気がついたら戦える者と戦えぬ者でした
ーーー国王、巫女SIDEーーー
「忘れていたな。彼らは勇者である前にまだ若い人の子であると言うことを。」
円卓室の前でアルバートは呟いた。
突然の悪魔の襲来。勇者たちはそれを見事に撃退した。しかし、その悪魔が化けていた中島の死が確認された。彼女は元の世界では勇者たちの教師だったという。支えられて来たものも多かった。
中島の死を受け入れられない者もいた。受け入れることは出来ても涙の止まらない者もいた。その様子を見てアルバートは先の言葉のことに気づいたのだ。
「そうじゃのう。妾も助けられたことで彼奴らこそが勇者なのだと、ただの小童たちではないと思っておった。じゃがやはり心は幼かった。いや、戦いのない世界から来た者たちの反応としても当たり前なのじゃろう。それに失ったのは恩師、心の傷は計り知れんのう。」
「そうねえ。」
ラフィーエやエルティナも考えることな同じだった。その後、特に会話は無く、皆が勇者たちが落ち着くのを待っていると、巫女が口を開いた。
「皆さん、その少しよろしいですか?」
「どうした?巫女殿。」
「その…会議を再開するときに最初に魔神の居場所を確認しても良いですか?作戦について話し始めても良いのですけど、あの状態になった勇者たちが話に集中できるか、心配です。ですので少し時間がかかる魔神の居場所の確認を行うことで少しでも彼らに時間をと思ったのですが、どうですか?」
「それもそうじゃな。いくら勇者たちが大丈夫と言おうとも無理をしている部分もあろう。少しでも時間は取った方が良い。何、今すぐ魔神が暴れ出すわけでもないしのう。」
ラフィーエは巫女の提案に賛成する。
「ラフィーエの魔神に対する考えが甘い気がするけど、まあ、巫女の意見には賛成だわ。」
続き、ラエルティナ、アルバート、エスカ王国国王“モート、カラド王国国王“ユン・シエナ・カラドボルグ”も賛成のようだ。
「では、そのように会議を進めるとしよう。」
国王たちの気遣いから議題の順序は変わった。だが、彼らは知らなかった。この行動によって得る結果は今の勇者たちにとって逆効果でしかないと言うことを。
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ーーーイヅナSIDEーーー
「うん、これで少しは綺麗になったかな。」
横山が田中から離れ、先生の顔が見えた。潰れていた場所はもと通りに治り、瞼を閉じたのでその様子はあたかも眠っているようだ。
「先生……。」
田中は先生の頭を強く抱きしめる。前回、学園で仲間であった山田が死んだとき、杉本は別として勇者たちはその現場に居合わせなかったこともあり、死というものを身近には感じ切れていなかった。幾ら知人であろうとも実際に目の当たりにしなければその程度にしか感じられない。
だが、今回は違う。死そのものを突き出されのだ。勇者たちの雰囲気は暗く、意気消沈している。静まり返った部屋に田中さんの声が出て響いた。
「皆はまだ戦うの?」
その言葉は部屋の空気を更に重くする。『まだ戦うのか?』その質問をした田中は皆に戦って欲しくないのだろう。また、誰かが死ぬんじゃないかと、そう考えてしまうから。これ以上、仲間を失いたくないのだ。
しかし、田中も分かっている。今戦わなくともいつか必ず魔神が現れ、戦いへと誘う。魔神に勝たなければ元の世界には変えることは出来ない。それでも彼女は聞きたかった。今、仲間を失いたくはないから。
俯いている田中さんの前に颯太が歩みでた。
「田中さん、俺は戦うよ。」
「……死んじゃうかもしれないんだよ?」
「分かってる。」
「じゃあ何で!」
「もうこれ以上、失いたくないから。」
田中も颯太も結論は違えど、理由は同じだった。
「山田が死んで、先生まで死んで、このままこの世界にいたら皆死ぬんじゃないかって思った。だから、俺は帰りたい。ここにいる全員で元の世界に。その為に俺は戦う。」
颯太は拳を握る。
無事に変える為に戦う颯太。死んで欲しく無いから逃げて欲しい田中。言いたいことはわかった。しかし
田中は理解は出来ない。戦うという選択肢が取れることが。
「……上条くんの言いたいことはわかった。そんな考え方もあるのかも知れない。けど、私には無理だよ。私はもう……。」
田中の目から涙が溢れ、先生の頭を持つ手に力が入る。泣いた田中は上手く言葉を言えない。横山が田中の背中をさする。
田中は何とか言葉にした。
「……もう……戦えないよ。」
田中の心は限界だった。颯太もそれを理解していた。また、他にもそんな者がいることも。颯太は皆に向かって言った。
「皆、俺は戦う。だけど、皆に無理強いはしない。先生の姿を見て、今までと考え方が変わった者もいるはずだ。だけど、魔神との戦いは迫ってるのも事実。だから決めてくれ。戦うのか、戦わないのか。」
「俺は戦うぜ。」
こう言ったときに即答するのは歩である。そして、流れを作ってくれる。
「こうやって傷ついてる奴がいるんだ、さっさと日本に帰って前みたいな生活をしてやるぜ!」
歩につられ次々と戦うことを決意する者が現れる。
「私も戦うよ。」
「結衣が戦うなら私も戦うわ。」
「琴羽ちゃん。ありがとう。」
横山と琴羽も戦うようだ。
結局、戦う者が20人、戦わない、戦えない者が18人となった。半分も戦おうと思えれば十分だろう。
「イヅナ様、もちろん私たちは…。」
「ああ、戦うさ。それ以外の選択はないだろ。」
「むーむー(私も戦う)。」
「僕も勿論戦うさ。」
俺たちの心構えは十分だ。
「おススメとしては私と駆け落……。」
「ないな。」
「即答はどうなんですかね?ルネ。」
「何故、そこで僕に振るんだい?」
俺たちや勇者たちの意思は決まる。戦う者に、戦わない者。それぞれが考えに考え選んだことだ。誰にも否定されることはない。
「ありがとう。まさか、こんなに戦ってくれる人がいるとは思わなかった。必ず勝って元の世界には帰ろう。」
「「「おう(ええ)!!!」」」
戦う者たちは覚悟を決め、声を上げる。その様子を見ていた田中が何か言いたそうにしている。
俺は田中の側に近づく。
「何か言いたいのか?」
俺がそう聞くと皆の視線が田中に集まった。
「言うなら今だな。」
「あ、ありがとう。」
田中は涙はまだ止まりきってはいないようだが、それでも普通に喋れるようには戻っている。息を落ち着かせ、その口を開く。
「…戦おうとしている人を否定する気も止める気もない。それは皆の自由で私がとやかく言うことじゃない。……だけど、1つだけ約束して…。」
辛そうにしながら声を絞り出す。
「誰も……誰も死なないって。」
「わかった。」
田中の言葉に颯太が答える。一言だったが、その一言が聞ければよかった。
「じゃあ、そろそろ会議を再開してもらおうと思うけど、大丈夫か?それと戦わない人は無理に参加しなくても良いとは思うけど。」
「私は聞くわ。皆がなにをするかくらいは知っておきたい。」
他の戦わない者たちも考えは同じらしい。
「そうか。じゃあ国王たちに言ってくる。」
颯太は扉を開け、国王たちに告げた。
「すみませんでした、もう大丈夫です。」
「そうか、では世界会議を再開するとしよう。」
「はい。ただ、少しだけお願いがあるのですが。」
「ん?何だ?」
「はい、その勇者の中で先ほどのことが原因で戦えなくなった者が出てきました。その者たちは…。」
「安心するが良い。無理強いはしないと最初に言ったはずだ。」
「ありがとうございます!」
「うむ、他には何かあるか?」
「いえ、ありません。」
「そうか。では、今度こそ再開といこう。」
国王たち、勇者たちが円卓につき、世界会議が再開される。そして、俺にとって最も重要なことが唐突に始まった。
「予定を変更して、魔神の居場所の確認を先に行う。異論は……ないな。では、巫女殿よろしく頼む。」
「分かりました。」
開戦のときが来る。
次回こそ、戦いを。