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気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第6章 世界大戦編
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気がついたら思い出していました

久しぶりの投稿です

 生臭い血の香りが風に乗る荒野の真ん中。そこには3人の少女たちとそれを見下す二柱の神がいた。

 少女たちは恐怖に体を震わせ、神は抑えきれない満足感にその体を震わせている。自身たちが思い描いた以上の暇つぶしが彼らをそうさせたのだ。

 アスモデウス、セリカ、リア。これが恐怖する彼女たちの名前だ。俺のかけがえのない仲間であり、想い人であり、想ってくれる人。そんな彼女たちが震えているというのに俺はその光景を眺めることしかできない。いや、目を背ける事だったできる。だが頭の中では絶望していても、彼女たちは助からないと分かっていても、やめてくれと、起こりもしない奇跡にすがりその光景を眺めてしまう。

 そしてあの二柱の神もシヴァも創造神もそのことはわかっている。だから、俺の方を向き、そのいやらしい笑みを浮かべてくるのだ。

 だがそれも一瞬のこと。彼らはすぐにアスモデウスたちの方へと向きなおり、思案を始める。


「さて貴様らをどう料理してやるか。姦淫か?それとも虐殺か?我としては誰でも良いのだが、イヅナの顔が最も悲惨なものになるのがどれかは気になる。なあ、ブラフマーよ、貴様はどう思う?」


「僕?僕はでもそうだな〜。姦淫はまだしてないね。でも性欲とかって僕らないしね。そんなことよりも血飛沫見てた方が楽しいよ。」


「うむ、それもそうだな。ならばミンチにでもするか。」


「うん、そうだね。それでその肉で作った料理を彼にご馳走しようよ。きっと喜ぶよ。」


「そうするか。」


 奇跡などない。シヴァたちのあの笑みが俺にそう思わせる。

 声は聞こえない。だが彼らがこれからやろうとしていることが俺には想像もできないほど、残酷で、悲惨で、極悪なことであることはわかる。

 俺は暗闇に浮かび上がるその光景に必死に手を伸ばす。どうにかしてシヴァたちを止めなければその想いが俺の体を動かす。けれど俺の手は虚空をきるだけ、触れることも、守ることもできない。それでも俺は…。

 必死に動かす手の他に俺の目に動き出すシヴァの姿が映る。


「やめろ!」


 俺は叫ぶ。このままではアスモデウスが殺されてしまうと思って。だが様子を見る限りどうやら今すぐに殺すわけでは無いようだ。


「貴様…なぜ、絶望していない?」


「……。」


 シヴァの問いにアスモデウスは答えない。


「誤魔化でない。いくら貴様が演じようとも分かる。他の2人はイヅナが負け、勇者たちが殺された惨状を見て諦め、心が折られている。我らを恐れ、死を感じている。しかし何故だ?何故貴様は…」


「うるさい!」


 アスモデウスは突然立ち上がり、シヴァを全力で殴った。防御も受け身も取らなかったシヴァは慣性に従い、殴り飛ばされ、倒れる。


「は?」


 突然の出来事に俺は口を開いた。

 だがそれはそうだろう。絶望的で、彼女たちに為すすべはなく、抵抗すら許されない、そんな状況でアスモデウスがシヴァを殴ったのだ。驚かないはずがない。

 創造神も飛ばされたシヴァを見て、何が起きたのか、理解できないそんな顔をしている。

 そんな神たちにアスモデウスは指を指していう。


「せっかく救われるヒロインをしてたのに何ですか!そこでネタバラシしたらイヅナ様が駆けつけてくれないじゃないですか!」


「何を言って。」


「黙ってください!私がまだ喋ってます!」


 アスモデウスの気迫に創造神は押されてしまう。何故だろう。追い込まれていたのはアスモデウスたちのはずだったがいつのまにか立場が逆転している気がする。


「良いですか?絶望的な状況だからこそ、ヒーローは現れるものです。こんな悪役じみた悪役の2人がいたら最後に正義の味方にやられるのなんて子供でも分かりますよ。つまり!つまりですよ!ここからイヅナ様が来て私助けて、ハッピーエンドってことです。」


「「「「…………。」」」」


 震えていたセリカ、リア、気迫に押された創造神、体を起き上がらせたシヴァ、その誰もが同じ顔をしていた。そして俺はその顔から彼女たちが何を思っているのかがわかった。


『何を言ってるんだ?』


 だろう。そして俺もきっと同じような表情を浮かべているのだと思う。


「貴方たちも何諦めてるんですか!」


 アスモデウスはセリカとリアを指差す。


「イヅナ様は負けてません。あの人が負けるわけありません。それを貴方たちが信じないで誰が信じるんですか!この程度の愛の2人に私は負ける気がしません。ええ、全くしません。もうセリカよりも先にーーーしてーーーーーしてしまえるくらいに先をいってますよ。」


「「わ、私だって負けません!」」


 セリカとリアの声が重なる。その目には先程までなかった強い意志を感じられる。絶望した筈だった。だが絶望など所詮はその程度のこと。そう思わせるほど彼女たちの変化は劇的だった。

 その様子を見たアスモデウスは笑顔で答える。


「知ってますよ。だからこんな所でへばらないでください。」


 アスモデウスは彼女たちにそう告げると再び、神の方へと向き直る。

 アスモデウスと相対するシヴァと創造神。だがその表情は先程と打って変わっている。怒り、呆れ、諦め、見ているだけで様々な感情が伝わってくる。

 シヴァはため息をつき、腕を軽く振った。セリカとリアの上半身が消し飛んだのはその直後だった。

 彼女たちの運命はわかってはいた。しかし信じたくはなかった。だからこそ散った彼女たちを見て俺は絶叫した。それはもう言葉でもなんでもない。嘆き、苦しみ、怒り、憎悪、殺意。どれが含まれて、含まれていないのかわからない。だが俺は叫んでいた。その事実だけはわかった。


「貴様のせいだ。絶望したものに希望を与えるからこういうことになる。」


「へーんだ!イヅナ様が2人とも生き返らせてくれますよ!」


「……つまらん女だ。」


 次の瞬間、シヴァが消えたかと思うとアスモデウスの目の前に現れた。そして彼女の首を掴むとそのまま持ち上げる。


「くっ!」


 アスモデウスは必死に抗うがシヴァの力の前では無力だ。魔法を打ち込み、殴り、蹴る。だがシヴァはビクともしない。

 シヴァはアスモデウスを投げ捨てる。アスモデウスはすぐに態勢を立て直す。

 両者は向き合った。アスモデウスには戦いの意思がある。だが圧倒的ステータスの差の前には太刀打ちなどできない。何故ならそれがシヴァたち神が定めたこの世界のルールであるからだ。だからアスモデウスではどうすることもできない。だが彼女は諦めないのだろう。俺を信じて、待ち続けるのだろう。それぎアスモデウスという悪魔だ。


「しかし、ここまで異常な個体は初めてだ。なあ?ブラフマーよ。」


「確かにね。何だかんだでみんな元々“人”だったからある程度同じ反応だったもんね。そういう観点からいえばこの子は新鮮だけど…少しうざいかな、というかうざい。」


「元々“人”?」


 アスモデウスは創造神の言葉に反応した。

 その反応に創造神は何かに気づいたように答える。


「ん?ああ、そうか君は知らないのか。じゃあ教えてあげるよ。僕たちが作ったこの世界には元々は人と呼ばれる種族しかしっかりとした知性を持つ生命はいなかったんだ。だけど勇者たちの世界の情報を元に色々な種族を作ったんだ。獣人、エルフ、悪魔、天使。でも元々はみんな一緒。そうだね、例えば君は…えーっと、あっ、あった。エルティナ?だっけあのエルフの女王。あれと君は姉妹だよ。記憶も何もないだろうけどね。まあ、顔とか、性格とか、雰囲気とかそういったものとかは似たままかもしれないけど。雅風くんはそこら辺少し気づいてたみたいだけど、似てるくらいにしか思ってなかったかな。

 他にも面白いのはレヴィ?あの悪魔。実は悪魔にする直前に旦那の浮気相手を殺したんだよ、燃やして。自分よりも綺麗な浮気相手が嫌だったからその姿が分からなくなるように。で、そのタイミングで悪魔にして記憶を奪ったの。そしたらさ、やっぱり心のどこかで夫が目を奪われたその姿に嫉妬してたんだろうね。嫉妬して、それでとにかく綺麗になろうとしたんだよ。だから『嫉妬之神』を与えたら、殺した女からその姿奪ったの。それからずーっと殺すほど嫌いだった女の姿をしてるからおかしくておかしくて。見惚れてるんだよ?その姿にもうさ、彼女は……。」


 創造神の言葉を遮るようにアスモデウスが炎を放った。『色欲之神』の力により、その炎は全て命中するが、やはりダメージはない。


「痛いなあ。まあ、聞きたくないならいっか。つまりはそういうことだよ。元々はみんな同じ。人だったんだよ。」


 驚くべき事実なのだろう。だがそんなことを考える余裕は今のアスモデウスにはなかった。この話をさせたのは少しでも時間を稼ぐため、しかし大した時間は稼げない。

 創造神が話を終えるとシヴァがアスモデウスとの距離を詰め始める。アスモデウスは少しずつ後ろへ下がるが距離は徐々に縮まっていく。そして遂に腕が届くその距離まで両者の間は縮まった。

 シヴァはアスモデウスを見下ろし、口を開く。


「最後が貴様のせいで台無しだ。ここまで高揚としていた心が落ち着いてしまった。」


「ざまあないで…がはっ!」


 シヴァの拳がアスモデウスの腹部に刺さる。比喩でもなんでもなく、握られた拳が彼女の肉に深々と刺さったのだ。その痛みにアスモデウスは顔をしかめる。


「本当につまらん。貴様など存在しなければ良かった。」


「…こ、こっちの台詞です。」


「黙るが良い。」


 シヴァは空いている拳でアスモデウスを殴りつける。頰が腫れ、裂け、千切れ、血が流れ、歯が飛び、骨が折れ、首が曲がり、肩が破裂し、腕が飛び、それでも殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ殴られ………………。














 どれほどたっただろうか。アスモデウスは未だに動いていた。その顔に美しかった頃の面影はなく、辺りは血で赤く染まっている。見ていられなかった。俺が今、彼女の状態を見ているのは、声を上げなくなったからだ。だからもう殴られていないと思った。もう終わったのかと、死んでしまったのかと、そう思い、再び目を開いたのだ。


「アスモデウス……。」


 俺を信じたばかりに、俺を頼ったばかりに、俺と出会ってしまったばかりに、彼女は辛い思いをした。こんなことなら最初からこの世界になんて……。

 俺がそんなことを考えている時だった。


 〈あー、あー。〉


 シヴァの声が聞こえた。


 〈こいつを殺すが、我は優しい。イヅナよ、最後にこの者の声を聞かせてやろう。ほら口元だけ直してやる。〉


 シヴァが『回復魔法』を使用するとアスモデウスの口元に美しかった頃の面影が戻る。だがそれ以外は変わらない。見るも無残な姿のままだ。体力も回復されていない状態で話せるわけがない。シヴァもそれを分かっていて口だけを治したのだ。


 〈何か言わんのか?ならこれで終わ……。〉


 シヴァが笑みを浮かべ、話を終わらせようとしたその時だった。


 〈…ヅナ…さ……ま。〉


 聞こえた。弱々しくも、掠れていても、完全には聞き取れなくても、この声は彼女の、アスモデウスのものだ。


「アスモデウス!」


 俺は必死に声をかける。


 〈しぶとい奴だ。まあその体で話せるのなら好きにさせてやろう。〉


 〈シヴァ、なんか優しいね。〉


 〈気のせいだろう。〉


 2柱の神の会話を他所にアスモデウスは必死に口を開く。


 〈きっとイヅナ…さ…まは……私が…貴方に……出会わなければ……と……か……思っている……でしょう…。〉


 血を吐きながら話すアスモデウスに、俺はやめてくれた必死に頼む。だが俺の声は届いていない。アスモデウスは尚も口を開き、話を続ける。


 〈…何だかんだ……イヅナ様…ば……かですからね。……そう思うと…思います。けど……そんな悲しいこと……思わないで……ください……言わないで……ください……。だって……私は……貴方に出会えたおかげで……変われたんだから。……貴方がいなければ……幸せな思い出も……ないままだったから……。ルネとも……出会えて……仲間も増えて………嬉しかった……それもこれも……全部……全部……イヅナ様のおかげだから……。だから……そんな悲しいこと……言わないで……。〉


 アスモデウスの目から涙が溢れる。彼女の涙を見たのはこれで2度目だ。2度とそんなことはさせないと誓ったはずなのに。俺は……。


 〈…でも……こいつらが……こんなことさせてくれるってことは……イヅナ様は生きてるんですね?……よかった。……私は……もうだめです。……でもイヅナ様がいてくれれば……きっと……大丈夫です。〉


 無理なんだ…俺にはもう。


 〈信じてます。……でも……辛いなら……無理はしないでください……私は死んでも……待ってますから……だから……安心してください。……それと最後にこれだけ……〉


「アスモデウス。」


 〈もう良いな。〉


 シヴァはそう呟くと腕を大きく振りかぶる。そして…。


 〈…イヅナ様……愛してます!〉


 そうしてアスモデウスは殺された。それと同時に映像は途切れ、この空間は再び、暗闇と化した。

 俺はその場に丸まった。なぜ、こうなったのだろうか。何がいけなかったのか。どうすれば良かったのか。もう俺には何もわからない。それでも何か、何かあったのではないかと、まだ何かできるのではないかと考えてしまう。


「どうして…。」


 そうして一日が過ぎた。いや1日なのかもわからない。だがそのくらいはたっただろう。


「なんで…。」


 そうして1年が過ぎた。そのくらいは過ぎた。そう思う。なぜか俺の肉体は消滅せず、死なないが、そんなことは気にならない。そんなことよりも……。

















 どれ程の時間が経っただろうか?もう何も考えてない。もう何も覚えてない。何を考えていたのか?何をしようとしていたのか?分からない。

 でももういい。もう何も出来ることなんて……。


 〈ごめんなさい。〉


 声が聞こえた。いつ以来だろうか?思い出せない。けれど久しぶりだ。


 〈ごめんなさい。〉


 何かが俺に触れている。暖かい。ああ、これが温もりか。これも久しぶりだな。それに何か眩しく感じる。これはいったい。

 そのとき、俺は気づいた。俺は目を開いていなかった。この暗闇では目を開いたところで意味は無かったためだろう。でも今は…。

 俺はゆっくりと目を開く。するとそこには優しく、温かく、光を放つ女性の姿があった。明るい緑色の髪を持ち、優しい瞳でこちらを見つめる。綺麗だ、そう思った。だが1つだけ気になることがあった。それは彼女がどこか悲しそうだということだ。そしてその顔を俺は以前に見たことがあると確信していた。

 記憶に無いはずなのに、俺は彼女を知っていた。いや、記憶はあったが隠されていたのだ。それが彼女との約束でそれが俺たちの選択だったから。だから今まで忘れていた。最も近くにいたのに、支えてくれていたのに、思い出せなかった。

 だけど今はわかる。だから俺は彼女の名前を呼んで言った。


「ヴィシュヌ、遅くなってごめんな。」


「私こそ、ごめんなさい、イヅナ。」


 ヴィシュヌ。彼女こそ、俺が思い出せなかった“声”の存在である。そして、俺がこの世界に来ることとなった理由でもある。





















ヴィシュヌ、遂に登場です

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