気がついたら長話でした
ベルフェルのお話。
ーーーベルフェルSIDEーーー
(面倒くさい。)
ベルフェルは目の前に倒れる2人を殺そうとし、そんなことを思った。殺したい、殺したくない、そんな話ではない。ただ面倒くさいのだ。
彼にとってこの世界にある命などどうなっても良い。ただ自分が楽にそして何の面白味もないこの世界にいると自覚出来なければそれで良い。そうして怠惰に暮らせるならそれで良い。
ベルフェルはゆっくりと手を2人に向ける。
(この2人を殺すのも僕が楽をしたいから。ただそれだけだ。)
殺す理由などそれでいいのだ。
しかし、目の前の2人はそう簡単には殺させてくれない。ラジエルが『転移魔法』を使用し、自身をベルフェルの背後へ、ラファエルを上へ移動させる。
ラジエルは多数の魔法を放ち、ベルフェルの動きを止め、その隙をラファエルが突く。
対処は簡単、しかし面倒くさい。ならばどうするか。答えは回避しないだ。ラジエルの魔法を全弾受け、更にラファエルの手がベルフェルに触れる。
「捉えました。これで終わりです。」
勝ちを確信した。そんな表情をしている。
「『慈愛之神』。」
マスタースキルを使用するラファエル。だがベルフェルには意味をなさない。成長を掌握するスキルである『慈愛之神』。マスタースキルと言うスキルの最高峰の力。だがその中にも差はある。例えば王の名を持つスキルと神の名を持つスキルだ。この2つでは後者に軍配があがる。
マスタースキル間での差は他の理由で生じることもある。それは経験値の差だ。
「そんな!ありえない。」
ラファエルは目の前の光景に驚く。確かにスキルを発動した。だがベルフェルに変化はない。
驚きのあまり硬直するラファエルの腕をベルフェルは掴む。
「…早く死んでくれ。」
「何をしているんですか。」
ラジエルは自身のステータスを上昇させる。魔法での攻撃は余り効果がない。であれば物理攻撃をするのみ。力、俊敏を集中し、ステータスを上げる。そして『錬金術』を使用し、手に持った小石をミスリルへと変化させ、『武器生成』により剣、槍を生成する。ラジエルはこの行動を1秒かけずに行った。それは神業と呼ばれる域に達しているだろう。
ラジエルは自身の『剣王』や『槍王』のスキルを最大限発揮させ、切る、突くの攻撃を繰り返す。確実に当たっている。当たっているのだが目の前の男は一切動じない。その細い体でよくそれだけの耐久力を持ち合わせているとラジエルは感心する。
ラジエルの攻撃に動じないベルフェル。彼は次の行動に移る。
『怠惰之神』
スキルが発動した。すると驚くべき事が起きた。ラファエルの腕が丸で干からび、枝のように変化したのだ。それはラファエルが『慈愛之神』を使用し、行おうとしていた『老化』の様に見えた。
「っ!離しなさい!」
ラファエルはゼロ距離で自身の最大火力の光魔法を放つ。自分にもダメージが出てしまうが仕方あるまい。強烈な光と熱が放たれ、視界を白く染める。しかし…。
「痛い。」
そこには平然と立つベルフェルの姿があった。無論、ラファエルの手を離してはいない。徐々に干からびている箇所が伸びている。このままでは確実にやられる。
「くっ!」
ラファエルは肩から先を切り落とし、何とかベルフェルの手から逃れ、距離を取った。追いかけるのが面倒なベルフェルはその場から動かない。
「はあ……はあ……化け物ですね。あれ程だらけているのに隙を見つけられません。」
「同意見です。負けるつもりはございませんが、厄介な相手であることは間違いありません。」
ラファエルたちにとって幸いなのはベルフェルが面倒くさがることだ。彼から動き出す事が少なく、距離をとり、回復する事が容易である。しかし、このままではジリ貧だ。
「仕方ありません。」
ラジエルは懐から短剣を取り出す。金に輝く宝石をで装飾された豪華なものだ。実用性は無さそうな見えるその短剣。だがこれはラジエルが創造神より授かった武具である。
「仕方ありませんが、これを使いましょう。」
「それは……成る程、分かりました。必ず成功するのですよ。」
ラジエルは頷き、走り出す。それと同時にラファエルも距離を詰める。
ラファエルたちは多数の魔法を放ち、視界を塞ぐ。これで何処から攻撃が来るかは視認出来ない。だが警戒すべきはあの短剣のみ。武器も持っていないラファエルなど警戒する必要もない。いや、もしも武器を持っていたとしても警戒する必要などない。それ程の実力差があるのだから。
ベルフェルは2人がまた転移をするのだろうと予測する。足音を立て移動するよりも、魔法により魔力が乱れている今、転移の方がより場所がばれにくいからだ。だがだからとて分からない訳ではない。魔力が上昇している場所が2つ。1つは周囲の乱れた魔力に隠れながら出来る限り悟られないよう魔力を上昇させている。こちらがラジエル。目立つように急激に魔力を高めている。そちらがラファエルだ。
ラファエルが先に行動に移った。右の方向からこちらに向かってくる。そしてその直後、ラジエルも魔法を発動し、転移をした。
しかしベルフェルはラジエルの先程からの行動から彼女が転移する場所を先読みしていた。
「背後。」
ベルフェルはラジエルが転移をした瞬間、目も向けず背後に大きく腕を振る。ベルフェルの予想通り、ラジエルは背後に転移していた。ベルフェルの背後に移動したときには既に回避不可能な距離にある腕。
ラジエルは諦めた。ダメージを負ってしまう。しかし、仕方ない。そういう作戦なのだ。
ベルフェルの腕が直撃する。ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。ベルフェルは構わず、腕を振り切る。轟音を響かせながら吹き飛んでいった。これで後は右から来る筈のラファエルを倒すのみ。魔力を上昇させたようだがそれではベルフェルにダメージを与えることは出来ない。
(躱すのもめんどくさいな。)
ベルフェルはここでも回避はしなかった。そしてそれは彼女たちにとって予想通りの展開だった。
ズブリ。
体に何かが刺さる感覚。ベルフェルはゆっくりと自身の腹をみる。するとそこには先ほどの短剣が刺さっていた。
「…痛い。」
ベルフェルは尚もやる気が無さそうな呟く。変わらない表情にやる気。
「余裕ですね。」
ラジエルは短剣に力を込める。
「『断絶之剣』。」
『断絶之剣』の効果は世界との関わりを断つこと。対象者をこの世界から遠ざけ、関わることのできないようにする言わば協力な封印のようなものだ。
『断絶之剣』の効果を知らないベルフェルは回避などしない(知っていてもしない)。周囲の空間が歪み、黒い靄が渦巻く。その靄はベルフェルの腕、足を包み込みやがて全身を包んで行く。抵抗などしない彼は瞬く間に呑まれていき、遂にはその姿を消した。
「……やはりこの程度。」
ラジエルは誰もいなくなった空間を見つめながら悲しそうに呟く。期待していたのかもしれない。自身以上の存在が遂に現れたかと。しかし、勘違いだったようだ。
「上手くいきましたわね。」
ラファエルは折れた腕を抑えている。あの時、ベルフェルに吹き飛ばされ負った傷だ。
ラジエルは確かにベルフェルの背後に転移した。しかし、その転移と同時に自身とラファエルの位置を入れ替える術も準備していた。気づかれないよう、悟られないよう策を用意したのだ。もしもラファエルとの位置を変えたことに気づかれたとしてもまだ手はあった。だからこそラジエルはベルフェルに失望していた。
(やはり既にこの世界には私以上の存在は…。)
そのとき、ラジエルの肩を何者かが叩いた。最初はラファエルかとも思ったが、目の前にいる彼女は動いていない。勇者たちではない。彼らがラジエルに気付かれず、近づくことなど不可能。であれば一体誰なのか。ラジエルは薄々だが気づいていた。自身に気付かれず尚且つ、後ろに現れられる者を。
「うるさい所に飛ばすな。」
聞いたことのある声だ。ラジエルはゆっくりと振り向く。目に映ったのは緑の髪を持つ、痩せ型の男。そう、ベルフェルであった。
距離を取ろうとするラジエルとラファエル。しかし、不思議な事が起こった。力が抜けていくのだ。動くことさえ辛い。
「な、何を…。」
「まだ動けるの?なら…。」
その言葉と同時に虚脱感さえ覚えてしまう程に体の力は一気に奪われた。ラジエルたちは成すすべもなくその場に倒れてしまう。
「ま、マスタースキルですか。」
「…そう。君たちの力を減少させた……ってわざわざ説明する必要ないじゃん。」
(減少…それが彼の力ですか。)
『怠惰之神』。ベルフェルの所持するマスタースキルであり、『減少』を掌握する効果を持つ。
ラジエルたちはこのスキルにより、体の力を極限まで減少されているのだ。だがラジエルは思う。腑に落ちないと。
何故、同じマスタースキルを所持しているラジエルたちがここまで簡単にマスタースキルの効果を受けてしまったのか。そして何故、彼は『断絶之剣』による封印から脱出出来たのか。
「一体、どの様な方法で。」
ラジエルのその言葉からベルフェルは彼女が何を聞きたいのか理解した。説明してやる必要はない。だが彼は久方ぶりに思った。自身に必死に対抗し、勝とうとする2人の姿を見て。ベルフェルは口を開く。
「君たちは努力をしてきた?してきたなら教えて。それってどんな感じなのか。」
質問に質問で返すのはどうかとも思ったが、ベルフェルは続ける。
「努力ですか?…してきました。力、技術、知識。全てを身につけるためにやってきました。それは当たり前であり、どう感じると言われても何とも思いません。」
ラジエルは今までを思い返しながら返答する。自分は天才ではあった。しかし、それ相応の努力はしていたと自負している。天才であり、努力をした。だからこそ自身以上の存在がいなくなったと。
「そう。俺にはそれが分からない。君の言う当たり前が分からないんだ。」
ベルフェルはなにかを思い出しているかの様に虚空を見つめる。
「昔からそうだ。何かを成そうとすれば必ず成功した。努力なんて必要なかった。力、技術、知識を身につけるのに時間なんかかけない。ほんの少し、やろうと思えば出来た。何故かは分からない。だから努力が俺には分からない。」
(自慢話ですか?)
ラジエルは優越感に浸りたいのか?と思いながら無駄話をしてくれているならと次の手を考える。だがベルフェルの一言でその考えが消えた。
「『B』。そう名乗って色々やっている時期もあった。」
「……『B』?」
それはかつてラジエルが探し求めていた存在。唯一敗北を認め、もしかしたらと自身に希望を持たせた存在。
『B』本人を目の前にしてラジエルは思う。自身以上の存在はいたのだと。力で完膚無きまでに叩き飲めされ、過去に見た作品なども自身にない表現があった。無論、ラジエルがそれを取り入れないわけがなかった。しかし、次の作品では新たな表現が加えられ、完璧となった筈のラジエルの作品を凌駕している。
ラジエルは改めて思う。自身はこの男よりも劣っていると。
そんなラジエルの心中など知らず、ベルフェルは話を続ける。
「数多くのことをやってやることが無くなった。新しい何かを発見しても1日、酷ければ1分も掛からずに終わる。」
ベルフェルは横になる。
「俺は飽きたんだ。この世界に。
やる事もなく、やれる事もなく、ただただ時間だけが過ぎていった。ただただ怠惰に過ごしてきた。気がつけば持ってた殆どのスキルを失っていたよ。だから期待した。これで俺も出来ないことがあるんじゃないかって。でも。」
ベルフェルが右手を差し出す。するとその手から炎が、雷が、闇が発生した。それぞれ『炎魔法』『雷魔法』『闇魔法』によるものだ。だがそれは異常な事だった。
「さっき俺のステータスを見た君ならわかるよね。俺に『時空間魔法』以外の魔法系スキルが無いって。」
そう。ベルフェルはそのスキルを所持していないのだ。スキルも無しにスキル持ちと同等の力を発揮する。ラジエルですら今までに聞いた事も無かった。だが確実に目の前でそれが起きている。
「いや、正確に言えばスキルはあるんだ。今はね。」
ラジエルはベルフェルのステータスを見る。
【ベルフェル】
『能力』
スキル
『炎魔法レベル100』
『雷魔法レベル100』
『闇魔法レベル100』
「あり得ない。」
「でも実際におきてる。」
ベルフェルが魔法を消すと同時にステータスからも魔法は消えた。
「思えば何でも出来てしまう。こんなにつまらない事はない。だから何かをするのをやめた。ただ疲れるだけだから。……考えてみれば何で俺こんな長話してるんだろ?疲れるだけなのに。……やっぱり。」
面倒くさい。
ラジエルたちの最後の記憶はそう言いながらこちらに手を伸ばすベルフェルの姿であった。何をされたのかは分からない。ただ自身が死ぬとそう理解しただけだった。
次回も日曜日です。