気がついたら負けるわけにはいきませんでした
ルネ視点です。
ーーールネSIDEーーー
“闘魔祭”2日目。僕は今日、勇者様と試合をする。勇者様と試合を出来ると言うことはこの学園の生徒として、とても誇れることだ。少し前の僕であれば自ら進んで勇者様との試合を望んだだろう。少し前までならば…。
「はあ…。」
僕は会場近くの広場で腰を下ろし、ため息をついていた。先程までここでミノ太君と最終訓練というものをしていた。そんなところでミノ太君と戦っても大丈夫なのかと思うかもしれないが、アスモデウスさんが何やらミノ太君を視認できないようにしたと言ってたので大丈夫だろう。
それよりも何故僕がため息をついていたかだ。理由は一言で言ってしまえば戦いたくないのだ。
この前、僕はアスモデウスさんに『負けてもいい、負けたって強いものは強い。』そう言われた。そのおかげで僕は、自分の心の中にあった1つの枷を外すことができた。勇者様と戦う決心をすることが出来たのだ。
しかし、本番が近づいてくると、どうしても、気持ちが落ち着かない。負けてもいい、アスモデウスさん達は強いことを認めてくれる、それが分かっていても足がすくんでしまう。
僕は優柔不断で、それでいて情けない。今日、それを改めて感じた。
「何ですか、その顔はもっとシャキっとしてください、シャキっと。」
きっと、僕は暗い顔をしていたのだろう。そんな僕を見たアスモデウスさんが、いつの間にか僕の目の前まで来ていた。
「アスモデウスさん。やっぱり僕は怖いんだ。僕は臆病だからね。それであって、優柔不断で情けない。だから、もうすぐ試合だと思うと足がすくんでしまうんだ。」
僕はアスモデウスさんの顔を見ることなく、そう言った。見たくなかった。こんな僕をアスモデウスさんがどんな目で見ているのか。
いや、違う。本当は分かっていたんだ。こうすればアスモデウスさんの優しさに触れることが出来ると。甘えだ。ずるだ。最悪だ。
アスモデウスさんの手が僕の肩に触れようとしていたそのとき……。
「アスモデウスさん!」
「うおっ!?何ですか、もお!びっくりさせないでくださいよ!」
僕が突然声を上げたことによりアスモデウスさんは驚いた様子だった。
僕は立ち上がった。そして、アスモデウスさんの顔を見た。
「僕は………アスモデウスさんに甘えようとしていたんだ。今、気づいた。自分の弱いところを見せ、そこを認めて貰う。普通に聞けばいいことにも聞こえるはずだ。でも、僕がしようとしたことは違う気がするんだ。上手くは説明できないけど。違うんだ。アスモデウスさん、だから…僕は……。」
そこまで僕が言って、言葉は途切れた。強烈なビンタを一発貰ったからだ。
「なっ?」
僕は漠然とアスモデウスさんを見た。
「うるさいです。」
「はい?」
「私にも分かるように話してください。もう、弱いとか弱くないとかごちゃごちゃして分からないですよ。それで、ルネは最終的に何を言いたかったんですか?」
「……最終的にかい?」
「そうです。最終的にです。」
僕は正直にいうと、このとき、予想外の不意打ちに先程まで考えていたことがほとんど飛んでしまっていた。その結果、僕の頭に残っていた言葉は…。
「勝ちます。」
これだけだった。
「それで良いんです。弱音なんか吐いちゃダメですよ。」
アスモデウスさんはそう言って、僕の手を取った。
「なっ!?」
「どうしたんですか?」
「な、何でもないよ。」
急に手を掴まれ、驚いただけだ。そう、驚いただけだ。
「そうですか。それでは私が最後にとっておきの秘策を教えて上げますよ。」
アスモデウスさんは自信ありげな顔でそう言った。
「秘策、かい?」
「そうです!そして、その秘策とは!」
僕はアスモデウスさんの声を聞くため、耳に全神経を集中させた。
そして、アスモデウスさんの口から出た言葉が……。
「負けなければ良いんですよ。」
「……………。」
僕は真顔でアスモデウスを見つめる。
「な、何ですか。その不満げな顔は。」
「いや、アスモデウスさんはそういう人だったなあと改めて思っただけだよ。」
「それはどういう意味ですか?」
「ご想像にお任せするよ。」
僕は微笑みながらそう言った。
このとき、僕の心に不安は一切なくなっていた。ふしぎだ。昨夜などこの不安のせいでまともに寝られず、今朝も朝食をあまり食べられなかった。なのにだ。彼女に、アスモデウスさんに会うとどうしてここまで不安がなくなるのか。
「それではルネ!早速、会場に…「少し良いかい。」
僕はアスモデウスの言葉を遮った。
「何ですか?」
「も、もう少しだけ、このままでいさせてくれないかい。」
僕は今、アスモデウスさんと手を繋いだ状態だ。落ち着く。これだけで力が湧いてくるような感覚を覚える。
「しょうがないですねえ。良いですよ。」
「ありがとう。」
僕はその後、少しの間アスモデウスの手の温もりに触れていた。
そして、僕は自らアスモデウスさんの手を離した。
「もう良いんですか?」
「本当はもう少しだけ、していたいところだけどね。そろそろ会場に行かないと。」
「では、今度こそ。」
「うん、行ってくるよ。」
僕はアスモデウスさんに一礼して、会場へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「よし。」
僕はそういうと控え室の扉を開け、通路に出た。
これから試合が始まる。
「もしかしたら、今までで最も緊張していたのかもしれないね。」
僕はそう言って、胸に手を当てた。心臓はいつも通り鼓動をたてている。今の僕には不安はない、とまではいかないが、それでもだいぶマシになった。
僕は胸に当てていた手を下ろす。そして、長い通路を抜け、僕は対戦相手の元まで進んで行く。
勇者“杉本”様。噂では斧を使いながらも、光、闇の魔法を巧みに操ること方と聞いている。
「よお、お前が俺の対戦相手か。」
「ええ。ルネ・サテライトと言います。」
僕は軽く会釈をした。
「なあ、どうせ俺が勝つんだ。棄権でもしたらどうだ。」
杉本様はにやにやと笑みを浮かべらがら俺に提案をした。今朝の俺からすればその提案は嬉しいものだった。しかし…。
「そういうわけにはいきません。僕にもやらなくてはいけないことがありますからね。」
「手加減はしねえからな。」
「はい。」
僕は返事をした後、目をつぶり、再度心を落ち着かせる。
大丈夫だ。アスモデウスさんに教わったんだ。負けたって良いんだ。やれることをやれることをやれば良いんだ。
僕は何度も何度も自分に言い聞かせる。
「僕は戦う。勇者様に勝つんじゃない。負けないんだ。」
そして、僕は声に出して自分に言い聞かせる。
「弱い僕は認めて貰ったんだ。次に認めてもらうのは強い僕だ!」
僕はそう言って、拳に力を込める。
「それでは双方、武器を構えてください。」
武器を構える合図が出た。僕は剣を、杉本様は斧を構える。そして…。
「始め!!!」
ついに試合が始まった。
「はあああ!!!」
僕は試合開始と同時に風魔法を使い、自分を加速させた。
踏み込みのない急な加速に勇者様も予測できていなかったようだ。目を見開いて驚いた様子だ。
僕はそんな勇者様の懐まで移動し、下から切り上げる形で剣を放つ。
しかし、そこは流石の勇者様だ。即座に手首を回し僕と勇者様の間に斧を入れ、間一髪のところで剣を防いだ。僕はそのまま力を込め、押し切ろうと考えたがすぐにやめ、一度、距離をとった。
勇者様の方が力が強い。剣と斧が触れてみてわかった。あのまま鍔迫り合いになって入れば間違いなく、僕に隙が生まれただろう。
「ただの学生が分際で。今の一撃でいい気になるなよ。」
どうやら、今の一撃で勇者様は相当ご立腹らしい。
「“我が闇よ、鎖となりて、我が敵を捉えよ”『ダークチェーン』」
詠唱の後、勇者様の周りから10本ほどの黒い鎖が現れた。そして、勇者様とはとても思えない、いやらしい笑みを浮かべ…。
「やれ。」
勇者様の合図と共に10本の鎖が一斉にこちらに向かって放たれた。
僕はその鎖を1つ1つかわして行く。この程度の攻撃、ミノ太君と戦っているときに横から打たれたアスモデウスさんの魔法に比べればどうってことはない。
そして、10本全ての鎖をかわし、勇者様の元へ向かおうとした、そのとき。
ガシャ。
僕は右足に違和感を覚えた。そして、そこには黒い鎖が繋がれていた。どうやら、勇者様の周りだけでなく、ぼくの後ろからも鎖が放たれていたらしい。
「なっ!?」
僕は驚き、一瞬、勇者様から目を離してしまった。それが悪かった。
「余所見とは余裕だなあ。」
正面を向くとそこには勇者様の顔があった。次の瞬間、腹に強い衝撃を受けた。
(痛い、熱い。)
僕は思わず、腹を抱える。しかし、そんな僕を勇者様は待ってはくれなかった。
「おら!おら!おら!おら!おらあ!」
勇者様はわざとダメージの少ない斧の持ち手で僕を殴りつつける。
身体中が熱い。それだけじゃない。何か悪い魔力が流れ込んできている気がする。
「お?気づいたのか。そうだ、その鎖は巻きついている相手に何かしらの状態異常の効果を与える。お前の今の状態は……毒か。」
地面に倒れこむ僕を見て、笑みを浮かべながら勇者様は言った。
(全く、これのどこが勇者様なんだ。)
僕は勇者様を見上げながら、心の中でそう呟いた。
物語で語られてきた勇者様はもっと誇り高く、優しく、そして、強い。しかし、目の前にいる勇者様は汚く、狡猾、そして、無駄に力を得ている。
彼は人を傷つけることを楽しんでいるのではないのか。僕はそう思った。
「それじゃあ、続きやるか。」
そうして、再び始まる攻撃の嵐。
ただただ痛かった。僕は何故こんなことをしているのだろうと思った。
(もう良いじゃないか。僕はやれるだけやったんだ。勇者様の言う通り棄権すればいい。)
僕は今にも途切れそうな意識の中そんなことを考えていた。
勇者様の攻撃が止まった。僕は膝をつく。
「おい、お前。実力差は見せただろう。棄権しろよ。」
「…………。」
僕は口を開かない。
「ん?気絶してんのか?おい、これどうすれば良いんだよ。」
勇者様は実況のルルネットさんに聞く。
「え、えっと、その状態では試合続行は厳しいかと思います。」
「なら、決まりだな。」
「か、確認を……。」
「うるせえよ!さっさと終わりにしやがれ!」
ルルネットさんは勇者様の気迫に押されている。
「………で、では。」
どうやら、ルルネットさんの判断で試合を終了するらしい。
早くそうしてくれ。僕は勝てなくて良いんだ。
「この試合勝者は…「ちょっと待った〜!!!」
そのとき、ルルネットさんの声を遮るように、ある声が響いた。僕はその声に聞き覚えがあった。
僕は先程まで垂れていた頭を上げ、声のした方を向いた。
そこには彼女がいた。
「ルネ!貴方はそれで良いんですか!」
アスモデウスさんだった。
「負けないんじゃないんですか!諦めて良いんですか?」
アスモデウスさんは必死に僕に伝える。
「おいおい、こいつはもう倒れてるだろ?」
勇者様があきれたと言わんばかりの顔をしてアスモデウスさんに言う。
「あなたは黙ってください。」
「この女!」
勇者様が今にも怒り出しそうにしていた。しかし、それもすぐに収まった。
「……いい訳ない。」
「あ?」
僕は力を振り絞り、立ち上がった。
「僕は認めて欲しいんだ。強い僕を。負けられないんだ。負けられないんだ。僕は。自分自身に。」
僕は再び剣を構える。
「ルネ!頑張ってください!」
「はい!」
僕は剣を強く握り、勇者様に向かって走り出す。
「全く、しつこいやつだ。」
「はあああ!!!」
再び剣と斧が交わる。今度は勇者様に詠唱の隙を与えない。僕は剣を素早く、繰り出す。
しかし、勇者様はとても重い斧を扱っているとは思えない速度で僕の攻撃に反応する。
(どうすればいい。)
僕は考える。アスモデウスさんと出来る限りの特訓はした。現に僕は勇者様とまともに打ち合うことができている。
しかし、このままではじり貧だ。何か策を考えなくては。ここで僕はふっと自分のステータスをしばらく確認していないことを思い出した。最終確認のときなども動きの確認や魔法の使い方の確認はしたが、ステータスの確認はしていなかった。普段の僕なら試合前にステータスの確認くらいしていただろう。しかし、不安で頭がいっぱいだったためだろう。そんなことは思いつかなかった。
(とりあえず確認しよう。)
僕は自分のステータスを確認した。
「ぶふっ!?」
「てめえ!」
僕は驚きのあまり吹き出してしまった。そのとき飛んだ唾がどうやら勇者様の目に入ってしまったらしい。しかし、そんなことに気づくほど僕は冷静ではなかった。
(な、何なんだ!?このステータス値は!そ、それにユニークスキル!?)
僕はパニック状態になっていた。そのとき。
ジャララ。
僕の右腕に黒い鎖が絡まった。
「ふん。油断するのが悪いんだ。馬鹿が。」
黒い鎖から再び、嫌な魔力が流れてくる。
(また、この攻撃かい。しかし、ユニークスキルの力があれば。)
僕は先ほど確認したユニークスキルを使用した。
ユニークスキル
『黄泉之者』・・・あらゆる状態異常の掌握。『黄泉之者』のスキル保持者の状態異常を軽減する。また、状態異常時ステータス値に補正がかかる。
僕は自分に掛かっている状態異常を出来る限り軽減した。そして、『黄泉之者』の力によりステータス値に補正がかかる。
「うおおおお!!!」
僕は右手にもつ剣で鎖を断ち切った。
「何だと!?」
驚く勇者様。僕はその隙に詠唱を始める。
「“我は風を操りし者なり。我が風は我に力を与える剣なり。我が風は我に力を与える盾なり…。”」
「させるか!」
ここで勇者様は僕の詠唱に気づき、僕に向かって斧を投げる。しかし、もう遅い。斧は僕に当たる前に方向を変え、外れてしまう。再び驚く勇者様。僕は詠唱を続ける。
「“我が風は我が体なり。我が風それは……。我と共にあり!”」
次の瞬間、僕の周りを大量の風が吹き荒れた。勇者様もその風により、近づくことが出来ずにいる。
風は吹き荒れる。その風はまるで天へ登ろうとする龍のようであった。
しばらくして、風はある一箇所に集まっていく。竜巻のような風はいつの間にか1つの球体のような形になっていた。そして、その球体はついに弾け飛んだ。
「な、何だそれは。」
勇者様は僕を見てそんなことを呟いた。
僕は自分の姿を確認した。
僕は風を纏っていた。というよりも、見た目で言えば鎧をつけているように見えるだろう。しかし、それは風が集まって出来た集合体だった。 僕を包むようにして出来た暴風。それは自然の力そのものだった。
また、僕は今、空中にいる。どうやら僕の背中にある風の羽がそれを可能にしたらしい。
僕はこの姿になってわかった。力が湧いてくる。強くなっている。明らかに少し前までの僕とは違う。
僕は剣を握りしめ、そして、剣先を勇者様へと向けた。
「勇者様。勝負はこれからのようだね。」
ここからが本当の試合だ。