気がついたらもう1人の悪魔でした
次回は月曜日か火曜日に投稿します。多分、火曜日になるかな。
【聖剣デュランダル】が歩を担い手に選んだ後、ラフィーエは先代の勇者のこと、彼が【聖剣デュランダル】に選ばれたことでどのような人生を送ったのか、どんな最期だったのか、など歩に話をしていた。担い手となってしまった以上、知らせなくてはならないことを伝えたのだ。
まあ、その状況を横から見ていた俺からすれば、それは時間の無駄だった。幾ら“過去”の話をしようとも歩はそんなことを気にしない。あいつは“今”を全力で生きる、そんな男なのだから。
ラフィーエの話が終わり、話題は今後のこととなる。どうやら【聖剣】が全て集まった時の手筈は整っているらしい。だが、それでも少し時間を有するという事。結果、俺たちは1週間、この夜都“デリン”に滞在することとなった。
歩や颯太は変わらず鍛錬を続けていたが、珍しくそこには横山や琴羽の姿もあった。魔神との戦いが近づいている、だからこそ少しでも力を付けておきたい、だそうだ。そして、それに感化された他の勇者たちも鍛錬に参加し、結局勇者全員が鍛錬をしていた。
アスモデウスはいつものようにルネに稽古をつけていた。ただ1つだけ変わったことがある。それは場所だ。今までは適当に場所を見つけ、行なっていたらしいのだが、ここ最近のルネの成長が著しく、地形が変わってしまう可能性も出てきたのこと。いったいどれ程強くなっているのか。
俺は2人の為にアイテムを作った。名前は『邪空鍵』それは見た目はただの鍵だが、一度魔力を込め、何処かの壁に差し込めば、扉が現れる。そして、その中は俺が作り出した空間がある。広さ、耐久などアスモデウスたちの要望に出来る限り応えたつもりだ。
アスモデウスは喜んでくれた。そしてその後から2人の姿を一度も見ていないという事はずっとあの空間に籠っているのだろう。ルネが無事でいてくれればいいが。
そして、最期に俺はと言うと珍しく暇だった。勇者たちは鍛錬、いつも側にいるアスモデウスたちもいない。ラフィーエも今は忙しい。つまり1人になってしまった。いや、もう1人いるのだが彼女は部屋から出てこない。
「むーむー(イヅナ様)。」
「前言撤回。」
「むー(前言撤回)?」
「こちらの話だ、気にしなくていい。」
そう、もう1人の人物(悪魔)とはベルゼブのことだ。彼女はアスモデウスについて行く事なく、部屋に残っていた。そして、久しぶりにその部屋から出て俺の部屋に来たわけだが、その目的は分からない。
「それで何をしに来たんだ?」
「むーむー(イヅナ様と話にきた)。」
「話?」
「むー(そう)。むむ、むーむーむー(私、イヅナ様とあまり話をしていない)。」
「まあ、確かにそうだな。」
俺はそう言いながら、目の前にいる彼女を見つめる。
悪魔“ベルゼブ”。アスモデウスと同等の力を持つ、数少ない悪魔。『聖なる祠』の奥にいたのだが、俺が結界に干渉しすぎたせいで出来た隙間から脱出し、俺のもとまでやってきた。その後、エルティナを説得する事で同行を許してもらい、今に至る。
だが、今考えてみると俺はベルゼブのことをほとんど知らない。アスモデウスは彼女のことを知っており、信用している。だが、俺は信用はしているが、彼女のことは知らない。
丁度いい機会だ、ベルゼブの言う通り少し話をしてみるのも良いだろう。
「それで、何を話すんだ?」
「むーむー(アスモデウスとはどこまで言ったの)?」
「本当にそんな事を話したいのか?」
予想外の質問にそんな事を思わず言ってしまったが、冗談だったらしく、ベルゼブは俺の反応を笑っていた。
笑い終わったベルゼブは次の話題も出すわけでもなく、俺を見つめる。どうやら何を話すかも決めずに部屋に来たらしい。なら俺から質問でもしてみるか。
「その口を覆ってるマスク。何で魔法陣が書いてあるんだ?」
「むーむー(封印の為)。」
「封印?」
「むー(そう)。むーむーむー(昔、『禁断之箱』の力を使い、その時、制御出来ずに失敗して口の周りに影響を及ぼした)。むーむー(そして、それは私を蝕んだ、だから、封印)。」
「そうだったのか。」
『禁断之箱』。それはベルゼブが持つマスタースキルだ。その力の1つ「無限の貯蔵を可能とする能力があるが、それは本来の力によって生まれた偶然の産物に過ぎない。ではその本来の力とは何か。それは“イレギュラー”を生じさせる事だ。
これだけ聞くととても簡潔でそこまでの能力には聞こえない。しかし、この力は攻撃力:1の者が防御力:10000の者を瀕死にさせる事を可能にさせるような能力なのだ。
本来この世界には法則や規則がある。例えば攻撃力の値が高ければ高いほど、与えるダメージは多くなる。防御力が高ければ高いほど受けるダメージは減る。攻撃力が低い者は防御力の高い者にダメージを与えることは出来ない。これはこの世界では当たり前のことだ。だが唯一、これを無視できてしまうのが『禁断之箱』のイレギュラーの力だ。
それ程の力を持つスキルを使用し、ベルゼブは失敗した。そして、その代償があのマスクと言うわけだ。
「むーむー(今も『禁断之箱』は使えるか分からない。)むーむー(けどイヅナ様の為なら使う)。」
ベルゼブはそう言うが、俺は何故、と考えてしまう。
「なあ、ベルゼブ。何でお前は俺の為にそんなことが出来る。」
「むー(魔神様だから)。むー(創造神に復讐出来るから)。」
「でもお前が元々従っていた魔神はシヴァだ。それに例え創造神への復讐が出来たところでお前が駒として使われ、死んだらそれで終わりだ。俺はお前を駒として使うかもしれない。」
「むーむーむー(本当にそんなことをする奴は私にそれを言わない)。むーむー(それに復讐が出来て死んだら家族に報告が出来る)。」
「……そうか。」
俺はそれ以上、ベルゼブには何も言わなかった。きっとこれがベルゼブの在り方なのだ。俺はそれを良いとは思えない。だが、否定も出来ない。
ベルゼブの言う復讐はきっと家族を殺されたことに対してだ。もし俺が同じ立場になったら創造神へ復讐しようと考えるに決まっている。だから、良いとは思えないのは俺からすれば他人であるベルゼブの家族の為に、知人であるベルゼブが死のうとしているからであろう。だから、彼女のその考え方を良しとしない。
だが、そんなことを言えばそれは俺の考えの押し付け。今までと変わらない。だから、俺は彼女を否定しない。
「出来ると良いな。」
「むー(イヅナ様がいるから余裕)。」
「そうか。」
その後もベルゼブとは何度も会話をした。互いを知り、理解する。くだらないことを言い笑い合う。そんな時間を2人で過ごし、1週間。俺たちは再び、ラフィーエの前に集まった。