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気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第6章 世界大戦編
154/164

気がついた俺の過去話

久しぶりの投稿です。少し長めです。

 昔の話をしよう。あれは確か小学1年生の誕生日だったか、俺が1人で公園のベンチに座っていたときのことだ。誰もいない静かな空間で足元をボーッと見つめていた。何かをするわけでもなく、ただ時が過ぎるのを待っていた。

 何かをする気にもなれず、誰とも話す気にもなれなかった。まあ仕方のないことと言えば仕方のないことだったと思う。

 俺は一週間前に両親を亡くしたのだ。いつも通りの日常、父親と母親は買い物に出かけてくるから留守番をよろしくねと言って出かけた。その2人をみて笑顔で手を振ったことを覚えている。だが覚えているからこそ悲しかった。

 交通事故だったそうだ。酒を飲み、運転をしていた男が歩道に突っ込んだらしい。そしてそこに運悪く俺の両親がいた。たったそれだけの理由で死んでしまった。

 俺は両親の姿を見せてくれと頼んだ。だが遺体の損傷が酷く、幼い子供には耐えられない、そう考えたのか、俺が両親の姿を見れる事はなかった。

 祖父母に引き取られた俺はその後も両親のことが忘れられず、悲しさを紛らわすために近くの公園に足を運んでいた。夕焼けに染まる公園は綺麗に見えたが、寂しくも見えた。俺以外に誰もいなかったからだろう。だが、だからこそ俺は1人なのだと強く思った。俺のことを思ってくれた人がいたあの場所はもう戻らない。もう1人きりなのだ。


「お父さん、お母さん。」


 幼い俺はそう呟いた。その時だった。夕日とは違う眩しい光が公園を包み込んだ。突然の出来事に驚いたが、10秒もしないうちに光は収まった。

 何事かと俺は辺りを見回す。だが光を放ちそうなものは無い。だが何かあるに違いない、そう思った俺は公園の中を探した。

 遊具、砂場、トイレ。様々な場所を探したが、何も見つけられず、あの光は気のせいだったのかもしれない。そう思ったとき、俺は見つけた。茂みの中で倒れる綺麗な女性を。

 髪の色は緑。だが周りの草とは比べものにならないほど、明るく優しい綺麗な色。あまり見ないローブの様な服装をしていた。これが彼女、ヴィシュヌとの出会いだった。

 俺はしばらくじーっと見ていたが、こんな場所で寝ていては風邪を引いてしまう、そう思い声をかけた。


「こ、こんなところで寝てたら風邪引くよ。」


 しかしヴィシュヌは反応しない。俺はその体を揺らし、何とか起きてもらおうと試みた。するとヴィシュヌはゆっくりと目を開き。これまたゆっくりと体を起き上がらせ、辺りを見回した。

 俺と目を合わせたヴィシュヌだが、全く気にするそぶりを見せず、左手を顎に添え、何かを考え始めた。


「どうやら無事に成功した様ですね。これで私の存在はバレないでしょう。ですが、どうにかあと数年で力となるものを見つけ無くては。しかし本当にこの様なことをして……。」


 まるで俺がいないかのように考え始めるヴィシュヌに、流石に失礼ではないかと声をかける。


「お姉さん!大丈夫なの!?」


 少し驚かせようと大きな声をだす。ヴィシュヌは体をビクッと震わせるとキョロキョロと辺りを見渡し、最後に俺の方を向いた。


「わ、私が見えるの?」


「当たり前でしょ?」


「まさか転移の際の魔力のせい?それともこの子が……。」


 ヴィシュヌはぶつぶつと独り言を言う。そんな様子に呆れた俺はため息をつく。そして振り返り、その場を去ろうとする。


「あ、少し待って。」


 ヴィシュヌは俺の腕を掴み、それを阻止した。ここで再びため息をつく。


「何?」


「少し質問をしてもいいかしら?」


「いいよ。」


 どうせ嫌だと言っても意味はないだろうと、渋々承諾した。


「まずここは何処?」


「日本。」


「日本?それがこの星の名前?」


「国の名前だよ。星の名前は地球。お姉さん、そんなことも知らないの?」


「お姉さんは記憶喪失なのよ。」


「……そんなわけないでしょ。つくならもう少しマシな嘘をつきなよ。」


「可愛げのない子ね。」


「別に可愛くなくて良いよ。」


 俺は手を振り、今度こそとその場を後にしようとする。だがまあ、予想通りの展開となった。


「待って。」


「今度は何?」


「貴方、悲しいの?」


「っ!な、何言ってるの?」


 ヴィシュヌの突然の質問に俺は驚く。いきなり何の脈絡もない質問をされたことも原因だが、1番の原因は俺がヴィシュヌにそういった素振りを見せていなかったからだろう。

 確かに俺は悲しかったし、辛かった。けれどだからといってそれを誰かに見せようとは思わなかった。だからこそこんな人気のない公園で1人になっていた。

 けれどヴィシュヌは俺の想いに気づいていた。だがそんなことが分かるはずもない、適当なことを言っているだけだ、俺はそう考え、否定する。


「適当なこと言わないでよ。」


「じゃあ、何でここに1人でいたのかしら?」


「散歩だよ。毎日してるんだ。」


「そう。いつも1人なの?」


「……1人じゃない。今はじいちゃんとばあちゃんが…。」


「もう一度だけ聞くわよ?いつも1人なの?」


「………。」


 俺は直ぐに答えるつもりだった。そんなことはないと、周りに人はいてくれるし、話も聞いてくれると。だから1人なんかじゃない、そういうつもりだった。だがこのときの俺は言えなかったんだ。口を開いても言葉は出なかった。その代わりに目から涙が溢れていた。


「……何で……。」


 俺の意思に反して出た涙を必死に拭い、顔を隠す。そんな俺をヴィシュヌは後ろから抱きしめた。


「…言っても信じてくれないでしょうけど、私は人の気持ちを感化してしまうの。本心、少しの想い、そう言ったものに影響を与えてしまう。ごめんなさいね。でも……。」


 ヴィシュヌは更に強く俺を抱きしめる。


「泣きたいときは泣くべきよ。貴方はまだ幼いのだから。頼りなさい。言いたいことは言うべきよ。」


 彼女の言葉はきっと俺が欲しかった言葉だったんだろう。だから悲しくて、辛くて、涙が溢れたのに、嬉しかったんだろう。


「……父さんと母さんは言ったんだ。良い子で待ってろよって。今の僕に言う言葉じゃないでしょって言って。それを聞いて笑って、手振って買い物に行ったんだ。」


「うん。」


「帰ってくると思ってたんだよ。また会えると思ってたんだよ。」


「うん。」


「でも……それっきりだった。会いたかったけど、酷いからって合わせてくれなかった。じいちゃんたちも僕を止めた。」


「うん。」


「寂しいし、悲しい。けどしっかりとは分かってるんだ。もう2人の笑った顔を見れないって…だから俺は……もう一度だけ2人と会って言いたいんだ。さよならって。今までありがとうって。僕は大丈夫だからって。」


「そうね。」


 俺はヴィシュヌの腕の中で泣いた。これほど人前で感情を出したのは久しぶりのことだった。きっとどこかで見られたら恥ずかしい、という想いがあったのだろう。

 だが実際は恥ずかしいとは感じず、寧ろ心地よかった。それは相手がヴィシュヌだったというのも理由なのかもしれない。だがそれでも閉じ込めていた気持ちを表に出すということは心地よいそう思えた。

 しばらくして泣き止んだ俺はヴィシュヌに背を向けていた。結局、恥ずかしくなったのだ。


「大丈夫よ。恥ずかしがることないわ。」


「……恥ずかしいよ、でもありがとう。」


「……可愛いところあるじゃない。」


「う、うるさいなあ!」


「ふふふ…それじゃあ、えーっと。」


 ヴィシュヌはここで、俺の名前をまだ聞いていなかったことに気づく。そして俺もまた、彼女の名前を知らないことに気づいた。


「……飯綱 雅風だよ。」


「ありがとう。じゃあ、そうね。少し可愛く呼びたいから“イヅナ”って呼ばしてもらうわね。私はヴィシュヌ。あだ名とか使いたいなら、なんでも良いわ。ヴィシュー、シュナでも。


「ヴィシュヌって呼ばせてもらうよ。」


「やっぱり可愛くないわね。」


「別に可愛くなくていいよ。」


 その後も俺はヴィシュヌと会話を続けた。本心を見抜かれ、涙を見せ、だからこそもう隠すことなどなかった。出会ってからの時間は短いのかもしれない。しかし、その距離もとても短くなっていた。

 俺のことを知ったヴィシュヌを相手に俺もヴィシュヌのことを知りたくなった。


「ヴィシュヌは何であんなところで倒れてたの?」


「それは……。」


 俺の質問にヴィシュヌは顔をしかめる。嫌なことを思い出させてしまったのかもしれない、そう思い謝ろうとしたときだった。


「雅風!」


「あ、じいちゃん。」


 ヴィシュヌと話をしている合間に日はすっかりと沈み、辺りは暗くなっていた。俺のことを心配した祖父が探しに来たのだ。


「じいちゃん。」


「おー!よかった。こんな時間まで外にいたら危ないだろ。それも1人で。」


「え?」


 俺はヴィシュヌの方を振り返る。そこにはヴィシュヌが腰を下ろしている。だが祖父にはそれが見えていなかった。


「じいちゃん、そこに。」


「ほれ、帰るぞ。」


 俺はそのまま祖父に手を引かれ、帰宅した。ヴィシュヌに『ありがとう。』も『さよなら。』も言えないまま。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は家に着くとヴィシュヌのことを考えながら自室に向かった。どこから来たのか、なぜあの場所に倒れていたのか、なぜ最後の俺の質問に答えてくれなかったのか。


「明日もいるかな?」


 明日も公園に行こう。そう決めた俺は自室の扉を開いた。


「あら、お帰りなさい。」


 そこにはヴィシュヌがいた。


 バタン


 俺は状況を理解するために一度、扉を閉めた。


(今、僕は家にいる。それで、部屋を開けたらヴィシュヌがいた。……なんで?)


 そんなことを考えていると今度は部屋の中から扉が開かれた。そしてそこにはヴィシュヌの姿があった。


「何でしめたのかしら?」


「少し考える時間が欲しかったの。」


「そう。じゃあ、早く入って。」


 俺はヴィシュヌに腕を掴まれ、部屋の中へと引きずり込まれる。何で自分の部屋なのにとは思いつつも口には出さず、されるがままに部屋へと入った。

 ヴィシュヌは椅子に、俺はベッドに座った。ヴィシュヌはまっすぐこちらを見つめると真剣な顔つきで口を開いた。


「この話をするべきかどうか少し迷ったの。けど魔力の影響を受けた貴方にどんな影響が出るか、分からない。だから色々と話すことにしたの。それと影響が出た時に対処できるよう、貴方の側にいることにしたわ。」


「え?今日から?」


「今日からよ。よろしくね、イヅナ。」


 部屋に戻ってわずか数秒、ヴィシュヌが俺の家に住み着くことが決まった。何を言ったところで変わらない。この時の俺はなぜかそれを理解できた。


「それじゃあ早速だけど話すわね。なぜ、私があそこにいたのか。」


「え、あ、うん。」


「まず、私はこの世界のものではないの。別の世界で神と呼ばれる存在なのよ。」


「…神。」


「まあ、いきなり言われても信じられないわよね。」


 ヴィシュヌは苦笑しながらも話を続ける。


「そこには私以外にもブラフマー、シヴァと言う二柱の神がいたの。気がついたらその世界にいた私たちはまずブラフマーが星や生命を作り出したの。そして私が繁栄させ、シヴァが破壊し、循環を作り出した。誰に言われたわけでもないのにそうするべきだと思ったの、不思議よね。まだあの時はよかった。」


 ヴィシュヌは天井を見上げる。その様子はまるでなにかを懐かしんでいるようにみえた。


「星には生命が溢れた。その様子を眺める日々だったけど、楽しかった。けれどそう思っていたのは私だけだったの。

 他の神たちはこう考えたわ。自分たちが作り上げたもので遊んでなにが悪い。むしろ光栄に思うべきだと。勿論、私は反対して対抗したわ。けれど同等の力を持つ私たちが2対1で戦えば結果は決まっているわ。私は殺されたように見せかけ、何とか逃げることに成功したの。けれど無理をしたから気絶してしまった。そこに現れたのがイヅナ、貴方よ。」


「そうなんだ。」


 あまりにスケールの違う話、まるで物語のような信じられない話。そんなものをいきなり聞かされても小学一年生にはこのくらいの反応しか出来なかった。

 勿論、ヴィシュヌもそれ以上の回答は求めていない。ただ信じてくれた俺には真実を伝えたかったのだろう。


「…でも、ここにいれば殺されることは無いんだよね?」


「そうね。けど私はまた戻るわ。あの世界をあいつらの玩具なんかにされたく無いもの。」


「ヴィシュヌ。」


 ヴィシュヌは拳を握る。よく見るとその拳は震えていた。力を入れているせいか、とも思ったがそれだけではなさそうだ。怒り、それと恐怖だろう。世界を玩具としか思わない神たちへの怒り、それを防げなかった自身への怒り。またあの神たちと戦わなければならないこと、つまり死ぬかもしれないことが彼女に恐怖を与えていた。

 幼い俺はヴィシュヌの手を両手で包み込んだ。ヴィシュヌの目がこちらを見つめる。


「大丈夫だよ。きっと。何の根拠もないかもしれないし、ヴィシュヌのことはまだまだ分からないけど、これだけ怒れるほど努力してきたんでしょ?報われなきゃおかしいよ。それに僕も手伝うよ。今日僕はヴィシュヌに助けられた。だから僕もヴィシュヌを助けたい。」


「イヅナ。…ありがとう。それじゃあ本当に困ったらお願いするわね。」


「うん!」


 幼い俺は大きく頷いた。

 この後も俺とヴィシュヌの生活は続いた。仲良く話す中にはなっていたし、相談相手にもなってくれる彼女はいつしか俺の心の支えになっていた。けれど俺は知っていた時々彼女が辛そうにしていたことを。その度に俺は『大丈夫?』と聞いた。だが彼女は決まってこう言うのだ…『ええ、大丈夫よ。』と。ヴィシュヌのその嘘だけが俺は嫌だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ヴィシュヌと出会ってから1年が経過した時のこと、俺と彼女は再びあの公園に来ていた。理由があったわけではなく、2人で散歩をしていたらたまたま通りかかったのだ。

 俺たちはブランコに腰をかけ、夕日を眺めていた。珍しく2人の間に会話はなく、ブランコのキィーコキィーコという音だけが響いていた。

 そんな中で先に口を開いたのは俺だった。


「ねえ、ヴィシュヌ。」


「なに?イヅナ。」


「ヴィシュヌは僕のことが嫌いなの?」


「え?」


 予想外の質問に彼女は驚いていた。

 ヴィシュヌは俺のことが好きだった。それがlikeなのかloveなのかは定かでは無い。しかしその気持ちは確かだっただろう。

 けれど幼い俺には分からなかった。本当のことを伝えてくれないのは自分のことが嫌いだからでは無いか、そう思ってしまった。


「そんなことないわよ。どうしたの?」


「……ヴィシュヌは本当の気持ちを教えてくれない。だからきっと僕のことが嫌いだから、そんな人に言いたくないから、教えてくれないんだろうって思って。」


 幼い俺の目から涙が溢れ落ちる。


「…そしたらヴィシュヌはそのうち僕のことを置いて何処かに行ってしまうような気がして。それで……それで……嫌だったんだ。また誰かと会えなくなるのは……いやなんだ。」


「っ!……イヅナ。」


 俺はきっと怖かったんだ。近くにいるはずの人が遠くにいる気がして。またあの時に戻ってしまう気がして。

 だから泣いた。だから伝えた。だから、離れないで欲しかった。

 俺の精一杯の想いはヴィシュヌに伝わった。


「ごめんね。」


 彼女も思い出したのだ。俺が両親を失い、心に傷を負っていたことを。本心を押し殺していた一年前を。

 ヴィシュヌはしゃがみ込み、俺の顔を見つめる。


「…私はイヅナのことが好きよ。嫌いになんてなれないわ。出会いは唐突で、可愛げがないかと思えば、素直になれない子で、それでいて本当は泣いている分かりにくい子。けれど、貴方と一緒に過ごしてわかった。貴方はとても優しい子。だから私がこのことを伝えてしまうと貴方はきっと私を助けようとしてしまう。でもそれは貴方を巻き込んでしまうことになる。それは嫌なのよ。

 もう一度言うわ。私は貴方が好き。だから巻き込みたくないの。だから話さなかったの。」


「本当?」


「ええ、私が嘘ついたことあった?」


「いっぱいあるよ。」


「……これは本当よ。」


 俺もこのときのヴィシュヌが嘘をついていないことくらいわかった。それでも…。


「……でも、話してほしい。僕はヴィシュヌの為に、今度は僕がヴィシュヌの為に何かしたいんだ。」


「……わかったわ。」


 ヴィシュヌはゆっくりと頷いた。その表情はどこか辛そうだ。でも聞いてあげたかった。1人で抱え込むことがどれほど辛いものなのか、知っていたから。

 ヴィシュヌは深呼吸をすると俺を見つめた。その表情は今まで見てきたどの様なものよりも真剣なものだった。


「私は自分の世界に戻って2柱の神を倒そうと考えているの。でも私の力だけでは足りない。だから協力者を探していたの。」


「協力者?」


「そうよ。彼らは最後に別の世界から人間を呼び寄せると話をしていた。だからそこに介入して私と共にその子を世界へ転移させる。そして向こうの世界では彼らに気づかれないよう、私は力を蓄え、協力者を育てる。それに向こうの世界にも協力者はいる。私だけでは駄目でもみんなでなら、必ず倒せる。」


「じゃあ、僕がいく!」


「……そう言われると思ったから私は話さなかったの。貴方はまだ若いは。転移には多くの魔力が必要だからあと10年ほどはかかるでしょうけどそれでも若い。それに私は貴方が傷つくとこなんて見たくない。」


「……でも、僕以外の誰かは傷つくよ。」


「それは……。」


 争いをするのだから当たり前のことだ。けれどそれでもと思ってしまうほどヴィシュヌは優しく甘かった。

 それが決断を鈍らせているのもわかる。けれど捨てるわけにはいかなかった。それをしたら他の2柱の神たちと同じになってしまう気がしたのだ。

 俺はヴィシュヌの腕を掴む。


「来て!」


「ちょ、ちょっと。」


 俺はヴィシュヌの手を引くと砂場までやったきた。そして指を使い、なにかを描き始めた。


「これは?」


「作戦!」


「作戦?」


 俺は描き終えた図を指差し、説明する。


「まずヴィシュヌが前で敵を引きつけて、僕が後ろから必殺技で倒す。これならきっと勝てるよ。」


「………イヅナ。」


 今、思い出してみればなかなか酷い作戦だ。ヴィシュヌのこの反応も半分は呆れからきていたのではないだろうか。

 けれどヴィシュヌは自然と笑顔になっていた。彼女は生まれてからずっと2柱の神といた。彼らは自身のことを、世界のことを考え、互いのことを考えることなどなかった。更にヴィシュヌはその神たちから排除され、彼女だけでこの世界に来た。

 彼女は孤独だった。けれどこのときにはすでに違った。初めてのことだったのかもしれない。彼女のことをここまで考えるものが現れたのわ。だからヴィシュヌは笑顔になった。


「ありがとう。じゃあ、お願いするわ。」


「そのお願いを聞いたらヴィシュヌは嬉しいの?」


 俺は再度確認する。彼女の本心を知る為に。


「ええ、でも私はあなたに引き受けて欲しくはないの。」


「どうして?」


「だって、このお願いは、もしかしたら失敗してしまうかもしれない。この世界に戻れなくなるかもしれない。そして、恐らく、いえ、必ず貴方を傷つけてしまうのよ?本当にいいの?」


 ヴィシュヌもお礼を言えどもやめて欲しかった。けれど幼い俺は止まらない。


「うん!僕、ヴィシュヌの為なら世界を敵に回したって勝てる気がするよ!だから、大丈夫。僕はそのお願いを、ヴィシュヌの夢を叶えさせるよ!だから……。」


「だから?」


 このときの俺は少し舞い上がっていたのかもしれない。ヴィシュヌの本心を少しでも聞けて。だからこんなことを言ったんだ。


「ぼ、僕がその……お願いを………上手に出来たら………ぼ、ぼ、ぼ、僕と、けっ、結婚してください!」


 ヴィシュヌは驚く。そして少し考えてから口を開いたの。


「……こんな私で良ければ貰ってくださいな。」


「う、うん!約束だよ!………えへへ。」


 子供の言ったことと軽く取られただろう。それでも大事な約束ができたときだった。


「約束……そうね。イヅナ、その約束、大切にしてね。」


「うん!」


 俺はヴィシュヌの手を取り、彼女は繋ぐ手に優しく力をいれる。

 互いが笑顔を向けあう。ヴィシュヌの本心を知れた俺、俺の気持ちを知ったヴィシュヌ。2人の間にはもう壁はなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それから10年ほど経ったある日のこと。高校の屋上で空を眺める俺の姿があった。そしてその隣にはヴィシュヌがいる。彼女は俺の手を取り、名残浅そうにしている。


「少しのお別れね。」


「そうだな。」


 この日、俺は彼女のことを忘れたのだ。

 ヴィシュヌの予想が正しければ、俺たちの記憶が他の神たちに見られる可能性があると言う。ヴィシュヌの存在がバレてしまえばこの作戦は失敗する。だから記憶を消す必要があったのだ。ヴィシュヌとの大切な記憶を。


「…でも記憶が消されてうまくいくのか?」


「私が貴方をうまく誘導するわ。」


「…協力すると言っておいて、結局ヴィシュヌに任せっきりだな。」


 思わずため息を吐きそうになる俺だったが、ヴィシュヌは俺の口元に手を当て、それを止める。


「ん?」


「そんなことないわ。貴方がいてくれたからこその作戦よ。だからこのくらいは私に任せて。」


 俺が責任を感じていたように、彼女もまた責任を感じていた。だから、俺はそれ以上彼女に何も言わなかった。


「…でもあっという間だったわね。最初は可愛らしかった貴方も今では『俺』なんて言うし、体格も良くなって。いつの間にか背も抜かれてしまったわ。」


 ヴィシュヌはそう言って嬉しそうに俺を見上げる。


「でも、夫婦になるなら見このくらいの身長差があった方がいいのかしらね?」


「……どうだろうな。」


「ふふ、照れちゃって。」


「まあ、何にせよ。全てが終わってからだ。」


「そうね。」


 俺とヴィシュヌは向かい合う。これが彼女を見るのは最後になるのかも知れない。そう考えると悲しかった。だがそんな表情を見せるわけにはいかない。


「それじゃあ。」


「ああ。」


 ヴィシュヌの手が俺の頭に触れる。そして…。



「またね、イヅナ。」


 こうして俺の中からヴィシュヌの記憶は消され、その日、俺は異世界へと旅立った。


























次回はお盆ごろの投稿になってしまうと思います。楽しみにしてくださっている方、申し訳ございません。

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