気がついたら夜都“デリン”でした
お久しぶりです。遅くなってしまいすみません。
ーーーとある吸血姫SIDEーーー
夜都“デリン”。吸血鬼の女王が治めるその街に日の光が降り注ぐことはない。鮮血のように紅く染まった月が漆黒の世界を照らしている。これは女王のスキルによって保たれた結界内の世界なのだ。
ここに住む者たちは亜人の中でも得意な者たちばかりだ。月を見ることで力を解放できる獣人。日の光を浴びると消滅してしまう吸血鬼。そんな者たちを守る形で夜都“デリン”は存在している。
また、デリンの中心には巨大な塔が聳え立っている。そこに彼女はいた。
「………ケリア。」
今は亡き、恋人の名を呟きながら、窓に手を触れ、目下に広がる街を眺める。金色の髪に空に浮かぶ月よりも濃い真紅に染まった瞳。妖艶な雰囲気を漂わせるが、何処か近寄りにくさをも感じさせる。彼女こそ、この街を治める吸血鬼の女王“ラフィーエ・ブラディリス”である。しかし、只々美しい彼女であるが、その美しさでも隠しきれない憂鬱さが今の彼女からは感じられる。
数日前のことだ。エルダー王国の方から通達が来たのだ。勇者一行を連れ、夜都“デリン”へ向かうと言う内容であった。無論、それを断ったりするラフィーエでは無いが、勇者たちがデリンへと到着したときにおそらく言われるであろう言葉に耳を貸すことは出来ないのだ。
夜都“デリン”が所持する【聖剣デュランダル】。本来、勇者が持つべきそれは先代の勇者たちによってここに運ばれた。今回も担い手になるに相応しい勇者が来れば【聖剣】の方からその者を選ぶ。ラフィーエはそれまで【聖剣】を守り、勇者の手に渡る瞬間まで見届ける役目を与えられていた。だが、ラフィーエはその役目を果たすつもりなど毛頭無い。彼女は欲しかったのだ。別の大陸へと持っていかれた、愛する者の形見を手に入れるための交換材料が。その為だけにこの役目を受けたと言っても過言ではない。【聖剣デュランダル】や他の【聖剣】など彼女にとってはガラクタに過ぎない。だが、【聖剣カラドボルグ】だけは違う。
あれはラフィーエが生涯を捧げようとしたケリアが保持していた数少ない物。長い時を共に過ごし、そんな彼の隣にはいつも【聖剣カラドボルグ】があった。あの剣を見ていれば、ケリアをより近くに感じられる気がするのだ。
鍛錬に励むケリア、お茶を飲むケリア、魔物から守って来れたケリア、優しく声をかけて来れたケリア。ラフィーエは今でもすぐに思い出せる。そして、ケリアが【聖剣カラドボルグ】を大切にしていたこともだ。
「そうじゃ。あれはケリアが大切にしていた物なのじゃ。ケリア以外のものが持って良いものではない。だからこそ、妾が守り抜かねばならない。ケリアが戻るその日まで。妾が……。」
ラフィーエの手に力が困る。窓に貼られたガラスにヒビが入ったかと思うと次の瞬間、ガラスは大きな音を立て割れた。音を聞きつけた侍女が駆けつけたがその様子を見てまるでいつものことのように片付け始める。そう、これは珍しいことではない。日常なのだ。
ラフィーエはガラスを片付ける侍女には目もくれず、独り言を続ける。
「勇者などには渡さぬ、必ずや妾の手に。」
そう言うとラフィーエは窓と侍女には背を向け、何処かへと去って行った。ケリアを思い、彼の為に動こうとするラフィーエ。しかし、彼女は知らなかった。そんな彼女を利用しようと夜都“デリン”の暗闇の中に紛れる存在たちに。
近くで聞き耳を立てていた赤い髪の付き人と紫の髪の冒険者仲間と銀色の髪を持つものの存在に。
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ーーーイヅナSIDEーーー
夜都“デリン”の中央にある巨大な塔。その頂点よりも更に高いところに俺たちはいた。
「ヘックチ!イヅナ様!ここ意外と寒いです!」
「むむー(お腹すいた)。」
「よし、お前ら少し黙ってろ。」
何故、宮殿へと向かっていた俺たちがこんなところにあるかと言うとアスモデウスとベルゼブのせいである。
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時は少し遡る。宮殿についてすぐのことだった。通達を送ったが、夜都“デリン”の方から返事が来るまでは宮殿内で待機というのが、勇者や俺たちに与えられた命令だった。しかし…。
「イヅナ様、私たちが先に先行しちゃ駄目なんでしょうか?」
アスモデウスがふとこんなことを言った。
「駄目に決まってるだろ。俺たちは冒険者ということになってる。そんな俺らが王族の命令に逆らって良いわけないだろ。それにわざわざ言ってどうするんだ?」
「暇つぶしです!どうせ【聖剣】集めなんて私たちからすれば茶番みたいなものですからね〜。あんな物があったって使ってる人があれじゃあ意味ないですよ。だから、先行調査するって名目で時間つぶしをしたいんですよ。」
「むむー(暇つぶしに賛成)。」
いつのまにかベルゼブがいるが気にはしない。
それよりもアスモデウスの意見だ。滅茶苦茶なことを言ってるように聞こえるがあながち間違いでもない。たしかに【聖剣】は強力だ。しかし、その力を向けようとしている魔神、つまりは俺にとっては小賢しいとは思うかもしれないがその程度。何の意味もないのだ。勿論、俺たちと近い力を持つ創造神や天使たちにも同じだろう。
だが、それを教える訳にはいかない。何故、そんなことが言えるのか、彼らが納得できる説明を俺はできない。それに旧友たちやこの世界の人々が頑張っている姿を見て、それをやめさせようとは思わない。何かあれば俺がどうにかする。
「確かにその通りだが、だからと言ってそんなことが許されるわけがない……ってアスモデウスはどこに行ったんだ?」
「むむ〜(エルティナのところ)。」
いなくなったアスモデウスの代わりに先の案を言いに行ったのだろう。全く、無駄に高い行動力はどうにかならないのか?
「まあ、どうせ通るわけも無い。泣きながら帰って来るだろう付き人を温かく迎えてやるとするか。」
「むー(優しい)。」
「普通だ。」
それから少しするとアスモデウスが凄い勢いで扉を開け、部屋に入ってきた。
「残念だったな。」
俺はアスモデウスに背を向けたまま予め決めていた台詞を言った。
「ふっふっふっ、イヅナ様は何を言ってるんですか?まさか私の意見が通らないとでも?」
「ん?どういうことだ?」
振り返るとそこにはいい笑顔をしたアスモデウスの姿があった。嫌な予感しかしない。
「私、イヅナ様、ベルゼブの3人に特別に先に夜都“デリン”へ向かうことを許可してくれました!さすが私の意見ですね。エルティナも名案だと私のことを褒めてくれましたよ。」
うんうんと頷き、自分を褒めるアスモデウス。しかし、何故、勇者の護衛などの依頼も含まれている俺たちが先行するなど許されたのだろうか?いや、もしかしたらという考えはある。だが、それはあまりに私的で一国を治めるものの判断とは思えないようなものだ。
「なあ、アスモデウス。」
「何ですか?優秀な付き人であり、可愛い恋人でもあるこのアスモデウスを持つイヅナ様?」
うざい。無視をしたいが話が進まなくなる。我慢だ。
「もしかして俺がその意見に乗る気でないとでも言ったか?」
「言いましたよ。きっとこの案が通ったらイヅナ様は嫌な顔しますって。」
何故、そんなことを言うことになったのかも疑問だが、これでわかった。エルティナは王国にくる道中のことを根に持っていたんだろう。つまり、この命令は仕返しだ。それも私的なものだ。
「むむー(これで暇つぶしができる)。」
「暇つぶしじゃない、調査だ。」
「むーむー(調査と言う名の暇つぶし)。」
「…………。」
俺は悟った悪魔のこいつらには何を言っても無駄なのだと。きっと俺の話をしっかりと聞いてくれたルシファーが特別だったのだろう。
「どうせならその【聖剣】を渡したくないとか言ってる吸血鬼でも見に行きますか?」
「むー(異議なし)。」
「じゃあ、決まりですね。その後はスイーツ巡りをしてイヅナ様とイチャイチャコースで。」
「むー、むむー(アスモデウス、安心してイチャイチャの邪魔はしない)。」
「流石は私の友です。わかってますね。あ、そう言えばこのことルネにも言っておいた方が良いですね。イヅナ様、ベルゼブ、私ちょっとルネのところに行ってくるんでそれまでに準備しておいてくださいね。」
「むむ(了解)。」
「それでは急いで行ってきます!」
アスモデウスは再び、部屋を飛び出し走り去って行った。
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「で、それから数時間が経過し夜都“デリン”にいると言うわけだ。」
「急に何言ってるんですか?頭打ちましたか?」
「むー(可愛そう)。」
この2人の連携を止める手立てを探しておいた方が良さそうだ。
「しかし、本当にあの吸血鬼は【聖剣カラドボルグ】を狙ってるらしいな。」
「そうですね、すごい執着心を感じました。あれは中々の強敵ですね。もう力づくで奪っちゃいますか?」
「むー(それが一番早い)。」
確かに俺たちの力ならばそれは可能だ。しかし…。
「それは駄目だ。人(吸血鬼だが)の思いをそんな簡単に断ち切るべきではない。相手の気持ちを考えればそんなことはわかるだろう。彼女は絶対にそんな終わり方を、望みやしない。繋がりは大切にするべきだ。だろ?アスモデウス。」
「うっ。イヅナ様、それを言われると私はそうですねとしか言えませんよ。」
相手のことを考える。それは難しく、大切なこと。そして、アスモデウスのお陰で深く知ることのできたことだ。それを理解しているアスモデウスなら、力づくで解決することがどれだけ彼女の気持ちに対する冒涜か分かるはずだ。
「でも、じゃあどうするんですか?」
「話をするしかないだろう。」
「勇者たちにそれが出来ますかね?」
「じゃあ、俺がするか。」
ふざけ半分で言ったその言葉であったが、これがいけなかった。
「ああ、それが良いですよ、きっと。ベルゼブもそう思いますよね?」
「むー(異議なし)。」
先程から同じようなことしか言わないベルゼブ。
どうやら、今の一瞬でそれが恐らく最も早くこの件を終わらせられると判断したのだろう。俺への信頼が厚いのは良いが、立場上主人である俺を全面的に押し出すのは付き人としての神経を疑いたくなる。
「私たちはその間この街を調査しておきますから!それじゃあ、よろしくお願いします!」
「むー(お願いします)。」
アスモデウスとベルゼブはそう言うと夜都“デリン”の闇の中へと消えて行った。
俺はそんな彼女たちが見えなくなると、先ほどの吸血鬼を探すことにした。
夜都“デリン”。そこには迂闊な発言をした自分少し攻める邪神とここまで上げてきた好感度を駄々下がりにする付き人の姿があった。
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ーーーアスモデウスSIDEーーー
「ふふふ、こうして少し雑っぽく扱った後に優しくすればイヅナ様は私の更なる魅力に気がつくはず。
これこそ“飴と鞭”作戦です!完璧ですね、ベルゼブ。」
「むむー(そうか?)。」
努力をし、望みと正反対の結果をもたらすとは知らず、アスモデウスは夜都“デリン”の調査(暇つぶし)を進めるのであった。
やはり残念なアスモデウスでした。
それとこれからは週1〜2回を目安に投稿していこうと思いますので、それの報告を。因みに次回の投稿は土曜日を予定しております。お楽しみに。