気がついたら右腕でした
「イヅナ様。今日もだいぶ遅いお帰りですね…。」
寮の部屋に戻るとアスモデウスがジト目でこちらを見ながら、そう言ってきた。
「まあな。少し散歩をして来たからな。」
「本当に散歩ですか?」
「……天使長に会いに行ってきた。」
俺は本当のことを言わなければアスモデウスが引かない感じ、正直に言った。
「はあ〜。やっぱりですか…。何となくそうじゃないかって思ってたんですよ。それで、何で会いに行ったんですか?」
アスモデウスは真剣な顔つきで、俺を見つめながらそう言った。
「……彼女の瞳を見たからだ。」
「瞳ですか?」
「そうだ。まるでこの世界を見ていないような瞳だ。」
そう言うと今度は俺がアスモデウスを見つめ返す。
「俺は敵であろうとそんな奴を見るのはやだ。そして、そこに自分の意思がない者とは戦いたくない。だから俺は彼女がこの世界を、色鮮やかな世界を見つめるそのときまで、何と言われようと彼女に会いにいく。」
「…………。」
「アスモデウス…。それでも俺を止めるか?」
アスモデウスは目を閉じる。考えているのだろうか?そのあと、数分間。俺はアスモデウスが口を開くのを黙って待った。
そして…。ついにアスモデウスが口を開く。
「止めませんよ。私は所詮、イヅナ様に付き従う身ですからね。主人の名には従いますよ。」
「アスモデウス…。」
「それに、そんな真剣な顔で恋人に頼まれたら、断れるわけないじゃないですか。」
アスモデウスは頰を少し赤く染め、笑顔でそう言った。
「恋人になったつもりはないが…。ありがとう、アスモデウス。」
「いえいえ、お礼はケーキで払ってくれれば私はそれで良いですよ。イヅナ様の好感度が上がって、ケーキも貰える。まさに、一石二鳥ですね。」
「………台無しだよ。」
俺はそう言いながらもアスモデウスに感謝をした。
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「それで、ミカエル?でしたっけ?」
「ああ。」
「そのミカエルにこの世界を見せるために具体的にどうするんですか?」
アスモデウスがこの問題の核心をついてきた。そうなのだ。俺はあれだけのことを言っておきながら、正直どうすればミカエルがこちらの世界を見てくれるのか分からないでいたのだ。
「とりあえずは、ひたすら話しかけていこうと思っている。」
「それ意味あるんですか?」
「やらないよりはマシだと思う。」
「それは…そうですが…。」
この後も俺とアスモデウスはひたすら話し合いをするが、特にこれと言った案は出なかった。
「やっぱり、地道にいくしかないですかね〜。」
「元よりそのつもりだったんだ、問題ない。」
結局、俺は“ひたすら話しかける”という何とも言えない策を取ることにした。
「では、イヅナ様。話はこれで終わりですね。」
「いや、まだある。」
「まだあるんですか?」
その場を立ち、ベットに行こうとしていたアスモデウスがこちらを振り返る。
「これをやるから付けておけ。」
俺はそう言って、緑色の宝石がついたイヤリングをアスモデウスに渡した。
「イヅナ様。何ですか急に。サプライズプレゼントですか〜?普段はあんなに冷たくしていたのは照れてただけなんですね?もう!照れ屋さんなんですから〜。」
アスモデウスは体をクネクネさせ、さらににやけながらそう言ってきた。
「違う。それはミカエルに“アスモデウス”という悪魔の存在を隠すためのものだ。」
そう。俺が渡したのは、俺の魔力を込めて作られた宝石が埋め込まれたイヤリングだ。仮に“秘匿のイヤリング”とでも名付けておこう。このイヤリングはステータス補正は無いものの絶対的な抵抗力を持っている。
状態異状などは勿論のこと、ステータスが何者かによって覗かれることがあれば、その行為に対して抵抗し、偽のステータスを見せることができるのだ。
「最も相手は天使長だ。どこまで通用するか分からんがな。」
「確かにそうですね。もしも、存在がバレてしまった場合、私では天使長の相手をするのは厳しいでしょう。」
「まあ、その場合は俺が戦うさ。【邪神剣エクスカリバー】も手に入れたし、負けることはないだろ………。」
「?イヅナ様、急に黙ってどうしたんですか?」
アスモデウスは急に黙り、下を向いた俺に問う。
「…………れてた。」
「はい?」
「すっかり、忘れてた。俺が【神剣エクスカリバー】を入手した、理由。」
「と言いますと?」
「俺はもともと自分専用の武器を作る為に、この剣を見本にする為、手に入れたんだ。」
きっと、俺がこのことを忘れてたいたのは、ダンジョン内やダンジョンを出た後の出来事のせいであろう(まあ、特にセリカだと思う。)。
「そうだったんですか。」
なるほどなるほど、と言った様子でアスモデウスは頷く。
「なら、今作れば良いじゃないですか?」
「……そうだな。よし、作るか。」
俺はそう言うと、【邪神剣エクスカリバー】を普段しまっている『ヨグ・ソトース』で作った空間から取り出す。
そして、形状をしっかりと見る。それと同時に材料、製造方法も確認した。
「なるほどな。材料は神龍の牙、神狼の爪か。で、製造方法は神の力?まあよく分からんが、俺も神だしどうにかなるだろう。」
「でも、イヅナ様。この材料、入手するのは不可能だと思いますよ?」
「そうなのか?」
「はい。神龍も神狼も創造神の野郎が、召喚した神獣ですからね。今は世界に存在してないと思います。」
「……馬鹿だと思ってたが、アスモデウス。お前、実はそんなに頭悪くないのか?」
今日やけに冴えているアスモデウスを俺はとても信じられず、つい質問してしまった。
「イ、イヅナ様は一体私のことを何だと思っていたんですか?」
アスモデウスが額に青い線を浮かべながら言う。
「そうだな。馬鹿な自称“恋人”の付き人…かな。あ、あと大食い。それくらいだな。」
そう言ってアスモデウスの方を向くとそこにはアスモデウスはいなかった。代わりに…。
「うわぁ〜ん。イヅナ様の馬鹿〜!!!」
という声がした。
「まあ、静かになったし、良いか。」
そうして、俺は再び作業に戻る。
(そうは言った物の、やはり材料がどうしようもないな。神と同じように神獣を召喚するにしても、今はできない。しかし、他に材料になりそうな物もない………。いや待てよ。材料ならあるじゃないか。)
俺は早速思いついた材料の準備をすることにした。
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「グス……。イヅナ様ったら酷いんです。」
「そりゃ、大変だったね〜。」
現在、アスモデウスはこの寮の管理人である“クルーム・グマ”とともにいた。身長は150程度で包容性の高そうな体をしている。髪は茶髪で、まさに、給仕のおばちゃんと行った感じだ。
実はアスモデウスはクルームとはこの寮に来たときから、意気投合し、今では悩みを相談できるほどの仲までになっていた。
「しかも、最近私じゃなくて別の子に構い始めたんですよ〜。部屋で待たされている私の身にもなって欲しいです。」
「そうかい。なら、今こんなところにいちゃ駄目だねえ。」
「え?」
「だって、今はイヅナちゃんと2人っきりの時間を過ごすチャンスじゃないか。」
「た、確かに!」
アスモデウスは目を見開き、クルームの方をじっと見た。
「わ、私、行って参ります。」
「その意気よ。頑張ってねぇ。」
「はい、ありがとうございます!クルームさん!お休みなさーい。」
「お休みねえ。」
そして、アスモデウスは駆け足で、自分達の部屋まで戻った。
(そうだった。今こそ、イヅナ様に本当の恋人と認められるチャンスじゃない。よーし!気合い入れて頑張るぞ。)
アスモデウスは両方の頰を叩き、気合いを入れる。そして、部屋の扉を大きく開けた。
「イヅナ様〜!ただいま戻り…へぶっ!」
アスモデウスの言葉を遮るように、何かがアスモデウスの顔に直撃した。
「アスモデウス。帰って来たところ悪いが、それ取ってくれないか。」
「本当ですよ、全く。しょうがないですね。」
そう言ってアスモデウスは自分の顔に当たったものを手に取った。が、その手に取った物を見て、驚いてしまった。
そう、そこには腕があったのだ。二の腕のあたりから綺麗に切られた腕が。
アスモデウスはそれが誰のものなのか、瞬時に理解した。そして、アスモデウスは俺の方を向いた。そこには右腕のない俺がいた。アスモデウスが拾った物は俺の右腕だったのだ。
「イ、イヅナ様ー!!!」
アスモデウスはそう言って俺に向かって、突っ込んで来た。
「落ち着け、アスモデウス。」
「で、でも、イヅナ様の腕が…。」
「ああ、これは大丈夫だ。」
俺はそう言うと、『ジュブ・二グラス』を使い、右腕を生成した。
「ほらな?」
「……もう2度と心配してあげません。」
アスモデウスはむすっとした顔になる。
「それで、イヅナ様は右腕を切って、何をするつもりなんですか?」
「剣の材料に使うつもりだ。」
「………。はい?」
アスモデウスは俺が何を言ったのか、理解できなかったらしく、首をかしげる。
「だから、剣の材料だ。ほら、神龍の牙や神狼の爪よりも邪神の右腕の方が、よっぽど強い物が作れそうだろ?」
「確かにそうですが…。」
アスモデウスは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
「よし、早速取り掛かるか。」
俺は先ほど切り落とした右腕に手を置き、魔力を流し込む。右腕は赤黒い稲妻を纏い始め、徐々に姿を変えていく。
「まだ、魔力が足りないか。なら、一気にいくか。」
「イヅナ様、それはさすがにまずいんじゃ…。」
「大丈夫だろ。」
俺はそう言うと一気に魔力を右腕に流し込む。すると、右腕の稲妻が威力をましたかと思うと、俺の視界が赤い光によってかき消された。
光は徐々に収まっていき、俺は目を開く。右腕があった場所には赤黒い刀身を持つ剣があった。
【邪神剣ダーインスレイブ】
レア度:測定不能
【特殊効果】
空間切断。
この剣による傷の治癒、再生不能。
この剣が血を吸うたび、剣の力が増し、特殊効果も増える。
邪神以外の使用不可。
まあ、いつも通りの異常な性能だ。
「な、何ですか?この異常なオーラは…。」
アスモデウスも【邪神剣ダーインスレイブ】を見ただけで、その力を感じ取ったようだ。
「まあ、俺の右腕を材料にしたんだ。このくらい普通だろ。」
「そうですね、とはとても言えませんが、とりあえずはそう言うことにしておきましょう。」
俺は【邪神剣ダーインスレイブ】を拾い上げる。俺はついその赤黒い刀身を見てうっとりしてしまった。
「イヅナ様。私、その剣と今のイヅナ様の顔を見ると、恐怖しか感じられません。」
アスモデウスはそう言いながら、俺から距離を取る。
「よし!試しに何か切ってくるか。」
「駄目です!!!」
俺の試みはアスモデウスによって、邪魔される。
「何故だ?」
「そんなもの一振りでもしたら、この世界がどうなるか想像できません。ので、よっぽどのことが無い限り、その剣の使用を禁止します。」
「……少しだけ…。」
「駄目です。」
「……はあ〜。わかった。この剣はしまっておく。」
どうやら、俺が【邪神剣ダーインスレイブ】と【邪神剣エクスカリバー】を使った、二刀流ができるのは、まだ先の話になりそうだ。
俺は【邪神剣ダーインスレイブ】を『ヨグ・ソトース』で使った収容空間へとしまう。
「まあ、これで万が一にミカエルと戦うことになったとしても、問題はないな。」
「そうですね。」
俺はここでフッとあることを思い出した。
「そう言えば、アスモデウス。あの“自称騎士”はどうだった?」
そう、ルネのことだ。アスモデウスがやり過ぎてなければいいが。
「順調にいけば、勇者達くらい強くなれると思いますよ。今日もAクラスの生徒でも勝てるかどうかわからないレベルの魔物と戦わせて見ましたが、回避は完璧でした。」
アスモデウスはまるで自分の子を自慢する親のように言ってきた。その後も、アスモデウスから、ルネの話を聞いたが、俺には魔物から必死の形相で逃げ回るルネの姿以外、想像することはできなかった。
「程々にな。」
「はい!明日も今日の調子で頑張らせてみせます!」
アスモデウスは気合い充分に返事をする。
(ルネ。無事に卒業できると良いな。)
俺は心の中でルネの無事を祈った。
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