気がついたら開催式でした
「イヅナ様。ついにこの日がやってきましたね。」
「そうですね。」
少し前にもしたような会話をしながら、俺とアスモデウスは学園内を歩いていた。
「この日のために私がどれほどルネを鍛え上げたことか。」
「そうですね。」
俺は口ではそうは言ったものの、どうしてもルネが痛めつけられている様子以外想像できなかった。
「そして、どれほどこの瞬間を待ち望んだことか。」
「………。」
俺は流石に相手をするのが面倒になり、話を聞き流すことにした。
「そう!今日から始まる、学園最大のイベント!“とう……「あ、アモちゃん、イヅナちゃん、おはよ〜。いや〜、いよいよ“闘魔祭”だね。2人とも頑張ってね。」
アスモデウスが最も言いたかったであろう言葉はニエーゼによって阻まれた。ショックが大きかったのだろうか、アスモデウスは顔を俯いてしまった。そして、ついには膝をつく始末である。
「ア、アモちゃん具合でも悪いの?大丈夫?」
「………。」
返事がない、ただの屍のようだ。
「………ですか。」
「え?何?」
「何で邪魔するんですか!せっかく私がそこに至るまでの努力やら何やらを語り、準備までして言いたかったことを、“闘魔祭”という大事な言葉を、ニエーゼが言っちゃうんですか〜!!!」
「え、え〜。そんなこと言われても。」
「問答無用です!」
アスモデウスは両手を広げ、ニエーゼを捕まえんと走り出した。
「待ちなさい!ニエーゼ〜!」
「嫌だよ!イ、イヅナちゃん!助けて!」
「お二人は仲がいいんですね。」
俺は2人の様子を微笑みながら眺めていた。
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「全く!ニエーゼさんはしょうがないですね。」
俺の横でアスモデウスがまだ色々と文句を言っている。
「まあ、私は優しいので許してあげましたけどね。」
ケーキで手を打ったやつが何を言うか。
「まあ、そんなことは良いとして、イヅナ様!ついに“闘魔祭”がやってきましたよ!」
「そうですね。準備もあるでしょうし、少し急ぎますか?」
「………イヅナ様。昨日先生の話を聞いてましたか?」
アスモデウスが呆れたと言わんばかりの顔で俺に言う。
「その言い方をされていると言うことは聞いていなかったと思います。」
「はあ〜。しょうがないですね、それでは親切な私がダメダメなイヅナ様に教えあげましょう。」
一言余計だ。
「選手になっている生徒は手伝いをしなくて良いので、ウォーミングアップをしたり、競技開始時間や競技会場の確認をしたりしていなさい。とのことです。あ、あと開催式には全員出席らしいです。」
「そうでしたか。ウォーミングアップは必要無さそうですし、開催式までまだ時間がありますね。では、開始時間と会場の確認にでも行きましょうか。」
「そうですね。行きましょう!」
俺とアスモデウスは開始時間、会場の確認へと向かった。
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「あ、ルネじゃないですか。」
「ん?何だ。アスモデウスさんか。」
「何だとは何ですか!」
確認に来てみると、そこにはルネがいた。
「ルネさん、おはようございます。」
「おはよう、イヅナさん。」
俺はルネと挨拶を交わすと、すぐにルネの体を触った。
「ちょっ!な、何をするんだい!?イヅナさん!?」
俺はそんなルネを無視して、ルネの体を触り続ける。もちろん、この行為にも意味はある。アスモデウスの訓練とやらを毎日受け続けたルネの体に異常がないか調べたのだ。
隅から隅まで確認し終えた俺は、ルネの手を取った。
「よく無事でしたね。」
「急にどうしたんだい?」
「いえ、ただアスモデウスの訓練を受けたと聞いたので、お体の方が心配になりまして。」
俺がそう言うと、ルネはしばらく俺の顔を見てそして……泣いた。
「ル、ルネさん。どうしたんですか?」
「……い、いえ。ただ、僕はこの為にごうも…じゃなくて、訓練を生き抜いたんだなと感じて。」
俺はそんなルネの頭を撫でながら、アスモデウスを睨みつけた。
「いったい何をしたらこうなるんですか?」
「……いや〜。私にもよく分かりません。」
「分からないとは僕が言わせませんよ!」
ここで泣いていたルネが顔を上げた。
「ミノ太君と戦わせたり、人の首を飛ばしたり、死んだと思ったら生き返らせて訓練を続けたり、アスモデウスさん!あなたがやったことは訓練ではなく拷問だ!」
きっとルネは溜まりに溜まったものを吐き出したのだろう。
「な、何のことですかね〜?」
音のならない口笛を吹きながら、嘘をつくアスモデウス。
「あ、イヅナ様!私そろそろウォーミングアップに行って来ます!それでは!」
「待つんだ!まだ僕の話は…。」
そんなルネの声は届かず、アスモデウスは何処かへと走って行ってしまった。
「ルネさん。よく頑張りましたね。」
俺は心の底から“ルネ・サテライト”に敬意を払う。
「イヅナさん。僕にはあなたが女神に見えるよ。」
「ありがとうございます。」
「ところでイヅナさん。ここに来たと言うことは開始時間の確認にでも来たのかな?」
俺はルネに言われてもここに来たと理由を思い出した。
「そうです。“マジックデュエット”に出場するので。確か、ルネさんも同じ競技に出場なさるんですよね?」
「そうさ。僕も出場する。」
「お互い頑張りましょうね。」
俺はそれだけ言うとルネと別れ、本来の目的である競技時間、場所の確認を行う。
俺の出場する“マジックデュエット”はどうやら午後から競技が始まるらしい。それも今日は1試合だけだ。
(今日は暇そうだな。)
俺は心の中でそんなことを呟いた。
ちなみに、詳しい試合内容はこうだ。
〈1年生〉
第1試合・・・CクラスーEクラス
第2試合・・・AクラスーDクラス
第3試合・・・BクラスーFクラス
シード枠・・・勇者“杉本 健二”様
こんな感じだ。例年ならば第3試合の勝者が一回勝利をするだけで決勝戦に望めたらしい。俺はそれは少しどうかとも思ったが、試合順はくじで決めているようなので、“運も実力のうち”と言うことなのだろう。
まあ、今年の場合はそうもいかないのだが。
それにしてもこの組み合わせだとアスモデウスの思惑通りルネと杉本が戦うことになりそうだ。
(アスモデウスは自信満々だったが、本当に大丈夫だろうか?)
そんなことを考えていると、周りの生徒たちが開会式会場へと移動を始めた。俺はルネのことを心配しながら、開催式が行われる会場へと向かった。
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「あの変態…ではなく学園長は意外と実力のある方だったんですね。」
俺は今いる会場を見て、そう言った。ステージを覆うような形で生徒たちの席が準備されており、さらに天井には満天の星空が浮かび上がっている。
「当たり前であろう、イヅナ殿。何と言ってもあの学園長は“空間魔法”と“造形魔法”を使える凄腕の魔法使いであるからな。」
後ろの席に座っているダンが俺に話しかけて来た。ダンの言った通り、ニック学園長はエクストラスキルに分類される“空間魔法”と“造形魔法”の使い手なのだ。実を言うと“闘魔祭”の会場は学園長が一月程かけて作り上げた空間なのだ。そのため俺はあの学園長がただの変態では無いと1人で納得していたのだ。
「そうだったんですか?私はてっきり女好きのただの変態だと思っていました。」
「む!その言い方はいくらイヅナ殿でも無礼であるぞ。」
「そうですね。以後気をつけます。」
「流石イヅナ殿!自分の間違いを素直に認め、改善しようとするその姿。惚れ直しましたぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
男に惚れ直されても一切嬉しく無い。ダンとそんなやり取りをしていると、ステージに学園長が上がって来た。
「みんな。静粛に。」
その一言で、会場は静寂に包まれた。
「ありがとう。では、まず最初にこの“闘魔祭”を見学に来てくれた各国の方々を紹介しよう。まず、このブリア大陸からは僕。サモン大陸からはグラム王国第1王女“リリアナ・ベル・グラム”様。デミア大陸からはエルダー国女王“エルティナ・ナタ・デュラル”様。そして、最後にフィエンド大陸からエスカ王国第1王子“ジニア・メル・エスカ”様である。」
「え?」
俺は今呼ばれた名前の中に聞き覚えのある名前があった気がした。
「アスモデウスさん。私の聞き間違いかもしれないので確認したいのですが、今聞いたことのある名前がありませんでしたか?」
俺は確認のため、アスモデウスに問いかけた。
「ありましたね。あの気持ち悪い人の名前が。」
(やはり。)
“ジニア・メル・エスカ”。俺に惚れたエスカ王国第1王子の名前だ。まさか、あいつが来るとは思わなかった。
そんなことを考えていると学園長が再び、話し始めた。
「それでは、この方々から代表でジニア様からお話を頂く。」
俺はこの時点で嫌な予感しかしなかった。
「えー、ゴホン。先ほど紹介があった、“ジニア・メル・エスカ”である。この度は生徒諸君、勇者様たちの活躍を見るため、このカラドボルグ魔法学園に来た。」
今のところは大丈夫そうだ。今のところは。
「そして、実を言うともう1つだけ理由がある。」
嫌な予感。
「実は俺の愛しの方がこの学園にいるのだ。」
王子の爆弾発言に会場がざわつく。
「あの方のことを一時も忘れたことはない。あのとき、俺は確かに彼女に振られた。」
その言葉にさらに会場がざわつく。
「王子を振ったっていったいどんなやつだよ!」
「禁断の恋ってやつかしら。」
そこら中からいろいろな予想が上がる。
「しかし、振られてもいい!俺はあの方の活躍さえ見れれば!そう!イヅナ・ルージュ!あなたを!」
ジニアのその言葉により、俺のことを知る者全員の視線が俺に向いた。
全く、やってくれたものだ。
「え!イヅナちゃんって王子様にプロポーズ受けてたの?」
ニエーゼの声がきこえる。
「え、え、え、え?」
カレッタはただただ驚いている様子だ。
「ねえねえ、イヅナちゃん。実際のところ王子様とはどういう関係なのかな?」
ソーマはやはりこの話題に喰いついてきた。
「も、もしや!イヅナ様の気になる方とは王子のことであったのか!?」
ダンも動揺中。
俺の周辺、特にクラスメイト達は収集学園につかなくなってきている。
「いや〜。モテる人は大変ですね〜。」
アスモデウスが隣でそんなことをつぶやく。
俺は仕方なく、クラスメイト達に王子との関係について話した。まあ、一応優秀なAクラスの生徒達だ。一度説明をしてしまえば後は早かった。
そんな中、開会式は続く。しかし、先ほどのジニア発言に生徒達は夢中だった。本当によくもやってくれた。
「それでは最後に学園長である僕から“闘魔祭”の開催を宣言します。」
こうして、波乱で始まった開催式は終わり、“闘魔祭”が始まったのだった。
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「やあ、イヅナ殿。久しぶりだな。」
「……………。」
俺は嫌なものを見るような目でジニアを見つめる。開催式が終わり、適当に辺りをぶらついていた俺だったが、運悪くジニアと出会ってしまった。こんなことなら“索敵”をしていればよかった。いや、“索敵”だとはんのうしないのか?まあ、どうでも良い。
「ど、どうしたんだ?そんな虫でも見るような目をして。」
「……いえ、虫を見ているようなものですし。」
「虫なんかいないと思うがな。」
そう言ってジニアは辺りを見渡した。俺はジニアにどこかアスモデウス近いものを感じた。
「まあ、頑張ってくれ。」
そう言って、ジニアは去っていった。そして、俺からはやる気が去っていった。
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「……イヅナ。」
「あ、ミカじゃないですか。」
ジニアと別れてすぐ、俺はミカエルとあった。
「実は私、今日“マジックデュエット”に出場するんですよ。」
「……そう……ですか。」
「…………。」
「…………。」
2人の間を静寂な時間だけが流れていく。
「えーっと、せっかくですし、応援にきてくれませんか?」
「……応援?」
「そうです。応援です。私が頑張っているところをみれば、ミカも嬉しくなったり、楽しくなったり、するかもしれませんよ?」
「……!」
驚くまでが遅い。
「……私……イヅナの応援……行く。」
「そうですか。ありがとう、ミカ。ちなみに時間とかはわかりますか?」
「……おそらく。」
「そうですか。それなら…。」
「おい!」
突然、誰かの声が俺の声を遮った。俺はその声に聞き覚えがあった。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには予想通りのやつがいた。
「いつかのうるさい勇者様じゃないですか。」
そう、勇者“杉本”だ。珍しく今日は1人だ。
「あぁ!誰がうるさいって!?」
お前以外いないだろ。
「……イヅナ……知り合い……ですか?」
「いえ、知り合いではありません。むしろ顔も見たくないです。」
「こいつ!言わせておけば。」
杉本は今にも襲いかかってきそうな顔をしている。しかし、俺は止まない。
「この際だから言わせてもらいます。あなたの行動、言動、全てにおいてあなたは周囲に迷惑を掛けています。」
「何だと!」
「聞こえなかったのですか?迷惑です。即刻やめてください。」
杉本は顔を真っ赤にしていた。額には血管も浮き出ている。しかし、杉本は急に落ち着いたかと思うと今度は笑い出した。
「……イヅナ……彼は……大丈夫なの……ですか?」
「いえ、全く。」
「おい、お前。確かイヅナとか言ったな。」
「そうですが何か?」
「お前確か、1年の“マジックデュエット”に参加するよな?」
気持ち悪い笑みを浮かべながら杉本は言った。
「ええ、そうですね。」
「ならば、俺と勝負をしろ。」
「はい?」
俺は首をかしげる。
「俺とお前が勝負をして、負けた方が相手の言うことを聞く。どうだ?」
「私は別に良いですが、もしも戦う前にどちらかが敗退してしまったらどうするんですか?」
「その場合は先に敗退した方が負けだ。」
杉本の提案は悪くない。まず、俺が負けると言うことがありえない以上、こちらの願いを間違いなく聞いてもらえる。俺は迷うことなくこの提案に乗ることにした。
「良いですよ。」
「決まりだな。」
話が進むにつれ、杉本の顔がどんどんと悪人顔になっていく。
「俺が勝った場合には、お前は俺の女だ。」
この発言に周りがざわめいた。いつの間にか結構な人数が集まってきていたらしい。ただ、周りがざわめいたこの発言も男(元)の俺からすれば気持ち悪い以外の何物でもない。それでも俺はその気持ちを顔には出さず、いつもの表情で杉本に応えた。
「わかりました。では、私が勝った場合、この学園の生徒達全員に向けて土下座してください。」
「良いだろう。」
「では、そう言うことで。また、会場で会いましょう。」
「ああ。じゃあな、俺の女。」
そうして、杉本はその場を去っていった。
「……イヅナは……あの人の女なの……ですか?」
「違いますよ。それよりもそろそろ競技が始まりますよ。行きましょう。」
「……はい……行きましょう。」
そうして、俺達もその場を後にし、会場へと向かう。ただその会場への道中、どうやら俺は不気味な笑みを浮かべていたらしく、すれ違った何人かの生徒達は身を震わせていたようだ。
しかし、仕方なかった。俺、いや、もしかしたらルネかもしれない。どちらかに負け、全生徒達に土下座をする杉本の姿を想像すると、どうしても笑ってしまうのだ。
俺はそんな新たな楽しみを手に入れながら、会場へと向かった。