気がついたら名前でした
久しぶりの投稿です。
詰め込めるだけ詰め込んだ今回は少し長めになります。
夕日に赤く照らされた公園。ブランコと砂場しかない公園だ。
俺はこの景色をよく知っている。地球にいた頃よく訪れていた。幼稚園のときからつい最近まで、足を運び、考え事などがあると決まってここに来ていた。数少ない俺のお気に入りの場所だ。
しかし何故、今俺がここにいるのかわからない。先程までサモン大陸にあるグラム王国へと向かう馬車に乗っていたはずだ。
(これは夢か?)
そう思いながらも確証が得られない俺は周辺の様子を確認し、情報を集める。
すると、誰かわからないが2人の人物が砂場にいるのがわかった。俺は警戒をしながらゆっくりとその2人に近づく。
近づくにつれ、はっきりとしていくその姿。俺はその姿に見覚えがあった。
(これは……。)
俺だった。地球にいたとき、それも小1、2年の頃の姿をしている。小さい俺は砂場で何かを作るわけでもなく砂を弄っている。
そして、隣に座るもう1人の人物と会話をしているようだ。
「そのお願いを僕が叶えたらーーーーは嬉しいの?」
今の俺からは想像も出来ない可愛らしい喋り方で幼い俺は隣の人物に話しかける。名前を呼んだようなのだが、ノイズが入り、聞き取れない。
「ええ、でも私はあなたに引き受けて欲しくはないの。」
優しい声で姿のわからぬ人物が応える。声からして女性だろうか。
「どうして?」
「だって、このお願いはーーー。」
ここで再びノイズが入る。まるで俺の中にある何かがその言葉が俺の耳に入るのを拒絶しているような感覚だ。
俺はこの会話を聞き始めてから、この謎の人物の言葉は聞き流してはならない気がする。しかし何故、俺の耳にこの言葉が届かないのだろう。考えてもその理由はわからない。
やがて、ノイズが薄れていき、会話が言葉として聞こえてくるようになった。しかし、相変わらず幼き俺の隣に座る人物の名前にはノイズが入る。
「ーーーーてしまうのよ?本当にいいの?」
「うん!僕、ーーーーの為なら世界を敵に回したって勝てる気がするよ!だから、大丈夫。僕はそのお願いを、ーーーーの夢を叶えさせるよ!だから……。」
「だから?」
「ぼ、僕がその……お願いを………上手に出来たら………ぼ、ぼ、ぼ、僕と、けっ、結婚してください!」
(はあっ!?)
俺は幼い自分自身の発言に度肝を抜かれた。そして、同じ自分自身でも理解できなかった。何故、俺がこの隣の人物に求婚したのか理解できない。
まあ、今だにその姿がはっきりとせず、どのような人物なのかわからないのだから理解できなくて当たり前だろう。
「……こんな私で良ければ貰ってくださいな。」
「う、うん!約束だよ!………えへへ。」
幼い俺は顔を真っ赤にして照れている。そして、俺はこれが幼い頃の自分なのかと血の気の引いた顔で見ている。
「約束……そうね。イヅナ、その約束、大切にしてね。」
(ん?)
その言葉に若干の違和感を感じた直後、その夕日に染まる公園の情景は段々と暗くなっていく。
視界が黒く染まっていく中、俺の頭の中に先程の謎の人物の声が響く。
『私は信じてるから。あなたを、イヅナを信じてるから。だから、あの約束を、例え記憶から消えたとしても………。』
「…………。」
『思いだして…。』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん?」
目を覚ますとそこは移動中の馬車の中だった。俺の寝顔を眺めていたのか、だらしないアスモデウスの顔がやけに近い。
「あ、イヅナ様やっと起きましたか?さっきから叩いたりしてたのに一切起きる気配がなかったから、私にちょっかい出されるのが嬉しくて寝たふりしてるのかと思いましたよ。」
「何故、そうなる……。」
アスモデウスの謎の解釈に思わずため息が出る。この付き人はやはり何処かずれている。
俺はアスモデウスを視界から外そうと窓の外の景色を眺める。だが、そんなことをしたところでアスモデウスを意識から外すことなど、到底出来ない。
「あっ!そう言えばグラン王国にはアイスって言うスイーツが有るらしいですよ!これは是非食べないと!ですよね?イヅナ様!」
それに気づきながらしているこの行為に思わずまたため息が出る。
それにしてもいつまでアスモデウスは喋っているのだろうか。
「ケーキもあったりするんで………。」
突然アスモデウスが黙った。俺は不思議に思い、アスモデウスの方を向き、その様子を確認する。
「ん?どうした?」
アスモデウスは心配そうにこちらを見ていた。
「イヅナ様、何で泣いてるんですか?」
「は?何言って……。」
俺はアスモデウスに言われ、手を頬に当てる。
「これは……涙か?」
「え、ええ。」
そう、俺はアスモデウスに言われた通り、泣いていた。目の奥から次々と溢れ出してくる。
「それにイヅナ様とても悲しい顔をしてますよ。」
「悲しい顔?」
普段から一緒にいるアスモデウスが“とても”と言うのだ、よっぽど酷い顔をしているのだろう。
しかし何故、俺は泣いているのだろうか。
いや、理由は既に分かっている。先程の夢。あれ以外考えられない。
俺は先程の存在を調べようと『ネクロノミコン』を使用する。しかし…。
【ーーーーー】・・・・ーーーーーーーー。
そこには何も記されてはいなかった。何者かによって操作されたような後はなく、ただ、何も情報がなかったのだ。
俺は先程の人物、いや、もはや人であるかすら不明の存在について考えた。
あの存在の言葉を聞いたところ、とても敵のようには思えなかった。もしかしたら、本当に幼い頃の俺と出会い、何かしらの約束をしたのかもしれない。逆にあの存在がこの世界のどこかで俺を監視し、良からぬことを考えているのかもしれない。
考えれば考えるほど分からなくなる存在に俺は思わず頭を抱える。
「イヅナ様…。」
そんな俺をアスモデウスは心配そうに見つめている。かと、思ったが…。
「私に心配して欲しくてやった作戦が失敗したからってそんなに悩まなくても良いですよ?」
「…………。」
「まさか、涙まで流して、あんなに悲しい顔までするとは思いませんでしたが、そこまで、されては仕方ありません。」
アスモデウスは座っている俺の上にさらに座り、俺の体をベタベタと触ってきた。
「こうして欲しかったんですよね?全く、しょうがないですねえ〜。よ〜し、よ〜し。」
終いには頭まで撫でてきた。俺は真剣に考えごとをしているときに邪魔をされイライラしていたが、学園では世話になっていたこともあり、普段なら怒るところを我慢して注意で済ませることにした。
「……おい、アスモデウス。」
「何ですか?可愛い、イ・ヅ・ナ・さ・ま♡」
俺は我慢ができる(元)人間だ。そう考えていた時期もあった。と言うか実際できていた。この付き人に出会うまでは。
「この馬車って意外と狭いよな。」
「そうですか?広いと思いま…。」
「出て行け。」
「またまたご冗談を〜。」
「出て行け。」
「……じょ、冗談ですよね?」
俺は物分かりの悪いアスモデウスに満面の笑みを送ってやった。その顔を見たアスモデウスは流石に理解したらしい。
「な訳ないだろ?」
俺は馬車の扉を開け、アスモデウスを放り投げた。
「お前のステータスなら走ってついて来られるだろ?」
「イ、イヅナ様〜〜〜〜!!!」
俺は泣き叫ぶアスモデウスを無視し、馬車での旅を楽しむのであった。
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「ひぐっ、イヅナ様は酷いです。」
俺は泣きべそをかくアスモデウスを後ろに引き連れながら、勇者たちと共に目的地であるグラム王国のその王城内を歩いている。
どうやら、王との謁見をするらしい。そこで、俺やアスモデウス、それにルネについての説明や、学園で起こったことについて詳しく話すそうだ。いったい何を聞かれるかは分からないがヘマはしないようにしよう。
そう考えながら、アスモデウスの方を振り向く。
「ひぐっ、ど、どうしたんですか?」
「……本当に頼むぞ?」
「ん?何がですか?」
付き人の心配?をしていると、どうやら、謁見の間に着いたらしい。
大きな扉が開き、この国の兵士たちと玉座に座る王と思われる人物が見えた。俺たちは兵士の間を通り抜け、王の前まで移動する。すると、颯太が1人前に出る。
「国王様。我ら勇者、ただ今帰還しました。」
地球で言ったら恥ずかしいようなセリフもこの世界であり、尚且つ颯太が言うとしっかりとくるものだ。
「よくぞ、無事に帰ってきてくれた。学園に魔神教のものが攻め込んだと聞き、心配したぞ。リリアナもよくぞ無事であった。」
「はい、お父様。」
俺は国王のその言葉で姫様がいたことを思い出した。おかしな夢を見たせいで、忘れていた。それに少し疲れているのかもしれない。
「さぞ疲れているとは思うが、向こうの大陸で起こったことを伝えて欲しい。」
「わかりました。」
それから颯太は学園であったことを話した。仲間を失ったことや、ピンチに陥ったこと、それに俺たちが助けてくれたこと。
一通りの説明をすると、国王は俺たちの方を向く。
「そなたたちが勇者を救ってくれたのだな。感謝する。」
「いや、当然のことをしたまでだ。」
「ぼ、僕もそのように考えています!」
ルネは少しばかり緊張しているようだ。
俺の言葉に顔をしかめる兵士がいたが、勇者を助けたと聞いた後だ、その実力がまだ分からない以上迂闊に注意などが出来ないのだろう。国王も何も言わずに話を続けてくれるようだ。
まあ、俺もその方が嬉しい。敬語を使っても良いのだが、疲れているし、何より性に合わない。全く、俺はいつからこんなに気の強いやつになってしまったのか。地球にいた頃はもっとマシだった筈なのだが。
「それで君たちはこれから勇者と行動を共にしてくれるようだが、間違いはないか?」
「ああ、その予定だ。」
「うむ、ならば少しばかり行って貰いたいことがある。あれを持ってこい。」
「はっ!」
国王がそう言うと1人の兵士が厳重に鍵がされた箱を持ってきた。その鍵はどうやら魔法で解除するらしく、3人の杖を持った男が詠唱をしている。少し時間がかかりそうだ。こう言うものは前もって準備しておいて欲しい。
「大変失礼だが、君たち3人には魔道具を使わせて貰う。」
「こ、国王様!?」
颯太はその言葉が信じられないと言った顔をする。まあ、魔道具と聞いて一般的に考えられるものは比較的、攻撃的なものや縛り付けるようなものが多い。颯太は国王が俺たちにそう言った類のものを使用すると思ったのだろう。
「勇者よ、そこまで心配しなくとも良い。我は彼らが信頼するに値する人物なのかを調べるだけだ。無論人体に被害はない。」
「……そう言うことなら。」
「そなたたちも理解して欲しい。」
「…まあ、仕方ないだろ。」
「ぼ、ぼ、僕もそう考えています!」
「ルネはさっきからそれしか言いませんね?」
アスモデウスの言葉も耳に入らないほど、ルネは緊張しているようだ。まあ、そう言った反応が普通なのだろうが。
そんな話をしていると、ガチャと音を立て箱が開いた。中からは直径15cm程の丸い水晶のようなものが出てきた。俺は早速出てきた水晶が何なのかを調べる。
【真実の水晶】
レア度10
【特殊効果】
この水晶の効果を受けている者の言葉が真実かどうかを示す。
なかなか厄介なものが出てきたものだ。
「この水晶は如何なる嘘をも見破ることが出来る。先代の勇者様“ミチル・スドウ”様が自らのスキルを犠牲に作り上げたものである。そなたたちにこれを使用させて貰う。良いな?」
「さっきからそう言っているだろ?」
「うむ、では早速始めさせて貰う。答えることが出来ぬものは無理に答えて貰わなくとも良い。」
すると、水晶が青く染まった。どうやら効果を発動させたらしい。
しかし、答えたくないものは答えなくても良いとは言われたものの下手な質問をされたらこちらの立場が悪くなる。
だが、これから勇者たちと共に行動するにあたって必要なことなのだ仕方あるまい。
「では、始めの質問だ。そなたたちは何故、勇者たちを助けた?」
「人を助けるのに一々理由は考えてはいないが、強いて言うなら死んで欲しくないと思ったからだ。
「私はイヅナ様が助けたからです。」
「ぼ、僕はアスモデウスさんにその場に連れていかれましたが、助けたのはイヅナくんと一緒です!」
俺たちが質問に答えると国王は水晶を確認する。水晶にはこれと言った変化はなく、俺たちが嘘をついていないことがわかる。
「それでは次だ。そなたたちは何かを企んでいたり、勇者や我々を裏切ろうと考えているか?」
俺は国王の質問に少し驚く。そう言った質問はもっと最後の方に来ると考えていたのだ。まあ、それだけ俺たちのことを信用出来ないと言うことなのだろう。
「考えていないな。」
「私もです。」
「と、とんでもありません!」
今度も水晶に反応はない。ここまでは順調だ。
「では、次。そなたたちの名やステータスは偽名であったり、偽装をしていたりしているか?」
厄介なのがきたものだ。下手にステータスを隠され、スキルがわからないでいると危険だと考えたのだろうか?名前の方は正直分からない。
「ステータスの方は何故質問したか理解できるが、何故名前も?」
「何、勇者たちと共に行動するのだ、包み隠さずにして言った方が良いと考えたのだ。ステータスはまあ、見せたくないかも知れんが、名前くらい大丈夫であろう?罪を犯したわけでもも無かろうし、バレて困るものでもあるまい。」
「まあ、そうだな。」
つまり、俺がその手の汚い仕事などをしていないかを調べるために名前を聞いたと言うことか?それに裏切れても名前が分かっていれば調べようもあると言うことだろう。あれだけ質問してまだ裏切られたときのことを考えているとは、用心深いと言うか、面倒というか。
しかしまあ、今の俺たちは答えるしかないわけだ。
「名前は偽名だ。それにステータスも偽装している。」
「私は一応名前は偽名と言うことになってます。あ、でも本名もアスモデウスですよ。ステータスは偽装してます。」
何故、自分で言った。
「ぼ、ぼ、ば、僕は何もしてません!」
ルネはまるで警察に言い訳をしているようにしか見えない。いつまであの緊張が続くのか。
青い水晶は反応せず、静かにそこにある。それを確認した国王がゆっくりと口を開く。
「そうか。その名前、どうか教えてはくれぬだろうか。アスモデウス殿は大丈夫だ。本名なのだろう?」
「え!?何で知ってるんですか?」
「「「…………。」」」
思わずその場にいた全員が呆れる。アスモデウスはどうやら先程の自分で本名を言ったことを忘れているようだ。無意識だったのか?
国王はアスモデウスをまるで可哀想な者を見るような視線を送っていたが、やがて再び俺の方を向いた。
「イヅナ殿、どうだろうか。」
「…………。」
俺はすぐに返事をすることが出来なかった。
もしここで名前を明かせば、元クラスメートたちである勇者たちに多大な影響を与えるだろう。歩や颯太、それに横山は喜んでくれるだろうが、他の者はどうだろうか。俺に助けられた者は元の世界での生活を思い出し、気持ちを落胆させるかもしれない。そして何より問題がありそうなのが杉本だ。彼は前とは違う。だからこそ、飯綱雅風と言う存在には後ろめたい気持ちがある。今後の活動に支障が出ないとは言い切れない。
それに歩たちは喜んでくれると言ったが、俺が生きていたと知ってしまったらどこまで付いてくるか分からない。創造神と戦わなければならない俺についてきて被害を受けてしまうかもしれない。
しかし、俺が本名を言える機会は今後余りないだろう。俺自身、言いにくいことだ。こう言った場面でなければ言おうとすら思わないかもしれない。
「そう言えば私もイヅナ様の本名って聞いたことありませんね。って言うか、イヅナ様って本名じゃなかったんですか!?」
「そう言えばアスモデウスにも言ってなかったな。」
ほとんど俺のことを知らずについて来てくれたアスモデウス。彼女にもいつか伝えなければならないことだ。大切な仲間である彼女には。
「そうだな。いつかはこうなる日が来るもんな。それが早いか遅いか、それだけだ。」
俺は少しその場から離れ勇者たち、アスモデウス、ルネ、そして、国王が見える位置に着くと、そちらへと向き直る。
そして、重い口を開く。
「俺の名前は……。」
この選択は間違いかも知れない。だが、間違いであっても、間違いだったと思わないようにしてやる。
勇者たちがどう受け止めようと俺が支えよう。元の世界でのことなんて関係ない。
俺は覚悟を決め、その名を言った。
「飯綱 雅風だ。」