気がついたら嫉妬、恐怖でした
仕上がったので投稿します。今回はレヴィさんのお話です。次回はしっかりと日曜日に投稿します。
ーーーレヴィSIDEーーー
悪魔レヴィ。彼女が生まれて初めて思ったことは何かと聞かれたらこう答えるだろう。
「醜い。」と。
暗く何も感じない。自身が存在しているのかさえ分からない。そんな意識があるのかも分からない世界から解放されたレヴィが最初に目にしたのが光であった。それは辺りを照らし、色を与え、生命を育むもの。そんな光は彼女が知っていたどのような言葉でも表せないものだった。
次に彼女は辺りを見渡した。木々が生い茂り、風が吹く。鳥の囀りが聞こえ、心地よさを感じる美しい世界があった。レヴィはただ見惚れていた。何も思わず、考えず、ただ見ることしか出来なかった。
レヴィの耳にせせらぎが聞こえる。そこには川があった。彼女はそっとその川を覗き込む。そこで初めて彼女は思った。
「醜い」と。
黒く、歪で、周囲のものに感じる美しさなどない。存在していることすら考えたくない物がそこにはあった。そして、それが自分であることを理解するのに時間は余りかからなかった。
(何故、私はあの様では無いのだろうか。何故、違うのだろうか。)
気がついたとき、彼女は『嫉妬』していた。世界全てが妬ましい、羨ましい。どうすれば私もあの様になれる。
(あの輝きの様に、あの色の様に、あの美しさの様に。)
《マスタースキル『嫉妬之神』を入手しました。》
レヴィの頭にそんな声が響いた。そして、瞬時に自らが手に入れた力を理解した。レヴィは川に手を入れた。すると自らの腕が川のように光に照らされ、キラキラと輝いた。憧れた輝きが手に入った。
レヴィは喜んだ。私もなれるのだと。レヴィは踊った。腕は左右非対称に動き、リズムなんてものはない。しかし、それは踊りであった。自らの心を表した。
コツン。
レヴィの足に何かが当たる。それはただ黒かった。いや、焦げていたと言った方が正しい。肉の焦げる嫌な臭いがしたのがその証拠だろう。世界に見とれ、嫉妬をしていたレヴィは今まで気づかなかったがそれは最初からそこにいた。
それが何なのか。レヴィには分からなかった。しかし、堪らなく欲しかった。何故、そう思ったのかは分からない。しかし、欲しかったをレヴィは恐る恐る触れる。そして、『嫉妬之神』を使った。するとレヴィに変化が現れた。未だ黒かった体は白に近づき、短かった手足がすらっと伸びる。髪が風で棚引いた。青い色のその髪が。レヴィは再び川を覗き込んだ。そこには美女がいた。先程までの自分とは違う。美しい自分が。
願いが叶った。叶ってしまった。簡単に。レヴィは思った。思ってしまった。まだ、足りないと。
人は手に入れてそのとき満足しよう、時が経つにつれ不満を持ち始める。そして、更なるものを求める。それは悪魔であるレヴィも同じであった。もっともっと美しく。もっと鮮やかに。あの光の眩しさも、木の力強さも、花の香りも。何もかも。
レヴィのそれは嫉妬と言うよりも強欲であった。しかし、彼女にとってそれは強欲ではなく当たり前でしかなかった。私よりも他の物が美しいのは当たり前。だから、私はそれが欲しい。私はああでは無いのだから。だからこその『嫉妬之神』であった。
レヴィは嫉妬し続けた。この世にある物、その全てが対象。例外はない。彼女はそう考え生き続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はあ〜。」
レヴィの溜息をするその姿は美しかった。若い少女のように見えながら長年で培われてきた様な妖艶さも感じる。もしも街中でこの姿を見せれば街ゆく男たち全員が彼女の虜となるであろう。しかしここは街中ではなく周囲にはレヴィともう1人、相対する女性しかいない。この場には彼女の虜となる存在はいないのだ。
レヴィは目の前の女性に目を向ける。勿論、その相手は天使だ。しかし、天使とは思えない程黒く染まった髪、鮮血の様な赤い瞳を持つ。光沢を思わせる艶を持つその髪、真紅とも言える鮮やかな瞳は天使らしからぬ色ではあるが、それ故に目を引かれる。
レヴィは長い年月の中で嫉妬の心は薄れていた。眼に映る何もかもが美しく、強く、気高く、それが故に妬ましく、羨ましかったあの頃とは違う。妬ましく思うことが減り、何もかもを欲すことも無くなった。だが、満足はしていない。
目の前の天使は自身にはない美しさを持っている。レヴィは思う。
(何故、私はあの様に美しくないのか。)と。
そして欲する。何十年、何百年ぶりの嫉妬の感情が芽生える。
「貴方、天使なのに変わった髪をお持ちですのね。」
(その髪が欲しい。)
「そうですね。確かに珍しいと思います。ですがこの色は神が授けてくれたもの。とても気に入っております。」
「そうなのですか。」
(そうでしょう。私が欲したものを気に入らぬわけがない。)
「綺麗な瞳ですね。」
(寄越しなさい。)
「ありが…。」
天使は敵ではあるが自身が神から授かった物を褒める悪魔に気分を良くしていた。なかなか見所はある。そう思い、少し照れていた。しかし、異変に気付いた。
「その目は一体。」
目の前の悪魔、レヴィの瞳の色は確かに青だった。それは浅い海の様な明るい青でも、サファイアの様な輝かしい青でもなく、深い海の底の様なそんな青であった。だが、今は違う。右目は青だ。だがその左目は赤く染まっていた。鮮血の様な真紅とさえ言える色。そう、自身の瞳の色だ。
「ごめんなさいね。思わず『嫉妬』してしまって。瞳にも髪にも。」
その言葉と同時に青かった髪は根元から染まってゆく、黒く艶のある髪に。
天使は驚く。幻などではなく実際に起きた変化に。
「………。」
「そんなに警戒しなくてもいいのよ。どうせ全て私のものになるのだもの。」
レヴィから魔力が溢れる。
自身と同レベルの魔力。目の前で見ても理解できなかったスキル。天使は警戒を高める。そんな天使の様子をレヴィはほくそ笑む。
「名前はなんて言うの?」
「……ラグエル。」
「そう。良い名前ね。」
レヴィはラグエルとの距離を詰め、右手でその胸を貫こうとする。ラグエルはその狙いを読み、左手で弾きレヴィを蹴り上げる。
顎を蹴られたレヴィ。しかし、一切動じることなく、顔を前に出す。ラグエルとレヴィの顔の距離は10センチ程しかない。
「ラグエル。その名前も私は欲しいわ。」
ラグエルはレヴィを蹴り距離を取る。それでも今だに感じる悪寒に体を震わせた。本来同レベルの相手に震えることなどしないラグエル。しかし、目の前にいる悪魔では話が違う。強さなどでは無い。もっと深く根本にあるものにラグエルの本能が反応している。
「震えてどうしたの?怖いの?ふふ…。可愛らしい。本当に…。」
「妬ましい子。」
耳元でレヴィの囁く声が聞こえた。首元を生暖かい風によって撫でられている、そう感じるような君の悪い感覚を覚えた。目の前に確かにレヴィはいる。しかし…。
ラグエルはゆっくりと振り向く。黒く染まった髪とこちらを見つめる赤い瞳がそこにはあった。
「『嫉妬』してしまうわ。」
バチン。
ラグエルの頬をレヴィが叩く。その衝撃に脳が揺れ、視界が霞む。その隙をレヴィは逃さない。レヴィは先ほどの仕返しと言わんばかりにラグエルの顎を蹴り上げ、吹き飛ばす。飛ばされたラグエル、しかし、その方向にもう1人のレヴィが待ち構えることに気づく。咄嗟に体を捻ることで追撃を何とか躱すことに成功した。
「「よく躱したわね。」」
2人のレヴィの声が重なる。姿形は寸分狂わず、どちらも本物のように見える。纏っている魔力も変わらない。しかし、2つに分身したと言う訳ではない。
自身の姿を変え、もう1人の自分を突然出現させるスキル。一体どのようなスキルなのか。その本質がラグエルには見抜けない。
(混乱してる。きっと私のスキルを理解できなくて迂闊に仕掛けられないのね。そんなに強い力を持ったスキルでは無いのに。)
レヴィの所持するマスタースキル『嫉妬之神』その力は『模倣』だ。模倣、それは他者を真似、似せること。レヴィはただ真似ているだけに過ぎないのだ。ラグエルを真似、またカラドボルグ魔法学園でイヅナ達が戦ったラジエルの分裂した技を真似た。制限も殆どなく、大抵のものは模倣できるそのスキル。確かに強力ではあるが所詮は真似事でしかないのだ。
マスタースキルを真似しようともマスタースキルほどの力を発揮できない。本物では無い。本物にはなることは出来ない。だからこそラグエルはマスタースキルを所持するラグエルはそのスキルの力を発揮することが出来ればレヴィに圧倒されるような展開にはならない筈なのだ。
だが、それはある意味では必然であった。ラグエルが相対しているレヴィ。その精神は異常であり、恐怖される対象である。異常であり普通ではない。恐怖とは異なるものから、あり得ないものから生じる感情。ではレヴィにそれを感じない筈がない。
マスタースキルの所持者同士の戦いで勝負の鍵となるのは相手のマスタースキルを以下に早く理解出来るかという事、それともう1つある。それは精神力だ。特に相手にバッドステータスを与えるようなスキルでは精神力の高い者と低い者を相手にするのでは大きな差がある。つまり精神を落ち着かせ、また強く心を持つことが重要になる。
では、レヴィとラグエルの戦いはどうだろうか?未知の力、異常な者に自身では気付かずとも恐怖しているラグエル。相手を嫉妬し、自身の糧としか見ていないレヴィ。その精神には大きな差が生まれていた。
「安心していいのよ。」
レヴィの体がぶれ、その数がまた増える。2人から3人、3人から4人。
「私が貴方になって上げるから。」
レヴィが揺れる。霧のように薄く、広がり消えたかと思えば再び現れる。しかし、その姿は既にレヴィでは無い。黒い髪に赤い瞳。純白の羽と服のその少女。ラグエルも自身の姿くらい見たことがある。しかし、無数の自分に囲まれたことはなかった。
「「「「もう貴方は必要ない。だって私が貴方でもあるのだから。」」」」
ラグエルを恐怖の権化が襲う。