気がついたら複雑でした
「イヅナたちの冒険者仲間?」
「むー(正確にはこいつは知らない)。」
ベルゼブはルネを指差す。
「こ、こいつとは失礼だね。」
「まあ、ルネはそんなもんですよ。」
「その言い方は酷く無いかい?」
ベルゼブにこいつ呼ばわりされ、アスモデウスにそんなもんと言われルネは凹んでいる。
エルティナへの説明は苦労するものだと思っていたが、ベルゼブの『以心伝心』のお陰でスムーズに進んでいる。最も説明した内容が信用されているかは別の話だ。
「ふーん。まあ良いわ、そう言うことにしてあげる。けど、それでも貴方が一体どうやってこの大陸にやって来たのか、それはハッキリさせてもらうわよ。魔法陣を使ってはいないようだし。まさか、海を渡って来たなんて言わないわよね?」
彼女はあの様に言うのはには理由がある。それは結界があるから彼女は魔法陣を使わず転移でここに来ることは出来ないと言いたいわけでは無い。そもそも、ここの結界は亜人たちに向けられたものであり、人などの種族には害はないのだ。勿論、悪魔にも。
では、彼女は何故海を渡っては来れないと言う様な言い方をしたのか。それはデミア大陸近海には力を持った海の魔物たちが集まりやすいからだ。魔神の張ったとされる結界からは強力な魔力を感じる。その強力な魔力に力無い魔物たちは怯え、逃げていく。だが、ある程度の力を持つ魔物は逆に強力な魔力、魔力濃度の濃い場所に集まる。魔力を浴びればより強い魔物へと進化する可能性があるからだ。
つまり、エルティナはまだ幼く見えるベルゼブがいくら自国の兵を倒したとしても、力を持った魔物相手に海上で戦うことは出来ないと考えたようだ。だが、それは彼女自身を貶めているに過ぎない。なぜなら。
「むーむー(私は飛べる)。」
「…………確かにそうね。イヅナの仲間であり、ここに来た手段がわかった。なるほどね。だからと言って私はまだ貴方の入国を許す気はないわ!」
自分の浅はかな言葉を誤魔化そうとエルティナは話を強引に進める。だが、余程恥ずかしいのだろう耳が真っ赤だ。
しかし、このままだとエルダー王国にも行くことも出来ず、あの2人の討論を聞き続けるという無駄な時間を過ごすだけ。どうにかしてことを進めなければ、勇者たちは相手が一国の王女であるから会話に入れないし、俺がどうにかするしかあるまい。
「なあ、アスモデウス。今更なんだが、ベルゼブは連れて行った方が良いのか?」
「戦力になるしいた方が良いんじゃないですか?それに折角ここまで来てくれたのを帰らせるのも酷いですよ。まあ、私がベルゼブの立場ならイヅナ様は容赦なく言いそうですけどね。」
「そうだな。」
「……ちなみにイヅナ様。今の『そうだな。』はベルゼブに対する私の意見についてですか?それとも私の冗談についてですか?」
「ん?あれは冗談だったのか?」
「………イヅナ様なんて嫌いです!」
アスモデウスは頰を膨らませ、顔を晒してしまうが、構ってはやれない。後でしっかりと謝っておこう。
とりあえず今はあの2人の話を終わらせよう。
「エルティナ。」
「何よ!」
「ベルゼブは【聖剣】を手に入れる上で必ず役に立ってくれる。そして、決して害になるようなことはしない。俺が保証する。だから、同行を許してくれ。」
「……イヅナが保証するのね。まだ、私は貴方を完全に信用してはないのだけど。」
エルティナはそう言うと俺の目をじっと見つめて来た。その様子は俺の心の内を見抜こうとしているようだった。いや、ようだったのではなく、本当にそうなのだろう。彼女は王女。一国を背負う身であるのだ、幾度と無く相手の心を読んできたに違いない。そして、今回も同様。俺の言葉が信じるに値するか、言葉の主の心の内を見抜こうとしている。
長い時間が経った(気がする)。エルティナは漸く何かを感じたようだ。そして、口が動く。
「良いわ。但し、何かあったときは……わかるわね?」
「ああ。」
「……行くわよ。」
エルティナがそう言うと兵士たちは隊列を組み始める。どうやらベルゼブは連れていけるようだ。
「むー(感謝)。」
「別に礼を言う必要はないが街についたら詳しく説明をして貰うぞ。」
「むー(了解)。」
こうして新たにベルゼブを仲間に加え、俺たちはエルダー王国へと向かった。
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ベルゼブの一件後、問題が起きることもなかったが、エルダー王国へと到着したのは夕方になる頃であった。ベルゼブとエルティナの討論はそれだけ長い時間をかけて行われたというわけだ。まあ、いい迷惑だった。
さて、王国と聞いていた俺は勝手に今まで見てきた都市同様の城や町並みを想像していた。だが、それは良い形で裏切られることとなる。
エルダー王国。一本の巨大な木を中心として出来た幻想的な都市であった。木製の民家が立ち並び、それを仄かな光を発する実を宿す木々が照らす。優しく、温かい、そんな印象を受ける自然と調和した街が其処にはあった。
「綺麗だな。」
「そうですね。あ、でも私の方が綺麗ですよね?」
「そう言えばベルゼブは外に出るのは久し振りなのか?」
「むーむー(そうです)。」
俺がアスモデウスの言葉をスルーしたことで彼女はルネの方へ向き直る。
「ルネ、イヅナ様が私を無視します。」
「僕はアスモデウスさんの方が綺麗だと思うよ。」
ルネは落ち込むアスモデウスにお世辞に聞こえそうな本心を言う。だが、アスモデウスは単純なところがある。この言葉を聞いただけでも十分に気持ちを持ち直すことが出来るだろう。しかし。
「イヅナ様〜。」
アスモデウスは涙と鼻水を流しながら俺の元へと戻ってきた。そして、そのグシャグシャになった顔を俺の胸へと押し付ける。
「……アスモデウス。確かに俺が悪かったのは認める。だが、流石に服を汚すのはやめてくれないか?」
「じゃあ、この街よりも私の方が綺麗って言ってください!」
「むーむむー(今のアスモデウスの顔は綺麗とは言えない)。」
「確かにな。」
「うわー、イヅナ様とベルゼブのバカー!!!」
綺麗な街にアスモデウスの声が響くのであった。
「アスモデウスさんも十分に酷くないかい?明らかに僕のこと忘れているよね?」
俺には報われなさ過ぎる彼にどう声をかければいいか、分からなかった。
(ルネ、いつも悪いな。そして、ありがとう。)
俺は心の中で不安な騎士に謝罪と感謝をするしかなかく、それを視線で感じ取ったのかルネもいつもの事だと言わんばかりに手をひらひらと振ってくれた。報われて欲しい。けど、アスモデウスを渡したくは無い。不機嫌な付き人と複雑な気持ちを抱えながら、俺は巨木にあると言う宮殿へと足を運ぶのであった。