気がついたら般若でした
久しぶりの投稿です。
俺が名前を言った後、勇者たち、元クラスメートは驚き隠せない様子だった。国王はそんな勇者たちを不思議そうに見ている。
そんな中、最初に口を開いたのはアスモデウスだった。
「“イイヅナ”だから、イヅナってことですか?」
「まあ、そんなとこだな。」
「シンプルですねえ。」
「その方が覚えやすいだろ?」
「そうですね、イヅナ様ってどこか抜けてるから簡単にしとかないと忘れちゃいますよね。」
「……本当にお前は一言余計だな。」
「えへへ、褒めても何も出ませんよ。」
「褒めてない。」
付き人と主人のそれとは思えない会話を終え、俺は国王の方へと向き直る。
「名前は言ったが、どうなんだ?」
「…感謝する。無論この名を悪用するようなことはしない。」
「そうか。」
まあ、悪用されたところでどうとでもなる。するつもりは無いが最悪、記憶を消せば良いだけの話だ。
勇者たちは置いてけぼりだが、取り敢えず名前の件は終わったようなので、国王には早速次の話題に移ってもらおう。
「それで、今後のことを話したいんだが。」
「うむ、そうだな。では勇者たち、それにイイヅナ殿、そなたたちには【聖剣グラム】を入手して貰いたい。」
【聖剣グラム】。ルネが保持する【聖剣カラドボルグ】と同等の力を持つ剣だ。
「場所はわかっているのか?」
「もちろんだ。この城の地下にあるダンジョン“現世鏡”、底の奥に【聖剣グラム】は封印されている。」
「“現世鏡”?随分変わった名前のダンジョンだな。」
「先代の勇者が名付けられたらしい。ただ、このダンジョンは先代の勇者からの言伝により、長い間、中に入ることを許されなかった。そのため、どのようなダンジョンなのか分かっておらん。」
先代の勇者は『勇者とその仲間のみこのダンジョンに挑戦することを許す』と言い伝えた。
それはこの時代までしっかりと守られてきた。それ自体は褒められたことだが、だからこそ俺たちは困る。
「未知のダンジョンか。厄介なものだな。慎重に進んだ方が良いが、こちらには時間が無いと。」
魔神が既に封印から逃れ、この世界の何処かにいる。そう国王や勇者たちは考えている。いつ暴れ出すか分からない危険な存在がいるのだ、時間が無いと考えるのは必然だ。
俺のこの言葉に国王は顔をしかめる。
「魔神がいつ現れるか分からない今、我々は迅速に決戦の準備をしなくてはならない。勇者、イイヅナ殿たちには3日後にダンジョンへと向かって貰いたい。」
短い気もするが、身体を休め、武具などの準備をするには充分だろう。
「分かった。俺たちはそれで良い。」
「勇者たちはどうだろうか。」
「はい。僕たちも了解しました。ただ、学園での疲労が現れている人もいます。そちらはどうか城に置かせては貰えないでしょうか?」
いつの間にか復活した颯太が応える。
「分かった。では、ダンジョンに迎える者は準備を頼む。では…。」
「少しいいか国王。」
「何だ?イイヅナ殿。」
「名前を呼ぶときはイヅナで頼む。」
何となくこの世界の人にはそう呼んで貰いたい。
「承知した。では、今日はしっかりと休むと良い。謁見はこれで終わりとする。」
俺は国王のこの言葉を聞き終わるのと共に足を動かし、勇者たち、クラスメートのもとへと移動した。
「……………。」
「……………。」
俺と勇者たちはすぐには言葉を交わさない。いきなり、何処かに消えてしまったクラスメートが姿を変えて現れた。この時点で彼らの中には頭が真っ白になる者が出てくる。さらに言うならば日本での俺との接し方を考えれば、何も言えなくなる。
まあ、それでも仲の良かった歩や横山、それに颯太あたりは話しかけてきそうな者だが。
「お、お前は本当に雅風なのか?」
少し警戒した様子で歩が口を開いた。俺はそんな歩を見てため息を吐いた。
親友ならば気づくならば姿が変わっても気づくと言ったことがあるかと、少し期待したのだが、流石に姿が変わりすぎたのだろうか。
「歩、俺は親友にそんなことを言われるとは思わなかった。だがまあ、あの歩じゃ仕方のないことか、期待した俺が馬鹿だったんだな。悪かったよ、歩。」
「お前、絶対悪いなんて考えてないだろ!」
「当たり前だろ、歩のためにそんな思考を使うなんて勿体なさすぎる。」
「流石に酷すぎだろ!って、この感じは間違いなく雅風だな。」
歩はまるで元の世界のときのようなやり取りをし、俺を“飯綱雅風”だとしっかりと認識できたようだ。涙を流しながら笑っている。
「笑うか泣くかはっきりしろよ。」
「う、うるせえな!目にゴミが入っただけだっつうの!」
他愛もない会話だが、それでも楽しいと感じた。やはり、こちらの世界に来て、仲間が出来たとしても、歩の存在は大きい。口に出しては言わないが、流石、俺の親友だ。
歩と仲良く会話をしていると、俺に近づいてくる者がいた。
「横山か、それと琴羽か。」
「私はおまけかしら?」
「いや、そうは言ってない。」
「そうね。」
横山とよく一緒にいて話す機会が多かった琴羽はいつもこんな感じで俺をいじってくる。
そんな琴羽の隣で横山が口を開く。
「……飯綱くん。本物…なんだよね?」
「ああ。見た目は変わっているが、中身は正真正銘“飯綱雅風”だ。」
横山は俺の言葉を聞き、更に近づいて来た。そして、俺の手を取り、額に当てる。
「……温かい。生きてるんだね。」
「死んでたらこんなところにいないだろ。」
「……よかった……本当に……本当に。」
横山の方が身長が低いこともあり、その顔は見えない。だか、おそらく泣いているのだろう。余程、心配してくれていたのだ。
「ごめんな、心配させて。」
「ううん、良いの。こうして無事に出会えたんだもん。」
本当に良い子だ。
横山が俺に対して、好意を持っているのには気づいてはいる。しかし、この涙が出たのはそう言った感情があったからではなく、彼女が本当に優しい人物だったからだろう。
「ん?そう言えばずっと前から気になってたんだが、何で雅風は横山さんのことは“横山”って呼ぶんだ?お前って、基本的に人のこと下の名前で呼ぶよな?」
何故、このタイミングでこの質問をして来たのか謎だが、俺は素直に応えることにした。
「これは横山に頼まれたんだ。」
「頼まれた?」
「その…下の名前で呼ばれるのが恥ずかしくて…あははは。」
笑って恥ずかしさを誤魔化そうとしているのかわからないが、顔は真っ赤だ。
「まあ、とにかく雅風が無事で良かった。取り敢えず、これからは一緒には入られるわけだし。」
「すまないがそれは分からない。」
「「え?」」
予想外の返答に歩たちは戸惑う。
「俺にも少し事情があってな、やらなければいけないことがあるんだ。出来る限り共に行動はしようと思うが、別行動になることもあると思う。」
「…俺たちといない間に何かあったのか?」
「まあな。すまないが内容は教えられないぞ。」
俺が成そうとしていることを知れば、彼らを俺の戦いに巻き込んでしまう可能性がある。それはどうにかして避けたい。
そして、俺が魔神(既に邪神だが)だと知ることにもなる。混乱するだろう。友人と世界と自分を天秤にかけ、果たしてどちらを取るべきなのか。世界を取るべきだとわかっていても、その天秤が傾くことはない。彼らはそういう人間なのだ。
「…そうか、なら仕方ねえな。雅風もやることと決めたら最後までしっかりやれよ!」
「ああ。とは言ってもダンジョンには俺も行く予定だからな、しばらくは一緒にいることになるな。」
俺はそう言って、クラスメート、つまりは現勇者たちの方を向く。
彼らの表情は酷いものだ。まあ、虐めていた人が戻って来て良い顔で迎え入れられるような奴はいないだろ。特に学園で俺たちに助けられた奴らはどうすれば良いのか分からないと言った表情をしている。
「俺は別にお前たちのことを恨んだり、憎んだりしてない。」
「正直に言えば、日本にいた頃は少しそう言った感情を持っていたが、こっちの世界に来てからはそうも思わなくなった。ああ、呆れたとかそう言ったものじゃないぞ。ただ、俺が度が過ぎたお人好しなだけだ。」
「……………。」
「だから、気にせずにいてくれとは言えないが、これからは仲間としてみて欲しい。その方がどちらにとってもいいだろ?」
「そうね。その方が良いわ。」
清水が同意すると、他のクラスメートたちも次々と同意してくれた。
これでこれから俺が勇者たちと行動を共にするに当たっての心配はなくたっただろう。
「ありがとな。後、杉本。」
「な、何だ。」
良い返事をするな、と感心しながら話を続ける。
「お前がこのクラスで1番、俺との接し方に困るはずだ。だから、お前は俺のことをイヅナとでも割り切れば良い。それから少しずつ飯綱雅風に近づいて行ってくれ。」
「…分かった。ただ一言だけ俺に謝らせてくれねえか?お前に、飯綱雅風にどうしても、謝りてえんだ。」
俺は頷く。杉本はゆっくりと頭を下げた。
「悪かった。」
俺は杉本の姿を見て、人はここまで変われるのだなあと思った。これからをやり直そうとする杉本。彼はもう日本にいたときのようないじめっ子ではない。友のために、仲間のために生きていこうとする男となったのだ。
(勇者って言うのはあながち間違えじゃ無いのかもな。)
杉本の肩に少しの期待と共に手を乗せながら言う。
「反省してるなら良いさ。これから改めてよろしくな、杉本。」
「ああ。」
杉本はもう大丈夫。そう確信が持てた。
そして、俺はもう1人話した方が良いだろう人物の下まで移動する。その人物とは…。
「先生、一応、俺は生きてる。報告はこんなところでいいか?」
「え、あ、はい。良かったです。飯綱くんが無事で。みんなで向こうの世界に帰りましょう。」
俺はそんな先生の様子を見て、違和感を感じた。生徒のことを考えていた先生。しかし、今の彼女は生徒の無事を心の底から喜んでいない気さえする。
何かあったのだろう。いづれしっかりと話をして見るべきか。
「おーい、雅風!」
そんなことを考えていると、歩が俺を呼んだ。
「何だ?」
「そう言えばお前ってこの2人と一緒にいるんだろ?てことは俺たちとも行動を一緒にする訳だし、少しくらい紹介してくれよ。」
「それもそうだな。」
と言うことで、俺は勇者たちにアスモデウスとルネを紹介することにした。しかし、俺は久しぶりに親友に会えたことにより、気を抜いていたようだ。彼女と言う存在がこんなときにどんな行動をするのか、俺は考えてからものを言うべきだった。
「僕はルネ・サテライトです!【聖剣カラドボルグ】に選ばれました!ゆ、勇者様たちと行動を共に出来ることを光栄に思います!」
「ルネはずっと緊張してますね。」
アスモデウスはルネの顔を覗き込む。ルネはアスモデウスの顔が近づいたことにより、顔を赤くする。
「し、仕方ないじゃないか。あの勇者様だよ?いくら紳士の僕とは言え、緊張くらいするさ。」
アスモデウスに緊張しているのか、勇者に緊張しているのか。
「ま、そんなことはどうでも良いですけど。」
「ひ、酷いじゃないか。」
そして、時間は起きた、
「私はアスモデウスです。それとイヅナ様の恋人です!」
やられた。
「「「………え?」」」
勇者たちが固まる。
「あの雅風に彼女?」
「雅風に彼女…。」
「か、か、か、か。」
「結衣、落ち着いて。」
彼らの動揺っぷりは凄かった。そこだけを見ればとても面白かったのだろう。しかし、その動揺の原因に問題がある。
「おい、アスモデウス。」
「はい!なんですか?イヅナ様!」
「嘘をつくな。お前は俺の…。」
「恋人ですよね?」
「……………。」
こいつには後でお仕置きが必要だな。
しかし、今はこの状況をどうにかしなくてはならない。
「みんな、聞いて…く…れ………。」
俺はアスモデウスが付き人であると、説明をしようとした。だが、そこにあった目を疑う光景に俺は思わず口を開くことを忘れてしまった。
「般若?」
そう、そこには般若がいたのだ。正確に言えば、横山の後ろに般若が見えたのだ。
「飯綱くん?どう言うことか説明をして貰えない?」
「いや、だから…。」
「私とイヅナ様は同じベットで寝たことも有りますし、あのときのイヅナ様は凄かったです…ポッ。」
『ポッ』じゃねえよ。
「アスモデウスが嘘を付いてるだけだ。」
言ってて思うが、ここまでくると俺が嘘を付いているようにしか聞こえないな。
「へえ〜そうなんだ。ところで飯綱くん、ちょっと話があるからこっちに来てくれる?」
「…………。」
すまないシヴァ。どうやらお前の願いを叶えてやることは出来ないようだ。さよなら、異世界。
「だ、大丈夫かい?」
「良いんですよ、ルネ。放っておけば。」
それから俺は横山に質問ぜめを受け、説得させる頃には日付が変わっていたとか、いないとか。
少し余裕が出来ましたので、9月いっぱいは1〜2日に1話ほど更新していく予定です。
どうぞお楽しみに。