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気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第6章 世界大戦編
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気がついたらビンタでした

「ルネ?」


「うん、そうだよ。アスモデウスさん、間に合って良かった。」


 アスモデウスはルネの体、特に背中に傷があることに気づいた。ルネは天使たちとの戦いで少なからず傷を負った。1人対多数の戦闘を行った以上それは仕方のない事だ。捌き切れる攻撃、そうでない攻撃がある。しかし、ルネの背中にある傷は避けることが叶わなかった、また止むを得ず受けたそう言った傷ではなかった。

 ルネは躱さなかったのだ。ルネの後方に数多の天使が見えた。その数は確かに減ってはいたもののまだ数えきれるようなものではない。ルネは彼らを無視してアスモデウスに駆けつけた。彼女の身に危険が迫っていると感じたのだ。それはスキルではない。彼の直感だった。アスモデウスだけは自分が守るその思いがそうさせたのかもしれない。

 結果、ルネはアスモデウスを守ることが出来た。ただただアスモデウスの無事が嬉しかった。だからこそ、ルネの表情は優しい笑顔となった。


「……っ!さ、流石は私の弟子であるだけはありますね。褒めてあげます。」


 アスモデウスはお姫様抱っこされ、涙を流す自身の姿に気づいた。恥ずかしながらもルネにこんな姿は見せられないと涙をぬぐう。


「ありがとう。」


 ルネは自身の腕の中にいるアスモデウスを見つめる。体は傷だらけで、力が入っていない。見栄を張って表情を作ってはいるが涙の跡は隠せない。


(泣いてるアスモデウスさんを見るのはあの夜以来だな。)


 強くなったと考えていた。しかし、自身のことで精一杯でアスモデウスのことを考えることが出来ずにいた。無力だと思い知らされたあの夜。

 ルネは考えてしまう。今の僕はあの頃と違うのか?と。果たして彼女の為に戦える騎士になっているのかと。ルネ本人もその答えはわからない。しかし、やることは決まっていた。

 ルネはメタトロンの方へと向きを変える。


「君がやったのかい?」


「そうだ。」


「そうかい。……アスモデウスさん、少し下がってて貰えるかな?」


 ルネはそう言ってアスモデウスを離す。つまりそれはルネは1人でメタトロンと戦おうとしているという事だ。メタトロンの強さを知っているアスモデウスからすればそれは無謀でしかなかった。


「な、何言ってるんですか。勝てるわけありません。」


 アスモデウスはルネを止めようとする。しかし、ルネは剣を構え、いつでもメタトロンに向かって行ける姿勢となる。


「そうかな?僕にはそうは思えない。」


 ルネの言葉は本心だった。目の前にいるメタトロンは自身よりも格上、向かい合ってそれが嫌でもわかる。しかし、負ける気はしなかった。見栄を張ってるわけでも、自身の力が分からない訳でもない。ただ、今なら勝てると思えた。

 だが、そんなルネのことなど理解できないアスモデウスにとってやはり無謀でしかない。アスモデウスはルネの肩に手を掛け、止めようとする。しかし、既にボロボロで力の入らないその手ではルネは止められない。


「………やめて下さい。」


 いつもとは違うアスモデウスの暗い声。それはルネの動きを止めるのには十分だった。


「アスモデウスさん。」


「確かにルネは強くなりました。けど、私に勝てないじゃありませんか。そんな貴方が私が負けた相手に勝てると本当に思うんですか?無理ですよ。」


 アスモデウスはあえて濁すかことなく、しっかりと伝えた。それだけルネに戦って欲しくなかったのだ。脳裏をよぎった記憶。そこには勿論ルネの姿もあった。先程までもう会えないと考えていた彼が目の前にいる。しかし、メタトロンと戦ってしまえばルネは…。

 アスモデウスは遂にはルネを後ろから抱きしめていた。


「…ルネは逃げて下さい。私が時間を稼ぎます。」


「何を言って……。」


「勇者たちのところに行けば、あいつがいるでしょうし、結界もあります。そこまで行けばきっと助かります。」


「違う、そんなことを聞いてるんじゃ……。」


「私が戦います。勿論、勝てなそうですけどね。でもあんな思いをするよりは良いです。……ルネ、貴方はしっかりと生きてください。これは師匠からの命令です!」


 アスモデウスはルネの前に出て、メタトロンと向かい合う。これでいいのだと自身に言い聞かせて。心の中でイヅナに謝罪をして。

 だがそれをルネが許すわけがなかった。


「アスモデウスさん、少しこっちを向いてくれるかい?」


 アスモデウスは特に疑問を持たず、ルネの方へと振り返った。


「何で……。」


 バチン。


「え?」


 アスモデウスは左の頬を抑えた。ルネに叩かれたのだ。

 アスモデウスは衝撃を受けた。それは物理的にも、精神的にもだ。ルネとは特訓をし、攻撃を受けることもあった。しかしその唯一の例外を除いて彼がアスモデウスに手をあげるということは無かった。


「本気でそれを言ったのかい?」


 アスモデウスはそこで気づいた。ルネが怒っていることに。今までに見たことのない表情だ。アスモデウスは何といえば良い分からず、言葉が出なかった。ルネはアスモデウスの胸ぐらを掴み、自身の方へと寄せた。


「アスモデウスさんがどんな思いをしたのかは僕には分からない。それでも今君がしようとしていることは間違ってるよ。しっかりと生きて?君がいない世界でかい?僕は嫌だよ。大切な人を失いたくはないんだ。」


 アスモデウスにはルネの考えが分かった。それは先程まで彼女が感じていたものと同じものだ。失いたくない。だからアスモデウスはルネを逃がそうとした。しかし、ルネも同じだった。アスモデウスを失いたくないのだ。アスモデウスも、もし自分が逆の立場ならルネと同じことをしただろう。だからこそ今の自身の発言が愚かであったと理解した。


「すみません。私、ちょっとネガティブになってました。」


「……僕もごめん。頰を叩くことはなかった。」


「そうですよ!何、美少女の頰を叩いてるんですか!傷でもついたらどうするんですか!」


「い、いやそれは…。」


 ルネが叱っていた立場のはずだったが、一瞬で逆転してしまった。だがいつものアスモデウスに戻ってきたことを嬉しく思う。


「さてと。」


 アスモデウスはメタトロンの方を向く。


「待ってくれるなんて、随分と優しいじゃありませんか。」


「友人との最後の別れを邪魔するほど私は落ちぶれてはいない。」


 メタトロンのその言葉はつまりはアスモデウスたちを決して逃がさないという意思の表れだろう。だがそれはアスモデウスたちも同じだった。


「つまりはここで私たちを殺すというわけですか。」


「無論である。」


「はっ!私たちを殺すですか!上等です!こちらは2人、人数の有利は取れています。」


「其方を戦力として数えられるのか?」


「問題ありません。今思い出しました!ルネ!」


「え?あ、あれかい?」


 そう言ってルネはポケットから1つの錠剤を取り出した。


「秘密兵器その2!『フルカイミン』です!」


『フルカイミン』。それはイヅナがルネに渡した傷を癒し、魔力、体力を完全回復する代物だ。イヅナは武器ばかり気にしていた為、回復手段を考えていなかった。いや、正確にはイヅナ自身にはその様な物が必要ない為思いつかなかったのだ。

 学園につきニエーゼたちと話をした後、円卓室に向かったイヅナたち。そのとき、アスモデウスが言ったのだ。


「遠いです疲れました。」


 何を言ってるんだ、とイヅナは思ったがこの一言で気づいた。アスモデウスたちも体力や魔力を消費することに。今までの戦いでルネは兎も角アスモデウスが魔力を消費しきるという事は無かった。しかし、創造神や天使たちと戦う以上、その可能性もあると考えた。

 そこで急遽作成したのがこの『フルカイミン』なのである。時間もなく2つしか作成出来ず、アスモデウスとルネに渡しそうとした。しかし、アスモデウスは自分はいらないからとルネに2つ渡したのだ。


「まさか私が使うことになるとは。」


「一応、僕も。」


 2人は『フルカイミン』を摂取する。先程までの傷が嘘の様に消えていき、体のうちから魔力が溢れてくる。どうやら『フルカイミン』の効力は本物らしい。


「さあて、一度は私に殺されてるわけですが、これでもまだ勝てるつもりですか?」


「確かにこの状況ならば私が不利であろう。しかし、その問題も今解決した。」


 メタトロンのその言葉と同時に何かが落下してきた。その気配に気づいたアスモデウスたちは視線を上へと向ける。そこには天使がいた。紫の髪を持つ華奢な少女。しかし感じる気配、魔力は尋常ならざるものだった。


「メタトロン、何をしている。醜い悪魔たちなどさっさと殺せ。」


「そうも言わないでくれガブリエル。私とて一度に2人の相手は辛い。どうだ?手伝ってはくれぬか?」


 ガブリエルと呼ばれた天使はアスモデウスとルネを見ると、嫌そうな顔をし、溜息を吐きながら頷いた。


「創造神様に御報告をと考えていたがあの様子では無理そうだ。もう一つ良い知らせが出来るようここで手柄を立てるのもいいか。」


「ちっ!2対2になりましたか。まあ、いいでしょう。ルネ!」


「何だい?」


「天使を倒して少しは強くなりましたか?正直に言うと以前の貴方のステータスだと相手にならないんですよ。」


 アスモデウスはルネに告げる。しかし、この言葉は心配からでは無い。試しているのだ。ルネがアスモデウスを助けた際の速さ、それはアスモデウスたちのレベルに通用するものであった。それは天使たちとの戦いでのレベルが上がったこと、また【聖剣カラドボルグ】の力あってのことだ。それでもルネは戦える。それだけの力はある。だが覚悟があるかは別だ。以前の状態では相手にならない、そう言われても俺無い心が。

 アスモデウスはルネを見つめる。すると彼は真剣な顔や緊張した様子はなく、いつものような笑顔で言った。


「大丈夫。僕は強くなったよ。」


 ルネはアスモデウスの横に並ぶ。そして、改めて剣を構える。


「やっとここまで来れた。アスモデウスさんの横に立てるまで。アスモデウスさんの背中を守れるまで。」


 ルネは嬉しかった。こんな戦場のど真ん中でそれも強敵を前にして思うことでは無いと分かってはいたが、それでも笑顔になるほどに。

 アスモデウスは今までルネを見てきた。彼がどう言った気持ちで特訓を受け、自分たちについて来たのかも何となく察している。だからこそルネの笑顔の意味はわかった。

 アスモデウスはルネの肩にそっと手を回す。


「良かったですね。でもまだ私の横に立ててはいません!」


「アスモデウスさん、弟子は師匠も超えていくものだよ。」


「言うようになりましたね。しかし!そんな事は一生ありえません。」


「ハハ、そうかい。」



 戦場に相応しく無い雰囲気であった。その様子をガブリエルは睨むように見ていた。気分が悪い。先程の悪魔のときもそうだ。醜いものが笑っているのは心底気持ちが悪い。


(試練であるとは分かっています。けれどやはり私には耐えられない。)


「『救恤之神』。」


 ガブリエルは自身に『加速』『速度上昇』を付与し、アスモデウスに向かい飛行する。メタトロンと比べれば遅いがそれでも高いステータスを持ち、更には『救恤之神』で付与を施した速度を醜いものが見切れるはずがない。手刀には『硬化』『斬化』『重化』を付与する。

 アスモデウスの顔に迫る手刀。しかし、アスモデウスの表情には何の変化も無い。


(決まった。)


 そう思ったときだった。ガブリエルとアスモデウスの間に剣が割って入った。


 ガキィン。


 まるで金属同士がぶつかったかのような音が響く。ガブリエルは一撃が防がれたことにより警戒を高め、一度距離をとる。


「そうはさせないよ。」


「ルネ、グッジョブです。」


 ガブリエルはルネを舐めていた。天使たちを倒したとは言え、あのレベルのものをいくら倒したからと言って自身の敵とはなり得ない。ならば警戒するのはアスモデウスのみだと。だが実際には違った。ルネはガブリエルの速さに反応し、攻撃を防いだ。しかし、これはルネからしてみれば当たり前であった。

 ルネが初めに戦おうとしていたメタトロン。その速度は遠目ながら目にしていた。それでも彼は言った。『負ける気がしない』と。つまりルネはメタトロンの速度を自分は対処できると言っていたのだ。そんなルネを前に幾ら『救恤之神』を使おうともメタトロンの速度よりも遅いガブリエルの速度では対処されて当たり前であったのだ。


(あんまり速くは無かったかな。でも…。)


 ルネは【聖剣カラドボルグ】を見つめる。

 自身の一撃が思い通りの結果にならなかった。ガブリエルは刃が彼女の手首に捉える直前、軌道を変更し、【カラドボルグ】を弾いたのだ。ルネにはない反射速度と技術であった。それはどうしようもない年期の差である。だがルネに負ける気はない。差があるなら別の何かで補い、埋めれば良いだけの話だ。

 ルネは『風装化』を使用し、風を纏う。最初から全力、出し惜しみはしない。


「行こう!アスモデウスさん!」


「しょうがありませんね!」


「ガブリエルよ。気を抜くな。」


「わかってる。」


 アスモデウス、ルネの戦いが始まる。














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