気がついたら覚醒でした
ーーールネSIDEーーー
「遅いんですよ。てめえはよお!」
「ぐはっ!?」
もう何発目になるかも分からない拳をくらい、僕は地面に倒れた。殴られた腹部にずきずきと鈍い痛みがはしる。
(つ、強い。)
今の自分では相手にもならない。力、速さ、耐久、どれをとっても僕が劣っている。
「まあ〜〜だまだですよね?」
ユーメルは笑みを浮かべながら僕に話しかける。その間も僕は彼に隙がないか探ってみたが、見つけることは出来ない。
これが達人と呼ばれるものたちなのだろうと僕は感じていた。
しかし、それにしても…。
(最近、強い人が多くないかな?)
勇者様が学園に入学し、それに続いてやって来たイヅナさん、アスモデウスさん。そして、目の前にいるユーメル。この誰もがとんでもない実力を持っている。
そんなものの1人と戦えている自分ももしかしたら達人レベルなのかもしれない。僕自身そうは思いたいがアスモデウスさんとの特訓を受けているととてもそうは思えなくなる。
(僕よりもアスモデウスさんが戦った方が良いんじゃないかな?)
ユーメルと向かい合いながら、ふっとそんなことを思いつく。アスモデウスさんならユーメルという男とも互角で渡り合えると思う。
しかし、次の瞬間には僕はその考えを思いついた自分を軽蔑していた。
アスモデウスさんをユーメルと戦わせる。確かにそれならば最小の被害でことが済むかもしれない。戦略的にも正解なのかもしれない。
しかし、そんなことは人として、いや、1人の男としてしてはいけない。
僕にとって特別な人。失いたくない人。僕はこの短い間でアスモデウスさんをここまで思うようになっていた。
(ああ、そういうことかい。)
そして、僕はここで初めて自覚した。自分の心の端を掴まれていることに。そこから、温かなものが広がっていることに。
「ふふ……。」
「何ですかねえ?いきなり笑い始めやがって……きもい。」
「勝手に言っていれば良いさ。」
僕はユーメルの言葉を聞き流し、剣を再び構える。
「僕にはね、守りたい人がいるんだ。」
「いきなり何ですかあ?」
「でも、その人は僕よりも強い。肉体的にも精神的にも。僕はねその人に守ってもらってばかりだ。僕自身の弱い部分を見せ、慰めてももらった。そんなあの人を守ってあげられるかはわからない。けど…。」
僕はユーメルとの距離を詰め、剣を打ち込んだ。ユーメルはその一撃を短剣で受け止める。
「話すか戦うかどっちかにしてほしいものですねえ。」
「けど、それでも僕は……あの人を……好きな人を……守りたい!」
僕の周りに風が集まる。僕の気持ちが上がるとともに風が勢いを増していく。
守りたい。ただ、それだけだ。しかし、それがその思いが僕に力を与えた。
「風よ!我が思うものを守る盾となれ!」
「させませんよお!」
ユーメルは詠唱の隙を突き、僕に一撃を放つ。しかし…。
ガキィーーン。
短剣は音を立て砕けた。いや、砕かれた。そこに突如として現れた風の盾によって。
「ああ?」
ユーメルはこの状況を飲み込めず、砕けた短剣を眺めている。初めてユーメルに隙ができた。
「はああ!!!」
「ぐへっ!?」
僕は風の盾をユーメルにぶつけた。ユーメルはそのままの勢いで吹き飛んでいき、30m程離れた場所で止まった。動く様子はない。
このときそれを見た俺は気を抜いてしまった。
「勝ったのか?」
「んなわけないじゃないですかあ。」
耳元で聞こえた声。振り向くとそこにはいやらしい笑みを浮かべる顔があった。
「な、何でっ!?」
僕の言葉は途中で切れた。ユーメルの拳が僕の顔を打ったのだ。
僕は思わず体勢を崩し、その場に倒れる。
「気になっちゃいますよねえ。実はですねえ、『魔神の懐刀』てゆうスキルの1つの力なんですよお!分身能力らしいんですですよ。他にも透明化とかあるんです。さすが魔神様ですねえ。」
「…………。」
僕は絶句した。そして、僕は思ってしまった。勝てるわけがない。
そこからの僕は成されるがままだった。殴られ、蹴られ、叩きつけられた。身体中が痛み、意識が朦朧とする。目に見える景色は歪み、ユーメルの歪んだ表情がさらにも増して歪んで見える。
(もう駄目みたいだね。)
力が入らない。
「ギャハハハ!!!これでおしま〜い。」
ユーメルは僕に向け、新たに出した短剣を向ける。近づいてくる短剣。しかし、その動きは今まで以上に遅く見えた。
(こんなことならアスモデウスさんに……。)
僕は死を覚悟し、目を瞑る。しかし、いつまでたっても短剣が自分に刺さる気配がない。
僕は恐る恐る目を開いた。
「頑張りましたね。流石は私の訓練兵です。」
そこには彼女の姿があるだけだった。
「……アスモデウスさん…。」
「何ですかねえ貴方は。」
「この子の教官です!」
「はあ〜?」
アスモデウスさんの発言に首を傾げるユーメル。
「目障りですねえ。死にてえのか?」
「いえ、私貴方より強いのでその心配はありませ……。」
ユーメルはアスモデウスさんの言葉を遮り、短剣で首を狙った。しかし、その短剣はアスモデウスさんの拳により砕かれてしまう。
それを見たユーメルはすぐさま距離をとる。気を抜いて良い相手ではない、そう気付いたのだろう。
「そこまで弱い短剣じゃないんですが…。よくもポキポキと。」
「ふっふっふ。どうですか。私の実力。」
自信満々にドヤ顔を決めるアスモデウスさん。そういうところがなければもう少し強そうに見えるのに。
「ア、アスモデウスさん……。」
「ルネ。ここは私に任せてください。大丈夫。私こんなやつごときに負けませんから。」
そう言って、ユーメルに向かおうとするアスモデウスさん。しかし……。
「…嫌…だね。」
「え?」
僕はアスモデウスさんの肩を掴み、引き止めた。
「……行かせないよ。」
「どうしたんですか?ルネ。」
僕はゆっくりと立ち上がる。そして、そのままアスモデウスさんの前に出た。
「……僕は……あなたを守りたい。もちろん、僕よりもあなたの方が強いことは重々承知だよ。けどね、僕はあなたに僕の代わりに戦わせることなんてさせたくない。」
そんな必要が無いことはわかっている。
「僕の代わりにあなたが傷つくことは嫌だ。」
傷つくなら僕でいい。
「そのためなら、僕は何度でも。」
何度でも何度でも。
「立ち上がって見せる。だから!」
僕はアスモデウスさんの目を見る。
「僕に……守らせてくれないかい?」
「…………。」
アスモデウスさんは僕を見つめながら、少しの間黙った。そして、笑みを浮かべる。
「告白のつもりですか?」
「なっ!?」
そんなつもりはなかったのだが、想いを寄せる彼女にそう言われると僕は思わず慌ててしまった。
「冗談ですよ。ほら、守ってくれるんですよね。」
「…当たり前じゃないか。」
「まあ最悪、私が戦わなくてもイヅナ様がやってくれますよ。」
「……そうかい。」
僕はその言葉を聞き、あまり信頼されていないのではないかと思った。まあ、あれだけボコボコにやられていたのだしょうがないだろう。
「ラストチャンスですよ?」
「分かってるさ。」
僕は再び、ユーメルと向き合った。
「ま〜〜〜〜〜た。あ、な、た、で、す、か?」
「そうさ。」
「よくもまあまあそんなに立ちますねえ。」
「何度でも立つさ。紳士だからね。」
そう、僕は何度だって立つ。彼女のために。守るために。
僕は決意を固めた。そのときだった。
僕を中心に光り輝く魔法陣が展開された。
「何ですかあ?それは?」
どうやらユーメルの仕業ではないらしい。なら一体誰が。
そう考えていると、僕の頭に声が響いた。
〈汝に覚悟はあるか…。〉
「!」
男とも女とも言えない中性的な声。僕は驚き何も口にできなかった。
〈汝に覚悟はあるか…。〉
再び、響く声。ここで僕はようやく声を出す。
「覚悟なら決めたさ。守る覚悟を。」
〈汝、自らを犠牲にする覚悟はあるか…。〉
「ある。」
〈汝、何をしてでも愛する者を守る覚悟はあるか…。〉
「ある。」
〈されば、汝に力を与えん。手を出せ。そして、呼ぶが良い。この地に封印されし、聖剣の名を……。〉
僕は声に言われるがままに手を差し出す。そして、叫んだ。
「こい!【聖剣カラドボルグ】!」
その言葉とともに僕たちを光が包み込んだ。
この日、騎士は覚醒した。愛する者を守るために…。その力を解放した。
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ルネ達から少し離れた学園の通路。そこでは生徒達の避難を終えた教師達が魔神教の元へと向かっていた。
「勇者様達が戦ってくれているみたいだね。僕たちも急ごう!」
「「「はい。」」」
学園長ニックを先頭に目的地へと向かう教師達。そのとき、目の前で何かが光り輝いた。
「!こ、これは?」
教師達が驚く、しかし、その中で1人笑みを浮かべるものがいた。
「諸君、このカラドボルグ魔法学園の役割を知っているかな?」
ニックは突然、教師達に問いかけた。
「こんなときに何を。」
「良いから早く言いなさい。」
文句を言おうとした教師を止め、問いかけを続けるニック。
「……可能性ある子供達に魔法や学問、それに戦闘術に至るまで、その才能を開花させるそれがこの学園の役割です。」
「そうだね。表向きはね。」
「何ですと!?」
「そうさ、この学園には真の目的がある。」
「し、しかし、そんなもの聞いたことも。」
教師達さえも知らない。そんな学園の真の役割が本当にあるのだろうか。
「この学園の創設者は前勇者様の1人なんだ。」
「そのくらいは存じています。」
「その勇者様がこの地に学園を作りあげた理由。それは適応者、この世界の行く末を左右する人物を見つけるためなんだ。」
「「「!」」」
教師達は驚きが隠せない。しかし、ニックの話は続く。
「この世界の行く末。すなわち魔神との戦い。そんな魔神と戦うためには4つの伝説の剣の力が必要だ。」
「まさか!」
「ここまで言えば分かったかい?そう。この学園の真の役割それは4つの剣の1つ、【聖剣カラドボルグ】の使い手となる者を育て上げること!そして、今!使い手となるものが選ばれた!」
ニックは光の方を向きながらそう応える。
「さあ行こう!世界の行く末に至る者のもとへと!」
世界は動く。世界は鳴動する。そのものにたとえその意識がなかったとしても。もう止まることはない。世界は終着へと向かい始めた。
ようやく少しだけ動き出した物語。果たして、作者はこの物語を完成させることが出来るのか?
続く…。