気がついたらサボってました
図書館を図書室に変更しました。(4/23)
昼休み。俺は珍しく1人で廊下を歩いていた。いつもならアスモデウスがいるのだが、今日は…
「ルネの特訓に行って参ります!」
と言って、何処かへ行ってしまった。休み時間も特訓とは、ルネの身がいつまで持つか心配になる。
そんな事を考えながら廊下をただひたすら直進した。すると、知らない間に来たことのない場所まで来ていた。
「学園で迷子……。これは流石にひどいですね。」
しかし、直進しかしていなかったのだ。真っ直ぐ戻れば知っている場所に出るはずだ。
俺はそう考え、来た道を引き戻そうと、振り返る。すると、廊下の奥の方から、歩いてくる人影が見えた。歩と颯太だ。
俺は咄嗟に隠れてしまった。何故、と言われても体が勝手にとしか言えない。
歩と颯太はだんだんとこちらに近づいてくる。それに伴い、2人の会話が聞こえてきた。
「よし、颯太!今日も50番の闘技場で鍛錬しようぜ!」
「望むところだ。」
そう言って2人は魔法陣の中へと消えていった。俺は2人がいなくなったのを確認すると、物陰から出た。
(あんな所に魔法陣があったのか。まあ、これで教室の近くに転移すればいいんだが……2人の鍛錬とやらも気になるな。)
俺は魔法陣に入り、50番の闘技場へと向かった。決して好奇心に負けた訳ではない。これは“勇者の監視”という任務の一環なのだ。俺は自分にそう言い聞かせながら転移をした。
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転移した先はローマのコロッセオを思わせる見事な闘技場があった。
(こんな所もあるのか。)
俺は闘技場の姿に感心しながら、その中へと入っていく。中は思ったよりも暗かった。俺は何とか“観客席”という文字を見つけ、そちらの方へと進む。通路を進み、その先にあった階段を登り終えると、そこには剣を交える2人の姿があった。休み時間だからだろうか、俺とあの2人以外の人影は見られない。
(よし。それじゃあ、早速見学させて貰いますか。)
俺は2人の様子を見るため、1番前の席に座った。
(この世界の人に比べればいい動きだが、それでもまだまだだな。おい!歩!そこは攻めるべきだろ!)
戦っているもの同士がどちらも元クラスメートなだけあって、見ているだけで体に熱が入る。
「おりゃー!」
「くっ!」
今のところは歩が押している。颯太は歩から次々と繰り出される剣を防ぐので精一杯の様子だ。このままいけば、歩が勝つだろうと考えていたそのときだった。颯太に動きがあった。歩の上段からの少し大きめの一撃を受け流し、カウンターを仕掛ける。しかし、歩はそれを予測していたかのように、颯太のカウンターを避け、代わりに蹴りを入れた。流石にこれは回避できなかったようで、颯太は数メートル後ろに飛ばされた。
「これで終わりだ!」
歩は勝ちを確信したのか、そんな事を叫びながら颯太に向かい走り出す。
(そんな簡単に決まるわけないだろ。)
相手はイケメンで、運動が出来て、さらに勉強も出来るあの颯太だ。取って置きくらいあるだろう。
ニィ…。
そんな事を考えていると、颯太が笑みを浮かべる。やはり、何か隠していたようだ。
「甘いな!歩!」
「何だと?」
「“フラッシュ”!!!」
颯太のその言葉と共に闘技場全体が光に包まれた。なるほど。歩を正面から引きつけて、間違えなく避けれないタイミングで光魔法“フラッシュ”を放ったわけだ。さらにそれが“無詠唱”ともなれば、避けるのは困難を極めるだろう。
(勝負あったな。)
颯太の勝ちを確信したそのときだった。
「まだまだだな!颯太!」
「!」
最後の一撃を決めようとしていた颯太の動きが一瞬鈍る。そして……。
「俺の勝ちだな!」
一閃。颯太の剣が宙を舞った。
「参った。降参だ。」
そう言って、歩と颯太は握手をした。きっと、『良い勝負だった』と心の中で会話しているに違いない。
俺はそんな2人を見て、拍手を送った。すると、ようやく気がついたのか2人はこちらを向いた。
俺は観客席から飛び降り、2人のもとへと近づいていく。
「良い勝負でしたね。」
「あ、ありがとう。」
「ど、どうも。」
何とも言えない空気が漂い始める。
「あのあなたは……。」
「あ、これは失礼しました。私、イヅナ・ルージュと申します。廊下を歩いていたら、お二人が鍛錬をするとというお話を聞いてしまって、ついつい好奇心に負けてしまいました。」
「は、はあ。」
まだ、困惑気味の2人に俺はひたすら微笑みかける。
「それで、お二人のお名前は?」
「僕は上條 颯太です。」
「俺は木下 歩だ。よろしくな。」
親友の歩。あまり話はしなかったが、俺を嫌う事なく、接してくれた数少ない人物、颯太。よく知っている2人だ。
(それにしても知り合いに自己紹介とは、少し変な感じだな。)
俺はそう思いながらも、顔には出ないようにした。
「それにしてもお二人の戦いは見事でした。」
「そ、そうか?」
俺の言葉に歩は照れ臭そうに手を頭の後ろに当てる。
「はい。あ、でも歩さんはもう少し隙を作らないよう心がけた方が良いと思います。大振りな攻撃を狙ってしまう癖があるようなので、そういうときこそ周りに目を向けるべきです。逆に颯太さんは、決定的な一撃に入るまでのモーションが少し遅いです。動きの無駄な部分を無くすようにしましょう。」
「「………。」」
歩と颯太は俺の方を向きながら固まっている。全く、人が真剣に言っているのにこの2人ときたら。
「返事!」
「「は、はい!」」
俺はついついアドバイスをしてしまった。しかし、歩と颯太は突然あんな事を言われ動揺しただろう。もしも、俺が歩達と同じ状況下にあったら返事もしっかりと出来るかもわからない。
「あ、ありがとな。」
「いえ、お気になさらず。」
キーン、コーン、カーン、コーン。
「あ、もう休み時間も終わりですね。それでは、私はこれで。」
そう言って、俺は闘技場を後にしようとした。そのとき、颯太が俺の行く手を阻んだ。
「どうされました?」
「少しだけ質問させてくれないか?」
「授業に遅れてしまうので、手短にお願いします。」
まあ、本当は授業に出たくないので長くても全然良いのだが。
「君は何者なんだ?」
「ただの学生ですが。何か?」
「そうだぞ、颯太。」
「はあ〜。歩にイヅナさん、ここの学生のレベルで僕たちの動きがしっかりと捉えきれるわけないだろ?」
「というと、どいうことだ?」
「つまり、この学園の学生は先程の僕と歩の戦いを見ても、先程のようなアドバイスを出来るとは到底思えない、そういうことだ。」
俺は今になってアドバイスしなければよかったと思い始めた。
「イヅナさん。改めて聞こう。君は何者なんだ?」
まさか、興味本位で来ただけでこんなことになるとは思わなかった。しかし、この状況は本当に不味い。下手をしたら(もう既にしているが)、俺が勇者達の監視の為にこの学園に来たこともばれてしまうかもしれない。
「応えられないのかい?」
「………しょうがないですね。それでは本当のことを言いましょう。」
「頼む。」
「実は私。この学園を調査にきている“学園調査員”なのです。」
「「学園調査員?」」
「はい。各国の学園の実態を調査する為の組織の一員なのです。」
俺はとにかくばれないように必死だった。架空の組織まで作り上げ、とにかく素性がばれないようにした。
そして、俺が“学園調査員”の説明をすること早10分。
「……と言うことです。」
「そう言うことでしたか。」
何とか納得してもらえた。しかし、本当に危ないところだった。
「そ、それでは、今度こそ。」
「はい。引き止めてしまって、すみませんでした。」
(全くだ。)
俺は心の中でそう呟きながら、闘技場を後にした。
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〈勇者SIDE〉
イヅナが去った後の闘技場。そこには再び剣を交える2人の姿があった。
「……歩。」
「何だ?」
剣を交えながらも2人は話を始めた。
「さっきのイヅナさん。どう思う。」
颯太はイヅナの話を聞いて、一応辻褄は合っていると思い、その場では納得した。しかし、どうも引っかかるものがあるのだ。
「滅茶苦茶可愛かった。」
「……それは否定しないと言うか、その通りだが、今聞いているのはそんなことじゃない。」
「分かってるよ。そうだな〜。特にどうも思わなかったけど、ステータスは変だったな。」
歩は自身のユニークスキル『観察者』の力により人のステータスを見ることが出来るのだ。
「どう言うことだ?」
「明らかに数値が低いんだよ。あのステータスで俺達の動きを見きれるとはとても思えねえ。」
イヅナは学園に来てから、ステータスの偽装を学生達に合わせやっていた為、勇者達から見ればその値は低かったのだろう。
「イヅナ・ルージュか。気をつけた方が良さそうだな。」
「そうだね。」
その後も闘技場には剣の交わる音が響いていた。
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〈イヅナSIDE〉
先程は危なかった。危うく、依頼に失敗するところだった。俺は教室に戻る途中、そんなことを考えていた。
(まあ、最後は颯太も納得してくれたし、大丈夫だろう。)
その颯太達に怪しまれているとも知らず、俺はスキップをしながらさらに廊下を進む。授業はもう既に始まっている。そんなことを考え、少しだけ急ぎ足をしていたとき、俺の目によく見慣れた人影が映った。
(ん?あれはミカエルか?)
俺は廊下の先に歩くミカエルを見つけた。建物の中でミカエルを見たのは初めてだった。俺はこっそりと後をつける。すると、魔法陣に入りそのまま何処かへ転移してしまった。
「参ったな。何処に転移したか、分からないな。」
そんなことを言っていると久しぶりに『アザトース』が発動した。俺はまた新しいスキルをピックアップしてくれるのかと少しだけ期待した。しかし……。
マスタースキル
『ヨグ・ソトース』
……何だ。お前か。つまり、『ヨグ・ソトース』を使い“瞬間移動”しろと言うことか。俺はミカエルの位置を特定し、そこに移動した。
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本がたくさんある。俺が“瞬間移動”をし、着いた場所は図書室だ。しかし、俺たちの学校にあった図書室とはそのスケールが違かった。10メートル近くあるのではないだろうか。その高さの本棚にびっしりと本が並べられていた。俺はその大量の本に圧倒されながら、ミカエルを探す。
(このスケールの図書館だ。もしかしたら見つけられないかもしれな………いた。)
ミカエルは意外と近くにいた。俺は後ろからそっと近づいていく。しかし、ミカエルはすぐに気づいたらしく、こちらを向いて来た。
「……イヅナ。」
「こんにちは。」
「……こん……にちは。」
それだけ言うとミカエルはすぐに読書に戻る。あのミカエルがそれほど夢中になるとは。一体何を読んでいるのだろうか。
「何を読んでいるんですか?」
「……本。」
確かにそうだが。
「えっと。じゃあ、その本のタイトルは何と言うんですか?」
「…………。」
ミカエルは無言まま、本を持ち上げ俺にタイトルを見えてくれた。
『涙』
何とも内容が想像しにくいタイトルだった。涙について科学的に説明しているのか、それともまた違った説明か、それとも論文か何かか?
俺がそんなことを考えていると、ふっとミカエルがこちらを向いていることに気づいた。
「何ですか?」
「……涙って……何?」
「その本に書いてないのですか?」
「……よく……わからない。」
どうやらミカエルはよく分からないものを眺めていたらしい。
「涙ですか。そうですね。心の汗とか、色々といい方もありますけど。」
「……?……汗?」
「いや、汗ではないですよ。まあ、感情が高ぶると出るものとしか言いようがないですね。楽しかったり、悲しかったりするとでますし。」
「……それじゃあ……あれは……涙じゃない。」
「ん?何か言いました?」
「……何も。」
そのとき、授業終了のチャイムがなった。
「結局、授業サボっちゃいましたね、っていない。」
俺がチャイムにきをとられているうちに、ミカエルは図書室を去っていた。
(俺もそろそろ教室に行くか。)
こうして俺も図書室を後にした。ちなみにこの後、ネイティー先生にこっ酷く叱られたのは言うまでもないことである。