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気がついたら魔神でした  作者: ヴァル原
第4章 デミア大陸編
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気がついたら幸せでした


(ここは?)


ラフィーエの意識は突然と戻った。いや、正確に言えば戻ったという表現も正しいとは言えない。ただ広がる何もない空間。黒なのか白なのかも分からない。そんな空間にラフィーエは今、自分が存在しているのだと気付いただけに過ぎないのだ。

手足の感覚はなく、目が開いているのかも分からない。何故、このような状況に置かれているのだろう。その疑問だけが頭をよぎる。


(ああ、妾はもう終わるのかもしれんのう。)


つまらない人生だった。ただ人々の上に立ち、決まった言葉を言うだけ。それだけで敬われ、讃えられ、崇められる。喜びも悲しみも怒りも憂いもない。まるで人形のようだ。

人形。ケリアと出会うまで、ラフィーエだ。彼との出会いが彼女に意思を持たせた。自由を教えた。だが……。


(それも既に過去の話…か。今考えてみれば妾は長い年月の内に人形に戻っていたのじゃな。)


毎日、同じことをするだけ。決められた行動に、決められた食事。


(まるで操り人形じゃ。じゃが……。)


ラフィーエは最近知り合った不思議な冒険者を思い出した。ラフィーエを特別な存在として見ることなく、話を聴いてくれた。まるでケリアのように。

ラフィーエにとってケリアは彼女を彼女として繋ぎ止めている存在。ケリアはラフィーエの全て、そう思ってしまう程に。だからこそ彼女は気付けない。いつしかそのケリアへの思いが彼女を縛る鎖へと変貌していることに。


(ああ、ケリア。)


何も無い空間の中、ラフィーエの脳裏あるのはケリアとの記憶のみ。今も鮮明に残る、とある記憶が彼女の頭に浮かぶのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「何処へ行くのじゃ?」


「さあ、何処だろうな。」


「もしや何も考えずに妾を連れ出したのではなかろうな。」


「だとしたらどうなんだ?」


「全く…。」


魔神と呼ばれる神と勇者と呼ばれる異世界の戦士たちが世界を救う為戦っていた頃、最後の決戦を前にケリアは城からラフィーエを連れ出し森の中を二人で歩いていた。

世界はいつ現れるかも分からない魔神に怯える日々を送っていた。だが、ラフィーエは違う。今という瞬間をケリアの側にいれるだけで幸せに思えた。ケリアがいる、その事実があれば彼女が怯えるようなことなどないのだ。

そして、ケリアはラフィーエと同じ吸血鬼。彼が死ぬ事など考える必要もない。だからこそ、次の瞬間、彼から言われたその一言は衝撃的だった。


「なあ、ラフィー。」


「何じゃ?」


「俺が死んだらどうする?」


「何を下らぬことを……吸血鬼であるお主が死ぬわけがあるまい。」


「いや、俺は次の戦いで死ぬ。それは決定事項だ。」


非情にも告げられた現実。ラフィーエはケリアの冗談だと思いたかった。だから彼女は何度もふざけた事を言うな、そう彼に伝えようとする。

ラフィーエは彼の顔を見た。彼女は何度も、何度も人々との会話をしてきた。本音を打ち明けず、建前だけで話す汚い者たちとも。その為か彼女は嘘に敏感になっていた。そんな彼女が今、目の前にいるケリアから嘘を感じなかったのだ。つまり先程の言葉は嘘偽りの無い言葉。つまり、彼は本気で次の戦いで死ぬと言っているのだ。


「う、嘘じゃ……そんなわけが…。」


力が抜けた。足に力が入らない。


「ラフィー!」


傾き始めた体をケリアが抱きかかえる。


「冗談なのじゃろう?早くそう言えばまだ許してやらんでもないぞ。」


「………。」


ラフィーエはケリアの手を握る。彼と離れたくない思いが彼女の体を勝手に動かした。

吸血鬼は人間と比べれば体温は低い。だが、吸血鬼同士であれば人間のようにその暖かさを感じることができる。ラフィーエはケリアの温もりに、暖かさに触れる。

目の前の彼は間違いなく生きている。ラフィーエの全て、彼の代わりなんていない、彼以外何もいらない。そう思ってしまうほど依存していた。


「ケリア……妾はお主に死んで欲しくない。分かるじゃろ?妾はお主を愛している。この様な気持ち、ケリアと出会うまで感じたこともなかった。……ケリアよ、妾と共に歩んではくれぬのか?」


「………くっ…。」


ケリアは彼女の顔を見て、顔を横に振った。それは己の覚悟を変えない為の行為なのだろう。そして、恐らくケリアは思ったのだ。これ以上、彼女と、ラフィーエといればこの覚悟は無くなる。それだけ、彼にとってもラフィーエの存在は大きかった。物心ついた頃から家族も家も何もなく、夜都の路地で生活してきた。恵まれない生活、奪うしかない日常、ラフィーエとは真逆の生活だ。暗いどん底にいた。だからこそ、ラフィーエは彼の太陽となり得た。彼女のことを知りたい、彼女と話したい、彼女の横に立ちたい。その気持ちが彼を変えた。互いが互いを助け合う関係に彼たちはなっていたのだ。ケリアがいなければ心を持つラフィーエはここにいない。ラフィーエがいなければ、勇者の横にたち、聖剣を振るうケリアはいない。二人はそれを理解している。今握られているこの手が離れることはあったはならない。だが……。


「ラフィーエ。」


「ケリア。」


「すまない。」


ケリアはラフィーエの手を離した。そして、そのままラフィーエから離れていく。


「あっ……。」


ラフィーエは手を差し出す。しかしその手が何かに届くことはない。


「俺は世界の為に戦う。魔神の無尽蔵なあの魔力を抑え込むには俺の永遠の命を使うしかないんだ。そして、それを勇者に倒して貰うしか。」


「嫌じゃ。」


「俺もお前と一緒にいたい。けど、【聖剣カラドボルグ】の担い手である俺はどう抗おうとも【犠牲者】だ。だから俺は俺の願いを犠牲に戦う。」


「止めるのじゃ!もう聞きとうない!」


ラフィーエは耳を塞ぎ、目を瞑る。

ケリアは彼女の耳元に口を近づける。


「俺はお前の………かった………いや……ほ……男……た…。お………お………た。」


途切れ途切れに聞こえる声。ずっと聞いていたい声が、聞こえて欲しくない言葉が、彼女の心を乱す。


「けど……いつ………と…な……となりに…みたい………言うことも……ることも……聞いて………為に………。」


「止めるのじゃ…。」


耳を抑える手に更に力が込もる。そして、どれ程のそのままでいたのだろうか。何も聞こえない状態の彼女はゆっくりとその目を開けた。


「ケリア…。」


目の前には誰もいなかった。


「ケリア……ケリア……。」


頰を知らない水が伝っていく。空を見るが雨が降った様子はない。ならばこれは……。


「そうか。これが涙というものなのじゃな。……うう……ケリア。」


あの姿を見れない、あの声を聞けない、あの暖かさを感じられない。

何故、目を瞑ったのか、何故、耳を塞いだのか。それがラフィーエの生まれて初めての後悔だったのかもしれない。

塔に戻ったラフィーエは侍女から手紙を受け取った。いつもならば目を通すこともなく、捨ててしまう。だが、その差出人がケリアであれば別だった。

自室に戻り、手紙を読んだ。内容はとてもシンプルだった。


“いつまでも愛し続ける。いつまでも君の幸せを願う。”


たったこれだけ。だが十分であった。

それから半年もしない間に魔神は封印され、勇者たちの勝利、ケリアの死亡が報告された。それが記憶に残るケリアという存在の記憶だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



再び、何もない空間の中、だが先程と感じるものが違う。そう、ラフィーエは思ったのだ。

ここはケリアと別れた後の世界と何も変わらないのだと。ただただ、時が無駄にすぎる。意味などきっとない。そんな世界だ。


「もう、いいのじゃ。もう何も無い。妾が存在し続ける必要など、もう何処にも……。」


ラフィーエの意識は薄れていく。まるで眠りにつくかのように。


(ラフィーエ!)


何か、聞こえた様な気がした。前にも聞いたことのある声が。


(ラフィーエ!)


そうだ。あの時だけは違った。鮮明だった。綺麗だった。楽しかった。


(ラフィーエ!)


(ああ、何故こんなときになって妾はもう一度、あやつと話して見たいと思ってしまうのじゃろうか。)


もう一度。ケリアとは出来なかった。しかし、今なら。

ラフィーエはゆっくりとその目を開いた。感覚はない、だがきっと開けていたのだろう。何もないその空間に、何もないはずのその場所に、自身に何かを感じさせる彼がいたのだから。


「ラフィーエ!」


「イヅナ…。」


イヅナから伸ばされたその手をラフィーエは握った。

暖かい。人の体を触ったのだから当たり前であった。その体温差は明確で、熱を感じるのだから。だが、違うのだ。ラフィーエが感じた暖かさはもっと別のものだった。

そして、何故だろう。何故、あの時の言葉を忘れていたのだろう。そう、ケリアはあの時のこう言っていた。


(俺はお前の側にいてやれなかった。いや、そもそも側にいてやれるほどの男じゃなかった。俺はお前を幸せには出来なかった。)


(けどいつかきっとお前の隣に来るはずだ。お前が愛した、俺みたいで、やることも、言うことも似てる様な奴が。そして、そいつは話を聞いてくれて、俺とは違ってお前の為に、戦ってくれる。そして、そいつとならきっと幸せになれる。お前の世界を変えてくれるはずだ。)


長い長い年月がこの記憶を風化させていた。だが今、思い出した。


(イヅナよ、お主がそうだったのじゃな。)


ラフィーエは自分を力強く引く美しい少年に心が踊っているのがわかった。あの時と同じ胸の高鳴り、初めて知った人らしい感情。


(妾の心はまたここから始まるのじゃな。じゃが、悪い気はしない。)


世界は染まった。いや、元々染まっていたのだ。だが、それにラフィーエが気付けていなかった。


「イヅナよ。」


「何だ?」


「世界は、此れほどまでに鮮明なものだったのじゃな。やっと気付けた。」


「ああ、やっとこの世界に帰ってこられたな。お帰り、ラフィーエ。」


夜の闇に包まれる都、デリン。しかし、そんな街でさえも彼女にとっては鮮やかであった。


「じゃが、本当に鮮やかで妾をこうさせるのはお主じゃ。イヅナよ。」


「通りすがりの冒険者にそんな力はないさ。」


「違うのう。通りすがりの冒険者だからこそ、妾には鮮やかで、美しく見えるのじゃ。」


ラフィーエはそっと、しかし、力強くイヅナの手を握るもう二度と後悔などしない、その気持ちの表れではあった。しかし、もう一つ理由があった。それは…。


(この幸せが永遠に続くように。)


月明かりが差し込む塔の中、そこには再会を果たした通りすがりの冒険者と幸せを願う吸血姫の姿があった。

















次回は来週の日曜日投稿します

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