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気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第3章 サモン大陸編
79/164

気がついたら知ることができました

予定より遅くなりました。すみません。

ダンジョン“現世鏡うつしよきょう”は先代の勇者の1人によって作られたダンジョンである。魔神を倒しきることのできなかった彼が、後世の為にその全てを捧げることでようやく完成したものだ。

このダンジョンには


『天叢雲之神』

『八尺瓊之神』

『八咫之神』


の3つのマスタースキルが使われている。

1つは肉体を鍛えるため。また、1つは精神を鍛えるため。そして、最後に自分を、世界を見つめ直すため。このスキルが挑戦者たちを見極め、更なる高みへと連れていく。

しかし、十分な実力を持っていなければダンジョンへ挑戦することもできない。その為、挑戦者の中にはマスタースキルを所持する者もいるだろう。マスタースキルの力は偉大だ。如何に3つのマスタースキルが使われているダンジョンであろうと、使い方によってはその力を無効化されてしまうかもしれない。だからこそ、先代の勇者は自分の命を犠牲にし、マスタースキルの力を100%以上引き出した。同等の力から1つ格上の能力とすることに成功したのだ。これでマスタースキルを持つ挑戦者を抑え込むことができる。その筈だった。

イレギュラーが発生したのだ。マスタースキルではない更なるスキルを持つ存在が現れた。イヅナだ。彼のソーズスキル『アザトース』はこのダンジョンの力では到底抑え込むことができなかった。何とか試練を行うことはできた。しかし、このあと事件が起きてしまった。

次の場所へと移動するイヅナ。試練を終え、自分を知り、その力は明らかに増していた。転移の行き先を捻じ曲げてしまうほどに。

そして、イヅナは清水琴羽の前へと現れたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーー清水琴羽SIDEーーー



「琴羽か。」


私の目の前に突如現れた飯綱くん。その姿は日本にいた頃とは違う女のものとなっている。しかし何故、このような所にいるのだろう。


「どうしてここに?」


飯綱くんは首を横に振り、否定する。


「試練を終えて、転移したらここに出た。お前もか?」


「試練を終えたかはわからないけど、転移はまだしてないわ。」


「そうか。じゃあ、試練の途中って訳か。」


飯綱くんのその言葉と同時に辺りの様子が変わった。壁や天井を黒い靄に変わっていき、私の過去がその靄の中からシャボン玉の様な形で次々と現れる。


「これは……。」


「私の過去よ。見ててもあまり良いものではないわよ。」


「……そうか。」


私は過去を眺める。しかし、やはり何も感じない。親が死んだ過去、人殺しと呼ばれた過去、友人たちと過ごした過去。どれもこれも思い入れのないただの映像に見えてしまう。


「色々あったんだな。」


「ええ。」


私の無愛想な返事。それを聞き、飯綱くんは私の方を向く。


「これを見て、何も思わないのか。」


「……わからないわ。何かは感じている気がする。けれど、確信が持てない。それに、近づき過ぎると戻って来れなくなってしまう。だから……あっ。」


私はそこまで言って口を押さえた。なぜ、結衣にも言っていないことを彼にここまで話してしまっているのだろう。また、わからない。


「戻って来れないか。あの男を殺したときや男子生徒にシャーペンを押し付けたときのことか?」


そう言って過去を指差す。


「ええ、そうよ。思考が上手くできなくなるのよ。それで気がついたら。」


指先が震えていた。やはり自分が怖いのだ。わかりたくないほどに、知りたくないほどに。


怖い。


何で父と母は死んだのか…。知りたくない。


怖い。怖い。


何故、あの男を殺したのか。知りたくない。


怖い。怖い。怖い。


感情はどこへ行ったのか。知りたくない。


怖い。怖い。怖い。怖い。


嬉しい?悲しい?寂しい?知りたくない。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


清水琴羽、誰?知りたくない。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。


『怖い。』


【怖い。】


(怖い。)


「怖い。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーーイヅナSIDEーーー



「これは…。」


『怖い。』


【怖い。】


(怖い。)


「怖い。」


床や壁を覆った黒い靄が激しく波打つ。シャボン玉のような清水琴羽の過去もそれに伴い激しく揺れる。また、どこからともなく声が響く。何故、突然このような状況になったのだろうか。


「おい、琴羽。気をつけろよ。」


「…………。」


「?琴羽!」


「怖い。怖い。怖い!知りたくない!嫌だ!何も言わないで!」


琴羽は腰に刺していた剣を抜き、振り回す。どうやら混乱状態のようだ。彼女の精神が乱れるほど、靄の動きや響く声の激しさは増していく。


【感情は。ありゅ、よ」


『うれじ、い。よかな?か、な。しい、よね!》


“知り。たによおー、バハはどこ?マミャは?あにょとき、なんて、おもてた?〕


「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」


「落ち着け、琴羽。」


「無理よ!」


髪は乱れ、顔は青白くなっている。汗もすごく、普段落ち着いている様子からはとても想像もできない。

恐らくこれが彼女の試練なのだろう。俺が受けた試練と何となく似ている気がする。聞こえてくる声、これは琴羽のことを言っているのだ。過去の、そして、今の彼女の姿を言っているだけ。嘘でも何でもなく全て事実。そして、だからこそ彼女は知りたくないと言っている。自分を理解したくないのだ。

だが、このままでは試練をクリアすることができないどころか、彼女の精神が危ない。俺がここに呼び出された以上、何かダンジョンの思惑があるに違いない(勘違い)。俺が呼ばれた理由が。そのときだった。


『違うの。』


後ろの方で先程とは違う声がした。声のした方を向くと靄がどんどんと集まり、何か形成されているようだ。俺は警戒し、剣を構える。

徐々にできていく形。手があり、足もある。これは……。


「子供か?」


黒い靄でできた子供が口を開く。


『本当は知りたいの。嬉しいときは笑いたいの。悲しいし、涙も出したい。けど、怖いんだもの。』


俺は剣を収め、話を聞く。


『怖いのは嫌だ。そして、そう思うくらい本当は幼いの。あのときから私の時間は止まってるの。動き出したいの。誰かに気づいて欲しいの。飯綱くんでも良い。』


黒い靄はゆっくりと足を運び、俺の手をとる。


『お願い。』


靄の子供はそう言って消えた。とても、弱々しかった。だが、おそらくあれが琴羽の本心なのだろう。素直になれない幼い子供。それがあの冷静沈着な彼女の中に隠されたもう1つの存在なのだ。幼い琴羽は何かを言われ、それが嫌で駄々をこね、抑えきれずにいる。冷静な琴羽はその正体がわからず、怯え、手を伸ばし、気づこうとしない。手を伸ばさなければ出てくることは出来ない。幼く、怖がりで、駄々をこね、感情をコントロール出来ない。それが彼女なのだ。

母を、父を奪われ、人を殺し、何もわからず育ってしまったからこうなったのか、それはわからない。

しかし、これは試練だ彼女が気がつかなくてはならない。奥底にある小さな自分の本質に辿り着かなくてはいけない。

だが、手助けをしてはいけないルールなどない。俺は彼女の仲間だ。手を取り合い助け合っていける存在だ。

俺は琴羽の側に寄ると剣を弾き飛ばし、抱きしめる形で動きを止めた。しかし、彼女は体を動かし、激しく抵抗する。


「琴羽、お前の本心は何だ。」


「 知らない!知りたくない!」


「本当にそう思ってるのか?」


「うるさい!何も言わないで!」


「横山さんといるとき、自分がどう思っているのか、知りたくないのか?」


「…っ!…う、うるさい!」


知りたいか。けれど怖い。どれだけ臆病なんだ。しかし、それはやはり人それぞれというもの仕方ない。


「何故そこまで知りたくないんだ?」


「真実を知りたくない、知ってしまったら戻れなくなってしまう、そんな気がする、だから……怖いのよ。」


琴羽はそう言って震える手で俺の服を強く握りしめる。しかし、確実に本心に近づいていってる。あと少しのはずだ。


「誰しも真実を知るのは怖いさ。俺だって怖い。もう戻らなくなってしまう、考えると1歩が踏み出せない。けどな、琴羽、お前は望んでるんだよ。もっと自分を知りたい、何を思ってきたのか、どんな顔をしてきたのか、自分は清水琴羽と言う存在に気付きたいんだ。」


俺の腕の中で琴羽は暴れるのをやめ、俺の顔を見つめる。先程のことが嘘に思えるほど無表情だ。まるで氷に凍らされてしまったかのように冷たい表情だ。だが、それもこれまでだ。

俺は問いかける。


「父と母が目の前で殺されてしまったとき、本当はどうしたかった?」


「……泣きたかった、もっと一緒にいたいと思った。恩返しもしたかったわ。」


「男を殺したときは?」


「嫌だった……ナイフが刺さる感触が嫌だった。それを誤魔化すために一心不乱にナイフを突き立てた。けど、それをやめたとき、自分がこの男と同じことをしてしまったことが辛かった。肉がグチャグチャになってるのを見て、震えが止まらなかった。」


震えが強まる。俺は更に強く抱きしめる。彼女には安心して欲しかった。


「辛かったな。じゃあ、最後に横山のことだ。」


「……結衣は親友。私の居場所で居てくれた。でも、隣で笑えなかった、楽しかったのに……。私は結衣と一緒に笑いたいの。」


「そうか。よく言えたな、琴羽。今のは紛れもないお前の本心だ。今まで怖くて触れられなかった。しかし、触れられた。自分の気持ちに。ただ、まだ溜め込んでるもんがあるだろ?」


「……ええ、そうね。」


琴羽は俺の胸に顔を埋める。そして、再び震える。しかし、その震えは恐れからくるものでは無い。彼女の17年間の悲しみが溢れてしまっているだけだ。


「我慢しなくて良い。お前は良くやったよ。気がすむまでそうしてくれ。」


大声をあげ、泣く彼女。幼い自分を、氷のような檻に閉じ込めたまま過ごしてきた。だが、その檻は今ようやく破壊された。彼女は解き放たれたのだ。

琴葉の涙が零れ落ちていく。壁や天井を覆って居た靄もゆっくりと剥がれ落ち、雪のように散っていく。シャボン玉のような琴葉の過去は綺麗に輝きながら、ダンジョンの中へと吸い込まれていく。

全てが終わる頃には琴葉も落ち着いた。今は俺の横に座っている。


「私、久しぶりに泣いたの。おかげで目が腫れたわ。」


「そうか。」


「声を上げ過ぎて喉が痛いわ。」


琴葉の口からは次々と文句が出てきた。別に手助けをした見返りとかは求めていないが、これはあんまりでは無いだろうか。

俺がそう思っていると、琴葉は俺の正面に移動した。まだ、何かあるのだろうか。


「あなたに一言だけ言わせてもらうわ。」


早くしてくれ。


「ありがとう。」


笑った。そう、笑ったのだ。琴葉の口角が上がり、ニッコリとだ。それは過去の中にあった幼い頃のものに似ていたが、あの頃のような甘えてくる無邪気な笑顔では無い。優しく、包み込んでくれそうなそんな温かい笑顔だった。

今までの無表情からは想像もできないその破壊力は計り知れない。


「見返りにしては十分すぎるな。」


「何か言ったかしら?」


「いや、可愛いなと思ってな。」


「そ、そう。」


勇者たちが見たらコロッといくだろうな。



清水琴羽・・・・『開心の試練』クリア

















次回も明後日更新予定です。

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