気がついたら簡単でした
長めです。
ーーールネSIDEーーー
ダンジョンに入る2日ほど前のことだった。僕はイヅナくんに夕食の後、彼の部屋に来るように言われた。何でも、自分たちのこと、今後のことを話らしい。
今後のことと言っても勇者様たちと行動して行くのが決まった以上、特に決めることはないと僕は思うのだけど。
少しして、イヅナくんの部屋に着き、中へと入る。そこにはイヅナくん以外にもアスモデウスさんの姿もあった。
「待たせたかい?」
「いや……。」
「ええ!待ちましたよ!イヅナ様が呼んだんですからもっと早く来てください!これだからルネは。」
イヅナくんは気にしていないようだが、アスモデウスさんの方はご立腹だ。これでも夕食を食べ終えてから、部屋にも戻らずすぐに来たのだけど。まあ、その辺は彼女には関係のないことである。
「わ、悪かったよ。それで今後について話すと言っていたけど、勇者様たちと行動を共にするし、特に話すことも無いんじゃないかな?」
「「…………。」」
僕は思ったことを言っただけだが、彼らは困ったような顔をして黙ってしまった。その顔はそこが問題なんだと言いたげだ。
「ルネ、お前は俺たちと行動を共にするのか?それとも勇者と共にするか?」
「どう言うことだい?それはもしも勇者たちとイヅナくんたちが別々の行動をするときの話かな?それだったら、僕は国王様にも言われたし、勇者様たちと行動するしか無いのだけど……。」
「……言い方を変えよう。お前はどちらと共にいたい。そして、もしも敵対することになったらどちらにつく?」
「敵対?」
何故、勇者様たちと敵対することになるのか、僕には理解できなかった。人類の味方である彼らと敵対する理由など無いはずだ。僕たちのために戦う者に刃を向ける必要はない。
「そんなことにはならないと思うのだけど。」
「もしもの話だ。」
もしも、勇者たちと敵対。つまりは勇者たちがイヅナくんたちに攻撃すると言うことか。なら話が早い。
「それならイヅナくんたちにつくよ。勿論、理由が余りにも酷ければ話は変わって来るだろうけどね。」
「……そうか。」
即決だ。これは僕にとって当たり前の選択だった。僕が戦うと決めた理由であり、守りたい人がどちらにいるか、それだけである。
例え人類を敵に回したとしても、これまでの僕の人生を棒に振るようなことになったとしても、彼女を守りたいのだから。
勿論、彼女が人としての道を踏み外していたら話は別だ。その時は僕が彼女を助け出してみせる。だから、守るにしても、助け出すにしても、彼女の側にいたい。いや、いる必要がある。
だから、僕はイヅナくんたちにつくんだ。
「それでこの質問をした意味を教えてもらえるかな?」
「ああ、元よりそのつもりだ。」
イヅナくんは僕の目をしっかりと見る。僕もイヅナくんの目を見る。
「ルネ、俺がお前に学園で与えたスキル』を覚えてるか?」
「与えたスキル?」
「忘れてるのか?なら自分のステータスを確認してみろ。」
「……分かった。」
僕はイヅナくんに言われるがまま、自分のステータスを確認する。
【ルネ・サテライト】
種族:半人
レベル:430
攻撃力:40500(+500000)
防御力:42000(+500000)
魔攻撃:37000(+500000)
魔防御:42000(+500000)
魔力:48000(+500000)
俊敏:50000(+500000)
運:5
【能力】
ユニークスキル
『風操者』
『黄泉之者』
エクストラスキル
『剣王レベル28』
スキル
『風魔法レベル60』
ギフトスキル
『邪神の剣』
『邪神の寵愛』
僕は自分のステータスを見て、驚くことすら出来なかった。理解できなかったのだ。ステータスの値がとんでもないことになっている上で(+500000)?それに見たことのないスキルがある。
ギフトスキル
『邪神の剣』
『邪神の寵愛』
邪神?聞いたことも無いが、その名前からは善神とは考えにくい。詳しいことはわからないが、どこか危険性を感じる。
一体なぜ僕がそんな存在からスキルを受け取ったのだろう。いつ?どこで?
そして、僕は気づいた。先ほど、イヅナくんが言った言葉を…。
『俺がお前に学園で与えたスキルを覚えてるか?』
まさか。でも、そんな訳がない。それではまるでイヅナくんが…。
僕はいつの間にか逸れていた視線をイヅナくんへと戻し、再び向き合う。
「ま、まさか、君は……。」
「ルネの考えている通りだと思うぞ。」
「……邪神。」
僕は震える唇を何とか動かす。
「そうだ。だが、ルネ。如何にも悪そうな名前の神だとは思うが、本当に悪かどうかは俺の話を聞いてから判断してくれないか?」
僕は黙って頷くことしか出来なかった。怯えているせいなのか、理解が追いつかないせいなのか、分からない。
イヅナくんは話し始めた。そこで聞いたのはこの世界の考えを根本から覆すものでもあった。
彼が元は勇者様たちと同じ世界の人間だったが、とあることをきっかけに邪神になってしまったこと。この世界の神が起こした悲劇。アスモデウスさんのこと。そして、これから自分が何を成さなければならないのかを…。
「…………。」
あまりの壮大さに僕は黙り込んでしまった。最初の時とは違い、理解は出来ている。しかし、理解出来たからこそ自分がそれに対し何を言えば良いのか分からなかった。
「まあな、いきなり信じろと言われて信じられないとは思うがこれは事実だ。」
「そうですね。事実です。」
アスモデウスさん。僕は彼女を見つめる。とても悪魔とは思えない。僕の中では悪魔とは人を堕落させ、貶めるものだと考えていた。しかし、彼女は僕の覚悟そのものであり、希望であり、目標だ。僕の考えていた悪魔とは正反対の存在。
「……アスモデウスさんは。」
「私は悪魔ですよ。そして、イヅナ様の花嫁です!」
「なんかお前の立場が段々と上がってきてる気がするんだが。」
「気のせいですよ。」
「だと良いんだがな。」
いつも通りの2人のやりとり。しかし、その中身は邪神と悪魔。勇者様たちと相対する存在。正直に言えば、僕はまだこの2人と共にいたい。しかし、【聖剣カラドボルグ】を持ったものとして使命を成し遂げなければならない。
「それでだ。俺たちは勇者と敵対関係に一応ある。まあ、俺自身戦う気は無いし、気にしてはいないが。だが、それでも俺たちと共に行きたいと考えるルネにとっては大きな問題となる最後にお前がどうするのか。今のうちに決めておかなければ、後々困るからな。」
「そうだね。少し考えさせて貰うよ。」
「そうしてくれ。悪いな、本当は学園にいるうちに伝えて、判断させようと思っていたんだが、色々あってな。」
「イヅナ様がウジウジしてただけじゃ無いですか。」
こんなときでもぶれないアスモデウスさん。
「少し黙ってくれ。とにかく、ルネ。これはお前の今後を決めることだ。しっかりと考えてくれ。まあ、お前の考えがどっちに決まろうと別に良い。巻き込んだ以上、それなりに責任は取るつもりだ。だから、そこまで思い悩むな。」
「それは流石に無理な気がするけど。ありがとう、少し気が楽になったよ。」
「そうか。」
「うん。それじゃあ。」
「あ、ルネ、明日の朝は特訓ですよ〜。」
本当にぶれない。
「ごめんな、こんなやつで。」
「まあ、いつものことだよ。」
僕は相変わらずのアスモデウスさんに笑いつつ、イヅナくんの部屋を後にした。
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自室に戻った僕はベットに横になりながら考える。邪神であるイヅナくんたちにつくか、人類の味方である勇者様たちにつくか。
普通に考えれば【聖剣】を持ったものが邪神に付くなどあってはならない。それは即ち人類の負けを意味するようなものだ。
しかし、先ほどイヅナくんから聞いた話では真の敵は創造神である。僕はこの話は真実だと思う。彼らはこう言ったときに嘘が付ける人(人では無いけど)では無い。
素直で、そして、優しすぎる。そもそも今回のことを話したのは僕の身を思ってのことだろう。これから先、イヅナくんと創造神が争い、もしもイヅナくんが負け、僕がイヅナくんの側にいたら、どうなるか分からない。この世界では創造神は善神であり、人類の味方だ。その敵となってしまったら、僕はどうなるのだろうか。酷い目に合うのは間違いない。生きることすら許されないかもしれない。
だからこそ、イヅナくんは僕に全てを話し、選択させようと、あわよくば自分たちから僕を引き離そうとしているのかもしれない。本当に優しい人だ。
「……来い、【聖剣カラドボルグ】。」
僕はベットから起き上がり、【聖剣カラドボルグ】を取り出した。この剣には意志があることはわかっている。これから先、戦場を共にするこの剣には僕の考えを話したい。
「【カラドボルグ】聞こえるか?」
〈何だ?我が主人よ。〉
「本当に話せた。」
〈主人が望んだからな。本来は我を掴み、魔法陣から引き抜いてくれさえすれば良かったのだが、主人がなかなか動かなそうだったものでな。経験値を少し『犠牲』とまではいかなくとも、代償に意志を手に入れたのだ。〉
「そうなのかい?でも、僕の記憶が正しければ剣を手に取る前に話しかけられていたと思うんだけど。」
〈そのときには既に経験値を少し貰っていた訳だ。〉
「そうなんだ。」
少し突っ込みたいところではあったが、僕は早く話を進めたかったのでスルーした。
〈うむ。して、主人よ。我に話があるのでは無いのか?〉
「そうさ。」
そして、僕は自分が共にいるイヅナくんたちのこと、そして、僕がこれから先、どうして行きたいかを【カラドボルグ】に伝えた。
魔神を倒すための武器である【カラドボルグ】は僕に失望し、他の持ち主となる者を探すと思っていた。例え、創造神が僕たちにとっての敵だとしても、【カラドボルグ】にとっての敵では無いのだから。
そう考えながら、話を終えた僕に、【カラドボルグ】から予想外のことを言われた。
〈ふむ。そうか。ならば創造神は我の敵であると言う訳だな。〉
「え?」
僕の驚きようを見て、【カラドボルグ】は不思議そうに話を続けた。
〈どうしたのだ?主人が行く場所が我の居場所であり、主人の敵が、我が敵だ。何もおかしいことなどないだろう?〉
「けれど君は魔神を倒すための剣じゃないのかい?」
〈違うぞ。我はこの世界の者たちに危機が迫ったとき、その力となるようにと、繁栄神“ヴィシュヌ”様から命を受けている。だから、主人に力を与えるのは当然のことだ。〉
「そうだったんだね。」
僕は今日1日でこの世界のことを多く知った。知らない方が幸せだったのかもしれない、と思えるようなことばかりだ。
しかし、これだけのことを知った以上、決断しなければならない。ただ、やはり僕の中でどうするのか最初から決まっていたのだろう。難しいことを考えてはいたが、僕の行動理念は単純なものだったのだから。
「【カラドボルグ】、僕はもう決めたよ。」
〈我はただ主人について行くのみ。〉
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次の日、僕はアスモデウスさんの訓練の前にイヅナくんだけを城の修練場に呼び出した。アスモデウスさんがいると真面目な雰囲気も無くなってしまうので、このときだけは一緒にいたくなかった。
僕が修練場について、少しすると不機嫌そうな顔をしたイヅナくんとこれまた不機嫌そうな顔をするアスモデウスさんが到着した。
「……何でアスモデウスさんがいるんだい?」
「いや、それが……。」
「私を差し置いて密会とは何事ですか!」
「と言うことだ。」
「本当に困った人だね。」
来てしまったものは仕方ないと諦め、僕は昨日、決断したことを伝える。
「僕は君たちについて行くよ。」
「……本当に良いのか?」
「良いさ。正直、創造神や世界何てことを言われたときには少しパニックになったよ。けどね、僕は気づいたんだよ。自分が何のために覚悟を決めたのかをね。そうなれば後は早かったよ。」
「そうか。なら良かった。まあ、俺も仲間が増えるなら、それに越したことはないし、歓迎するよ。戦いに巻き込んでしまった責任も取るつもりだ。」
「気にすることはないさ。むしろ巻き込んでくれたからこそ、今の僕があるのだからね。」
「そうだな。なかなか難しい相手だとは思うが頑張れよ。」
イヅナくんのこの言葉で彼が僕の思いに気づいていることが分かった。まあ、自分でも顔には結構出てしまうタイプだと自覚しているし、不思議ではない。
「あ、ありがとう。」
僕がそう、イヅナくんにお礼をした瞬間だった。
「ルネ、ちょっとこっちに来てください。」
「な、何だい?急に。」
僕はアスモデウスさんに手を引っ張られ、修練場の恥の方まで連れて来られた。そして、僕を壁に押し当て、顔を近づけて来る。その頰は何処と無く火照っている気がする。
「ア、アスモデウスさん!?」
焦る僕にどんどんと近づいて来る。僕は色々と限界に近い。アスモデウスさんは小さな小さな声で耳元で囁いた。
「ルネ、まだイヅナ様に気があるんですか?」
「へ?」
僕の目が点になる。
「さっきから仲よさそうですし、私に見せつけてるんですか?」
「…………。」
アスモデウスさんが何を言っているのか分からない僕は黙ったまま、彼女の話を聞く。
「黙るってことはそう言うことやっぱりそう言うこと何ですね。ルネはイヅナ様のことが好きなんですね!」
囁くほど小さかった声はいつの間にかいつも通りに戻っている。そして、ここで僕はアスモデウスさんが変な勘違いをしていることに気づいた。
「な、何を言ってるんだい!?そんなわけ無いじゃないか!僕は他に好きな人がいるよ!」
「じゃあ、誰なんですか!」
「そ、それは……。」
本人に聞かれては簡単に答えられない。僕は渋々黙る。
「この際だからはっきりと言っておきます!私はイヅナ様が好きです!」
「まあ、それは知っていたよ。」
いつもの様子を見ていれば予想はつく。けれど、分かっていたとしても好きな人から自分以外の人が好きだと言われるのは辛い。それでも僕は表情を崩さずに、彼女の話を聞いた。
「私は世界が敵に回ったとしても、イヅナ様をお守りします!一緒にいたいんです。」
「そうかい。」
「ですから私はあなたがイヅナ様のことが好きだったとしたら全力で相手になりますよ。」
「そのつもりは無いんだけどね。」
猫が威嚇したように、髪が逆立つアスモデウスさん。これは何を言っても駄目だろうか?
僕は仕方なく、勘違いをそのままにした。そして、1つの質問をした。
「アスモデウスさん、もしも僕が君のことが好きで一緒にいてほしい、守らせてほしい、と言ったらどうする?」
「普通なら嫌ですね。」
「即答だね。」
涙が出てきそうだ。
「けど、ルネなら別に一緒にいても良いですよ。私のイヅナ様への気持ちは変わりませんが、それで良いならどうぞって感じですね。あ、でも守るのは駄目ですね。学園ではあなたの成長のために一時的に守ることを許可しましたが、まだまだ私の方が強いんですからね、もっと特訓して私が認めたら、そのときは守らせてあげますよ。それだけ、私はルネのこと気に入ってますからね。」
「そ、そうなのかい。」
「そうですよ。ルネは普通じゃないですからね。」
そう言って彼女は僕から離れて行った。けれど先程まで僕の手にあった彼女の温もりはいつまでもそこにある気がしたのだった。
「あっ!ルネ、特訓しますよ〜!!!」
「台無しだね。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーーーダンジョン内部ーーー
僕は数日前のことを思い出した。だからこそ、この目の前のアスモデウスさんは偽物だと分かった。可憐で、優しい彼女を映した理想的な光景。これが僕が望んでいることくらいわかる。しかし、現実ではないのだ。
「少なくとも今のアスモデウスさんは僕ではなく、イヅナくんを取るはずだよ?それに守らせてもくれないはずさ。だからこそ、僕は頑張って行かなくてはならないんだからね。」
「…………。」
アスモデウスさんは僕の言葉を聞き、人形のように動かなくなってしまった。そして、それに伴い周りの景色も段々と変わっていく。
「それに紳士である僕は決めてるんだよ、告白するときは彼女を守れたときだってね。だから、僕がアスモデウスさんと付き合っているはずがない。」
バキィーン。
景色が割れ、石造りのダンジョンの姿がそこに現れた。
アスモデウスさんは僕からゆっくり離れて行き、口を開く。
「例えそれが叶わぬ恋だったとしても、それを望みますか?」
「叶わぬ恋なんて僕は思っていないさ。彼女にとって僕はもう普通という枠組みには入らないらしいからね。チャンスは必ずあるよ。」
「……そうですね。」
「ああ。」
「では………。」
そう告げると、僕の目の前にいたはずの彼女は光となって消えて行き、前に道が現れた。
僕は足を進める。もう後戻りなんてしない。僕は彼女の為に強くならなくてはならないのだから。
「次は何が待ち構えているのかな?」
騎士は進む。愛する人の為、その剣を振るうと誓ったその日から。
騎士は願う。叶わぬものなど無いと信じて。
騎士は超える。今日の自分を、明日の自分を。
そして、きっといつか……。
ルネ・サテライト・・・・『欲望の試練』クリア