表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第6章 世界大戦編
146/164

気がついたら意思でした

突然の投稿です。ミカエルのお話。長めです。

 ーーーミカエルSIDEーーー



 私は気がついたときには天使長と呼ばれる存在になっていた。何故、そうなったのか、いつからなのかはどうしても思い出せない。天使長になる前のことも一切思い出すことが出来なかった。

 けれど私はそのことを気にすることはなく、天使長としての務めを果たしていた。ブラフマー様に命じられたことに従い、仕事をこなす。仕事が終われば別の仕事に取り掛かり、寝ることも、休むこともなく、ただ指示に従った。それが私の当たり前で、いつもの日常だった。疑問も何も抱かず、生きてきた。

 私は天使長として、他の天使たちの面倒を見ることもあった。天使たちは私を頼り、信頼出来る人と言っていた。私が助けになると皆、笑顔で『ありがとう。』と伝えてくれた。


 笑顔。感謝。


 私の日常にはそれらが溢れていた。でもそれを見るたびに私は思った。何故笑うのか?どうして感謝するのか?私には理解できなかった。

 日々が流れるにつれ、分からないものが増えていった。喜怒哀楽と言われる心の変化を理解できなかったのだ。

 不思議に思った私はブラフマー様に質問をした。するとあの人は言った。


「だって君には心が無いから感じられないし、だから理解できないんじゃないかな?」


 心が無い。どうやら私は先代の天使長のように反乱を起こさない為に心を抹消したのだという。合理的で正しい判断だと理解した。しかし、何故だろうか。そのとき、私の胸がひどく痛んだそんな気がした。だが気にしない。私はいつも通りの生活を送った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 月日が流れても私の生活は変わらなかった。同じ場所で似た仕事を繰り返し、私には理解できない心に動かされ、感情を露わにする天使たちを見つめる。私とは違う存在に疑問は持たない。それがブラフマー様がしたことであるから。私はブラフマー様に従う存在。ただそれだけなのだから。


「少し人の学園に通って欲しいんだ。」


「……学園…。」


 突然、私のもとへやって来たブラフマー様が新たな指示を出した。それは学園に通い、勇者たちの監視をして欲しいとのこと。必要はない仕事かも知れないが一応、勇者たちの動向を報告して欲しいとのこと。

 私はいつものように無言で頷き、ブラフマー様の指示に従った。目的地はカラドボルグ魔法学園。人間たちが戦闘や魔法を学ぶ為に通う学園、そこで私の次の仕事が始まった。

 仕事の内容は単純。学園で普通の生徒のように振る舞い、勇者たちを監視し、毎日ブラフマー様に報告を行う。もともとやっていた仕事よりも簡単だった。簡単な仕事をすると時間が空いてしまうことが多かった。そんなときは人が来ない噴水の側で時間が経過するのを待った。しかし、そうしている間ももう1つの仕事について考えてはいた。それはブラフマー様が言っていたことだ。


「そうそう、怪しまれないように友達の1人でも作りなよ。」


 友達を作ること。それが私に課せられたもう1つの仕事だった。だが友達とは何か?一体どのように作るのか?ブラフマー様に質問したがそのくらい自分で考えろと言われるだけだった。


「……友達。」


 一体、どうすれば作ることが出来るのか。私は悩んだ。そんなときだった。誰かが私に向かって歩いてきた。その人物は不思議だった。銀色の髪に赤い瞳を持つ少女。別に美しいとか、感動した訳では無い。そもそも私にはそのようなことは出来ない。けれど目の前の少女は不思議だった。


「こんにちは。」


「…………。」


 声を掛けてきた。返事はしない。この学園に来てから話しかけられることは多々あったが全てこのように対応した。それはただ必要がなかったからだ。ブラフマー様の指示にそのようなことは無かった。こうしていると殆どの人間は声を掛ける事をやめ、何処かへと行ってしまった。しかし目の前の少女は違った。


「えーっと、ここで何をしているんですか?」


 私は返事をしない。けれど少女は私を見て、動かない。辺りが暗くなり始めてもそれは変わらなかった。対処方法が分からなくなった。私はその場から離れるという選択を取った。噴水から離れていく私。少女はそんな私を見つめていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それから少女は毎日のように私のもとを訪れた。ただの一度の反応を見せない私に向かって話をした。自身のこと、知人のこと。その中で私は少女の名を知った。


 “イヅナ・ルージュ”


 それが少女の名だった。

 イヅナの名を知ってから私の周囲にはもう1人の人物が現れた。勇者たちの一員である女である。彼女は私に悩みを話すと何処かへ行く。天界でも良くあったことだ。だから私は気にすることなく、過ごしていた。

 その日は彼女が何処かへ行くタイミングでイヅナが現れた。


「よくあの人とお話をするんですか?」


 話はしていないただ聞いているだけ。


「でも良かったです。私以外にも貴方に話しかけてくれる人がいて。」


 その言葉は私には理解できなかった。けれどその次にイヅナが発した言葉が私が最も知りたいものであった。


「実はお友達・・がいたりするんですか?」


「友達……。」


 私は思わず口を開いた。予想外の出来事だったのかイヅナも驚いている。しかし今重要なことはそれではない。仕事の1つを遂行するために必要な情報を彼女が持っているかもしれないのだ。

 私はイヅナの顔を見つめる。会話の指示はない。しかし、ここで聞かなければ。私はイヅナに質問をした。


「…友達とは……何ですか?」


 学園に来る前からの謎。その正体をやっと知ることが出来る。


「と、友達ですか?」


 私は頷き肯定する。


「…そうですね。『楽しい』、『嬉しい』、それから『悲しい』などといった感情を共感しあえる人物ですかね。」


 感情を共感しあえる人物。それが友達の正体だった。つまり私には友達を作ることは出来ないのではないだろうか。ブラフマー様は言った。私には心がないと。つまり共感できる感情もない。私には友達を作ることは出来ないのだ。


「……それでは……私には友達は作れません。」


 私はそう呟くとその場を離れた。

 ブラフマー様は何故、私に友達を作れた言ったのか。何故、出来ないことを指示したのか。分からない。

 私は胸を押さえる。


「……痛み?」


 ブラフマー様に心がないと言われたときに感じた痛み。それがまた私の胸に現れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「友達になりましょう。」


 理解できなかった。イヅナが私に向かい、友達になろうと言ってきた。今までの行動を振り返り、どこに感情を共感できる場面があっただろうか?イヅナが何を思い、友達になろうと考えたのだろうか?いずれにしろその答えは決まっていた。


「……拒否します。」


「何故ですか?」


「……感情を……共感できないから……。」


 私は友達にはなれない。ブラフマー様の指示だがこればかりは仕方ない。

 しかしイヅナは私を更に力強く見つめるとこう言った。


「拒否します!」


 また意味のわからないことを言う。


「…何故……私が拒否されたのですか?」


「深い意味はありません。」


「それなら…。」


「しかし…。」


 イヅナが私の手を取る。その手はとても温かい。私はそこで気づいた。手を取られたことなど今まで一度もなかったことに。こんなにも相手の体温を感じられるものなのかと驚く。

 そんな私にイヅナは話を続ける。


「私は貴方を知りたい。仲良くなりたい。そして、この世界が素晴らしいことを知ってもらいたい。」


 それはイヅナの願いだった。しかし私には関係のないこと。


「……否。それは無理です。」


 現実問題不可能なのだ。


「無理じゃありません。」


「…………。」


 根拠のない言葉だった。けれど私は不思議ともしかしたらと思ってしまった。イヅナの温かさを感じ変になっていたのかもしれない。


「……。どうしても……ですか?どうしても……友達になりたいですか?」


「どうしてもです。」


 真っ直ぐな思いを向けられた。

 そして私は決断した。これでブラフマー様の指示に従える。そう考えて。


「……わかりました。」


「!それじゃあ!」


 イヅナは笑顔になる。今まで何度も見てきた笑顔。けれどこんなに近くで見たのはいつぶりだろうか。


「……はい、私は……貴方の友達になることにします。」


「…ありがとう…。ありがとう。」


 感謝もされた。けれど何故だろう。何故、これだけのことで胸の痛みが和らいだのだろうか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 イヅナと友達になってから私の生活は変わった。共に過ごす時間が確実に増えていた。仕事の合間の時間を消費することが出来たのは良いことだった。だから私は特に拒否するこはなかった。

 ブラフマー様にこのことを報告したが反応は薄く、友達を作れと言う指示はそこまで大切なことではなかったことを理解した。しかし、指示は指示。こなさなくてはならない。

 その日も私は時間消費の為、イヅナと行動を共にしていた。ただいつもとは違いイヅナの別の友達もいた。ニエーゼ、カレッタ、ソーマの3人だ。彼女たちはとにかく私に話しかけてきた。最初は無視していたがイヅナにも言われ返答することにした。淡々と返事をした私。けれど彼女たちは不満そうな顔をしていた。けれど私が態度を変えるつもりはない。するとニエーゼが机に倒れこみながら気になる一言を言った。


「ミカちゃ〜ん。もう友達なんだから、もっと喋ってくれてもいいじゃん。私、怒るぞ〜。」


  「……友……達?」


 私の知っている友達の情報と照らし合わせてもニエーゼ達と友達になったとはとても言えない。一体、いつの間に友達になったのか?

 私はニエーゼに質問した。


  「何故、私とあなたは……友達……なのですか?」


  「え?そ、それは友達の友達だからでしょ。」


 ニエーゼは当たり前のように言うがそれは理由にはならないのではないかと私は思った。


  「?その言葉は……理解……しかねます。……イヅナが言うには……友達……とは……感情を……共感し合えないと……いけません。……なので……あなたと……私……友達とは……言えません。」


  「そ、そうなの?それじゃあ今から共感しよう。私とカレッタとソーマとさ。それで、友達!ね?」


  「…それは……良いの……ですか?」


 私はイヅナに問う。


  「……良いと思いますよ。良かったですね、ミカエル。これでまた友達が増えましたよ。嬉しいですね。」


「嬉……しい?」


「そうです。」


 嬉しい。それは喜怒哀楽の喜や楽に部類される感情。無論、心を持たない私が感じられるものではない。けれどイヅナは私が嬉しいと感じたかのように言う。私は『嬉しい』と感じているのだろうか?

 その後も会話や食事をし、夕日が街を照らすまで共に時間を過ごした。イヅナ達と別れた私は考えた。


  「……今日は……楽しかった……だろうか……。」


 しかし幾ら考えたところで答えなどでない。私には心が無いのだから。


  「……何も……感じない……感じられない……。」


 そう呟いたとき、頰を何かが流れる感覚があった。触れてみると指先が何故か濡れた。空を見上げるが雨などは降っていない。


「……………。」


 思い当たるものは1つ。涙。しかしその様なものを今まで流したことが無かった。

 私は後日、図書室へと足を運び、涙について調べた。涙腺から流れる眼球を潤す液体と言うことは理解した。しかし一体なぜあのとき眼球を潤していたのだろうか。

 そのとき、何故かイヅナが私の側にいた。話しかけてきたイヅナに私は質問した。


「……涙って……何?」


「涙ですか。そうですね。心の汗とか、色々といい方もありますけど。」


  「……?……汗?」


  「いや、汗ではないですよ。まあ、感情が高ぶると出るものとしか言いようがないですね。楽しかったり、悲しかったりするとでますし。」


  「……それじゃあ……あれは……涙じゃない。」


 ここでも心が関係していた。けれど何故、心のない私に涙が。謎は深まる。

 友達や涙を知る前に私は心を知らなくてはならないのかもしれない。そう考えるようになった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 学園で“闘魔祭”と呼ばれる行事が行われた。その間も私はイヅナ達と共にいた。心を理解するには彼女達と行動するのが最も良いのでは無いかそう判断したからだ。笑顔で楽しむ彼女達を見れば私も同じように出来るのではないかと殆ど可能性のないことさえ考えていた。

 そんな中、ブラフマー様より魔神教団を利用し、学園を襲撃すると連絡が入った。私は関与するなとのこと。指示に従い、私はただ関与することなくその様子をただ見ていた。

 イヅナや勇者たちによって魔神教団たちはあっさりとやられ、ブラフマー様から再び連絡が入った。


 〈ミカエル、聞こえる?〉


 〈……はい……何で……しょうか?〉


 私はいつも通り、ブラフマー様の呼びかけに応えた。


 〈さっき、そこで魔神教のやつらと戦ったやついたでしょ?〉


 〈……はい。〉


 〈そのとき、魔神教側の勇者の催眠解いたの誰?〉


 私は事実を話す。


 〈……イヅナ……というもの……です。〉


 〈じゃあ、そいつ殺して。〉


 その言葉を聞いたとき、今までにない胸の痛みが私を襲った。思わず胸を押さえ、座り込んでしまう。


 〈ん?おい、ミカエル?〉


 〈……何でしょうか……。〉


 何とか声を出し、応答する。


 〈全く、しっかりしてくれよ。まあ、一応伝えたからね、後はよろしく。〉


 そう言ってブラフマー様は念話を切った。

 私は呆然としていた。何を言われたのかは理解していた。しかし何をすればいいのか、分からなかった。否、分かりたくなかった。

 私はブラフマー様の指示に従って命を奪ったこともある。急所を突いて終わり、それだけの仕事だ。つまり今回も同じ。対象がイヅナと言うだけ。けれど体が動かない。


「……え?」


 気がついたときには私は図書室にいた。しかし手に本はない。読書をしにきたのではない。イヅナから逃げてきたのだ。


「……イヅナを……殺す。」


 いつもやってきたようにやれば良い。


「……ブラフマー様……命令は絶対……。」


 ただ従うだけ。


「……でも……イヅナは……私の……うっ。」


 イヅナの顔を思い浮かべる。私にいつも微笑みかけてくれる優しい顔を。気づかないうちに私はあの顔を見るだけで温かくなった。それは初めてイヅナに手を取られたときのような温かさ。今では思い浮かべるだけでも温かい気がした。けれど今は違った。胸が苦しく、痛む。張り裂けそうな程に痛いのだ。


「……イヅナを……殺す……私が?」


 口にすると痛みは強まった。遂には体が倒れ始めた。けれど私の体は倒れることなく支えられた。


「ミカ、大丈夫ですか?」


「……!」


 私の体はまるで鉄のように固まった。そして胸の痛みが更に強くなる。私は私を支えた相手の名を口にした。


「……イ……ヅナ」


 銀色に輝く髪に、赤い瞳。見間違える筈もない。


「ミカ?どうしたんですか?」


 イヅナは私を心配する。けれど今は私に近づかないで。イヅナに近づくほど胸の痛みは強くなる。だから離れないと。

 私はイヅナを背に走った。


「ミカ!」


 私を呼ぶ声が聞こえたが、足は止まらない。転んで、傷ついて、泥だらけになっても私は走り続けた。

 気がつけば私は噴水にいた。イヅナと出会った場所だ。


「……うっ。」


 また胸が痛くなる。私は思わずその場にしゃがみ込んだ。腰を下ろしても痛みは変わらない。


「……イヅナ……私は……あなたが。」


 ここまで来れば私も理解できた。イヅナを殺したくないのだと。友達を失いたくないのだと。それは天使長になってから初めての事だった。私はイヅナを求めているのだ。

 雨が降り出し、私を濡らす。


「……やだ……やだ。」


 ブラフマー様の指示には従わなくてはならない。だから私は必ずイヅナを殺す。それを理解しているからこそ私は殺したくないと首を振り続けた。

 イヅナを思い出す。共に過ごし、話した日々を。


「……やはり……私は……イヅナとの時間を……楽しんで。」


 ブラフマー様に言われた私には心が無いと。だから私は心が無いものとして自身を考えていた。けれど今の私には嬉しいを、悲しいを、理解出来る心がある。


「……だから……こんなにも……胸が。」


 私は胸に広がる痛み。けれど関係がなかった。そんなことよりもイヅナを殺さなくてはいけないという事実に私は押し潰されそうになっていた。そして私は気を失った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 目を覚ましてもまだ雨は降っていた。


「…………。」


 ミカエルは考える。何故、こんなことをしているのか。答えは分かっている。けれど思い出したく無い。


「何で……何で。」


 私は何故ここまで苦しまなければならないのか。私が何をしたのか。どうすればいいのか。もう何も分からなかった。


「誰か……誰でも……いい。」


 私はすがるような思いで呟く。


「誰か……私を……助けて。」


 そしてきっと彼女は聞いてしまった。


「ミカ…。」


「!?……。」


 私を見つめる彼女がそこにいた。


「イヅナ……。」


 イヅナは優しく手を差し出し、声をかけてくれた。けれど今の私はその手には触れられない。声に応えることは出来ない。私は怯え、体が震えた。

 そんな私に向かい突然、イヅナが言った。


「ミカ…。私はあなたに心が有ると思うんです。」


「え?……。」


 それは私が漸く気づけたことだ。


「だって、そうじゃ無いですか。何があったのかは私にはわかりませんけど、あなたが今苦しんでるのはわかります。それも理由は私。あなたは私のことで悩んで、苦しんで、そして…。」


 イヅナは私の手を取る。


「泣いてるじゃないですか。」


「!……。」


 そこで初めて私は気づいた。目から涙が溢れていることに。


「心がないものに涙なんか流せません。」


 イヅナが私の肩に手を添える。そして私の胸に痛みが走る。

 私はこの痛みから解放されたかった。だから言ってしまった。


「……だから……何だと……言うんですか。」


「え?」


 私は立ち上がる。


「……だから……だから……何だと……言うんですか。……心が……あるから……私は苦しんで。」


 違う。本当はそんなこと思ってない。


「……こんなものが……あるから……私は……あなたを思って……胸が……裂けそうになって。……こんなことになるなら……なるなら……心なんていらない!」


 違う。私はもっと、もっと、心を知りたい。そしてイヅナと共感したい。だから…。


「……悲しい……痛い……苦しい……イヅナ……私を助けて。」


「……ミカ。」


 理解しているこんなことを言われてもイヅナにはどうすることも出来ない。けれどすがりたい。初めて出来た、私の友達に。

 イヅナが私に質問する。


「ミカ、なぜあなたの胸が痛くなったのですか?」


「……それは……私が……イヅナを……。」


 私はそこまで言いかけ口を閉じる。イヅナを殺せた指示が出たことなど言えるわけもない。


「ミカ、言葉にしなければ何も始まりません。」


「……でも。」


 やはり私は言えない。


「いいんです。私に出来ることなら何でもしますから。言ってみて下さい。」


「……でも……それをしたら……イヅナは。」


 いなくなってしまう。


「私はね、ミカ。あなたに暖かくなってほしい。こんな雨の中泣いて、苦しんでいて欲しくない。」


 それは私も同じ。イヅナに苦しんで欲しくない。だから言えない。


「ミカ、あなたは私やニエーゼ達と一緒に過ごしていてどう感じましたか?」


「……暖かった……温もりを……感じた……そして……今ならわかる……私……楽しんでた。」


 私は“闘魔祭”での時間を思い出す。楽しかったあの時間を。


「それは心があったから感じられたことです。ミカ、これでも心がいらないなんて言えますか?」


 言えない。私は心が欲しい。


 イヅナは片方の手で私の手を取る。そして、もう1つの手で頭を撫でる。私はイヅナの温かさ、優しさに触れた。イヅナを殺してしまえば2度と感じることの出来ないものだ。そう考えると涙が溢れてくる。


「……言え……ません。」


「なら、次にやることは決まりですね。今、ミカを苦しめている原因を消しましょう。」


「!……それは……。」


 出来ない。

 そのときだった。


 〈ミカエル、聞こえる〜?〉


 〈ブラフマー様。〉


 〈このあいだの件なんだけどさ、やっぱりなしね。〉


 〈え?〉


 〈だから、イヅナとか言うやつ?殺さなくて良いや、そゆことでじゃね〜。〉


 突然の連絡だった。しかしそれは今の私の悩みを解決してくれる言葉だった。


(イヅナを殺さなくていい。まだ一緒に入れる。この温かさを感じられる。私の大切な友達を失わなくて済む。)


 私はイヅナに抱きついた。


「ミ、ミカ!?」


 イヅナは驚いているようだが関係ない。この温かさに触れていたかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 雨の日の出来事から少し時が流れ、勇者たちが学園を離れることになった。それはつまり私の仕事の完了を意味する。そしてイヅナとの別れも。

 悲しいけれど仕方のないことだ。私はイヅナにこのことを伝えることにした。


「……話が……あります。」


「……私もです。」


 私たちは噴水まで移動する。私たちの始まりの場所。ここから全てが始まった。移動の途中、私は口を開く。


「……私は……あなたに会えて……とてもよかった……とても……楽しかった。」


「私もです。」


「……あなたの……おかげで……私は……変わることが……できました。」


 噴水に到着した。すると不思議と今までの楽しかった記憶が蘇ってきた。


(こんなにも私は幸せだった。)


 1つ1つが大切な思い出。楽しく、嬉しかった記憶。

 私はイヅナの方へ振り返る。そして……。


「……ありがとう……イヅナ。」


 初めての感謝と笑顔を送った。貴方がいたから私はこの顔を、言葉を口に出来た。

 けれどそれを見たイヅナは何故か泣いてしまう。


「……どうして……泣いているの……ですか?」


「いえ、只々嬉しくて、それで。」


 嬉し涙。本にも書いてあった。


「……本当……ですか?」


「はい。最後にその笑顔が見れて良かったです。こちらこそありがとう、ミカ。」


「……?……最後?」


 何故、イヅナが私が学園を去ることを知っているのだろうかと不思議に思う。


「ミカ、私はあなたに言わなければいけないことがあります。それも2つです。」


「…………。」


「まず、1つ目は私が明日この学園を去ると言うこと。そして、もう1つは……。」


 どうやら私のことを知っていたわけではなかったらしい。私は共に学園を去ることを伝える。


「……私も……です。」


「……え?」


「私もと言うのはどういう意味ですか?」


「……私も……明日……学園を……去ります。」


「……そ、そうなんですか。同じ日にここを去るなんて奇遇ですね。」


「はい。」


「……だから……私はイヅナに……もう会えないかも……しれません。」


 胸が苦しくなる。けれどそんな私にイヅナは言った。


「いえ、また会えますよ。私が探し出して見せますよ。だから、悲しく思う必要はありません。」


「……イヅナ。」


 優しい友達だ。


「では、最後にもう1つミカに言うことがあります。」


「……はい。」


「実は私。男なんだ。」


「……知って……ます。」


 このことは先程、知った。


「え?マジで?」


「……マジ……です。……先程……アモちゃん……と呼ばれている方が……言ってました。……イヅナが男……だと。」


「はあ〜。」


 イヅナが大きなため息をつく。少しだけ申し訳なく思う。


「ミカはどう思った?俺が男と聞いて。」


「……男でも……女でも……イヅナはイヅナ……私の大切な……友達……です。」


 性別なんて関係ない。イヅナは私にとって大切な友達だ。


「……そうか。」


 イヅナは笑顔で応える。私が見たかった顔だ。


「それじゃあ、話は終わりだ。これでお別れだ。」


「……そう……ですね。」


 分かってはいた。けれどイヅナの口から言われるとやはり悲しく思う。しかしイヅナに辛い想いをさせるわけにはいかない。私は別れの挨拶をしようとする。


「……さような…んぐ。」


 イヅナが私の口を押さえた。驚く私にイヅナは説明する。


「その言葉は駄目だ。またどこかで会うんだ。他の言葉があるだろ?」


 また会える。その言葉だけで私の心は満たされる。


「……では……また……会いましょう。」


「ああ、またな。」


 イヅナは私に背を向け、去っていく。けれど寂しくはない。きっといつか会えるから。

 私はイヅナの姿が見えなくなると『瞬間移動』を使い、天界へと帰還する。学園での仕事は終わった。またいつもの日常が戻るのだ。


「……ただいま……戻りました。」


「ご苦労様。」


 私はブラフマー様に帰還の報告をする。


「それじゃあいつもの仕事に戻ってね。」


「……はい。」


 私はブラフマー様に背を向け、部屋を後にしようとする。そのとき。


「あっ。そうそう。面倒くさそうだから学園で君に関わった人から記憶消しといたから。これで君がいなくなっても誰も疑わないよ。」


 私の体が固まる。けれどこんな所で止まるわけにはいかない。私は頷くとその場を後にした。

 一応、用意されている自室に移動した。一面白い部屋に横になる為のベットがある。一度も使用したことのない部屋。私はベットに倒れこむ。

 そこで先程言われた言葉を思い出す。記憶を消した。それはつまり私という友達が、存在がイヅナたちの中から消えたということ。私たちのあの思い出は無かったものになるという事。


「……無くなった。」


 口にしてようやく理解した。私の大切な友達たちはもういないのだと。


「……うっ……うわぁぁぁん。」


 部屋から音が漏れないで良かった。そうでなければ私の鳴き声が天界中に響いていたかもしれない。

 今までにないほど、声を上げ、涙を流した。受け入れたくない現実がこんなにも残酷で悲しいものだとは知らなかった。

 その日から私は再び、以前の私に戻った。心が無いと思い続けた私に。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 どれ程の月日が流れたか分からない。次の仕事は悪魔たちとの戦いと言われた。私は戦地に赴き、悪魔と戦う。名をルシファー。元天使長の悪魔だ。強い筈だった。けれど気づけば傷ついていた。私の勝ちは確実。『天使之神』のスキルで力が上がった為だろう。けれどそれは他の天使たちが死んだことを意味する。何も感じなかった。やはり私に心は無かったのだろうか。


 〈ミカエルちょっと来て。〉


 私はブラフマー様に呼ばれる。目の前の悪魔は無視し、全速力で向かった。恐らく次の敵がいるのだろう。

 ブラフマー様の姿が見えた。どうやら追い込まれているらしい。私は悪魔に向かい攻撃を行いつつ、ブラフマー様の側に降り立つ。目の前にいたのは銀色の髪に赤い瞳を持つ悪魔だった。


(え?)


 私は気づく。しかし、そんなわけがない。彼が目の前にいるはずが無い。

 けれど現実は残酷だ。彼は私の姿を見て私の名を口にした。


「ミカ。」


 イヅナがいた。そして何より私のことを覚えていた。間違いない。私の名を呼んだのだ。覚えている。学園でのことを。思い出を。私と言う友達を。


「ミカ。俺だ。分かるか?」


 分かる。今すぐ側に行きたい。前のように話したい。けれど。


「君が何を言ったって無駄だよ。ミカエルは僕に従える天使なんだから。ねえ?ミカエル。」


「……はい。……その通り……です。」


 私はブラフマー様に従う天使長。そんなことが許されるわけがない。


「うんうん。とても良い子だ。じゃあまずは彼を殺してくれるかな?」


 あの時と同じ指示。少し催眠が混じっている。私の体は私に反して動こうとする。目の前のイヅナを殺そうとしている。


「あいつを殺せ。」


「……はい(嫌だ)。」


 私の体は動きイヅナに迫った。


「……ミカ。」


 返事は出来ない。ブラフマー様が何かしたらしい。


「何を言っても無視されてたな。」


 覚えている。イヅナは毎日来て私に話しかけてくれた。


「友達になってからやっと話せるようになって、ニエーゼたちとも話をしたりして、それなりに楽しい日を過ごせたよな。」


 そう楽しかった。またあんな日々を過ごしたい。

 私の剣がイヅナの頰を掠る。


(止まって!)


 私は必死に対抗するが体は言うことを聞いてくれない。


「後、雨の中ミカを探したこともあったな。噴水の近くで涙を流してた。そのときミカは言ったよな学園での日々は楽しかったって。」


 そう思ってる!そう言いたい!


「今は何を思ってる?何も感じないか?そんな訳がない。だって今、ミカは友達と戦ってるんだぞ?」


 辛い。悲しい。苦しい。


「俺は戦いたくない。俺はミカを傷つけたくないんだ。」


 私も同じ。イヅナを傷つけたく無い。

 しかし私の体は動く。剣の先がイヅナを捉え、そしてその肉を貫く。


(……いや。もうやめて。)


 私は目を瞑り、見たくない現実から目を背ける。そのとき不思議な温かさを感じた。学園で感じていたあの温かさを。

 ゆっくりと目を開く。するとそこには私を抱きしめるイヅナの姿があった。


「なあ、ミカ。今この戦いにお前の意思はあるのか?」


(意思?)


「ミカエルはお前の道具で従順な駒。お前の指示に従い、意思なんてない。そう言ったな?」


 ブラフマー様と話しているようだがイヅナの声しか聞こえない。


「じゃあ何でミカエルは泣いてるんだ?」


(泣いている?私が?)


 それは学園から去った後、以来のことだった。てっきり枯れ果てたものだと思っていた。


「なあ、ミカエル。俺はお前にそんな顔して欲しくない。友達の幸せを願うのは当たり前だろ?」


 当たり前。私がかつてイヅナの幸せを願ったように。


「確かに今のお前には意味がある。創造神に使われ、天界、神界はお前がいなければ成り立たない。ミカという存在に意味はある。またそうなると意義もあるのかもしれない。」


 そう。だから私は天使長としてブラフマー様に従わなければならない。


「ミカの人生、いや天使生は意味があり、意義があるものだ。だがな、そこにミカの、ミカ自身の意思はあるのか?」


(私の意思。)


「創造神の指示に従い、ただ動くだけ。それはお前の望んでいることなのか?なあ、ミカ!お前はどうしたい?俺はお前に意味のある天使生も、意義のある天使生も求めてない!意思のある天使生を歩んで欲しいんだ!例え、それが俺の敵となることだったとしても良い!ミカ自身の意思が知りたいんだ!」


(私がどうしたいか?)


「ミカ!」


 イヅナの声が体に響く。自由の効かなかった体が徐々に動き出す。

 そのとき、巨大な魔力がこちらに迫ってきた。ブラフマー様の攻撃だ。あれを受ければ私は間違いなく消滅する。するとイヅナは私の前に立ち、攻撃を正面から受け止めた。

 ブラフマー様から指示が下される。


「今だ!殺せ、ミカエル!」


「……わ、私は……。」


 ブラフマー様の指示には従う。それが天使長になってから私のしてきたこだ。しかし。


「俺はミカがどんな選択を取っても良いと思ってる。」


 イヅナは優しく私に伝える。


「……イヅナ。」


「俺が尊重したいのはミカの意思だ。それが創造神の指示に従うことでもミカの選択なら仕方ない。確かに俺と一緒にいたいと思ってくれて、俺の味方をしてくれるなら嬉しいが、もし敵になったとしてもこのまま2人で仲良く死ぬわけだ。友達としてどこか誇らしく思える。だからミカのやりたいようにやってくれ。」


(私のやりたいように。)


「ミカエル!殺せ!」


「ミカ、好きなようにしろ。」


 2人の声が聞こえる。けれど私はもう迷わない。私は、私の考えで動く。友達を、イヅナを守る為に!私は!私の意思で!


「……私は……。」






日曜日は投稿できません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ