気がついたら暗い空間でした
少しだけ書き方を変えてみました。
俺は真っ暗な空間に浮いていた。何でこんなところにいるのか、すぐには理解できなかった。
しかし少しずつ時間が経つにつれて思い出した。教室での出来事を、自分の身に何が起きたのかを。
「ああ。俺は転移に失敗したのか…。」
どこを向いてもただただ暗い空間が続いていた。絶望的な状況だ。それなのに俺はいつもでは考えられないほどに落ち着いていた。絶対に助かることはないと諦めがついたからかもしれない。
そういえば、転移に巻き込まれる前に歩と横山が俺の名前を呼んでいた気がした。結局、あいつらには助けてもらってばかりで何も礼ができなかった。終いには、友人が転移に失敗して消えてしまうところまで見せてしまった。
「はあ…。ほんと俺ってダメだな。杉本が言ってた通りかもな。」
こんなときになっても杉本の言葉が俺の心に傷をつける。まったく、大したやつだ。虐めに関してあいつ以上の天才が果たして存在するのか。
まあ、それも過ぎた話…。今の俺には関係のないことだ。
この空間には何もない。こんな場所での生存など不可能だ。
そんなことを考えていたら、俺の体が暗い空間に飲み込まれ始め、次第に意識が朦朧としてきた。
「これは…まじ……でやばいかも…な。」
体は一切動かず、ろくな思考もできない…。ただ頭の中ではかつての俺の記憶が蘇ってきていた。
初めて自転車に乗れたときのこと。中学で女子に告られたこと。高校に入学して虐めを受け始めたこと。そのことを心配して、声をかけてきた二人のこと。
さまざまな記憶が俺の頭を駆け巡る。
これが走馬灯というものか。俺は自分の死を悟った。
せめて最後にあの二人のことを思い出さなければ楽に死ねただろうに。
俺は急に生への執着、死に対する恐怖を感じた。
「死に……たく…ねえ…。」
だが、そんなことを言っても現実は変わらない。
俺の意識はそのままこの真っ暗な空間に飲み込まれていくはずだった。
しかし、
〈そこにいるのは誰だ。〉
突然、声が響いた。そして、次の瞬間、俺は空間から無理矢理引き戻された。それと同時にとてつもない悪寒と圧力を感じた。
先ほどまでピクリともしなかった俺の体は震え、体中の穴という穴から汗が溢れ出した。
俺はこの感覚に覚えがあった。先ほどまで感じていた死を間近にした感覚。まさにそれだった。
しかし、今感じているものはそれとは比較にならないものだった。
「お、お前こそ誰だ?」
俺は自分に驚いた。この状況でよくこんな質問ができたものだ。
もしかしたら、今までに感じたことのない圧力を受け、感覚がおかしくなったのかもしれない。
〈今は我が聞いているのだ。もし貴様が我に問いたいことがあるのならば、まずは貴様が我の問いに答えよ。〉
「……分かった。俺は飯綱 雅風だ。誰だと聞かれてもこれ以上のことは俺には答えられん。」
俺は素直に本当のことを言った。それ以外に生き残るすべはないと感じたからだ。
〈……そうか。ならばイイヅナ マサカゼよ、質問を変えよう。貴様はなぜこの空間に存在していられるのだ?
我には貴様がただの人間にしか見えぬ。しかし、この空間は力なきものが存在できるような場所ではない。
それとも貴様は人間ではないのか?。〉
「…いや、俺はただの人間はずだ。現に俺はお前がこの空間から引き戻さなかったら死んでいたと思う。なんでこの空間に存在できているかは、俺にもわからない。
何しろ、ここには召喚魔法の転移に失敗して、たまたまやってきただけだからな。」
〈いや、そもそもこの空間に転移すること自体無理なはずなのだが…。まあいい、もう貴様から聞くよりも直接記憶の方を見た方が速そうだ…。少しだけ我慢しろよ。〉
「え?お前何すッ!!!」
俺が質問するよりも先にあいつは勝手に始めた。
まるで何かが頭の中を這いずり回るような感じがした。気持ち悪い。しかし、数秒もすればその感覚は無くなった。
「いきなり何をするんだ!」
〈………………。〉
しかし、返事はない。
「お、おい。聞いてるのか?」
〈ん?あ、ああ。聞いているぞ。〉
「本当か?」
どう見ても嘘だ。
〈……いや、悪い。嘘だ。〉
やっぱり。
〈貴様の記憶を見て、少し昔のことを思い出していただけだ。我と貴様は少し似ているのかもしれない、そう思っただけだ。〉
そのことを言っているときのあいつからは、先ほどの圧力をあまり感じなかった。
〈そういえば、貴様は我に聞きたいことがあったのではなかったのか?〉
「あ…。そういえばそうだった。」
あいつのしみったれた雰囲気に惑わされてすっかりと忘れていた。
「お前はいったい何者……。いや、やっぱり違う質問にしよう。」
俺はあいつに何者なのか聞こうとしたが、それを聞こうとはもう思えなかった。
ならば、残された質問は一つだけだ。
「どうすればこの空間から出られるんだ?」
〈貴様では無理だ。〉
即答だった。
「な、何でか聞いてもいいか?」
〈……まあ、それくらいならばよかろう。単純な理由だ。力が足りない。
この空間は我を封印するためのものだ。我ならば不可能ではないが…。まあ、我の場合は他の理由があり、出ることなどできないのだがな。つまり貴様のような力なき人間がこの空間からでることなど不可能なのだ。〉
俺は少しだけ動揺した。それはそうだろう。この空間から出られないということは、死ぬしかないと言われているのと変わらないのだ。
でも、確かに俺でもわかるほどの強大な力をもっているあいつがここから出られないのだ。俺にできるはずがない…。
そういえばあいつにはこの空間から出られない他の理由があるとか言っていた。あいつがここから出られない他の理由か……。
「なあ、お前がここから出られない他の理由ってなんだ?」
俺はどうにも気になってそのことを聞いた。
〈我がここから出られないもう一つの理由か…。貴様にはわからんかもしれんが、今の我は精神生命体のような状態なのだ。〉
「精神生命体?」
〈ああ、そうだ。ここに封印されるまえに我は体を破壊されたのだ。よって、今の我にはこの空間から出れるほどの力はあっても、外の世界では消滅してしまうのだ。〉
「……そ、そうなのか。」
俺には何となくしか理解できなかった。
「つまり、お前はこの空間からでれないわけではないが、出たら出たで死んでしまうからこの空間の中にいるってことなのか?」
〈まあ、そんなところだ。もっとも我の力も無限ではない。外に出なくとも、あと数万年ほどで我は消滅してしまうだろう。〉
「数万年も生きてられるならいいだろ、そんなに死にたくないのか?」
まったく羨ましいものだ。俺なんかあと数日もてばいいほうだろう。
〈いやそうではない。ただ、まだやり残したことが一つだけあるのだ。〉
「じゃあ、やればいいじゃないか。」
〈いや無理だ。それを成し遂げるにはこの空間から抜けださなければならないからな。〉
「そうか。じゃあしょうがないな。」
会話が終わってしまい、静寂が訪れた。気まずい。
俺がそう思っていると…。
〈ん?いや待てよ。………そうかそもそも我がいかなくてもいいではないか…。〉
急にあいつは独り言を言い始めた。いきなりどうしたというのか。
〈よし貴様。我のやり残したことを代わりやってこい。〉
「は?」
あいつはいったい何を言っているんだ?
「いや無理だろ。ついさっきも自分で言っていたじゃないか。俺はこの空間から出られないって。お前の代わりにやり残したことなんてできるわけないだろ。」
〈確かに我は先ほど貴様ではこの空間から出るのは無理と言った。
しかし、それはあくまで貴様がひとりで抜け出そうとしたらの話だ。我が貴様の手助けをすれば無理な話ではない。〉
それを聞いたとき、俺の心に光が差し込んだ。この真っ暗な空間の中で光が見えた気がした。
「ほ、本当か?じゃあ分かった。お前のやり残したこととやらを俺が代わりにやってやる。だから、俺をこの空間から出してくれ。」
俺はこの空間から一刻もはやく出て、死の恐怖から離れたかった。
〈まあ、落ちつけ。その方法もリスクがあるのだ。まずは、それを聞いてからにしろ。〉
「……分かった。」
俺はその話を聞くことにした。
〈まず貴様がこの空間から抜け出す方法だが、我の力を貴様に譲渡し、その力を使って空間から出るというものだ。〉
なるほど。つまり俺はあいつの力をもらえてさらに、この空間から出れるということか。それなら大丈夫そうだが、問題はリスクの方だな。
〈そして、貴様のリスクとデメリットだが、まず一つは我の力に耐え切れずに消滅してしまう可能性があるということ。そして二つ目は、我のやり残したことを必ず遂行しなければならない義務を持つことになるということ。まあ、これ以外には特にないだろう。〉
なるほど。一つ目はどちらにしろ俺はこの空間にいる限り死んでしまうのだから問題ない。二つ目の方の問題も、こちらも大丈夫そうだ。
「まあ、そのくらいなら問題ない。でもそれは俺の話だろ?お前に対するリスクとかはないのか?」
先ほどまでの話を聞いていると、あいつは俺に関するリスク、デメリットしか言っていない。ならばあいつ自身にはないのか?
〈そうだな。我のデメリットは成功しようとも、失敗しようともどちらにしても消滅してしまうということぐらいだ。いや、消滅というよりも貴様の力となってしまうと言った方が正しいかもしれんな。〉
「いや、それは問題あるんじゃないのか?」
〈? どこが問題なのだ?我は早かれ遅かれ消滅するのだ。それに貴様が我の望みを聞いてくれると言ったではないか。〉
「まあ、言ったが。」
〈ならば問題ない。〉
本当にいいのかと思う部分もあるが、あいつが問題ないと言ったのだ。それなら俺はここから出してもらい、あいつのやり残したことを代わりにやるまでだ。
「…分かった。じゃあお願いする。」
〈では、始めるぞ。〉
その言葉と同時に俺の中に何かが入ってきた。その何かは体の中でうねり、動き、体中を這いずり回った。
痛みにも襲われた。体が裂けるかとも思った。
しかし、永遠に続くかと思った痛みはしだいに引いていった。
「はあっ…はあ…はあ………。な、何とか耐えたのか?」
俺は自分の中に溢れんばかりの力を感じた。そしてまた、頭の中に声が響いた。
〈成功したようだな。我に残された時間もあとわずかだ。手短に説明をするぞ。〉
「ああ、頼む。」
〈では、まず我のやり残したことだが、この世界の神を殺すことだ。〉
「はあっ!?」
いきなり神を殺せと言われたのだ、さすがに俺でも驚いた。
〈あまり時間がないのだ。いちいち驚くな。そして、ここから出る方法だが、“瞬間移動”と言う方法もあるが、それはまだ無理であろう。となると、魔力を使って空間に穴を開けるしかないな。〉
“ 瞬間移動”には少し憧れたが、今は時間がない。我慢しよう。
「具体的にはどうすればいい?」
〈イメージ的には体の中にある力、魔力を一点に集めて円を作れば良い。〉
「一応聞きたいんだが、“瞬間移動”もその要領なのか?」
我慢できなかった。
〈ああ、そうだ。ただし、空間に穴を開ける以上に鮮明なイメージが必要となる。〉
「そうか、まあとりあえずは穴を開けてみることにするよ。」
〈ああ、そのほうが良い。〉
これでやっと俺はこの空間から出られるわけだ。少ししかこの空間にはいなかったが、得られたものは大きかった。まあ、それもこれもあいつのおかげなのは確かだ。
「いろいろとありがとな。」
〈礼はいらない。ただ、神さえ殺してくれれば、我はそれで良い。〉
「ああ…。俺の全力を持って神を殺すと誓おう。」
もともと、助けてもらった命だ。こいつのために使っても問題ない。
〈あともう一つだけ注意をしておこう。〉
「まだ何かあるのか?」
〈うむ。実はこの世界には力を数値で表すことのできるものがある。〉
「へー。ステータスみたいなもんか。」
〈そうだ。よく知っているな。
で、そのステータスのことだが、もしステータスを図るようなことがあったら“偽装”をしろ。だいたい運以外の値も人間の平均的なものは500前後。運の値が50程度だ。そのくらいの値に“偽装”しておけ。我の力を使えば容易いことのはずだ。〉
「分かったが、何で“偽装”する必要があるんだ?」
そんなことをわざわざする必要があるのか。
〈それほどまでの力ということだ。〉
「…納得はできないが、了解した。」
俺は改めてとんでもない力を手に入れたのだと思った。
〈ではさっさと行け。我はそろそろ限界だ。さすがに最後の姿を見られたくはない。〉
「分かった。」
俺は魔力を集めて空間の一点に集め、円をイメージした。すると、空間に一つの光り輝く円が現れた。
「じゃあな。」
俺はそう言って円の中に入って言った。
〈さらばだ。この魔神シヴァ…貴様、イイヅナ マサカゼに感謝をしよう。〉
それが俺がこの空間から出るときに聞いた最後の言葉だった。