気がついたらピンチでした
前回に続きアスモデウスです。
ーーーアスモデウスSIDEーーー
アスモデウスとメタトロン。睨み合う両者であったが先に仕掛けたのはメタトロンであった。
メタトロンの持つ盾が閃光を放つ。アスモデウスの視界は光に包まれ、周囲を見ることは出来ない。メタトロンはその隙をつく。素早く盾を手放し、急加速したメタトロンは瞬く間にアスモデウスの背後を取る。盾からは未だ光が溢れ、魔力を抑え気配を消した自身には気付いていない、メタトロンはそう確信していた。
しかしその考えは間違いであった。メタトロンの前には体を捻り、回し蹴りを放つアスモデウスの姿があった。メタトロンは再び、急加速をし何とか回避する。
「ちっ!外しましたか。」
アスモデウスはメタトロンの位置を正確に捉えていた。だがメタトロンにはその理由がわからない。視界、魔力による情報は絶たれ、気配すらも消していた。何よりアスモデウスは自身のスピードにはついてこれてはいないのだ。
(スピードで遅れを取ろうとも攻撃を正確に放つ。未来を予測するスキルか?だがそれは先程の私の攻撃を躱したスキルとは別のものなのでは?ふむ。試して見る必要があるな。)
ゴウ。
メタトロンの耳に聞こえた音。それから連想するものは1つだった。
(炎。)
メタトロンの考えの通り、彼に向かい背後から飛来していたものは炎であった。それはアスモデウスが戦い始める前に用意していたもの。事前に作成した炎を遠方に飛ばし、相手の隙をつき狙おうと考えていた。
だが相手は天使最強レベルの男、その程度の攻撃に表情1つ変えず対処する。
「【レイジェク】。」
メタトロンがそう呼ぶと彼の背後に盾が現れる。それは先程の光を放ったあの盾だ。炎は盾に直撃する。盾には傷1つ付かない。
「頑丈な盾ですね。」
「当たり前であろう。これは創造神様から直接頂いた物。この世界で最も強力な盾であると確信している。」
そう言って盾を掲げるメタトロン。その表情は自分のおもちゃを自慢する子供のようである。だが、創造神からの贈り物などアスモデウスから見ればドブのようなもの。アスモデウスは威勢良く言い返す。
「この世界で最も強力ですか。はっ!そんな物私がこの拳で砕いてあげますよ。」
「やれるものならやってみるがよい。」
メタトロンは3対の羽を大きく広げ、羽ばたく。羽からは幾つかの羽根が抜け落ち、宙を舞う。アスモデウスはその羽根に違和感を覚え、防御に移った。ただゆっくりと落下しているだけのその羽根を見た。何故、そう感じたのかと聞かれてもアスモデウスには答えられなかった。それは彼女が持つ一種の本能のようなものであり、彼女が説明しようと思ってもそう感じたからとしか言えなかった。何より彼女の行動は正しかった。
眼下で羽根が突如その数を増やした。百、千、万、とても数えきれるものではない。羽根はその場で停止し、アスモデウスの方へと向きを変える。そして…。
「対処しきれるかな?」
一斉に飛来した。流石のアスモデウスもこの数全てに『色欲之神』を発動させ、攻撃の対象を変えることなど出来ない。自身の周りに風を吹かせ、暴風の壁を生成する。羽根は次々と風に阻まれる。
「!」
アスモデウスの頬を羽根が掠めた。浅く切れた頬から血が垂れる。どうやらこの数の中に幾つか風を突破出来るほどの攻撃が混ざっているようだ。
「厄介です。まあ、このアスモデウスにかかれば楽勝です。」
エクストラスキル『魔力索敵』を使用する。メタトロンの強大な魔力に呑まれ分かりづらいが羽根の中に明らかに他のものとは違う気配を持つものがあり、また魔力によりメタトロンとの繋がりが見える。
「見つけました。」
アスモデウスは『色欲之神』を使用し、それらの攻撃対象をメタトロンへと変更する。が、自身が操作するはずの羽根に他の者の魔力を感じたのか、次々とその羽根を消滅させる。アスモデウスからの攻撃は失敗だ。だがメタトロンの羽根による攻撃は未だ続いている。しかし、いつまでも風の中にいては次の一手を準備させることとなる。
自身の壁となっていた風は一気に下へ向け、吹き荒れる。羽根はそれに抗う術もなく、勢いよく下降していく。アスモデウスはその羽根の様子を見るまでもなく、炎魔法を発動させる。炎の槍がアスモデウスの左右に現れる。
「行け!」
アスモデウスはメタトロンに向け、その槍を放つ。先程と同様、回避行動をとるメタトロンだが交わした筈の槍は軌道を変え、彼を追尾する。回避は不能。それならばとメタトロンは行動に移る。
光魔法により槍を生成し、放つ。だが衝突の直前、炎の槍は光の槍を躱し、メタトロンへ向かい進む。
「面倒な技だ。」
飛来する炎の槍は遂にメタトロンを追い詰める。
「『境界之神』…。」
次の瞬間大きな爆音とともに炎と煙が空に広がる。アスモデウスは炎を見つめる。それなりには魔力を込めたつもりではあるが仕留めたとは思っていない。あのスピードを持つメタトロンだ、次の一撃が何処から来てもおかしくはない。アスモデウスは警戒を怠らない。だが、そんなアスモデウスの警戒は意味を成さず、炎、煙が晴れるとその中から無傷のメタトロンが現れた。
「どんな丈夫な体してるんですか。まあ、流石にスキルは使っていたみたいですが。」
「私も驚いた。まさか、この段階でスキルを使うことになるとは思ってもいなかったのでな。」
メタトロンとしても今発動したスキル『境界之神』は使用したくは無かった。『境界之神』の能力はその名の通り“境界の掌握だ”。境界を生成する事で先程のように爆発で生じた炎、衝撃のある空間と自身のいた空間を分けることにやり防御をすることができる。しかし、このスキルは空間に歪みを発生させ、また境界は一切の干渉をも許さないことから相手にスキルの能力を理解されやすい。その為、メタトロンとしても早々に使いたくはない手ではあった
「…空間に歪み……煙による汚れが無いところを見ると空間を隔てたり、分けたり、する能力ですか?空間を分けてしまえば炎も煙も衝撃も通さない。その能力切断なんかも出来そうですね。まあ、空間に生じる違和感に私は敏感ですからね。躱せそうです。」
メタトロンの予想通り、アスモデウスは『境界之神』の能力を理解した。マスタースキルの所持者同士の戦いにおいて相手の能力を理解することは大きなアドバンテージとなる。
1つとは言え、マスタースキルを理解されたメタトロン。不利な状況だ。しかし、彼は負けるとは思っていなかった。確かに1つのマスタースキルは理解されてしまった。だが奥の手を知られたわけではない。それにその一手は理解されようとも能力を使ってしまえば勝てる自信もあった。
「どうしたんですか?怖気付きましたか?」
アスモデウスの挑発。メタトロンは光弾で応える。しかしやはり光弾はアスモデウスに当ることなくコースを逸れる。だがそれで良い。メタトロンもまたアスモデウスのスキルを理解し始めていた。
(ふむ。向こうのスキルも大まかではあるが理解できた。対象操作といった感じであろう。それに先程の羽根への対処の仕方を見る限りでは一度に多くに対して発動は出来ないと見た。であればこの勝負、私の勝ちだ。)
「悪魔よ。」
「なんですか?」
「最後に名を聞かせてはくれぬか?」
「はい?」
メタトロンの発言にアスモデウスは首をかしげる。
「悪魔、敵であるとは言え其方は強く、美しい。忘れぬためにもその名を聞きたい。」
メタトロンの言葉は本心であった。敵であるのアスモデウスだがその姿に彼も見とれた。今まで創造神に使えて数百年、神界にも美しい天使たちはいた。だが、見とれたことはなかった。メタトロンにとって初めての経験。だからこそ彼は無意識のうちに彼女を眺める為にイヅナと創造神の戦いを観戦することを許した。だが無意識であった為か、やはり彼は自身が天使であり創造神の騎士であることを優先した。故に戦った。それでもその美しさを殺すのは惜しく思った。だが創造神に仕える身としてそれは許されない。ならばその名を心に刻み込もうとそう思ったの言葉だった。
アスモデウスはメタトロンを見つめた。彼の真意を見抜こうとした。しかしその言葉にはそれ以外の意味は無く、真意を見抜くも何もなかった。それでも警戒したアスモデウスは名を伝えることはなかった。
「誰が名前なんか教えますか。私の名前でも呼ぶつもりですか?そんなことをして良いのはイヅナ様とルネとベルゼブとルシファーと……って結構いますね。」
「……そうであるか。残念だ。では赤髪の悪魔よ。貴様との時間はこれで終わりだ。安らかに眠るがよい。」
メタトロンの右に渦が出現し、水が溢れる。徐々に大きくなり遂には巨大な水球となった。また左の空間からは小さな芽が生えたかと思うと急速な成長を見せ、大樹へと姿を変える。
アスモデウスも両手に炎を出現させ、備える。
「そろそろフィナーレといこうではないか。」
「それは私のセリフです!」
アスモデウスはメタトロンへ向かい無数の火弾を放ちながら進む。それと同時に『未来予測・予知』を発動した。このスキルはその名の通り可能性のある未来を予測、予知する能力だ。未来を知るという強力なスキルだがそれ故に消費する魔力も多く、数を使用はしたく無く、アスモデウス自身が好んで使うこともあまり無い。だがこのスキルには自身が望んで使用する以外にも、もう一つ発動する条件がある。それはアスモデウスに死の危険が及ぶ時だ。今、アスモデウスの意思とは関係なく、『未来予測・予知』は発動した。そして、見た自身がまるで砂のように消えていく光景を。
アスモデウスはメタトロンに飛び込む体、火弾を急停止する。
「ほう、感が良いな。」
次の瞬間、アスモデウスよりも5メートル程先に浮いていた火弾がまるで砂のように消えた。それは先程見た自分が消えていく光景と似ていた。
「あと少しで其方がこうなる筈だったのだが。まあ、良いか。」
一体何をしたのか。アスモデウスには理解できなかった。
高いステータスを持つアスモデウスさえも抵抗させることなく死に至らしめる攻撃。脅威である。しかし、今アスモデウスが無事であるのを見ると射程はそこまで長くは無いのかもしれない。だが情報が少な過ぎる。そう確定するのはまだ早い。
「ふむ。其方に向かい発動してもまた躱されるのがオチか。であればそれ以外に発動すれば良い。」
そのときアスモデウスは気づいた。メタトロンの側にあった筈の水球が消えていること。代わりに自身の周囲に小さな水玉が浮いていること。
次の瞬間、水玉が一斉に消えた。そして、アスモデウスの視界は別のもので覆い尽くされた。赤く燃え上がる巨大な炎に。威力はそれほど高くは無い。しかし、突然起きたことや熱などの影響により、アスモデウスは目を閉じてしまった。その行為はこの戦場では命取りとなる。
アスモデウスの左腕が掴まれた。勿論、目を瞑った一瞬のうちにそのようなことをする者は今この場には1人しかいない。
アスモデウスは目を見開き、メタトロンに向かい蹴りを放つ。足を掴んでいない方の腕で咄嗟に守ったものの『色欲之神』で顔を対象とされていたメタトロンは腕に足が触れることなく、顔に一撃をくらい、アスモデウスから離れる。しかし、それに見合う成果を得た。
「まずは腕だ。」
「この野郎、やってくれましたね。」
アスモデウスは先程で腕のあったその場所に右手を当てる。何とか距離を取ることが出来たがもう少し反応が遅れていれば完全に消されていた。
(不味いです。何か…。)
「何か方法は……か。」
「!」
自身の思考を読まれアスモデウスは驚く。メタトロンはそんなアスモデウスを気にせず話を続ける。
「無論、そのようなものはなく、其方は私に負ける。そして助けは来ない。チェックメイトだ。」
メタトロンは剣を構え直し、アスモデウスを見下ろす形をとる。
(……どうにかこの状況を変えないと駄目ですね。絶体絶命のピンチ。イヅナ様が助けてくれる、とは思いたいですけど流石に創造神と戦いながらは無理でしょうし。自力でどうにかするしか無いですね。頑張れ!私!)
アスモデウスは覚悟を決める。ここが正念場であると自分に言い聞かせ。だが彼女は薄々だが思っていた。ここが自身の死地になるかもしれないと。