気がついたらわかりたくありませんでした
投稿ペースを上げると言っておきながらのこのペース。申し訳ありません。次回ちゃんと明後日にあげます。
ーーー清水琴羽SIDEーーー
「ここは…。」
私の目の前にはマンションのとあるひと部屋が広がっている。私が小学生の間、父と母と共に過ごした場所だ。けど、私にとってここは最悪の場所でしかない。私の人生が狂ったのはここからだったのだから。
「ただいま〜。」
「琴羽は元気だね。」
「まずは手を洗うんだぞ。」
「うん!」
小学生4年生の私が玄関から入ってきて、私の前を通り過ぎていった。おそらく、家族でどこかに出掛け、今帰って来たのだろう。父、母も続いて前を通っていく。どうやら私の姿は見えていないらしい。
この頃の私は今の私とは違い、眩しいばかりの笑顔をする、明るくて元気な女の子だった。毎朝、友達と学校に登校し、給食を楽しみにしながら授業を受ける。学校が終わると近くの公園で遊んだ。よく門限を破っては怒られたものだ。
この頃の私は本当に幸せだったのだろう。そして、それがこれからもずっと続くと考えていた。あの日までは……。
その日は家族全員で夕食を食べていた。メニューは私の大好物だったハンバーグだ。ファミレスなどで出される物よりも、母の作る物が特に好きだった。
「お母さん、私もうすぐお姉ちゃんになるんだよね?」
「そうよ。何?楽しみなの?」
母のお腹は膨らみ、出産予定日まで10日を切っていた。このときの私は自分に弟か、妹が出来るということが嬉しくて、毎日この質問をしていた。その度に父も母も笑っていた。私の様子が可愛らしかったのだろう。
「弟かな?妹かな?」
「琴羽はどっちがいいの?」
「どっちも!」
「琴羽は欲張りだなあ。」
ピンポーン。
家族の楽しい会話の中にインターホンの音が響いた。
「この時間帯だと隣の中山さんかな?」
「そうじゃないかしら。また、煮物作りすぎちゃったから貰ってくれって。」
「そうかもな、よし、じゃあ僕が行ってくるよ。」
「お願い。」
そう行って、父はリビングから出て行った。この後の結果を知る私は父を止めようと裾をつかもうとするが、すり抜けてしまった。
(駄目!)
声も出ない。
焦る私の側では幼い私と母が会話を続ける。
「私、あの煮物嫌い。」
「こら、そんなこと言うもんじゃありません。」
「でも…。」
私が反論しようとしたそのときだった。父親がリビングに走りこんで来たのだ。父は必死の形相だった。
「あなた、どうしたの?」
「お前たち!逃げ…。」
父の言葉はそこで途切れた。
「ぐふっ!?」
父の首から何かが飛び出た。照明の光を反射するそれと父の首を赤い液体が伝っていく。
そして、それがゆっくりと抜かれると更に赤い液体が飛び出した。床がどんどんと染まっていく。
「あ、なた?」
「お父さん?」
私と母は状況をすぐに理解できなかった。その間にゆっくりと父が倒れていき、後ろから見知らぬ男が現れた。その手には赤く染まったナイフが握られていた。
「血?」
私はここでようやくあの液体が血であることに気づいた。それと同時に母も状況が理解できてきた。
「琴羽逃げなさい!」
「え?でも……。」
「速く!」
私は戸惑い動かない。
そんな私に男はナイフを向け、走ってきた。とっさに母が机に並ぶ、食器の1つを取り、男の手を殴った。男はナイフを落とし、食器は大きな音を立て割れる。男は母を押し倒す。
「逃げて!お願い!琴羽!」
「………。」
押し付けられながらも声を上げ、私を逃がそうとする母。しかし、私は動かない。このときの私の頭の中はすでに真っ白だった。頭が働かなかった。
「琴羽……ぐっ……。」
ここで男が母の首を絞め始める。女である母が男に力で勝てるわけもなく、首から手が離れることはない。
「に……げ……て……。」
幼い私の頭の中は混乱状態だ。
逃げる?でもお父さんとお母さんが。助けないと。どうやって?あの人を止めないと。どうやって?
私の頭の中で自分に問いかけていた。何をすれば良いのか、何をするべきなのか。
そのとき、血のついたナイフが私の視界に入った。気がつけば右手にそのナイフを持っていた。
男の方を見るとまだ母の首を絞めている。
(助けないと!)
どうすれば動かなくなるのかは分かっていた。この男が父にしたようにすれば良いのだ。
私はナイフを男の背後から首に突き刺した。
ズバリ。
嫌な感触がした。そして、男の首からも血が流れる。しかし、男は止まらなかった。ゆっくりとこちらを振りまいたのだ。私は焦る。このままじゃ殺される。
私はナイフを男の首から抜き、刺した。また、抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した。抜いて、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した、刺した……。
「はあ……はあ……はあ。」
気がつくとそこに男はいなかった。原型をとどめていない肉塊が転がっているだけ。腕には感覚がなく、どれほど刺し続けていたのかわからない。
ただ、人間だった物が場所によってはハンバーグの生地の様に見えてしまうほどには刺し続けていたようだ。
「お母さん、お父さん。」
私は母親の側に寄り添う。きっと、寝ているだけ、明日の朝には目を覚ます。そう信じ、私は眠りについた。
翌朝、隣の中山さんがいつの間にか警察に通報していた。私は事件が最後どうなったかもわからぬまま、病院に入れられた。
医者が精神に異常をきたしていると言っていた。しかし、私は至って冷静だった。だからこそ、私は理解していた。父が死んだこと、母が死んだこと、生まれてくるはずだった命が失われたこと、私が男を殺したこと。これだけのことがあったにも関わらず、私は何も感じなかった。いや、これだけのことがあったからこそ、何も感じれなくなってしまったのかもしれない。涙も出ない、気持ちが昂らない。まるで機械にでもなった気分だった。そのときくらいから私はハンバーグが食べれなくなった。
そんな私が外の世界に再び足を踏み出したのは中学3年の頃だった。私の担当医からももう大丈夫だろうと言われ、私は祖母の家に引き取られることとなった。そして、近くの中学校に通うこととなる。
「清水琴羽です。よろしくお願いします。」
久しぶりに触れ合う同年代の少年、少女たち。最初の頃はみんな私に話しかけてくれた。よく笑ってもいた。幼い頃の私だったら、この子たちと一緒に笑うこともできたのかもしれない。しかし、今は違う。そのうち、無愛想な私に彼らは興味を示さなくなり、気味が悪いと言い始めるようになった。
何を言おうと反応しない転校生は虐めの標的へと変わっていった。
そんなある日、私の近くで男子が話をしていた。
「感情が無いとか、こいつ、殺し屋とかに向いてんじゃね?」
「じゃあこいつのこと今度から殺し屋って呼ぶか?」
「いや、それだとなんかカッコいいから人殺しでいいだろ。」
「じゃあ、それでいいや。なあ、人殺し。」
彼らは私の過去など知らなかった。だから、そう呼んだのは偶々だろう。しかし、それでも私はその言葉が許せなかった。確かに私は人を殺した。それは自分で理解している。
だが、人にそう言われるとまるで私が、父と母を殺した男と同じと言われている気がして嫌だった。
「訂正して。」
「あ?なんか言ったか?」
訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して、訂正して……。
「たすけて。」
私は男子生徒の首元にシャーペンを突きつけながら、押さえつけていた。顔も殴ったのだろうか、瞼が腫れ、口内が切れたのか血が出ている。
その様子を見ている生徒たちは慌てた様子だ。私はとても落ち着いている。
「訂正して。私は人殺しじゃない。」
「す、するから、お前は人殺しじゃないから。」
「……………。」
私は何も言わずにシャーペンを首元から離し、その場を去った。もちろん、教師や祖母からは叱られた。しかし、私がこのことを反省することはなかった。
この事件の後、私のことについて表立って何かを言うことはなくなった。しかし、裏では何か言っていただろう。ただ、私の耳に届くことはなかった。
この頃から私は自分の中にもう1人の自分がいるのではないかと疑うようになっていた。普段は大人しく、感情も何もない空っぽみたいな私だが、頭の内が1つのことで埋め尽くされることがある。あの男を殺したときは『刺す』、男子のときは『訂正』。こうなったとき、私はまともな思考ができていない。体が勝手に動くのだ。そして、その動きが止まるまでの間、私ではない誰かがいる気がする。
(怖い…。)
高校は中学校の知り合いが居ないような、遠い場所にした。そして、そこで私は結衣と出会った。
彼女は私に話しかけてくれた。最初は変なやつだと思っていた。無愛想でろくに返事もしない私を気遣うなんて可笑しい。
「何であなたは私に構うの?」
「え、うーん、そうだなあ。寂しそうだったからかな。」
「別に寂しくなんかないわ。むしろあなたのことを邪魔に思っていたくらいよ。私は1人でいたいの。」
寂しいかどうかは私には分からなかった。ただ、近づきたくなかったのだ。いつ出てくるかわからないもう1人の自分。そんな爆弾のようなものを持ったまま人と接したくはない。
「いえ、清水さんが何を言ったとしても私は側にいさせて貰うよ。だって、本当に寂しそうなんだもの。」
彼女には譲れないものがある。しかし、それはこちらも同じ。
「そう、何を言ってもね。」
「うん!」
「私、人を殺したことがあるの。同じことをあなたにしないとは限らない。だから、私に関わらないで。」
私は敢えて自分の過去を言うことにした。それで彼女が私から離れるなら安いものだ。しかし、彼女から返ってきた言葉は予想外なものだった。
「だから、何?」
「?人を殺したのよ?そんなやつと一緒にいてもあなたに良いことなんてないわ。」
「清水さんと話せない方が私は嫌だよ。あなたの過去なんて知らない。私は今のあなたと離したいんだもの。」
「………あなたって可笑しいわよ。」
「可笑しくても良いよ。清水さんと話せるなら。」
「…………。」
そのとき、きっと私は嬉しいと感じていた、と思う。私を清水琴羽としてしっかりと見て貰えたと実感できたからだろう。その理由は今でもわからない。けど、1つだけ分かっていることがある。結衣は私を人殺しとは見ていない。その過去を知っても、今の私を見ていてくれる。
「…琴羽でいいわよ。」
「うん!琴羽ちゃん!私のことも結衣って呼んでね。」
「分かったわ、結衣。ありがとう。」
私には親友と呼べる人が出来た。それから、結衣は私とクラスメートを繋ぐ架け橋にもなってくれた。友達が出来た。周りには笑顔も生まれた。明るい学校生活が始まった。
しかし、私は楽しめていたのだろうか?はっきりと自分の感情が分からなかった。多分嬉しい、悲しい、そんな曖昧なものしか私にはなかった。
何故だろう?本当は何も感じていなかったのだろうか?
私は自分が分からない。分かりたくない。分かってしまったら、私はどうなるのか、それも分からない。
私は頭を抱えこむ。そのときだった。目の前に映し出された過去は霧のように晴れた。私はその光景を不思議に思いながら、様子を伺う。消えていく過去、見えてくる今。それはまるで今自分が望んでいることを表しているかのようだった。
そして、ついに過去が消え去ったとき、そこにはある人物の姿があった。
「飯綱……くん?」
「琴羽か?」
変わり果てた姿をしたクラスメートがそこにはいた。
なぜ、こんな所に主人公が?