気がついたら月でした
お久しぶりです。
今日からまた2〜3日おきに投稿していきます。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
あ、後、今回は長めです。
「とまあ、そんな感じで雅風の奴モテモテなんだよ。」
「マジかよ!」
「手前、1人だけ良い思いしやがって!」
俺は男子たちから親の仇でも見るような目で睨まれている。まずは何故そうなったのかを話すとしよう。
街から帰り、帰路に戻った俺は夕飯まで少し時間があった為、自室に向かおうとした。だが、歩たちがそれを許さなかった。
城に戻ると直ぐ、街での出来事を他の者たちに伝えたのだ。特に俺と女性陣とのことを詳しくだ。それを聞き、女子は盛り上がり、男子は嫉妬の炎を燃やす。
このまま残っていてもろくな事にならないのはわかっていたのでその場を後にしようとするが、奴らはそれを許さなかった。
俺は男子たちに捕まり、事情聴取を受け、それで終わるかと思いきや、罰則を与えるだの何だの言い、結局夕飯の時間まで監禁された。
夕飯中も話題は変わらず、男子からの目線も変わらない。このままではまた虐めが始まるのではと思ってしまう程だ。だが、同じ過ちを繰り返す程、彼らも馬鹿ではなかった。何処かに彼らなりの線引きがされ、超えてはならないとこまで行かない。前の世界よりも命が軽く、力を付けなければならないこの世界に来たからこそ、彼らは一人一人を大事に思え合えるように変われたと言う事だろう。
夕飯を食べ終えると、俺は“瞬間移動”を使い、自室へと戻る。また、捕まってなるものか。
俺は直ぐにベットへと倒れこむ。体や精神を癒す為の日の筈が疲れを感じさせる日となってしまった。
セリカとリア。彼女たちは俺が思っている以上に俺のことを好きなのだろう。そうでもなければ海を渡って他の大陸まであっては来ない。
2人のことは好きだ。まあ、その好きにも差があるのは確かだが、どちらも大事な存在だ。勇者たちと同じくらいにはな。しかし、だからこそ思いを告げられても俺は受け入れることが出来ない。どちらか1人を選ぶことでもう1人を傷つけることとなってしまう。
歩がいっそのこと全員と付き合えば言いじゃないか、とか言っていた。だがそれも同じこと。彼女たちはそれで良いのか、と思ってしまう。そして、日本にいた頃の影響が大きい為、俺はどうしても一夫多妻制には少しの抵抗があるのだ。
しかし、そんなことを言ってる場合ではない。もしも、彼女たちが1人で無くとも全員を愛してくれればそれで良いと、そう言ってくれるならば、俺が変わるべきだ。
俺は改めて覚悟を決めるとゆっくりと目を閉じた。
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次に俺が目を開けたのは殆どの者が眠りにつき、城内が静かになった頃だった。見回り等の仕事をしている兵士はまだ起きている。ご苦労なことだ。
ふっと窓の外を見るとそこには美しく光り輝く月が空に浮かんでいた。今日は満月だ。そのせいか普段よりも明るい夜となっている。
(少し見に行くか。)
俺は体を起こすと、扉を開け部屋を出る。部屋の外には護衛という名目の監視役の兵が立っている。因みに勇者や俺たちと言えど、基本的に夜の城内で勝手に出歩くことは禁止されている。用を足しに行きは部屋の前にいる兵が付き添うのだ。
杉本が一度落ち、はぐれ勇者となったこともあり、裏切りが無いとは考えきれないのだろう。最も一般の背後とかが勇者たちに対抗できるとは思えんが。
そして、勇者とも勝負にならないような兵が俺の相手など出来るわけもなく、幻術を使いバレる事なくその場を離脱した。
それから俺は街へ出るとこの辺りで一番高い場所を探す。どうせ見るなら特等席でだ。
しかし、この街は城以外に高い建築物はない。昔は時計塔があったそうなのだが、そこから滑空し城内に侵入をするアホが出るとその時計塔は取り壊されたらしい。
そんな高い建物をすぐに壊せるのかと思うかもされないが、元々その時計塔は土魔法を使い作られたとのことで壊すときはその逆の作業、つまり魔法を使えば簡単に住むらしい。ただ、高い部分だけは後から付け足された物だった為、先に取り外している。
とまあ、そう言った理由で高い場所が見つからない。
それならばと俺は高い場所を探すのをやめ、何処か良い場所はないかと探す。すると街を出て少し離れた所にある丁度よい丘を見つけた。ただ、その丘には先客がいるらしい。
(これは……アスモデウスか?何でこんな所に。)
目的を果たすのならアスモデウスのいる場所にわざわざ足を運ぶのは間違いだ。しかし、最近のアスモデウスの違和感を思い出す。気のせいだと思い、放って置いてきたが、彼女に何か変化が起こっていないとも限らない。
俺はアスモデウスのいる丘へと向かった。これがただの気のせいでいつもの調子でからかわれるだけならそれで良い。いや、その方が良い。
丘に着くと、アスモデウスは腰を下ろし、月を眺めていた。そして……。
(これは歌か。)
「“偽りの心にー”」
アスモデウスは歌っていた。月光に照らされながら、その透き通るような声で。
「“沈む思いはー”」
俺は彼女の歌を聞いていた。
「“心の臓を蝕まんとすー”」
その冷たく歌われる歌を。
「“悲しみ、嘆きー”」
「“切なく、苦しいー”」
彼女から程遠いその言葉を。
「“朽ちる我が身ー”」
「“古から、我に残る言葉と共にー”」
歌が終わった後も俺は彼女に声をかけることが出来なかった。普段とはあまりに違うその雰囲気に躊躇したのだ。
そのとき、アスモデウスの頬を何かが輝くのが見え、俺は思わず声を出していた。
「あ…。」
「え?」
そこでアスモデウスは俺に気づいた。俺はアスモデウスを見つめる。しかし、その表情は月の光によって影となり認識できない。だが、おそらく泣いていたのだろう。
「どうしてこんな所にいるんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ。あ、隣座ります?特等席ですよ!」
俺はその誘いを受け、隣に座らせて貰った。
その目に涙は無く、いつも通りのアスモデウスがそこにはいた。
「歌、聞いたぞ。上手いんだな。だが、何というか……アスモデウスらしく無い歌だった。」
俺のその言葉にアスモデウスは一瞬ビクッとしたが、それがバレぬよう言葉を繋ぐ。
「私らしくないってそんな事ないですよ!私は静かでクールな大人の女性ですからね!さっきの曲にピッタリじゃないですか!」
アスモデウスは無理矢理作った笑顔で誤魔化そうとする。
そこまでしても守りたい秘密なのか、と俺は少し悲しくなった。アスモデウスのことはこの世界に来てから、最も密接な関係を築いた存在だと考えている。素直だ、元気で、苛つく事もあるが、俺のことを考えてくれる彼女。だからこそ、信用していたし、彼女も俺を信用していると思っていた。しかし、それは思い違いだったのだろうか。
このまま続けても何もないだろう。そう考えた俺はこの場を離れることにした。せめていつも通りの対応で。それが今の彼女のためになる筈……だった。
「間違いなくないな。」
「そんなことありませんよ!」
「お前の中ではな。それじゃあ、俺は帰るから。お前もそれなりの時間には帰ってこいよ。」
「は〜い。イヅナ様!愛してます!」
「はいはい。」
俺はいつも通り適当に聞き流していた。
「わかってますか?」
「分かってる、分かってる。」
「……何をですか?」
突然、声が変わった。声というよりも雰囲気と言うべきだろうか。それが冷たく感じたのだ。
「…アスモデウス?」
俺は振り返る。そこに普段の笑顔はなかった。
「何がわかったんですか?私の気持ちをですか?じゃあ、言ってくださいよ!私が今、何を考えているか!」
手を胸に当て、声を上げる。それはまるで心の悲痛な叫びを表しているようだった。
「何を急にムキになってるんだ。いつものことだろ?」
「じゃあ、いつも何を考えてそう言っているんですか?面倒くさいですか?それとも話しかけるな?」
「少し落ち着け!」
「落ち着いてなどいれません!」
アスモデウスが涙を流しながら、続ける。
「私はイヅナ様の付き人として行動を共にしてきました。最初はふざけて恋人だと言っていました。ただ、長く旅を続けるうちに私は本当に貴方の恋人になりたいと願い始めたんです。
けど悪魔の私はそんな事とは無縁です。どうすれば良いかも分かりません。だから、ひたすらに想いを伝えたんです。」
ここで俺は初めて彼女の今までの言葉が紛い物などではない、本物だったのだと気づくのだった。
しかし、遅すぎた。
「イヅナ様はいつも軽く返事をしました。けれど私はそれを照れたいるのだと思い続けました。
けど、ダンジョンで妖精に言われ、気づきました。これは相思相愛では無く、片思いなのだと。今までの誰が来てもイヅナ様を取られないと言う自信が無くなりましたよ。
でも、私に出来るのは想いを伝え続ける事だけ。他にどうすれば良いかわからないんですよ。
私は悩みました。そして、その悩みが消えぬままセリカとリアが来ました。
私にはしてくれない優しい言葉に態度。嫉妬しました。そして、イヅナ様が私をどう思ってるのか、本当に分からなくなりました。もしかしたら捨てられるのかもと。
今もそうです。怖いです。愛してると言っても届かないことが……。」
「…………。」
又だ。失敗した。
俺は相手のことを考えて、結局考えていなかったのだ。ミカエルのときと同様だ。俺は俺の考えを押し付けているだけで相手の願っていることをしていない。だから、こうして目の前でアスモデウスが涙を流しているのだろう。
近すぎて見えなかった。ただの言い訳である。
やはり俺は変わるべきなのだ。自身の考えではない。相手の心のことを考えられるように。
俺はアスモデウスの肩に左手を添え、右手で……。
「ていっ。」
「痛い!」
チョップした。
「な、何するんですか!私だって怒りますよ!」
「馬鹿。考え過ぎなんだよ。」
「何をですか!」
「俺がお前を好きにならない訳が無いだろ。この世界で1番長く時を共にして、その言葉に救われて、そんなお前を捨てられる訳ないだろ?」
「……じゃあ、何でいつもあんなことを。」
「それは……予想通り、照れてんだよ。ただ、少しだけだぞ?それに俺がお前にだけ、対応が違うのは、俺でも分からないが、信用できるのがアスモデウス、お前だけなんだと思う。」
「え?」
「この世界に飛ばされて、魔神になって、世界の敵認定されて、会う人全員が敵に感じた。表向きは友好的な関係を築いてはいたが、信用はしてなかった。けど、アスモデウスは違う。言葉を交わし、行動を共にして、背中を任せても問題ないと思える程にな。だから、安心しろ。」
「けど、セリカのことを特別に思ってるじゃないですか。私にだってそのくらいわかりますよ。」
「確かにセリカのことは好きだ。けど、信用しきれない。俺が魔神、今は邪神だが。まあ、ともかくそれを知られた時が心配なんだ。勿論、勇者もな。
本当は信用しないと駄目なんだろうが。出来ないんだ。俺は案外、臆病だと最近知ったよ。だから、深くまで入ってこられないようにしてるんだ。」
「キスまでしてですか?」
「……あ、ああ。」
「随分怪しい返事をどうも。」
「そ、それでだとしたら私の告白にはどう答えてくれるんですか?」
「それは待ってくれとしか言えない。俺が変わるまでの間。今の俺じゃ駄目だ。全員が幸せになる、そんな未来を望んでしまうから。だから、それを邪魔する今の俺を変えてみせる。それまで待ってほしい。勿論、気が変わったならそれでも良い。」
俺の側にいる付き人である彼女にとってそれ程酷いことは無いだろう。だが、それでも…。
アスモデウスはその様子を見て右手を俺の頬へ添えた。と思いきや、その手は素早く俺の額へと移動し…。
「いてっ。」
デコピンをした。
「変わりませんよ。絶対に。だから、待ち続けますよ。私の最愛の恋人を。」
そこには以前の彼女がいた。明るく元気で、素直で、偶に大人っぽい、そんな彼女が。
迷いは無くなった。そう言った表情だ。
俺は安心しながら、お決まりの一言をいう。
「付き人な。」
彼女は本当に悩んでいた。しかし、それを解決するには1つのことで良かったのだ。
俺がアスモデウスのことを大切に想っているというその事実があれば。それが彼女の曇った心を照らす唯一の光だった。
互いに向き合うのを止め、空に浮かぶ月へとその対象を移す。
「イヅナ様。ありがとうございます。」
「ああ。悪かったな。」
「本当ですよ!」
「いいえって言ってくれれば最高だったのにな。」
「嘘をつかない系彼女ですからね。」
「知ってるよ。」
顔は見えなくとも、彼女が笑顔で話している姿が目に浮かぶ。当たり前の光景であって、幸せな光景。それを知ることができたのは俺にとっての僥倖だろう。
「イヅナ様……。」
「何だ?」
「月が綺麗ですね。」
月を見ての感想だろう。しかし、このタイミングでその言葉が出たことに正直少し驚いた。
「アスモデウス、それは狙って言ってるのか?」
「何をですか?」
「いや、何でもない。」
(まあ、知ってるわけもないか。)
俺はアスモデウスの方を向く。
俺は間違いなく、アスモデウスのことが好きだ。仲間として、そして、異性としても気にかけて始めている。性別が無くなっている以上、こう言った気持ちがあることは不思議だが、この際、それは俺が元人間だからということにしておこう。
話を戻そう。今の俺の状況は素直な彼女の想いだけを聞き、連れ回しているようなものだ。それは如何なものかと流石に俺でも思うわけで。このまま最低の男だろうとも思う。
だから、俺は恥ずかしいが付き人のため頑張ることにした。
「アスモデウス、これが今お前に言える言葉の限界だ。
「はい?」
「好きだよ。」
「………はい!私もです!」
月光に照らされ、互いを思う2人。もし心を見ることが出来たなら、それは空に浮かぶ月のように美しく、優しい光を放っているだろう。
だが、月が出ていれば太陽は沈む。1つが輝けばもう1つは裏側へと退場していくのだ。
ここも同様だった。2人の月のような美しさがあれば、強く熱い太陽のようなそれはひっそりとしているしかないのだ。
イヅナたちは気づかなかった。彼らが赤に来る前にもう1人の人物がいたことを。
1人の騎士が月の美しさに心を痛めていたことを。
果たしてアスモデウスとくっつくのは誰になるのか。