気がついたらファーストキスでした
ーーールネSIDEーーー
創造神を倒したイヅナの下に皆が集まって行く。笑顔と喜びが溢れるその光景が本当に戦いが終わったのだと思わせた。
(終わったんだね。)
ルネはその様子を悲しく見つめていた。イヅナたちの正体を知り、創造神を倒す旅に付いてきたルネ。アスモデウスを守れるようになる為、側にいる為努力をしてきた。また旅の中でイヅナやアスモデウスと話し、笑い合い、楽しい思い出が育まれた。ルネにとってほれは日常へと変わっていたのだ。だが創造神を倒した今、この旅を続ける理由はない。ここでこの旅も終わるのだ。そう考えるとルネは辛かった。あの日常はもう無くなる。そして何やり…。
(アスモデウスさん。)
赤く美しいアスモデウス、その姿をルネは見つめる。だがイヅナを見つめる彼女と視線が交わることはない。
(僕の想いは届かなそうだね。)
ルネの目から涙が溢れる。だが皆が喜んでいるこの場所で涙を流す訳にはいかない。ルネは右手で涙を拭い、顔を上げる。それはいつものルネの表情。
(今は一緒に喜ぼう。それが紳士である僕の役目だ。)
ルネはそう思い、一歩を踏み出す。その時だった。体を違和感が襲う。突然、何かに押さえつけられたように体が動かなくなった。
(何が起こったんだ?)
ルネは状況を確認する。イヅナの周りに集まっている者たち全員も動きが止まり、雲や風で巻き上がった砂埃までもが停止している。その様子はまるで時間が止まったようだった。そのとき、何者かが動いているのを見つけた。
(油断大敵。罰として君の大切なものを奪うよ。)
ボロボロになった姿、頭に響く声。ルネは理解した。創造神がまだ生きているのだと。そしてその創造神は進んでいき、とある場所で立ち止まった。ルネの記憶が正しければそこはアスモデウスが立っていた場所。
(大切なもの…。まさか!)
先ほどのメッセージは恐らく、ルネにでは無くイヅナに送られたもの。ではイヅナの大切なものとは何か?そう考えたとき、ルネはあの夜の出来事、イヅナとアスモデウスが互いの気持ちを確認しあったときのことを思い出した。
イヅナはアスモデウスのことを唯一信頼できると言った。普段は素っ気なく接してはいるがそれは照れ隠しの為。彼は誰よりもアスモデウスを大切にしていた。つまりイヅナの大切なものとはアスモデウスのことではないか?
ルネは焦る。このままではアスモデウスが危ない。しかし幾ら体を動かそうとも指先すら動かすことが出来ない。魔力を練ろうにも上手くいかない。
(動け!守るんだろ?)
ルネは何か方法はないかと必死に考える。
〈我を使え。〉
声が頭に響く。しかしそれは先ほどの様な創造神のものではない。以前にも聞いたことがある声は自身の深いところから響いている。
その声が聞こえた後、何故か頭を動かすことが出来た。ルネは自身の右手を、右手に握られた【聖剣カラドボルグ】を見つめる。
(君かい?)
〈そうだ。主人には我がいる。〉
きっと動けるようになったのも【聖剣カラドボルグ】のおかげだろう。ルネは柄を強く握りしめると感謝の意を伝える。
(ありがとう。)
ルネは足を動かす。
先ほど、創造神が向かった場所を見る。するとそこには槍の先をアスモデウスに向ける創造神の姿がある。アスモデウスに動く気配はなく、あのままでは間違いなくやられる。
イヅナが仲間たちの間を抜け、現れた。だがあのままでは間に合わない。ではどうするか?
(僕が守るしかない。【聖剣カラドボルグ】!)
ルネは『犠牲』の力を発動させる。
(僕はどうなったって良いんだ。この体が崩れ、生命力を、魔力を、体力を、何もかも失っても良い。ただ【聖剣カラドボルグ】。どうか、僕にアスモデウスさんを助けられるだけの力をくれないかい?)
次の瞬間、【聖剣カラドボルグ】が光を放つ。武器である以上、主人の願いに応えない訳にはいかない。【聖剣カラドボルグ】は生命力を、魔力を、体力を『犠牲』にする。しかしまだ足りない。思い出、経験、欲。『犠牲』に『犠牲』を重ねる。そしてルネは到達した。アスモデウスを守るだけの力に。
(これなら行ける!)
ルネの体は加速し、イヅナをも抜き去る。創造神は既に【神槍エデン】をアスモデウスに向け、繰り出している。ルネは気づく、あの武器は【聖剣】であっても防ぐことは難しいと。ではどうすればあの一撃を防ぐことが出来るか。簡単なことだ。より強靭で頑丈なもので防げば良い。
ルネはアスモデウスの体をずらし、【神槍エデン】との間に割って入る。
(お姫様を守るのは騎士の役目さ。守る為にこの命を散らすなら本望だよ。)
【神槍エデン】がルネに近づいてくる。それと同時に今までの記憶が次々と蘇る。
(これが走馬灯か。意外と良いものだね。)
ルネは少しだけ振り向き、動かないアスモデウスの顔を見つめる。そして。
「今までありがとう。君と過ごせて僕は幸せだったよ。」
鮮血が散った。
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ーーーイヅナSIDEーーー
鮮血が散った。だがそれはアスモデウスのものではない。ルネだ。彼は俺にも認知出来ないその速度で【神槍エデン】とアスモデウスの間に割って入った。
胸に深々と槍が刺さり、血が溢れ出る。
「な?君、誰?」
「ゴフっ……ぼ、僕は紳士さ。」
突然、現れたルネに創造神も驚きを隠せない。俺と同じだった。しかし先に冷静になった俺は創造神との距離を詰める。が、その前に創造神は『瞬間移動』を使い、ルネたちから離れる。
「ルネ!」
俺は倒れるルネを支える。そして時は動き出した。仲間たちの喜びの声が聞こえ出すが今はそれどころではない。
俺はルネの傷を見る。致命傷だ。すぐに治癒しなければ間に合わなくなる。
「…ル、ルネ?」
アスモデウスが現状に気づく。血の海の中にいるルネに気づいたのだ。
「イヅナ様!ルネが!」
ここで仲間たちも異変に気付いた。喜びの声止み、皆がこちらにやってくる。
「分かってる。」
俺は先程から傷を治そうとしている。しかし一向に傷が治る気配が無いのだ。そのとき、再び創造神が現れた。
「ねえ、どうかな?君の【ダーインスレイブ】?だっけ?その能力を真似たんだけど。上手くいったぽいね。」
【ダーインスレイブ】を真似た能力。つまりこの傷は治すことは出来ない。俺はその事実を知らされ、怒りと悲しみの混ざった何とも言えない感情を抱いた。握った拳からは血が流れる。
「イヅナ様!ルネを治してください!」
「………。」
俺は何も答えられない。だがそれが何を意味するか、アスモデウスは理解した。しかし、アスモデウスはルネに魔力を流し、治癒力を上昇させる。また『再生魔法』や『回復魔法』を使用する。
「無駄だって。治らないの!その傷は。全く、馬鹿だよねえ、そいつ。赤髪殺そうとしたのに間に割って入ってまで死のうとするなんてさあ。」
「え?」
アスモデウスの手が止まる。
「どういう事ですか?」
アスモデウスは時が止まられていたことにより何が起こったのか理解していなかった。創造神がルネを傷つけた事くらいは分かっていてもルネが自身を庇ったことなど知る由もない。
創造神はいやらしい笑みを浮かべ、アスモデウスに事細かく説明する。
「僕は魔神さん、いや邪神か、まあ良いや。取り敢えず僕に傷を合わせたそいつが許せないからそいつの大切なものを奪おうとしたの。それが赤い髪の君。時を止めて絶対に間に合わない間合いで僕は殺しにかかった。あの時の絶望的な表情は傑作だったなあ。殺せればもっと良い顔をしたと思うよ。でもそこの人間が間に入って来やがった。全く最悪だよ。良かったね!大切な人を失なわなくて。自分じゃない人間が死んで。」
「嘘……それじゃあ、私のせいでルネが。」
アスモデウスは血まみれになったルネを見つめる。未だ血は流れ、傷は治っていない。もう助からないだろう。
「ルネ、何寝てるんですか?早く起きてくださいよ。」
「……アスモデウス。」
「まだ一緒に旅をしましょうよ。もっと特訓して強くなって下さいよ。私を守ってくれる騎士なんでしょ?ねえ、ルネ。……起きて下さいよ……ルネ…。」
ポツポツと涙がこぼれ落ちる。当たり前が崩れていく光景がそこにはあった。しかし俺たちにはどうすることも出来ない。
「ハハハ、泣いてるの?これは面白いなあ。たかが人間1人で泣くかな?」
創造神はアスモデウスを指差し、笑う。アスモデウスは顔を上げ、睨み返す。しかし涙で濡れた顔で睨んだところで創造神は更に笑うだけだった。
全員が創造神に対して怒りを抱き始めた時だった。
「…そ、創造神は……たかが人間1人も殺せないのかい?」
「あ?」
ルネは声を絞り出し、弱々しいながらも言葉を口にした。
「ルネ!」
アスモデウスはルネの手を取り、顔を寄せる。
「アスモデウスさん……泣いてちゃ可愛い顔が……台無しだよ。」
「何言ってるんですか!今はそんな事言ってる場合じゃ……。」
「違うよ……今だからこそだよ。……僕にはもう時間がない、だから……最後くらい君の一番良い顔を見たいんじゃないか。」
「……ルネ。」
死ぬ。それを一番理解していたのはルネであった。体は動かず、冷たくなっている。このままでは助からないと。
アスモデウスは後ろを向き、袖で涙を拭く。そしていつもの顔でもう一度、ルネの方へ向きなおる。
「何、死にそうになってるんですか!全く、最後まで失敗ばかりして。」
「ハハ、一応、アスモデウスさんを……守ったんだけどね。」
「それで死んでちゃ元も子もありません!」
「……それは…その通りだね。」
「ええ、本当ですよ。……全く……貴方は。」
抑えていたはずの涙が再び、溢れて来た。けど今は泣いてる場合ではない。
「早く死ねよ。」
飽きた創造神がルネに向け魔力を放つ。しかし。
「邪魔はさせないぞ。」
俺は間に入り、創造神の攻撃からルネを守る。今のうちにルネを送り出してやれ。
ルネはアスモデウスの手を強く握る。しかし握力は殆どなく、アスモデウスが話せばすり抜けてしまうほどに弱っている。終わりは近い。だったらとルネは決心をする。
「……アスモデウスさん。前に言ってたよね?僕の気持ちに気付いてるって。」
「言いましたね。」
「……でも僕は後悔したくない。だから言うよ。」
ルネはアスモデウスを目をみる。
「…僕は…アスモデウスさんのことが好きだ。」
この想いを胸に秘めたまま別れたくはなかった。例え、ふられたとしてもそれは仕方ない。相応しい男になれなかったと諦めがつく。
アスモデウスはふぅーっと息を吐き、心を落ち着かせ答える。
「前にも言いましたが、私はイヅナ様が好きです。愛してます!世界で、いや宇宙で1番愛しています!ルネの付け入る隙なんてありません!」
「もう少し気を使って欲しかったよ。」
ルネは苦笑いする。
「そう思ってた時もありました。」
「え?」
「一緒にいた日々はすごく楽しかったですし、ルネがいない日々なんて今の私には想像できませんよ。気がつけばルネはその隙間に入り込んできてました。だから…。」
アスモデウスはルネに近づき、そして。
「……ん!?」
「ファーストキスをあげても良いと思うくらいには好きですよ。あ、でも1番はイヅナ様ですからね。」
余計な一言は忘れないところがアスモデウスらしい。しかしルネにはその言葉は聞こえてはいなかった。自分の想いが届いた。それがただただ嬉しかった。
「ファーストキスって鉄っぽい味ですね。」
「それは僕の口が血だらけだからだよ。」
ルネはアスモデウスに握られていない手を何とか動かし、アスモデウスの手を包むように添える。
「……ありがとう。君のおかげで楽しい人生だったよ。」
「それは私も同じですよ。」
ルネは笑顔で頷く。そして俺の方を見る。2人の視線が交差する。
(アスモデウスさんを頼んだよ。)
(任せろ。)
ルネは空を見上げる。もう思い残すことは何もない。
「僕は幸せだったよ。」
「私がいて幸せじゃないなんて言ったら許しませんよ。」
「……そ……だ………。」
ルネの手から力が抜けた。ルネ・サテライトは死んだのだ。
アスモデウスはルネが離れないようその手を強く握る。
「……貴方はしっかりと私を守れてましたよ。……さよなら、ルネ…。」
さよなら。その言葉を口にすると涙を我慢できなくなった。溢れる涙に、やまない泣き声。アスモデウスはルネの体に抱きついた。まだ温かいその体はルネとの記憶を思い出させてくれた。
さようなら、ルネ。
自分で書いてるのに悲しくなります。