気がついたら見送りでした
現在、エルダー王国へと向かう俺たちは森の中を歩いていた。木々が生い茂り、その間を風が通り抜けて行く。その様子はこの世界に降り立ったときのあの森に似ている。しかし、ここにいる魔物たちはあの森のものと比べればどれも弱く、初めて出会った一角熊の足元にも及ばない。
そんな新人冒険者でも探索が出来る森だが、ここにはある秘密がある。それは結界が張られていると言うことだ。だが、それは森全体を覆えるほど大きなものでは無い。とある場所に人が近づけぬよう、一部分に張られている。そして、そのとある場所こそが、今俺たちが目指している場所なのだ。
「少し休憩にするわ。」
エルティナが決定事項を言う。勇者たちと兵士たち(護衛という名目出来ているが必要性は皆無)は腰を下ろし、アスモデウスとルネは何か話をしている。それともう2つほど木陰で休む影がある。
「ふう。」
「…………。」
リアとセリカだ。2人には俺たちがこの国を出ることを伝えておいたのだが、彼女たちは見送りをしたいと言う。何も考えずに二つ返事で了承したが、俺と彼女たちの見送りが少しだけ違ったのだ。俺が考えていたものは街を出るところを見送ると言うもの。しかし、彼女たちが考えていたのはギリギリまで付いて行き、最後に見送ると言うものであった。俺は流石にそれはどうしたものかと考えたが、エルティナが…。
『それくらい良いじゃない。そんなことも許してあげれないなんて小さい男ね。』
と言ってきた。更に勇者たちがそれに追い打ちをかける。俺は2人が付いてくることを認めた。まあ、そもそもどうしたものかと考えた理由が他の者への配慮であったため彼らが良いなら俺が反対する理由にもならない。
そんなこんなでリアとセリカは俺たちと同行している訳だ。
「疲れたか?」
汗を掻き、疲労が見えるリアに俺は声をかける。
「そうですね。流石にギルド員の私には少しきついです。」
「無理して来なくても良かったんだぞ?」
「いえ、無理してでも付いて行きたいんですよ。」
「そうか、ありがとうな。」
「どういたしまして。」
リアは曇りなどない純粋な笑顔で俺に答える。そんな笑顔を見せられては俺も同じ表情になる他なく、自然に顔が綻んだ。
そして、そのまま俺はセリカの方へと向き直る。彼女にも感謝しなければならない。
「セリカもありがとう。」
「それはこちらの言葉ですよ。私たちの動向を許してくれたのですから。」
「それでもだよ。わざわざこんな森の中まで付いてきてくれてるんだ。感謝しかない。」
「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいですね。」
リアとセリカとの会話を楽しみながら、休憩を続ける中、エルティナがこちらに歩いてくる。それを見た数人の兵士が出発するのか、と思い腰を上げるがエルティナがそれを止める。休憩を取っている者たち全員から見える位置まで行くとエルティナは止まり、口を開いた。
「誰でも良いわ、私に魔力を分けなさい。」
「「「……はい?」」」
エルティナの言葉が足りない為、秘書が詳しい説明をする。魔力を分けなさい、と言うのは『憑依』に使っている人形に魔力を与えろということらしい。何でも人形内には十分な魔力が補充されていたわけなのだが、昨夜、久しぶりに魔法を使いたいとエルティナが思いつきで魔法を行使した為、無駄に魔力を使ってしまったのだとか。その為、国に戻るまで魔力が持つかどうか怪しくなり、魔力を分けて欲しいとのこと。つまりは……。
「自業自得だろ。」
「うるさい。それに王女にタメ口とは良い度胸ね。決めたわ。あなたが私に魔力を分けなさい。そうね、人形に込められる限界量まで魔力を分け与えられたなら、今の態度を許して上げるわ。それと今後私にタメ口を使うことを許可してもあげてもいいわよ。」
「エルティナ様、それは…。」
「良いのよ。悪いのはこいつ何だから。」
エルティナのあの表情を見る限り、何か企んでいそうだ。恐らく魔力の限界量がかなり多いから俺がそれに耐えきれず、根をあげるとでも考えているのだろう。まあ、実際に俺が何かをしているところを見たことがなければ、勇者に付きまとうただの冒険者に過ぎない。そう考えられるのが普通だ。だが、残念ながら俺は冒険者ではあるが、その正体は邪神。魔力には自信がある。それにここで魔力を少し与えるだけで今後のタメ口が許されるのだから、やるしかない。
「わかった。で、どうすれば良いんだ?」
「簡単よ、右手の中指に指輪が有るわよね?そこに魔力を送ればいいの。」
「そうか。」
「因みにこれは魔力の操作に慣れた者たちが1ヶ月以上かけてようやく魔力が溜まるものよ。あ、そうそう、今更止めるなんて許さないわよ。まあ、どうしてもと言うなら……。」
本当にすぐ調子に乗るところがアスモデウスに似ている。こういう時はさっさと話を切り替え、作業を進めよう。
「わかった、わかった。」
「ちょっと!まだ話が……。」
エルティナを無視して、俺は指輪に触れ、魔力を送る。限界量以上の魔力を送らなよう集中する。6割、7割、あと少しだな。
「なっ!?」
エルティナは明らかに異常な速度で魔力が満ちて行くことに驚き、思わず声をあげる。が、その間にも魔力は送られていく。
「終わったぞ。これで俺は今後タメ口で良いわけだな。」
「…………。」
エルティナは指輪をじっと見て動かない。
「良いんだよな?エルティナ。」
少し皮肉っぽい言い方をするが駄目だ。仕方なく肩を叩き、更に一言加える。
「まさか、エルティナ様が約束を破るなんてことは無いよな?」
ここでようやく気づいたようでハッとし、こちらを向く。そして、何が起きたのかを理解したようで悔しそうに俺を睨む。しかし、今のエルティナの容姿は青髪で垂れ目の少女、全く怖くない。
「ま、守るに決まってるじゃ無い!いいわ!あなたは今後、私にタメで話すことを許してあげる!感謝しなさい!えっと名前は……そう、確かイヅナだったわね!これは本当に名誉なことよ!もう一度言うわ!か・ん・しゃ・し・な・さ・い!!!」
そう言ってエルティナは俺に背を向ける。相当悔しかったんだろうな。目が潤んでいた。が、彼女が仕掛けてきたことだ仕方ない。
エルティナは俺から少し距離を取ると再び、こちらを向き、大きな声で俺たちに言った。
「いつまで休んでるつもり?早く立ちなさい!休憩は終わりよ!」
休んでいた皆さん、申し訳ない。恐らく俺のせいだ。
「何をしてるの?行くわよ!」
こうして俺たちは再び目的地へ向け、森の中を歩き出したのだった。
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「ここよ。」
エルティナが立ち止まったのは人2人分の幹を持つ木の前だった。正確に言えばそこに木は無いのだが、ここにある多くの者にはそう見えているだろう。結界には容易に侵入が出来ぬよう、幻覚の効果まで付与されている。これならばまず人に気づかれることは無いだろう。
「ここからはエルダー国へ向かう者だけで進むわ。だがら、兵士や見送りに来た貴方たちはここまで。何か言うなら今よ。で、入るのは1人ずつ。私が最初、最後が……。」
「私でございます。」
秘書が言う。
「それじゃあ、私が入ったら付いて来て。」
そう言ってエルティナは木の中へと入って行く。
「それじゃあ、雅風はまだ話があるだろうし、勇者の俺たちから行くとするか。」
歩の提案を勇者たちは快く了承してくれた(多くの男子を除く)。
俺はリア、セリカの元へと駆け寄る。
「これでまたしばらくのお別れだ。寂しくは思うが、二度と会えないわけじゃない。また、2人に会える日を楽しみにしてるよ。」
「それら私もですよ。フォートレスのギルドにいつでも居ますから、フィエンド大陸を訪れたら必ず来てくださいね?待ってますから。」
「ああ。元気でな。」
「イヅナさんも御元気で。」
そう言ったリアは少し後ろに下がり、代わりにセリカが出て来る。
「イヅナ、私も何か言おうと思っていました。しかし、いざその場面になると不思議と頭からその言葉が消えてしまいました。」
「セリカでもそんなことがあるんだな。意外だ。」
「減滅しましたか?」
「いや、逆だ。そう言う弱点みたいなものがあった方が可愛く思えるものだぞ。」
セリカは頰を赤くする。やはり可愛い。
「聞きましたか!ルネ!私も何か弱点を!」
「アスモデウスさんの弱点はそんな可愛いものじゃない気がするよ。それよりも早く。もう僕たちと秘書の方しか残ってないじゃないか。」
「あ、こらっ!ルネ、私の弱点の方が……。」
何か聞こえた気がするが気のせいだろう。
「それではイヅナ。また会いましょう。」
「ああ、またな。」
そして、再び結界の方へと向き直るとそこには秘書以外誰もいなかった。空気を読んで早々に入ってくれたのだろう。心遣いのできる仲間たちで何よりだ。
「では、お先にどうぞ。」
「ああ、待ってくれてありがとな。」
俺は結界の中へと入る。すると、そこには1つの魔法陣があった。それはこの世界見てきた魔法陣とは比べものにならないほど細かく、複雑なものだった。魔法陣の観察をしていると秘書が結界を通過してきた。
「凄いな、この魔法陣は。」
「これを作るのには苦労したと聞いております。何でも創造神様の力を借りることで、最早、異空間であるデミア大陸とこの世界をつなぐことを可能にしたとのことです。」
「……創造神か。」
真実を知っている俺からすれば、その行為すら創造神の遊びに過ぎないのではないか、と思ってしまう。
俺はそれ以上、会話を続けることなく魔法陣の中心に立つ。すると、魔法陣は自動で記された魔法を発動する。俺は次なる大陸、デミア大陸へと向かった。
これで第3章は終わりです。
次回からは亜人たちの住まうデミア大陸での話です。果たしてイヅナたちを何が待ち受けているのか。
「むー。」
はい。何か来ましたが気にしません。気にしたら負けです。
「む〜む〜む〜(次回、私、出る)。」
それ以上は駄目です。と言うわけで次回、乞うご期待です。
「む〜む〜(バイバイ)。」