閑話③ー後編ー
「それではこれから“マジックデュエット”の選考会を始める。参加するものは各自、五分後までに準備を済ませ再びここに整列しろ。後の物は見学だ。それでは行動を開始しなさい。」
「「「「はい!」」」」
担任のヨーカ先生の言葉と同時に僕も準備を始めた。しかし、そのときも、僕はアスモデウスさんが言っていた言葉の意味を考えていた。
(本気を出すなって、やはり負けろってことだろうか?ということは負けを経験して強くなれって事なのか?いや、アスモデウスさんが負けを認めるわけがないな。じゃあ、一体……。)
僕はそんな事を考おり、ヨーカ先生が僕を読んでいる事など気づきもしなかった。
「ルネ!」
「………。」
「ルネ!!!」
「ひゃひ!」
驚いて変な声が出てしまった。
「大丈夫か?ぼーっとして。」
「あ、はい。大丈夫です。」
「なら、もう始めても良さそうだな。」
「いや、ちょっと待っ…。」
「では、他に準備が出来ているものは。」
先生がそう言うと1人の生徒が手を挙げた。Bクラス内で実質最強の存在、テーベ・ガイアートだ。
「!!!」
「よろしく頼む。」
「………。」
僕はテーベの姿におびえ、返事をすることすらできなかった。しかし、テーベは気にする様子もなく片手に持つ剣を眺めていた。
「では、一応ルールの説明をする。勝利条件は相手を気絶させる、もしくはリタイアさせることだ。万が一の場合は私が止めに入る。まあ、説明はこのくらいだ。当たり前のことだが、相手を死に追いやるような行動は禁止だ。良いな?」
「「………。」」
テーベは無言で頷く。僕は先生の声がまるっきり聞こえていなかった。
「ルネ!良いな。」
「へ?は、はい!」
「全く。」
先生はそう言い残し僕たちから少し距離を取る。
「それではこれより選考会を開始する。まずは第1試合だ。では、両者構えよ!」
テーベは片手に持つ剣を前に出す。僕もとりあえず剣を構える。
「では、始め!!!」
その言葉と同時にテーベがこちらに向かい駆け出す。そのとき僕の頭の中は…。
(どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ。)
混乱状態に陥っていた。
(テーベはどっちから剣を振るんだ?いや、魔法を飛ばしてくるのか?というか、戦いの途中に慌てるのは駄目だ。ああ、こんな状態じゃできない。)
僕はすぐにテーベの攻撃がくると思い、思わず目を閉じてしまった。
(やっぱり、僕は強くなれなかったんだな。アスモデウスさんとミノ太君にあそこまでして貰ってこの様じゃ、駄目駄目だ。というか、テーベも早く攻撃をすれば良いのに。)
僕はいつまでたってもテーベからの攻撃がこないので、僕は目を開き確認した。すると、何とテーベはまだ僕との距離を半分程度しか詰めていなかった。
実は僕はアスモデウスさんとの訓練の間にスキル“高速思考(“光速思考”の下位互換)を習得していたのだ。このスキルを使用すると、脳の処理速度が上がるので、思考が早くなったり、周りの動きが遅く感じるたり、するのだが、ミノ太君と戦っていても動きが遅くなったように感じることはなかった。
しかし、それはミノ太君の動きが速かっただけだったのだ。そのため、一般人の中ではその動きは速い方に部類されるテーベの動きも、もはや、一般人とは言えないルネからすればそれはあまりにも遅いのだ。
(……アスモデウスさんが言っていた意味がようやく分かった。)
僕はそう思いながらテーベに向かい、突っ込んだ。軽く動いたつもりだったが、目の前にあるテーベの顔を見れば、その移動は速かったことがわかる。僕とテーベはぶつかり合い、鍔迫り合いになった。が、それも一瞬。
次の瞬間、テーベは僕に押し負け、後方へと飛ばされた。
「……!?」
テーベは驚きながらも、体制を立て直した。
「え?」
どうやら、先生も僕の動きに驚いているらしい。
(いける。)
僕は確信した。自分が強くなっている事を。
「うおー!!!ルネいいぞ!」
「あいつ、いつの間に強くなったんだ?」
「ルネ君素敵ー!!!」
「テーベも頑張れよ、まだこれからだ!」
他の生徒たちの声が聞こえてきた。そして、その熱い熱も伝わってきた。それはそうだろう。今まで、テーベと互角に戦えるものなどBクラスにはいなかった。しかし、目の前でテーベと互角以上に戦う者が現れたのだ。盛り上がらないわけがない。
「行くぞ。」
「こい!」
僕のその言葉と同時に再びテーベがこちらに向かってくる。僕もほぼ同時に飛び出し、中央ややテーベ寄りの場所で、再び剣が交わる。
お互いから繰り出される剣戟。剣が交わるたび火花が散る。
周りから見れば、互角のいい勝負だろう。しかし、実際は違った。ルネが圧倒していた。テーベにはそのことが分かった。自分が繰り出す剣。技やフェイントを用いても、全て涼しい顔で完璧に対処されてしまうのだ。
テーベはそれに気づき、ルネから少し距離を取る。
「ルネ・サテライト。俺の頼みを聞いてはくれないか。」
「な、何だい?」
普段あまり口を開かないテーベが、珍しく口を開いた。
「俺は確信した。お前は今の俺よりも圧倒的に強い。おそらく、相当な努力をしたはずだ。」
「まあ、相当苦しい思いをしたつもりではいるよ。」
「だろうな。そこで我は棄権をする。」
テーベが棄権。これほど彼に似合わない言葉はない。
「ただ、お前の努力の成果、全力を見せてくれないか?」
テーベは(いつも真剣な顔つきだがさらに)真剣な顔つきをしながらそう言った。恐らく、テーベはそれを見て今後の目標としていくだろう。彼もまた努力家で、そして、無口で熱い男だ。間違いない。
まあ、僕はそんなテーベがどちらかと言えば好きだ。いや、どちらかと言わずとも好きだ。もちろん、恋愛的な意味ではない。ここ大事。
「いいよ。そんな真剣な頼みを断るほど僕は酷い男じゃない。紳士だからね。」
「頼む。」
(とは言ったものの。僕が本気を出しても大丈夫か?まあ、学園は相当頑丈なはずだし、大丈夫だろう。)
この判断がいけなかった。
「“風よ。我が剣に纏いて、我放つ破壊の糧となれ”」
僕は剣に自分の得意な風魔法を、纏わせた。この技は僕が小さい頃から、得意としていた技だ。僕の記憶が正しければ、木を折るくらいは出来たはずだ。しかし、今は…。
「行くよ、テーベ!」
「頼む。」
僕はその全力の一撃を放った。もちろん、テーベへの直撃をさけ、誰もいない方向へ向け放った。
その瞬間、闘技場内を暴風が襲った。生徒たちは後方に吹き飛び、先生は何とか体を丸め風に耐える。テーベはその暴風に耐えられる訳もなく、壁まで吹き飛ばされていた。
しかし、その被害をもたらした暴風も、放たれた一撃の余波に過ぎない。本命の一撃は地面えぐり、壁を突き抜けていた。
(や、やり過ぎた。)
僕は自分が放った一撃がここまでのものとなるとはおもっていなかった。しばらく、ボロボロとなった闘技場を眺めていたが、ふっとテーベや他の生徒、それに先生のことを思い出した。
「み、みんな、大丈夫か?」
僕はすぐに皆の様子を確認した。驚くことにあれだけの一撃が放たれたというのに1人も怪我をしたものがいなかった。不思議なこともあるものだとしかそのときの僕は思わなかった。
「ル、ルネ。お前はそこまで強かったのか?」
ヨーカ先生が驚きを隠せない表情でそう言った。
「ぼ、僕もまさかここまでとは……。」
そう、僕は自分でも信じられなかった。これほどの攻撃を僕がしたのか。
そんなことを思っていると、壁まで吹き飛ばされたテーベがゆっくりと立ち上がり、こちらまで歩いてきた。
「ルネ・サテライト。」
「な、何だい?」
自分の方が強いと分かってはいるが、それでもテーベという存在に僕は少しだけ緊張してしまう。
テーベはそんな僕の胸に拳を当ててきた。
「優勝だ。」
「え?」
「お前なら優勝を狙える。」
「……僕にはそんな力は……。」
「ある。」
テーベは僕の目を正面から見つめる。
「気持ちで負けるな、ルネ・サテライト!」
「!」
普段静かなテーベが大きな声を上げていう。
「力はある。技術もある。そして、それを担う器もある。」
そういうとテーベはクラスメイトの方を向いた。
「俺はルネ・サテライトこそ、このクラスの代表にふさわしいと思う!皆はどうだ!」
クラスメイトたちは互いのほう向き、何か考えているような表情を浮かべた。そして……。
「ルネ!お前が代表だ!」
「お前なら優勝もいけるぞ!」
「今のルネ君最高にかっいいよー!」
次々と賛成の声を上げるクラスメイト。
「みんな…。」
僕はその言葉だけで胸がいっぱいになった。
「僕は…ルネ・サテライトは……。」
自分の気持ちを伝えようとしたとき、誰かが僕の方に手を置いた。振り向くとそこにはヨーカ先生の姿があった。
「ルネ…お前が代表だ。」
「……はい!」
この日、僕の…ルネ・サテライトの物語が始まった。
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「そりゃそうですよ。私が鍛えたんですから。」
「鍛錬という名の拷問だ。」
「?何か言いました?」
「僕は何も。」
放課後。僕はアスモデウスさんに代表になったことを報告した。しかし、当たり前だと言わんばかりのことを言われた。
「まあ、僕も強くなったと言うことはわかったよ。」
「やっぱり私の教え方が良かった訳ですね。」
アスモデウスさんはその豊満な胸を張りながらそう言った。もちろん僕は紳士だ。そんなものに目を奪われたりは……しました。
「ミノ太君もありがとう。」
「うむ。我も役に立てて何よりだ。」
僕はミノ太君と握手をした。
「まあ、目的は勇者を倒すことですからね。まだまだ、訓練は続きますよ。」
「え?」
僕は思わず、アスモデウスさんの方へ振り向いた。
「?どうしたんですか?」
「まだやるのかい?」
「当たり前じゃないですか。むしろここからが本番ですよ。」
「うむ、我とようやく互角に渡り合うようになったことだしな。」
「………。」
どうやら僕の地獄の日々はもうしばらく続くらしい。
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次の日。僕はいつものように教室へと向かう廊下を歩いていた。
「ん?やけに騒がしいな。」
もう少しで教室につくと言うところで、人ごみができていた。近づいてみると、そこにはテーベの姿も見えた。
「お、おはよう。テーベ。」
「おはよう。ルネ・サテライト。」
「…僕は堅苦しいのは嫌いだからね。ルネで良いよ。」
「そうか。ルネ。」
「ありがとう。それで、この人ごみは何だい?」
ようやくに本題に入る。
「ああ。実は各種目の対戦表が貼られたのだ。」
「それで…。」
「もちろん。“マジックデュエット”のもある。がしかし。」
テーベが苦しそうな表情を浮かべた。
「どうしたんだい?」
「ルネの対戦相手が問題なのだ。」
「…と言うと?」
「“マジックデュエット”に勇者様達が参加するのは知っているな?」
「…え?」
初耳だ。
「知らなかったのか?まあ、良い。“マジックデュエット”は本来、1から3年の各学年別で対戦をし、そこから各学年の1位のクラスが競い優勝を決める。しかし、今年はその各学年に勇者様が1人のずつ入るらしい。」
「…それは厳しい。」
「その通りだ。そして、勇者様は一応シードで初戦は参加しないのだが。…ルネ。お前は2試合目で勇者“杉本”様と当たる。」
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「そうですか。良かったですね。」
「良くない!」
再び、放課後。僕は“マジックデュエット”の対戦相手のことを伝えた。
「大丈夫ですって。今のルネなら勝てますよ。」
「無理に決まっているだろ!僕は普通の学生だ!そんな僕が勇者様相手に勝てるわけがない!」
僕は感情を出してそう言う。正直、勇者様と戦うと言うのに、いつものような軽い感じで受け答えをするのアスモデウスさんが気に入らなかった。
「何で僕が…。くそ!」
僕は周囲のものに八つ当たりを始めた。アスモデウスさんはその様子を黙って見ている。
しばらくして、僕は八つ当たりをやめた。辺りは酷い有様だ。
「はあ……はあ…。」
「…………。」
僕は地面を見ていた。ここまで感情をあらわにしたのは初めてかもしれない。それもこの程度のことで。
そんなことを考えていると、何かが僕を包んだ。とても温かく、優しい何かが。
「ルネ。ごめん。」
「…え?」
アスモデウスさんは俺を抱きながらそう言った。
「私はルネを身体的にしか強くできませんでした。
僕は顔を上げようとしたが、アスモデウスさんにさんがさらに強く抱きしめてきたため、それはできなかった。
「ルネは強い。負けたって良いんですよ。負けたって強いものは強いんです。」
「…………。」
僕は気づいた。アスモデウスさんたちの行いを無下にしたくなかったのだ。もしも、負けたらそれはアスモデウスさんたちに申し訳がない。
そんな僕の気持ちがあの感情を生み出していたのだろう。
「…僕は負けても良いのかい?」
「…良いんです。」
僕はその言葉を聞くと、アスモデウスさんから離れた。
「ありがとう、アスモデウスさん。」
「いえいえ、このくらい師匠の私にはどうってことありませんよ。」
そう言って、僕に微笑みかけた。僕はその顔を見て、思わずドキッとしてしまった。
「ま、まあ、まだ日にちも少しある。勝てなかったとしても、良い勝負ができるくらいまではいけるはずだ。」
「うむ、その通りだな。」
「うおっ!……ミ、ミノ太君。いつからそこに?」
いつの間にかアスモデウスさんの後ろにいたミノ太君に僕は問いかけた。
「少年がアスモデウス様に見惚れていたときには既に。」
どうやら、僕はアスモデウスさんにそうとう気を取られていたらしい。
「よ〜し、打倒勇者を目指して頑張っていきましょ〜。」
そう言ってアスモデウスさんは拳を空に向け、突き上げた。
「ほら、ルネも。」
「僕は良い…。」
「ルネも!」
「僕は…。」
「ルネ!」
僕も仕方なく、拳をを挙げた。こうして、僕は勇者様との戦いに向け、再び拷問……ではなく、訓練を始めたのだった。
明けましておめでとうございます。今年も『気がついたら魔神でした』をどうぞよろしくお願いします。