りの水の塊ではあるまい。
恐らくは、人の頭の大きさ程度になるまで圧縮された、高質量の水塊。
もし当たれば、あの地面と同じように、骨ごと身体にめり込む事になるだろう。
さしずめ、水鉄球と言った所だろうか。
「そう言った戯れ言は、この俺を倒してから言ってもらおうか…………」
ヒイロ殿は、真剣な眼差しを私に向けながら、言ってのける。
……なるほど、森羅万象を使う者が、人に使われるなど道理が通らぬな。
だが、それを成したいのであれば、森羅万象を捩じ伏せる程の力を示せと言う事か。
クックック、面白いではないか。
「フハハハハ!良かろう、ならば力尽くで頂くとしよう!!」
私は、ニヤリとした笑みを顔に浮かべながら、腰の刀を音もなく抜き放った。
森羅万象の力とは一体……
『あくおれ!~悪徳領主と弟の楽しい異世界生活~』
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