気がついたら俺ではありませんでした
お久しぶりです。
四月からは週一回くらいのペースになると思います。すみません。
可能であれば2回していきたいです。
後日の朝食のときのことだった。アスモデウスとベルゼブがルネを鍛錬をすると言って何も食べずに抜け出した後、何人かの兵士を横に付け、豚男、リルカスがやってきた。彼が言うにはラフィーエがもう一度だけ話をしたいと呼びだしたとのこと。だがそれは嘘だ。“傀儡”、今のラフィーエはそれだ。そして、先のリルカスの言葉は彼自身のもの。ラフィーエを利用したに過ぎない。
それを知らぬ勇者たちの一部は昨日、あの様な対応を取られた後に話をしたいとは気分屋な王女なことだと、話していた。
違う。ラフィーエはそんな奴じゃない、と思わず言いそうになってしまった。
だが、本当にラフィーエは心の拠り所を見つけられず、1人孤独に生きてきた、寂しい思いをしてきた、自分を忘れてしまったそんな女性なのだ。だからこそ今度おれがケリアの代わりに、いやそれ以上の存在になってやりたいと思う。だが、その前に…。
「それでは皆様参りましょう。」
ラフィーエに手を出したあいつを許すわけにはいかない。
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俺たちはアスモデウスたちと合流し、目的の場所へと向かう。兵士たちの手によって大きな扉が再び開いた。部屋の中ではラフィーエが昨日と同じ様に玉座に座し、鋭い視線でこちらを見下している。
「よく来た。まあ、妾の命令に従わぬ様なものなど許すわけもないがのう。」
変わらぬ態度。その様子に苛つく勇者もいる。
「お前なあ、もう少しは態度を変えるとかしないのか?いい加減ムカついてくるんだけど。」
「そうよ!勇者は兎も角、私は貴方と地位で言えば同等もしくはそれ以上。そんな態度がいつまでも許されるわけないわよ。それに……。」
エルティナがそう言うと颯太と歩がその前に立ち武器を構える。前回、ラフィーエの急な攻撃に反応しきれなかった。だが、今回は違うと言うことか。
「わかった?それともまた『無礼だ』とか言うの?」
「…………。」
ラフィーエは何も言わない。元々まともに口を聞ける状態では無い彼女だ。用意されていない言葉や命令のせいで上手く言葉を返せないのかもしれない。
様々な憶測をしているとラフィーエに動きがあった。玉座からゆっくりと立ち上がり、一歩、二歩と歩む。そして、その口を開いた。
「主の言う通り、無礼と思おた。じゃが、妾は寛大じゃ、許してやろう。」
「その代わりに【聖剣】を渡せ、とか言うつもりじゃ無いの?」
「安心せよ。そのつもりも無い。何故なら、そろそろ時間の筈じゃからのう。」
「時間?」
ラフィーエのその言葉と共に異変は起きた。
ドサ。
何かが倒れた様な音がした。勇者たちの視線は一斉に音の方向へと集まる。
「あれ?」
そこにいたのは何が起きたのか分からないと言った表情で倒れている横山の姿があった。
颯太は横山に駆け寄り、横山を起き上がらせようとする。しかし、その結果には至らない。駆け出したはずの颯太は横山と同様、その場に倒れたのだ。それに続く様に勇者たちがまた1人、1人と崩れ落ちていく。俺はその様子を見てアスモデウスたちに指示を出す。
「アスモデウス、俺は倒れこむ振りをする。お前はルネたちと一緒にそのままでいてくれ。」
「わかりました!」
「それと何か拘束などの措置を相手が取ろうとした場合は上手く捕まったふりをしてくれ。」
恐らく、何かをされたのは朝食の時だ、それ以外にタイミングがない。だとすれば俺は勇者と同じ動きを、朝食を抜いているアスモデウスたちには別の指示を出すべきだ。
俺は勇者たちと共に地面に倒れこむ。
エルティナはその異常な光景が誰の手に齎されたのか一瞬のうちに理解した。
「ラフィーエ!貴様!」
「頭が高い、ひれ伏せ。」
ラフィーエは手をかざす。するとエルティナの周辺を重力が襲った。彼女の有するスキル『重力魔法』だ。感じたことのない圧力にエルティナたちは地面へと倒れこむ。アスモデウスたちも俺の指示に従い、『重力魔法』により動けなくなったふりをした。すると隠れていた兵士たちが槍を構え、俺たちを囲んだ。
全員の動きが完全に封じられた、そう勘違いをしたとき、あいつはその本性を晒した。
「ブヒ、ブヒ、ブヒヒヒ!」
汚い笑い声をあげるリルカスに全員の視線は集まる。
「リ、リルカスさん?」
体の動かない颯太は顔だけをリルカスに向け、声を絞り出す。そんな颯太を見たリルカスは見下しながら口を開いた。
「無様、実に無様ですよ。まさか頂いた薬がここまで効くとは思いもしませんでした。」
「薬?」
「そうです。『魔神の魔薬』でしたかね、今朝のスープに混ぜておいたのですよ。」
予想通りだ。
「そうしたらこの通り勇者様たち、いや、今更様などいりませんね。勇者はこのざま、ラフィーエも手中にした今、私に刃向えるものなどいません。これも全ては魔神様のおかげ。感謝感激です。」
リルカスの詳しい説明により、勇者たちやエルティナは状況を理解し始めた。こいつに嵌められたのだと。
「魔神に手を貸すなんてどうかしてるわよ、この豚!卑怯者!」
エルティナは睨みをきかせリルカスに罵声を浴びせる。だが、そんなものリルカスにとっては負け犬に吠えられたに過ぎない。いやらしい笑みを浮かべながらゆっくりとエルティナへと歩み寄る。ラフィーエに指示を出し、『重力魔法』をエルティナの手足を抑える様に魔法の範囲を変更させた。そして、エルティナの前まで移動を終えると、その短い足で彼女の頭を踏見つけた。
「あなたは自分の置かれている立場を理解しているんですか?私のさじ加減で命を取ることも簡単なのですよ。もちろん、そこの勇者たちも。ブヒヒヒ!!!」
リルカスは玉座の方へ振り向くと、手を合わせ魔神への祈りを捧げ始めた。
「ああ、魔神様、本当にありがとうございます。ラフィーエが手に入り、おまけに一国の女王や勇者まで手に入れられるとは。」
「何故、何故、世界中の人々が、力を合わせているのにこんなことを…。」
颯太は力を振り絞り、言葉を発する。
「何故?そんなこともわからないのですか?簡単じゃあありませんか。あなた方が魔神様を倒したところで私には何もない。逆に魔人様に手を貸せば私は富を得る。どちらを取るかなんて決まっているでしょう?」
「何で……何で……。」
リルカスの自分の利益のみを見るその考え方に颯太はそれ以上、何かを言うことはできなかった。自分には理解できない。だが、奴はそう言う奴なのだと気づいた。
自分さえ良ければそれで良い。身勝手だ。だが、だからこそ何を言ったところで彼の考えが変わることはない。
世界を救う、それを目的としている以上、個人の利益などない。リルカスはそう考えているのだ。
「ブヒヒヒ、一応隷属の道具も魔人様から頂いておりましてねえ。使っておくとしますか。いや、でも男を奴隷にしても維持費が無駄に掛かるだけ………。殺しますか。兵士の皆さん、お願いしますよ。」
「良いのですか?」
「構いません、各国には魔神様の手先にやられたとでも言えば良いでしょう。」
「わかりました。全員構え!女は殺すなよ。」
兵士たちの槍を持つ手に力が入る。
勇者たちはもう駄目だと目を瞑り諦めるものや涙を流す者もいる。リルカスは勝利を確信し、俺たちに背を向け、玉座へと向かう。
結果は決まった。そう、リルカスは今ここで殺す。
「吹き飛べ。」
その言葉とともに兵士たちの体はまるで木の葉の様に飛び、宙を舞った。地面に落ち、壁にぶつかり、鈍い音を立て兵士たちは倒れていく。その音にリルカスは後ろを振り向く。
「どんな殺し方をすればそんな音が……。」
リルカスは理解できなかった。何故、先ほどまで勇者たちを囲んでいた兵士たちが四方八方に飛び、倒れているのか。
何故、先程まで倒れていた数人の者が立ち上がっているのか。
何故、目の前に銀髪をたなびかせる少女がいるのか。
何故、自分の体を剣が貫通しているのか。
「かっ、は……へ?」
吐血をするが、尚状況が理解できない。
「覚悟は出来てるか?」
「な、何故、私の体に剣が?」
「刺したからに決まってるだろ。」
そう言うと俺はリルカスを蹴り飛ばし、無理矢理剣から引き抜いた。
「ぐぼっ!」
身体を回転させながら、地面を転がるリルカス。贅肉のついたその身体はまるでボールの様によく転がった。地を撒き散らし、玉座にぶつかった衝撃で何かが腹から飛び出た。何かしらの臓器か?まあ、どうでも良い。
「がはっ……な、何故、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。」
腹を抑え喚く、リルカス。当然の報いだ。ラフィーエに、俺の仲間たちに手を出したんだ。
俺は必死に傷口を抑えるリルカスの背後に立つ。
「おい、豚。ラフィーエを元に戻せ。」
「そ、そんな事よりも医し…ぐへっ!?」
顔を蹴る。
「ラフィーエを戻せ。」
「医者を!い…ぐひっ!?」
今度は踏みつけてやった。
「分からないのか?」
リルカスの肩に剣を突きつけ、再び言う。
「これで最後だ。ラフィーエを元に戻せ。」
ラフィーエを元に戻すこと。それは俺にも可能だった。だが解析が必要。早く彼女に戻って欲しい俺は元々彼女を『傀儡』にしたリルカスならばそれが可能なのではと考えた。だが……。
「ブヒヒヒ、ざ、残念。ラフィーエを治すことは不可能。あと30分もすれば完全に心が壊れるさ。ブヒヒヒ。」
告げられたのは残酷な言葉。しかし、俺は至って冷静だった。
「そうか。じゃあ死ね。」
俺は剣を持つ手に力を入れて、リルカスに振り下ろす。
こいつはラフィーエに手を出し、勇者を、歩や颯太を殺そうとした。殺されても仕方のない奴だ。逆に手足を引きちぎる事なく、原型をとどめたままのこの状態で殺されることを感謝しても良いぐらいである。
そう、こいつは許すわけにはいかないのだ。
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ーーールネSIDEーーー
「ねえ、アスモデウスさん。」
「何ですか?」
「イヅナくんの様子おかしくないかい?僕には何処か普段と違うに見えるのだけど。」
アスモデウスはイヅナへと視線を向ける。リルカスの前で剣を振りかぶるイヅナ。それは普段の優しく、暖かい印象を受ける彼とは違った。今の彼からは奥底から滲み出るどす黒いなにかが見える、そんな気さえする。
普通じゃない。それはいつもそうだ。イヅナは普通ではない。だが、今の様子は明らかに異常だ。
「しょうがない恋人ですねえ。ちょっと見てくるとしま……。」
アスモデウスはイヅナの側へ向かおうとする。しかし、ルネがそれを許さなかった。
「駄目だよ。今の彼は危険だ。アスモデウスさんを行かせるわけには行かないよ。」
「ルネ、あなたはいつから私に指図できるほど偉く…。」
「ごめん、アスモデウスさん。けど、お願いだ。君がイヅナくんを心配で守りたい様に、僕は君を守りたいんだ。」
ルネの心からの願い。アスモデウスには勿論伝わっていた。だが、それでも彼女はイヅナを……。
アスモデウスが一歩を踏み出そうとする。だがそんな彼女を止める者はまだいる。
「むむ(待って)。」
「何ですか、ベルゼブ。」
ベルゼブはアスモデウスの後ろから手を回し、抱きつく形で彼女を止める。
「むーむむむー(恋人なら少しは距離を取ったりした方がいい)。むむー(近づき過ぎるのも良くない)。」
「けど…。」
「むー(落ち着いて)。むー、むむーむー(もし、イヅナ様の身に何かが起きていて、アスモデウスを傷つけてしまったら、イヅナ様は苦しむ)。」
「…………。」
イヅナが苦しむ。その言葉に彼女の足は止まった。
「その言葉はずるいですよ。」
「むー(ごめん)。」
自らの思いを抑え、アスモデウスは止まった。
彼女が留まった理由を理解し、ルネの心は痛んだ。
二人の心中を思い、ベルゼブは黙った。
三人の視線はイヅナへと向いていた。
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ーーーイヅナSIDEーーー
「お助けを………お助け……を。」
肉が無駄に付いていたせいかリルカスは腹を貫かれたと言うのに死ぬ気配がない。
命乞いをし、まだ助かろうとしている。だが、何故だろうか。そんな彼を見て俺の手は剣を振らない。何をしてる、殺せ。
俺は手に力を込める。リルカスは許されないことをした。だから死ぬべきだ。さっさと殺せ。
「そうだ。殺せ。」
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
「死ね。」
「ブヒっ!?」
遂に俺の手は動いた。これで終わりだ。こいつは死んだ。
(駄目!!!)
声が響き、俺は咄嗟に剣を止める。結果、剣がリルカスを切り裂くことは無かった。
(お願い………。)
声は続く。
(あなたでいて。あなたでいることを大切にして。)
声はいつも頭に響くものだった。しかし、今、その声は正面から聞こえる。
俺の頰に何かが触れた。暖かい。俺は視線を、手に、腕に、向けていく。淡い光を放つその身体。髪は長い、恐らくは女性?顔はしっかりとは見えないが口が動いているのがわかる。
(イヅナ……私はあなたとまた会いたい………優しいありのままのあなたに…………だから………壊れないで…………。)
その言葉と共に彼女は消えた。目の前には何もない。幻覚を見ていたのではないか、と思ってしまいそうだ。だが、あれは幻覚などではない。確かに触れたんだ。
彼女の温もりを感じた頰に触れながら、俺は段々と冷静になった。そして思う。何をしていたんだと。殺してどうする。一体、殺して、何になった。何故、殺そうとした。
涙が溢れた。俺が俺では無くなっていたことの恐怖のせいだろうか。分からない。だが、もしかしたら俺に時間は無いのかもしれない。
「お助け……を……。」
リルカスは気絶した。そんな彼に俺は『回復魔法』をかける。死んでほしくなかった。今は誰にも。
「ラフィーエ、今助けるからな。」
俺はラフィーエへと歩み寄り。その頭に触れた。リルカスが言っていた、時間は無いと。
意識を集中させる。1秒足りとも無駄にはしない。俺はラフィーエの『傀儡』の解除を始めるのだった。
誤字多い 、読者に言われ、やっと気づく。
ヴァル原、心の一句。
修正していきたいと思います。